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黒騎士 気付く

 私の普段着と言えば、一年中長袖のシャツにコットンパンツかロングスカート、ぺたんこの靴と決まっている。


 年中長袖やパンツ、ロングスカートなのは、右腕と右足の傷跡が酷いことと毒で変色してしまった肌の色が理由だ。他人様の目に触れたら気分を悪くするだろうし、私自身が他人様にこの腕や足を見せてもいいとは思えないから。


「……なかなか解毒がすすまないねぇ、やっぱりドラゴンの毒は厄介だよ。魔力焼も何度も繰り返してるから、回復が遅い」


 カウンターの内側にある椅子に座って、メアリさんはシャツの袖を捲った私の右腕を両手で包むように触れた。


 基本的に肌色だけれど、内部組織が毒に汚染されている場所は紫色から赤黒色に変色している。そこへ大きな切り裂き傷跡が重なって、かなり見苦しい。右足も同じような感じになっている。


 けれどメアリさんは躊躇なく私の腕と足に触れる。「長く薬師として生きていれば、これより悲惨な状態になった人を何百人と診てきているよ」とのことだ。


「傷跡もまだ引き攣れて痛むだろう?」


「はい、でもここに来てメアリさんの薬とクリームを使って、随分楽になりましたよ」


「そうかい、アタシの作ったものを使ってるんだから当然だけどね」


 ヒヒヒッと笑って、メアリさんは私用のクリームと飲み薬を用意し始める。毎回私の状態を確認して、少しずつ調合を変えてくれているようだ。


「アンタはどうなんだい、リィナ」


 白い鉢で乾燥した薬草やなにかの粉末を擦り合わせながら、唐突に私は首を傾げた。


「なにがです?」


「ローナに言ってたじゃないか、大事なことは本人に確認しちゃくちゃ駄目だ、とかなんとかってさ」


「ああ、はい。騎士団でそう教えて貰ったので」


「で、自分はちゃんと大事なことを本人に確認したのかい?」


 質問の意味が全く理解出来なくて、私は「え?」と言うしかなかった。その反応に対して、メアリさんは顔を顰める。


「アンタねぇ、伴侶の白魔法使いとなにを話して来たんだい? 黒騎士と伴侶の白魔法使い、その関係がちゃんとしていれば、そんな大きな傷を負うことなんて滅多にないんだよ?」


「……えっと……」


「分かってるとは思うけどね、黒騎士が大怪我を負って引退、もしくは死亡するのは若い頃の方が圧倒的に多い。黒騎士が独身時代と、結婚したてでまだ仲が深まっていない頃だ」


「……うん?」


 私の全く理解していない返事と態度に、メアリさんは大きなため息をついて、いつもより乱暴に鉢の中身を混ぜ合わせる。


「アンタ、黒騎士と白魔法使いの関係を正しく理解しているのかね?」


「結婚相手で、加護魔法を装備にかけてくれる人、ですかね」


 そう答えると、メアリさんは鉢から顔をあげて私に怒りの表情をぶつけ、そして呆れた顔になった。

 え? なにか違った? なにか他に関係があるの?


「…………アンタって子は、どうしようもない子だよ。アンタ、伴侶とはどうなったんだい?」


 私はメアリさんに、書類上の伴侶であった宰相補佐様とのことを話した。


 実際にお会いしたのは一度きりなこと、暮らすようにと言われたお屋敷で義理の母と妹になる方にご挨拶したこと、そこでは私を受け入れるつもりなど微塵もなかったこと、その後は黒騎士としての責務を果たすだけの毎日であったこと。


 話し終わる頃には、外傷用のクリームも解毒用の飲み薬も魔力焼の飲み薬も出来上がっていた。


「……と言うわけで、私と宰相補佐様との関係は書類だけのことだったんですよ。あ、でも、他の黒騎士と伴侶の白魔法使いの関係はちゃんとしてた、と思いますよ?」


「当たり前だろ。全く、本当にどうしようもない。アンタも、アンタの旦那も」


 メアリさんは、優しい香りのするハーブティーを煎れて私に出してくれた。淡い緑色のお茶は花のような香りがして、飲むとほんの少し甘い味がする。


「いいかい、貴族っていうのは絶対的な家長制度で成り立ってるんだよ。アンタの旦那は侯爵家の家長で、旦那の決めたことは絶対だ。引退したなら父親も母親も子どもの決定には逆らえない」


 そこまではいいかい? と念を押されたので、頷く。


「リィナ、アンタの旦那はちゃんとアンタと結婚するつもりがあった。だから、自分の屋敷で暮らすようにと言ったんだね。けれど、義母と義妹と屋敷の使用人たちはそうじゃなかった」


 うんうんとさらに大きく頷く。


「なら、どうしてそれを旦那に直接確認しなかったんだい?」


「……え」


「そうだろう? 自分でさっき言ったじゃないか、大事なことは本人に確認しなくちゃいけない。騎士団で習ったんだろう?」


「は……い」


「どうして、旦那に聞かなかったんだい? 結婚するんじゃなかったのか、屋敷で暮らせと言ったじゃないか、義母も義妹も使用人も自分を受け入れるつもりがない態度だった。どういうつもりなんだ? ってね」


 息をするのも忘れるくらい、衝撃的だった。

 メアリさんに言われたことは、至極当然のことだ。


 宰相補佐様と私の結婚は王命によるもの、それを拒否することなんて出来ない。だから、お屋敷が私を受け入れる気がなかったことに対して、どうしたらよいのかと確認をしなくてはいけなかった。


 私が、宰相補佐様に直接聞いて、確認するべきことだったのだ。


「アンタのことだ、どうせ貴族の平民に対する態度なんてそんなもんだろう、とか思ってなにもしないで、放っておいたんじゃないのかい?」


 図星を突かれすぎて声も出ない。

 私は人形のようにただただ固まっていた。

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