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宰相 思い返す

 初めてリィナに会った時、小さく細いなと思った。


 黒騎士だと聞いていたから、背が高く体格の良い女性だろうと想像していたのだ。だが、実際見た彼女は背は高めだったが、ほっそりとしていて華奢な感じを受けた。


 灰色の髪は騎士らしく短めで、シンプルに纏められているだけ。化粧っ気もなく、アクセサリーのひとつも身に着けてはいない。


 私の周りにいる女性達は美しい長い持ち、数多くのアクセサリーで身を飾り、色も鮮やかなドレスを身に纏っていた。華やかだとは思ったが、香水や化粧品の匂いが苦手な私は時折息が詰まる存在たちだ。


 全く手入れをしていないらしく、やや髪や肌が荒れてはいたが整えれば愛らしくなりそうな顔立ちだと思った。何より香水や化粧品の匂いがしないのが好印象だった。


 平民として生まれ、孤児院で育ち、騎士学校で訓練に明け暮れた生活をしてきたせいか、貴族としての常識は全くと言って無かったことには驚きを通り越して呆れた。


 国王陛下の命による結婚、ということをちゃんと理解していないような様子に若干の不安を感じた。だが、侯爵家で貴族として扱われて生活しながら、貴族としての心構えやマナーなどを勉強して行けばいい。


 婚姻の話しを頂いてすぐ、侯爵家を取り仕切っている母に結婚の話しをし、妻となる人の部屋を用意し生活に必要な服や小物などの準備を頼んだ。


 突然の結婚、お相手が平民出身の黒騎士ということで母や妹は酷く驚いていたが、受け入れてくれ準備を進めておくと言ってくれていた。


 黒騎士にとって大切な装備への白魔法について、婚姻関係になるということは私が責任を持つということになる。だが、宰相補佐という役職上私は忙しい……侯爵家に戻れる日も少ない。申し訳ないが、城の休憩室か騎士団の方まで来て貰って、加護魔法を掛けることをお願いしようと思っていた。


「承知しました。装備の加護魔法については、こちらでどうにかします」


 しかし、リィナはそう言い切った。


 私の白魔法使いとしての腕が信用ならない、ということなのか……魔法使いとしての仕事をしないで、文官として仕事をしているため信じられないのか。少し……いや、かなりショックだった。


 だが、それも仕方が無いことかもしれないとすぐに思い直した。


 黒騎士にとって加護魔法の出来は命に直結する、出会ったばかりの私に命を預けろというのは無理な話かもしれない。


 今後、防具や武器の購入費用、白魔法使いによる加護魔法の付与費用も全てを侯爵家が支払うことになる。彼女が信頼する白魔法使いへ費用を払うことが、彼女を守ることになるのなら……私のプライドなどどうでもよいこと、そう思うことにする。


 どんな会話をしていいのか分からないまま、事務的なことばかりを話してしまい……これから宜しくと手を差し出した。そして、それがすぐに女性にすることじゃないと反省したが、すでにいつもの癖で握手を求める格好になってしまっている。


 リィナはなんの躊躇いもなく、私の手を握って握手を交わした。


 肌は荒れていたし、剣や弓を扱うため皮膚が硬くなっている部分もあった。でも小さくて華奢な女性の手だった。

 何より、彼女の魔力は温かくてとても心地よかった。


 そう、とても落ち着けて安心出来たのだ。きっと良い関係が築いていけると、なんの根拠もないのに確信した。この先ずっと一緒にいるのだから、徐々にお互いを知り、信頼を得ていけるだろうと……思っていた。


 だが思っていたのは己だけだった。


 仕事が忙しかったことは確かだ、けれどそれを言い訳にして家にも帰らず、リィナが今どうしているのかを知ろうともしないで放置していた。


 彼女からの信頼など得られるはずがない。


 リィナからのカードと平民用の離縁届を封筒に戻すと、私は椅子から勢いよく立上り、そのままの勢いで部屋を横断する。


「か、閣下? どうなさいましたか、突然」


「……すまん、今日はこれで終わりにして自宅へ戻る。おまえ達も時間になったら帰宅するように」


 私の言葉に部下たちは目をまん丸くして驚いていたが、すぐに笑顔を浮かべて「はい」と返事をした。


 彼らも本当は定時で仕事を終えて帰宅し、家族や婚約者、恋人友人と過ごしたかったに違いない。私がいつまでも仕事をして家にも帰らないので、とても自分たちが「家に帰る」とは言えなかったのだろう。


 私はいつから、こんな些細なことすら分からなくなっていたのか? それすら分からない。


 執務室のドアを開けると、廊下には見たくない顔があった。


「……フロスト・ヴァル・マグワイヤ監査官」


「毎日深夜まで仕事をされていて、滅多に帰宅されないと聞いておりましたが、今日はもうおしまいですか? ご帰宅なさるのなら、是非ご一緒させて下さい」


 彼はそう言って笑顔を浮かべた、が、その瞳は全く笑っておらずギラギラと獲物を狙う猛禽類のように見えた。

お読み下さりありがとうございます。

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