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第91話:ブラオゼー家

お待たせしました。ようやく落ち着き始めました。


2015/4/19 誤字訂正

 

 オークション会場から馬車に揺られ、ブラオゼー家に案内された俺は、応接室でお茶をいただいている。

 お屋敷はドラードの中心部にあって、ドラードで一番大きかった。つまり、領主の館だった。いや、預かった短剣の返却ルートがアインファスト領主経由ってあたりで嫌な予感はしてたんだが、まさかドラードのトップの家だとは思わなかった。あの後、家名について確認してなかったしな。

 現実よりも座り心地のイマイチなソファに座って部屋を眺める。予想してたよりは控えめな内装だな。質素ではないが、豪奢には程遠い。調度品は良い物なんだろうけども。

 そうそう、こういうお屋敷につきもののメイドさんはいなかった。いや、正確にはいるんだが、俺達がメイドと言われて想像するあの恰好ではない、という意味だ。普通の長スカートにエプロン装備といった感じで、恰好の統一感はない。まぁ、リアルでだって、制服としてのメイド服は18世紀後半以降の誕生らしいしな。中世から近世あたりを舞台のモデルにしているであろうGAOにそういうのがなくてもおかしくはないか。

 そういやコスプレ屋ってメイド服も作ってた気がするな。こういうお屋敷に売り込めばいいんじゃないだろうか。ファッションじゃなく機能的な面を押して。

「お待たせしました」

 そんなことを考えているうちに、部屋に入ってくる者がいた。その人物を見て、何かの間違いだろうかと思ってしまう。長い金の髪を首の後ろで結った、線の細いその少年(?)は、さっきのオークション会場で俺が出品した剥製を落札した子だったからだ。

 俺の向かいのソファに座ったところで、一緒に入ってきたヘルマンさんがその隣に立ち、言った。

「領主、エドヴァルド・ブラオゼー様の、弟君でいらっしゃいます、アルフォンス・ブラオゼー様です」

「こうしてお会いするのは初めてですね、フィスト殿。アルフォンス・ブラオゼーです」

 紹介の後で、アルフォンス――様が名乗った。この子があの時の小騎士か。領主の子あたりを予想してたんだが弟とは。小学生高学年から中学生くらいに見えるけど、兄である領主とは年が離れてるんだろうか。しかし兄がエドで弟がアルって……

「この度は、急な招待に応じていただいてありがとうございました。それからアインファストでは、私だけでなく、何人もの家臣の命を救っていただき、ありがとうございました」

 そう言って、アルフォンス様が頭を下げた。子供ながら随分としっかりして見えるのは、領主家の者としての教育の賜だろうか。

「いえ、助けることができたのは偶然ですし、あの場でああするのは当然のことですから」

 あの時は誰もが戦っていたし、目の前でやられそうになってる人がいれば、助けたいと思うのは当然だろう。特に俺の場合は倫理コードが解除されてるせいで人死にのインパクトが他のプレイヤーとは比べものにならないってのもあるけど。そんなの好きこのんで見たくないよな。

 とりあえず当たり障りのない回答をして、ストレージから短剣を取り出す。招待状代わりに渡されていた、ブラオゼー家の紋章が入った短剣だ。

「こちらをお返しします」

 テーブルに短剣を置く。確かに、とアル様はそれを受け取った。あぁ、そうだ。1つ、言っておこうと思ったことがあったんだ。

「貴家の紋章が入った物を、軽々しく預けるのは軽率であったと思います。私がこれを悪用する可能性は考えなかったのですか?」

 手紙に招待状を同封しておけばそれでよかったんじゃないだろうか。いくら命を救ってくれた相手だからといって、簡単に渡していいものじゃないはずだ。言うなればこれは水戸の御老公の印籠だぞ? そりゃ偽造したり、それを悪用したりすれば極刑なわけだが。

「同じ事を、兄にも言われました」

 俺の言葉にアル様は苦笑いを浮かべて答えた。うん、そうだろうな。

「ですが」

 ん?

「フィスト殿、貴方はそのようなことをする方ではありません。だから、この短剣を預けたのです」

 こちらの目を真っ直ぐに見て、アル様が言い切った。言葉すら交わしたことがない俺を、どうしてそうも簡単に信じることができたんだ? ひょっとして極度のお人好しなんだろうか?

