第93話:ドラード防衛戦1
2015/5/9 誤字訂正
「ふんっ!」
襲いかかってきた魔族に対し、【魔力撃】を込めた前蹴りを繰り出した。飛び込んできた時以上の速度で魔族は店の外へ吹っ飛んでいくと、反対側の建物の壁にぶつかった。
「そのまま!」
背後からグンヒルトの声が聞こえ、ほぼ同時に俺の顔のすぐ横を何かが通り過ぎる。それは魔族の頭部に命中した。投げ斧だった。見事に頭部を割っている。いや、ちょっと、グンヒルトさん? 少しでもズレてたら、俺の頭があんな事になってたんじゃないですかね?
有り得たかもしれない恐ろしい未来を振り払い、【気配察知】を発動させる。ようやく対象の識別が可能なレベルになったスキルによると、魔族のものと思われる反応が範囲内にいくつも存在していた。また魔族の襲撃イベントか? しかも完全な不意打ち。運営め、相変わらずえげつない真似をする。
くたばれと叫ぶのはイベント後でもできる。起きた以上は対処しないとな。
「グンヒルト、魔族共の襲撃だ」
ストレージからガントレットを出して装着しながら声を掛ける。
「そのようね。行きましょう」
グンヒルトもストレージから取り出したチェインメイルを頭から被っているところだった。他の鎧と違って簡単に装備できるのがチェインメイルの利点だよな。お、あれ殿下仕様だ。コスプレ屋に仕立ててもらったやつか。
「フィストの方はいいの? 武器は要らないだろうけど、防具は?」
「ああ、どうせあいつらの爪相手だと、一発食らったらアウトだろうし。基本、全部避けるようにするさ」
魔鋼を仕込んだ革鎧は以前よりも防御力が増してるが、魔族の爪に耐えられるかどうかは試していないし、実戦で試したくはない。というか、鎧を装備する時間が惜しい。気休めだが【翠精樹の蔦衣】は服の下で展開済だ。これで何とかしよう。なに、某赤い人も言っている。当たらなければどうということはないと。
「でも、連中、どこから来てるのかしら?」
「んー……街に侵入してきた奴らの動きを見るに、東側からかな。ばらけてるから分からないが、多分東門方向からだ」
「じゃあ、とりあえずそっちへ向かいましょうか。それにしても警鐘すら鳴らないなんておかしいわね」
チェインメイルの上から腰にベルトを巻きながら、グンヒルトが疑問を口にする。こうしてみると鎖製のワンピースを着てるようだな。
「鐘は門に備え付けられてるはずだから、襲撃してくるのに気付けば即座に鳴らすはずなんだがな」
あるいは門付近の衛兵の目に触れないまま街に侵入してきたのかもしれない。それでも腑に落ちない点はあるが、今は動こう。
「俺は侵入してきたのを近い奴から潰していく。グンヒルトは直接東門の方へ向かってくれ」
とりあえずは住人の安全の確保だ。城壁を越えてきた魔族の排除を優先しよう。
【気配察知】で確認する限り、侵入してきた魔族の数はアインファストの時よりはかなり少ないように思える。魔族が暴れてるとなれば、他のプレイヤー達も動くだろう。ドラードは今一番プレイヤーが多い街のはずだから、戦力は何とかなるはずだ。
「了解。私の店をぶち壊してくれた罪は、あいつらの死で購ってもらうわ」
髭刃の戦斧をそれぞれの手に持って、グンヒルトが口角を吊り上げる。かなり立腹のようだな。魔族も馬鹿なことをしたもんだ。
遠くから警鐘が聞こえてきた。ようやくかよ。でもこれで、魔族の襲撃に気付いてない住人達も避難するか。
「それじゃ、前線で会おう」
「お互い、頑張りましょ」
店を出て、グンヒルトは通りを駆けていく。俺は【気配察知】で魔族の位置を確認してから【壁歩き】を発動させて、目の前の建物の壁を駆け登った。楽しい一時をぶち壊してくれた礼は、たっぷりとさせてもらう!
