第94話:ドラード防衛戦2
「あら、フィスト」
目の前の魔族を打ち砕いて門前広場に出たところで声を掛けてきたのは、ちょうど魔族を縦3枚に下ろしたグンヒルトだった。俺とは別の街路からここまで到達したらしい。しかし何とも気軽な声掛けだったな。こうしてる間にも、目の前の魔族はこちらを襲ってくるってのに。
「お疲れ! そっちはどんな感じだっ!?」
今も跳びかかってきた魔族を回し蹴りで撃ち落として問うと、
「質、量ともにアインファストより低いからっ、割と楽だった、わっ」
2振りの戦斧を軽々と振り回し、襲いかかる魔族達を次々に断ち割りながら、女狂戦士は答えた。狩りじゃない彼女の戦闘を間近で見たのは初めてだが、すさまじいな。近付いた相手を吹き飛ばす竜巻のようだ。動画でも見たが、やっぱり生は迫力が違う。
さて、東門の様子だが、門扉は開け放たれたままだ。破られたって感じじゃないな。閉じる間もなく侵攻されたってところだろうか。魔族のほとんどはそこからなだれ込んできている。後は門より北側の城壁を乗り越えてきてる感じか。
「今から門を閉じるなんてことはせずに、あそこから入ってくる奴を迎撃するのがよさそうだな」
後続に任せて一息入れながら、今後の方針を考える。門を閉じると、魔族は城壁を越えて上から降ってくるだろうからな。最初から迎撃の準備ができているならともかく、この状況から門を閉じてもいいことになりそうにない。
「こっちに来るのはそれでいいけど、外で戦ってるプレイヤー達の動きが分からないのが、ね。下手に外に出て包囲されると、あっさり詰むわ」
「まぁ、そうだろうな」
一撃が致命傷になる魔族相手に周囲から一斉に掛かられたらアウトだ。というか、正面からでも数体同時に掛かられたら、組み付かれて終わる。そうならないように複数を同時に撃破するのは難しい。長柄で薙ぎ払う攻撃とかできるならともかく、徒手の俺だとそれも無理だ。回し蹴りで薙ぎ払うとか無理だから、俺の基本スタイルは相変わらず単体へのヒット&アウェイだったりする。離脱するのが後ろじゃなく、上空だったり建物の壁だったりするわけだが。
「姐さん! 中型だ!」
プレイヤーらしい男がグンヒルトを見て叫ぶ。姐さん? まぁそれはいいとして、広場の奥、門をくぐって1体の中型魔族が侵入してくるのが見えた。グンヒルトに注意喚起をしたってことは、あっちの中型は彼女が対処してたってことだろうか。まぁ、いいか。行き掛けの駄賃だ。
「グンヒルト、俺、外の様子を見てくるわ。そのついでにあの中型も食っていく」
「食っていく、って、そこまでの通常型をどうするつもり?」
「跳び越えていく。雑魚は任せた」
それだけ言って、大体の距離を目測する。ずっと宙を蹴るより、途中の魔族を踏み潰していくか。
「じゃ、行ってくる」
返事を待たずに身を屈め、地を蹴ろうとして、
「押し潰せーっ!」
別の通りから魔族を蹴散らして広場へ入ってくる一団に気付いた。装備から見るに、あれはドラードの衛兵達だな。長柄のメイス状武器で間合いを確保しながら突き、内側に入ってきた奴は騎士らしいのがメイス等の打撃武器で迎撃するという二段構えっぽい戦い方をしているようだ。
「突出するな! 放っておいても奴らは前に出て来る! 戦列を乱さず、確実に仕留めていくんだ!」
ドラード兵の奥から指揮の声が聞こえた。ってあれ、アル様の声じゃないか? ここまで出張ってきてるのかよ! そういやアインファストの時もわざわざ前線に出てきてたよな。あの方、あの年齢で戦闘指揮官か何かなのか? まさかエド様まで出てきたりしてないだろうな?
とにかくとっとと中型を片付けよう。あちらに行かれて万が一にも被害が出たら困る。
今度こそ、跳躍する。なるべく高く跳び、重力に逆らわずに落下。魔族の群れの中に降り立つのは自殺行為だ。だから眼下にいる魔族の頭を【魔力撃】スタンプで踏み潰し、それを足場にして更に前へ跳ぶ。気分はヒゲの配管工だ。連続で踏み潰してもボーナスは出ないけどな!