「そう思った理由を、お聞きしても?」

「あの時。兵達が倒れ、単身で魔族に立ち向かわなくてはならなくなった私に、貴方は必死にこちらに向かいながら、こう言いました。『逃げろ』と。そして、片腕を犠牲にしてまで私を助けてくださいました。そのような方が、我が家の紋章を悪用するなど考えられません」

 つまり、俺の一連の行動が、彼にそう思わせたってことか。確かにあの場で、わざわざアル様達を気遣う演技をしながら駆けつける奴はいないだろうけどさ。というか、あの時はとにかく助けようって必死だっただけだしな。

「あ、ありがとうございます」

 膝の上で拳を握って力説するアル様に、背中がむずがゆくなるのを感じつつ、何とかそれを口にした。

「それで、お礼についてなのですが。フィスト殿は、何か望む物がありますか? 謝金については決裁を得ていますし、それ以外にも私個人に可能なことならば、できる限りのことをしたいのですが」

 とアル様が言う。謝金? つまり、アル様達を助けた事への礼金か?

「いえ、防衛戦の報酬はもらってますし。アルフォンス様達を助けたことそのものの謝礼は必要ありません」

 あの時のプレイヤーの立場はアインファストに雇われた傭兵だし、要人を助けたらボーナスが出るような取り決めもなかった。個人間のやり取りでそういうのが発生したプレイヤーもいるのかもしれないが、立場としてはアインファスト防衛のために戦った者同士だ。そこで金品のやり取りってのも何か違う気がする。

「あの時、魔族を排除したのは私ですが、応急処置を施したのは【シルバーブレード】のシリアですし、直接の謝礼ならそちらに渡すのがいいのでは?」

「そちらは断られました。それが自分の役割だから、と」

 つまりはそういうことだ。俺が魔族を潰したのは、それが俺の役割だったからだ。

「それに、アルフォンス様には、もう十分にしていただきましたから」

「え? 私が、何か?」

「鹿の剥製ですよ。あのような高額で競り落としていただけましたし」

 森絹のインパクトがでかすぎたけども、鹿の剥製だって結構な値段で売れたのだ。欲しいから落としたんだろうけど、あれがお礼だってことにしとけばいいだろ。あの時、他にも剥製の壁掛けが出てた中で、あれを競り落としてくれたんだし。

「いや、あれはフィスト殿が倒した鹿だと知ったので、つい、ですね……」

 ん? 何故かアル様がソワソワし始めた。恥ずかしそうに頬を染めて……って、少年だ、少年だぞ。その道の人なら飛びつきそうだけど。

 挙動不審なまま、あーとかうーとか言うアル様は子供らしくて(変な意味ではなく)可愛いんだが、それはそれとして、どうしたものか。ヘルマンさんを見ると、アル様の様子を楽しげに見ていた彼が俺に気付き、笑みを深くした。

「どういうことなんです?」

「何と申しましょうか。あの戦以来、アルフォンス様は【シルバーブレード】とフィスト様の活躍をとても気にするようになりまして。特にフィスト様に並々ならぬ関心を――」

「ヘルマンっ!?」

 ヘルマンさんの言葉に慌てだすアル様。

「短剣がすぐに戻ってこなかったので、訪ねてきてくれる。いつ来るかいつ来るかとそれはもう」

 ……何だろう。あれか、スポーツをやってる子供が、プロのスポーツ選手が指導に来るのを楽しみにする心境みたいなものだろうか。いや、何か、遅くなって申し訳ないね……でも何でだ?

「……【シルバーブレード】に対してなら分かりますが、私のどこが?」

 勇者パーティーとしてプレイヤーにも住人にも認知されているルーク達ならともかく、何で俺? 命を救ったことによる補正でも入ったんだろうか?

「フィスト殿が魔族を倒す瞬間を、私は見ていました。武器も持たず、疾風のように地を駆け、そのような細身でありながら、貴方は自身よりも大きな魔族を拳の一撃で打ち砕いた。あの時の衝撃は、今も私の中に鮮明に刻まれているのです」

 俺から視線を逸らしつつ、アル様が言った。

「私はこのような外見ですし、正直なところ、剣の腕も今ひとつです。強い者には憧れます。ただ強いだけの者なら多くいますし、噂もよく聞きます。ですが、力を持ち、かつ高潔な方となると、そうはいません……どうかしましたか?」

「あー、いや、お気になさらず」

 あかん、途中で耐えられなくなってつい頭を抱えてしまった。やっぱり補正が掛かってるよこのお方。強さ云々はともかく、高潔だのと……そんな立派な人間じゃないぞ俺は。食い意地が張っただけの一般人だ。

「内面的な部分をアルフォンス様に見せたことはないと思うのですが……」

「色々と噂は集めましたので。アインファストの狩猟ギルドや薬屋でのこと。幻獣と友誼を結んでいること。新聞記事に載っていたこともありますし」

 あー、そういうのを総合しての評価なわけね。というか、よく調べてるな。領主家ともなると独自の情報網とかもあるんだろうか。それにしたって過大評価な気がするけどな。礼を断ったことも、評価の加算対象なんだろうなぁ。

 と、そこへノックの音が響いた。何かあったか?

