黒騎士 療養先で過ごす
「リィナさんは男の人とお付き合い、したことある?」
隣を歩く淡い小麦色の髪をお下げにした愛らしい少女は、透き通った青い瞳に私を写す。
「え、ええー?」
「だから、男の人と、お付き合い、よ!」
彼女、ローナちゃんは確か十三歳。異性が気になるお年頃、という感じだろうか。家族は年の離れたお兄さんがひとり、だから恋愛関係の相談はし難いかな。
「ええと、お付き合い……はないかな?」
「ないの?」
「うん」
結婚はしていたけれど、書類上の話しで男女の関係だったことはない。当然男女のお付き合いもない。
残念そうな表情をして、ローナちゃんは遊歩道脇に咲く小さな花に視線を移した。こういう時、人生の先輩としてちゃんと話しをしてあげられたらよかったのだけれど、残念ながら私に色恋の話しは難しい。
「ローナちゃん、好きな男の子でもいるの?」
「んー、そういうんじゃないんだけど」
ここは国でも有数な温泉の郷・ササンテ。
湧き出る白っぽく濁った温泉には、疲労回復、冷え性の改善、傷の回復を早める、などの効能があると言われている。そのため多くの人が療養にやって来る。
その中には貴族も入っているわけで、大都市から離れた温泉の郷には赤騎士が配備されていて、街の警備と魔獣の侵入を防いでいる。
ローナちゃんのお兄さんは赤騎士で、今年の春に配属された新米副隊長さん。家族はふたりきりだったから、ローナちゃんも一緒にこの郷にやって来たと聞いた。
この郷は基本的に温泉事業に関わる人達が暮らしているので、年の近い子たちは学校以外では家業の手伝いで忙しく、遊んでくれる子があまりいない。
だから本来なら同じ年頃の女の子同士で話すような内容も、私相手に話さなくてはいけないのだ。しかも、欲しい返事は貰えない、お気の毒に。
「でもリィナさん、結婚していたんでしょう? 旦那様がいたんでしょう」
「それはそうだね」
「好きだったから結婚したんでしょ? お付き合いして、その後で結婚ってなったんでしょ?」
私は息を呑んだ。
そう、ローナちゃんの言う通り、普通なら、平民の感覚で言うのなら好き合って、お付き合いを経て結婚に至るものだ。貴族だって婚約期間なる時間があって、お互いのことを知っていくお付き合い期間なるものがある。
「馬鹿ねー! 貴族って言うのはそう簡単なものじゃないのよ」
「……パトリシアお嬢様」
私たちの会話に割って入ってきたのは、緩やかにウェーブした金髪に青色の瞳を持った美少女だった。
郷は大きく三つの区域に別れている。郷の中央には温泉の噴き出る大きな噴水があり、そこを中心に店が並んでいる。その中央から北側に貴族街(貴族専用のホテルや個人所有の別荘など)が広がり、反対の南側に庶民街(平民用のホテル、長期滞在用の貸し集合住宅などが)に別れている。
今ローナちゃんと私が歩く遊歩道は、散策用に整備されたもので郷の外周と一周出来るようになっている。私は遊歩道に設置された魔獣避けランタンに魔力を注ぎながら、歩く練習をしているのだ。
これは練習だけではなくて、ランタンに魔力を注ぐことで私が借りている部屋の家賃を無償にして貰っている、仕事でもあるのだ。
年金生活をしながら長期療養をしている私のような者には、こうした小さな仕事でお金を節約出来るので嬉しい限り。温泉のお陰で腕も足も少し楽になった。
ここは丁度遊歩道が中央から貴族街に入った所だったので、パトリシアお嬢様の目に私たちの姿が入ったらしい。
「なによ、貴族ぶっちゃって。あなただって平民じゃないのよ」
「貴族ぶるってなによ! 私には高貴な貴族の血が流れてるんですからねっ」
「でも、今は平民じゃない」
ローナちゃんがいつものセリフを言って、それを受けたパトリシアお嬢様は顔を真っ赤にして言い返す、これは彼女たちが顔を合わせた時には毎回行われる儀式のようなものだ。
パトリシアお嬢様のお母様は子爵家のご令嬢で、郷で一番豪華で大きな貴族用ホテルのオーナーであるお父様と結婚したとのこと。子爵家の籍からは抜けて、平民になったものの貴族のご令嬢だったことに変わりはない。貴族の後ろ盾は健在で、それにオーナーの家はそこいらの貴族よりもお金持ちだ。
「なによっ、麦わらみたいな頭した生粋の平民なくせに!」
「どんな見かけだろうがあなただって平民じゃない! なに寝ぼけたこと言ってるのよっ」
言い合いがエスカレートしていっているので、私が間に入る。
「まあまあふたりとも、お年頃の可愛い女の子が言い合いだなんて駄目だよ。可愛い顔が台無しだし、それこそはしたないってなるんじゃないの?」
ふたりとも頬をぷっくりと膨らませながらも、続けようとしていた言葉を飲み込んでくれた。毎回こんな感じなんだけど、同じ年頃のふたりは案外仲が良いのかもしれない。
静かに穏やかに療養するつもりでやって来た温泉の郷だけれど、賑やかに過ごしている。予定とは全く違うけれど、これはこれで悪くないと思っている毎日だ。
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