何体かを踏み潰し、更に跳んだところで、中型がこちらへと跳びかかってきた。おっと、これは予想外。
鋭い爪は健在だ。直撃したら間違いなく死ぬだろう。跳躍中なので軌道修正はできない――そう、普通なら。
風の足場を作り、俺はその場から更に直上へ軽く跳んだ。さっきまで俺が居た場所を中型魔族の爪が行き過ぎる。俺の目の前には、無防備な魔族の頭が見えた。よし、ここからは調整不要だな。
魔族がこちらを見た。爪を全力で振り下ろしたためか、体勢は崩れている。もう片方の爪がこちらへ届くことはなさそうだ。
落下に任せ、身を捻り、右足を横に全力で振る。首に直撃した蹴りは、確かな感触と共に中型魔族の首を刈り取った。刎ねられた首が宙を舞い、力を失った身体が地に落ちていく。蹴りによる斬撃を繰り出すアーツで【斧刃脚】と名付けた。その名のとおり、木を切るのに役立つアーツだが、当然戦闘にも使える。ん? 戦闘向けのアーツだけど伐採にも使える、の方が正しいのか? まぁいいか。
中型の身体を蹴って前へと進む。何度か宙を足場にして門に着地し、そのまま駆け上がって門の頂上へと移動する。
「うわぁ……」
そのまま眼下を見て、思わず声を出してしまった。信じられない光景だな。
まさか魔族の巣が、城壁から200メートルも離れていない場所に開いてるなんて。しかも、出てきた魔族はすぐに戦闘に移行しているようだ。以前聞いた話だと、出揃ってから進撃を開始するってことだったはずなんだが、何かイレギュラーがあったんだろうか?
で、湧き出た魔族はドラードへ侵入する奴と、外に展開しているプレイヤー達に向かう奴に分かれているようだな。
巣穴の入口はあまり大きくないが、常に魔族が出てきてる。でもある意味、このお陰でドラードへ侵入する魔族が少ないってのもあるか。もしこれがアインファストの時のように、最大数が一気に向かって来ていたら、城壁を越えた奴がもっとたくさん市街地の奥まで浸透していたかもしれない。
でもあれだな。いつ尽きるか分からないってのは別の意味でプレッシャーになりそうではある。こうしてる間にも数は増えてるわけだから、数を減らすために一暴れしようか。
「フィスト!? どうしてそんなところに?」
ふと、聞き覚えのある声が横手から聞こえた。見ると城壁の上に見知った顔がある。交流会で知り合ったプレイヤー、シェーナだ。サンダーバードのファルコも左肩に止まっている。
「どうしてって、魔族が攻めてきたから、迎撃に。そういうお前こそ、どうしてここに?」
「今日、ドラードに着いたんだけどね、街に入る直前で魔族が湧き出したから、とりあえずここに避難させてもらって、矢を射ってたの」
「街に入る直前? ちょっと待て、どうやってここまで登った?」
「カーラに運んでもらったのよ。あの子、飛べるから」
そう言ってシェーナが弓で指した方には、空中で静止しているカーラの姿があった。その場で魔術を行使しているらしく、杖の先端から何発もの【エネルギーボルト】が発射され、地上の魔族達に降り注ぐ。魔術を食らった魔族のいくらかはそれでカーラを攻撃対象にするが、当然上空のカーラには届くはずもない。それでも複数の魔族が積み重なり、仲間を足蹴にしながらカーラに迫る。なるほど、攻撃してきた者を優先するタイプなら、あれで引きつけることができるわけだ。しかも空にいるから基本的に安全なまま。あの戦法、魔族にはかなり有効なんじゃないだろうか。とは言え、魔術の射程距離もあるから、あまり高空に陣取るわけにもいかないか。いや、ストレージに岩なんかを収納して、そのまま魔族の頭上から落とすのもいいか?
そんな事を考えていたら、魔族でできた塔の先端にいる個体のいくつかが、大きく口を開いてカーラに向けた。その前に、黒い光が集まっていくのが確認できる。っておい! 魔族に飛び道具だとっ!?