 アル様が頷いたのを確認し、ヘルマンさんがドアを開けた。

 入ってきたのは金髪の青年だった。アル様に少し似てる気もするが、こちらはハンサム顔だな。

「兄上!?」

 アル様が驚きの声をあげた。てことは、この人が領主のエドヴァルド様か。若いな。まだ20歳にはなってないんじゃないか? あと背は普通だ。

「な、何故ここに?」

「お前の命の恩人が訪ねてきていると聞いてな」

 そう言い、エド様が俺を見た。

「フィスト殿、だったな。エドヴァルド・ブラオゼーだ。先の防衛戦では弟以下家臣達を救ってもらった。遅くなったが私からも礼を言う。それから――」

 そして少し間を置いて、

「唐突だがフィスト殿、我が家に仕える気はないか?」

 とんでもないことを言った。仕える? 俺が? ブラオゼー家に?

 いや、それってアリなのか? レディン達みたいに、一時的に住人に雇われてる連中はたくさんいるが、どこかに仕官したってプレイヤーは聞かないぞ?

「いや、あの……俺、じゃない、私は、異邦人ですよ?」

「それは承知している。確か異邦人達は、限られた時間しかこちらにいられないのだったな」

 異邦人という、GAOにおいて特殊な立ち位置にあるプレイヤーについて、GAOの住人達は、アミティリシア以外の世界から来ていること、そして今、エド様が言ったように、活動限界時間があることについては認識している。後はプレイヤーの不死性に関する部分だが、ここは実際にプレイヤーの死に直面した者だけが解禁される仕様らしい。

 話を戻すが、プレイヤーは常にログインできるわけじゃない。毎日同じ時間にログインできるかもリアルの事情次第だ。そんな人間が宮仕えなんてどうなんだろう。それを承知でエド様は言ってるんだろうけど。

「それでも構わない。武勇も人柄も踏まえた上で、貴方を迎え入れたい。どうだろうか?」

 そうやって買ってくれるのは有り難い話だと思う。アル様も期待の眼差しを俺に向けてるし。でも、答えは決まってるんだよな。

「申し訳ありませんが」

 その申し出を受けるわけにはいかない。ブラオゼー家に仕官してしまうと、それ以外のことで身動きが取れなくなってしまうからだ。

 エド様は予想していたのか特に変化はないが、アル様は明らかに落胆した表情を作っていた。何か悪い事した気分になってくるな。でもこれは、譲れない部分だ。

「残念ではあるが、貴方には貴方の都合がある以上、仕方ない。だが貴方は冒険者だ。何かあった時には声を掛けさせてもらって構わないか?」

「はい。常に対応可能かは分かりませんが、その時は是非」

「では、その時はよろしく頼む。それでは私は執務に戻るが、フィスト殿、もし予定がないのなら、今晩は我が家で食事をしていくといい」

 ほう、領主家の晩餐……興味があります。

「お言葉に甘えます」

「うん。それまではアルの話し相手になってやってくれ。外に滅多に出られないので、外の話を色々としてやってくれると助かる」

 それだけ言って、エド様は仕事に戻っていった。

 さて、一方のアル様はというと、さっきまでの落ち込みっぷりはどこへやら。これからの話に期待を膨らませているようだ。えーと、わんこ?

「それでは、何からお話ししましょうか?」

 お題はアル様に出してもらうとしよう。


 


 その後はアル様の話し相手になったり、防衛戦の時の騎士達に礼を言われたりと、あっという間に時間は過ぎていった。

 期待していた夕食も美味かったし。いや、さすが領主家。いいものを食べてるな。料理についても色々と話を聞けたので、気に入ったものを今度自分でも作ってみることにしよう。

 あと、今後も時間があればアル様に旅の話でも聞かせてやってくれと、通行証をもらった。何か、ジワジワと取り込まれてる気がしないでもないが、まぁいいか。

  

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