「怪我人はっ!?」
「1人が重傷だがまだ生きてる!」
魔族を一体打ち砕いた後で問うと、魔族の爪を受けて出血している女を抱きかかえた男が叫ぶように答えた。
「応急処置ができる奴がいないならポーションを出す!」
「すまねぇ、恩に着る!」
ヒーリングポーションと解毒ポーションをストレージから出して近くの女性に渡してやると、それを受け取って頭を下げ、怪我人に駆け寄っていった。
「落ち着いたら安全な場所に避難してくれ! 他の魔族がまたここまで来ないとも限らない!」
「分かった、ありがとう! そっちも気をつけろよ!」
礼を背に受けつつその場を離れる。俺の索敵範囲には、もう魔族の反応はない。侵入してきた連中は大体片付いたみたいだ。
【壁歩き】や【跳躍】を駆使してショートカットを繰り返し、住人狙いの魔族を潰していった。住人達もアインファストより荒事向けの連中が多いのか、それぞれで撃退していたようだ。怪我人を出しながらも魔族を倒してる場面を幾度か見かけた。住人の被害は出ているようだが、以前と比べると死者もかなり少ないようだ。
どうも今回の魔族はアインファストの時よりも勢力が小さい。それに弱い気がする。動きは微妙に鈍いし、何より脆い。試しに【拳鎚撃】だけで殴ってみたら、一撃で頭部を割って戦闘不能にすることができた。住人達の攻撃がそこそこ通じてる点から考えても間違いないだろう。もちろん凶悪な牙や爪の威力が落ちてるわけじゃないから、食らったらアウトなのは変わってないんだが。
索敵と殲滅を繰り返す間に連絡を取ってみたが、ルーク達はまだラーサーさんの所で修行中だった。急いで向かうと言ってはくれたが、間に合うかどうかは微妙なところだ。レディン達はドラードへ向かう護衛任務中でツヴァンドを出たばかりだった。よって参戦は無理。
他の有名どころの動向は不明だ。近場の有力プレイヤーが駆けつけてくれるのを祈るしかない。
グンヒルトからのチャットによると、主戦場が東門周辺というのは間違いないようだ。現在は門の内側で衛兵達とプレイヤー達が、外側でプレイヤー達がそれぞれ魔族を相手に戦闘を行っているみたいだな。
建物の屋根を走りながら東門の方を【遠視】で見る。城壁や門の上には魔族の姿が見えるな。応戦してる衛兵の姿は少ない。侵攻ルートは東門からやや北寄り、ってところだろうか。門より南には魔族の姿がなく、救援に向かっているであろう衛兵達が城壁上に見えた。
住民達の避難は順調なようだ。この辺りまで来ると、門の方へ向かう連中しか下にいない。前線の様子はどうなってる?
門前広場の手前あたりでは激しい戦闘が繰り広げられていた。街路を突き進む魔族と、それを押し止める防衛隊がぶつかり合っている。広場から伸びる通りは幾つもあるが、全部こんな感じなんだろうな。でもプレイヤーの数が思ったより少ないような気がする。街の外に出てるんだろうか。あと、動きが鈍いな。何となく躊躇してる節がある。アインファストの時の魔族の強さは色々と伝わってるから、尻込みしてるんだろうか。軽減されているといっても痛覚はあるし、相手が強く、歯が立たないかもしれないとなると、やっぱり躊躇うんだろう。特にイベント時に死亡すると、即座に復帰できないデメリットもあるしな。
魔族の方も、やはり数が少ないか。傾向としては、全部、交戦型っぽい。ここから抜け出る奴も今のところは――出やがった。建物の壁をよじ登っていく個体がいる。
「行かせるかっ!」
通りを挟んで反対側の魔族に向かって、跳ぶ。距離が足りないので、途中で風の足場を作ってそこでまた跳ぶ。都合3回跳び継いで、魔族を間合いに捉えた。
「潰れろっ!」
繰り出した足が魔族の頭を踏み潰し、壁に埋まった。昆虫の標本のように魔族の身体が力なくぶら下がる。そのまま壁に片足を着け、踏み潰した方の足を壁から引き抜くと、落下する前に死体を掴み、それを魔族の群れの真ん中あたりへ投げ込んだ。
さすがにダメージにはならなかったようだが攻撃と認識されたのか、死体がぶつかった数体の魔族がこちらへと向かってくる。他の魔族が障害になってなかなかこちらに近付けないようだが、その間にかまど用の岩をストレージから取り出して、適当な魔族の頭を狙って投げつけた。【魔力撃】も込めた一投は、容易く魔族の頭を割った。ふむ、やっぱりこいつら、あの時より弱い。
このまま投石を続けてもいいが、かまど用の石が使えなくなるのはいただけない。瘴気にまみれた石でかまどを組むのは嫌だ。別の石を探せばいいだけとも言うけど。
寄ってきた魔族を文字どおり蹴落としながら、次の手を考える。
「出やがった! 中型だ!」
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
広場の方から大きな魔族が姿を見せる。あれがあっさりここまで入ってくるってことは、門は完全に破られてるのか?
