宰相 知らずを知り始める
「お呼びと聞き、参上致しました。……王宮監査室のフロスト・ヴァル・マクワイヤと申します、こちらは部下のホーキング」
「フィオン・ホーキングです」
会議前の重苦しい空気に戻ってしまった会議室にやって来た監査官ふたりは、自己紹介を済ませると早速王の侍従から書類を受け取り、内容を確認する。
「アレクサンドル、申せ」
国王陛下の言葉にアレクサンドル卿の低い声が続く。
「我が弟子、元黒騎士リィナについて行方が分からなくなっております。アレは我が弟子であり、初めて平民出自の黒騎士でもあり、陛下や相談役が気に掛けて下さった者」
そうだ、彼女は古代魔術の素養が必須である黒騎士に貴族ではなく、平民という生まれでありながら初めて叙任された存在だ。その為、陛下と当時宰相であった相談役はなにかと気に掛けておられた。
「そこな宰相殿との婚姻も、陛下と相談役の深いお考えあって結ばれたもの、と認識しておりました。ですが、実際のほどは如何だったのでしょうか? 我が弟子は討伐任務にて深い傷を負い、騎士を引退。そこは、弟子の技量が及ばなかったとも言えましょうから、強くは申し上げますまい」
黒騎士が討伐任務で大きなケガを負う、それは騎士の技量問題というよりは伴侶の白魔術師の問題と受け取られるものだ。
私の、問題だ。
事実として、私は彼女に一度も白魔法を使ったことがない。
彼女から必要ないと言われ、ならば仕事の時間を奪われることもないとそのまま受け入れた……受け入れてはいけなかったというのに。
「その後、侯爵家にて療養していると思っておりましたが、侯爵家からは討伐任務中で留守だと言う返事しか返って来ない。騎士団の寮も退団と同時に退寮し、我らの元にも兄弟子の元にも友人たちの元にもいない。連絡も一切無い。どういうことなのでしょう?」
国王陛下は大きく息を吐き、首を左右に振られた。
呆れて、おられるのだろう。
「フロスト、元黒騎士リィナの今までの生活、仕事ぶり、身の回りで起きたことについて調べ、報告せよ。現在の行方についてもだ。これは王命である」
「御心のままに」
「アレクサンドル、すまなかったな。またゆっくり話しをしよう、夫人も一緒に」
国王陛下は端的に命じると、王佐と侍従、護衛騎士を連れて会議室から退出する。全員でそれを見送ると、室内の空気は僅かに緩んだ。
フロスト監査長はその名の通り、銀髪に薄い青色の瞳をした氷のような印象の男だ。その調査と監査は厳しく、一切の情も妥協もない。部下は監査官見習いで、黄色くふわりとした髪をしていて、ひよこを連想させられる。
フロスト監査長の監査官としての腕は私も絶対的な信頼を置いている、が、その監査が我が身と我が家に向けられるとなると、冷静さを失いそうだ。
「…………まずは、全ての事実を調査、確認致します。調査に関しては監査室の者が行いますので、協力願います」
「では、黒騎士団事務局の方で任務についての調査を……」
バクスター黒騎士団長が言い出すと、それをフロスト監査長は遮った。
「いいえ、一切の手出しは無用に願います」
「しかし今協力要請を願われたではありませんか。それに、彼女は黒騎士団に所属していたのですよ? 我が団の事務局に問い合わせるのが一番でしょう」
おそらく私ならば黒騎士団事務局、騎士団総事務局から資料の提出をさせる。その後、リィナの同期の黒騎士たち、共に戦ったことのある黒騎士、青騎士、交流のあった者たちから話しを聞く。
バクスター黒騎士団長の申し出はありがたいだけで、断る理由はないように思う。
「黒騎士団の事務局はなんらかの不正、改ざんを行っていた、可能性があります」
「は……はああ!? 改ざん、だとぉ!?」
眼球が飛び出すのではないか、と思う程目を見開いたバクスター黒騎士団長は叫んだ。その気持ちは分かる、自分が長を務める騎士団で不正改ざんが行われているなど、信じたくないだろう。
「今はまだ可能性、の段階です。調べ上げますので、立ち入り調査の協力を願います。立ち入り調査は抜き打ちで行いますので、事前告知は致しません。バクスター卿には当日の立会をお願いしたいのですが、無理でしたら代理の方を」
「いや、俺が立ち会う」
「承知しました。騎士団総本部にも立ち入りと事情聴取を行います、師匠であるアレクサンドル卿と兄弟子のマクラウド卿にもお話を伺いたい」
「承知した、リアムには連絡しておこう」
フロスト監査長は受け取った書類を確認しながら、話しを進めて行く。
「宰相殿、貴方からもお話を伺います。それと、侯爵家にもお邪魔させて頂きたい……そちらで彼女がどのようにお暮らしだったのか、聞かせて頂きたいので」
「拒否権はなし、事前告知なしの抜き打ちなのだろう?」
そう返事をすると、フッと鼻で笑いフロスト監査長は私を視界に入れた。
その目には僅かながら、侮蔑が窺える。
「よく分かっていらっしゃる。ご家族にも内密に願いますよ、ありのままの侯爵家を見せて頂きたいので」
「分かった」
そう返事をすれば、まずはアレクサンドル卿とレイラ夫人から話しを聞き、渡された書類の内容について詳しく説明をして欲しい、と他のメンツは出て行けと遠回しに言われた。
それぞれが顔色悪く、ため息を付きながら会議室を出る。私は最後になり、出入り口に向かうとフロスト監査長が私を見て口の端を上げて笑う。
そして、「おまえの家には絶対なにかがある」と声に出さずに言い、追い払われるようにドアを閉められた。
お読み下さり、ありがとうございます。
2021年の更新は今回が最後になります、お付き合い下さりありがとうございました。
2022年も宜しくお願い致します。