瘴気の弾丸のようなものを魔族が吐き出した。それには気付いていたのか、カーラはその場を離脱する。飛ぶために魔術師になったと言っていただけあって、見事な回避だ。何発かきわどいのがあったが、光の壁に弾かれていた。あれ多分、シールドフェレットのロードスの能力だろうな。今もカーラの左肩に乗っているのが見える。見事なコンビネーションだ。
あれでカーラの魔術攻撃力がもう少し高ければ、もっと効果的に魔族を倒せるんだろうけど、あんまり威力は高くなさそうな感じだ。ただ、一度に十発以上の【エネルギーボルト】を撃ってるのはどんなMPしてるんだろうか。普通の魔術師だったらMP尽きてる気がするんだが。
「大活躍だな、カーラ」
「カーラだけじゃないよ、ほら、あっちも」
シェーナの言葉に視線を動かすと、魔族の群れを蹴散らす存在があった。1つは黒の騎馬だ。というか、フレイムホースのヴィントとそれに騎乗してるミシェイルだな。炎を纏った巨馬が駆け、魔族を轢き、あるいは踏み潰す。横手から迫る魔族に対してはミシェイルがハルバードを振るって迎撃するというスタイルだ。相変わらず手綱やらは着けてないみたいだが、燃えるたてがみがミシェイルの身体を絡め取って支えているように見える。あれ、物理的にも作用するんだな。
そしてもう1つは、全身金属鎧の男と銀の虎。ゴードンとアイアンタイガーのジェーンのコンビだ。こっちはミシェイル達のような強行突破ではなく、他のプレイヤー達と連携して戦ってるが、ジェーンの爪や牙は容易く魔族の身体を裂き、食い千切っている。暴れ回るジェーンをフォローするようにゴードンも槍を振るってるな。
地形的な有利はないにせよ、プレイヤー達も善戦してるみたいだ。ただ、外の兵力はやっぱり少ない。外に出てた連中が偶然参戦できたって感じだろうしな。ここが潰されると街の方へ魔族が押し寄せるから、外は外で戦場を維持しないと。
「じゃあ、俺もそろそろ行く。シェーナはここで大丈夫か?」
「ええ、魔族が接近してきたらファルコが守ってくれるわ」
シェーナの言葉に、ファルコが肩から降りて城壁に着地し、放電して見せた。大丈夫そうだな。
「気をつけて行っといで。こっちはこっちで支援するから」
「ああ」
躊躇無く門から飛び降りる。頭上から悲鳴が聞こえた気がしたが、魔族の姿は見えなかったから空耳だろう。高所からの落下感にもだいぶ慣れたなぁなどと思いつつ宙を蹴り、危なげなく着地する。
侵攻ルートから少し離れた所に降りたが、こちらに気付いた魔族が何体か向かって来た。消耗が激しいMPを回復させるためにMPポーションを飲みながら、近付いてくるのを待つ。アインファストの時の奴らよりも弱いと言っても、随分余裕があるなと思う。俺自身のレベルが上がってることもそうだし、身体能力や攻撃力の上昇も理由だろう。殴っては逃げるの繰り返しとはいえ、今のところノーダメージで戦えてるしな。
よし、準備は完了。空のポーション瓶を片付けて、迎撃――と?
「おや、まぁ」
俺を襲おうとしていた魔族達は、その背後からやって来た翠玉色の疾風に斬り裂かれてしまった。
「よ、クイン。頑張ってるな」
魔族を仕留めたクインに声を掛ける。彼女も魔族の侵攻に気付いて防衛戦に参加してたようだ。まぁ、彼女の場合は、以前のリベンジって意味もあるだろうけども。特に負傷してる様子もないな。しかしクイン、どこからやって来た? さっき上から見た時にはいなかったはずなんだが。
「俺はあっちのプレイヤー達と合流するけど、一緒に行くか?」
問うと、クインが頷いた。あ、でもあっち、ジェーンもいるんだよな……大丈夫か? 大丈夫、だよな。
「って、何してるんだお前?」
近付いてきたクインが俺の匂いを嗅いでいる。で、その後、俺を見て溜息をついた。あれ、前にもあったなこんなこと?
「お前、何が言いたいんだよ」
問いに答えられるはずもなく、クインはそのまま駆けていく。あ、こら、俺を置いて行くな。
それから程なくして、魔族は全滅した。プレイヤーの数が少なかったからどうなるかと思ったが、質も数もアインファスト以下だったお陰で、割と早く片付いたな。結局ルーク達は間に合わなかったので、片付いた旨をチャットで連絡しておいた。無駄な行動をさせてしまってすまんかったな。
外にいたプレイヤーは結構死に戻ったみたいだが、街中で戦ってた連中はそこそこ生き残っているようだ。地形効果はやっぱり大きいな。
で、俺は今、外で待機中だ。ミシェイルやゴードン達が合流し、グンヒルトもこっちへ来た。ツキカゲがいれば幻獣持ち勢揃いだったんだが、どうも参戦してなかったみたいだ。
「さて、どうするかね」
鎧を装備し終えてから、遠くにある魔族の巣の入口を見る。あの奥には、まだ女王とでも言うべき魔族が残ってるはずなのだ。