「怯むなっ! 我らの背後には戦えぬ民がいる! 何としてもここで止めるのだっ!」
メイスを手にした騎士らしい男が声を張り上げる。その声に応じて部下らしき兵士達が声を上げた。手にしてるのは長柄の武器だな。槍の穂先の代わりにメイスの頭を着けたような武器だ。対魔族用の武器だろうか。間合いに入れずに打撃を与えるには有効っぽいな。現に通常型魔族達には効果があるようだ。
騎士達の士気は高い。戦い方は堅実だ。通常型相手なら十分に渡り合えると思う。だが中型相手だとどうなるか。アインファストの防衛戦で中型魔族に撒き散らされていた兵士達の姿が脳裏に浮かぶ。確かに通常型は弱くなってるが、中型まで弱くなってる保証はない。
やれるだろうか、今の俺に。あの時以上に効率よく、確実に中型を倒すことが。いや、やらなきゃ、だ。大丈夫、あの時より俺は強くなってるはずだ。だから、きっとやれる……やれるといいなぁ。
大きく深呼吸して覚悟を決め、【壁歩き】を維持したまま壁を走る。
途中、俺の行動に気付いた通常型が跳びかかってくるが、【拳鎚撃】で撃ち落として前へと進む。
さすがに真正面から飛び込むつもりはないので、一旦中型の横を抜けた。一瞬こちらに反応したが、通り抜けたと判断したのか中型はそのまま正面に向き直る。好機!
壁を蹴って跳び、斜め後方から中型魔族に迫る。右拳には【強化魔力撃】を3回重ね掛けした。かつては3回重ね掛けで【筋肉痛】が発生していたが、筋力と生命力が上昇したお陰か、発生しなくなっている。使い勝手はかなり増した。
「砕け散れえぇぇぇっ!」
気合いを込めて振り下ろした拳は中型魔族の頭頂部を叩き割った。アインファストに出た中型魔族の身体よりも脆い感触が伝わってくる。【強化魔力撃】の威力は確実にあの時よりも落ちるわけだから、こいつも弱体化してるのは確定だな。
魔力が弾けて中型魔族の胸から上が吹き飛ぶ。飛散するあれこれから逃げるように、残った身体を蹴って離脱し、建物の壁に着地した。うえ、少し掛かったな。
直接魔族と交戦していない騎士や兵士達、プレイヤー達の視線がこちらに集中してるのが分かる。ガラじゃないが、いっちょやるか。
「喜べ!」
単なる障害物と化した中型の死体を指して、叫ぶ。
「今回の魔族は、アインファストの時の奴と比べて弱い! 攻撃力は相変わらずみたいだが、防御は確実に弱くなってる! 動きだって鈍い!」
跳びかかってきた通常型を蹴飛ばす。邪魔するな、しばらく黙ってろ。
「異邦人の中には、あの時のあいつらの硬さに苦い思いをした奴もいるだろう! でも、こいつらには通じるはずだ! 奮え! あの時の鬱憤を、何倍にもして叩き返してやれ!」
数秒後。
雄叫びを上げて動き始めた――何故か、兵士達が。
待て! 待て待て! そっちじゃない! 動いてほしいのはプレイヤーの方だ! あーくそっ、どんな効果だよ!? 俺はルークじゃないってのにっ!
「いいのかプレイヤーっ!? このままだと、おいしいとこ全部、NPCに持ってかれるぞ!」
続けて放った言葉で、ようやくプレイヤー達が動き始めた。経験値もそうだが、この防衛戦で戦果を挙げることができれば追加報酬が発生する可能性はあるわけだし、頑張ってもらいたい。
正直、死んでも復活できるプレイヤーと、死んだらキャラが消滅してしまうNPCが同じ危険に晒されるなら、後者の方を大切にする。生き返ることができる同郷よりも、1つ限りの命を持った異境の地の住人を優先する。それが『異邦人フィストとしての思考』だからだ。
もっとも
さて、こっちの戦線は勢いがつきそうだ。このまま門前広場まで行ければ、他の街路に侵攻してる魔族を背後から衝くこともできる。戦力が合流できれば魔族を城壁内側から押し出すことも可能だろう。
だから、そのための努力をするとしようか。
姿を見せた新手の中型を撃破するために、壁を蹴った。