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第88話:食堂にて

 

 ギルドの直営食堂は城壁の内側ではなく、ギルドと同じく港側にあった。位置的には門を出て右手、つまりギルドとは反対側だ。

 木造2階建ての店で、結構広い。狩猟ギルド直営食堂、と共通語で書かれた看板が入口上部に掲げてあった。ギルド職員が言ったとおり、この時間は客がほとんどいないようだ。

「いらっしゃい! 1人かい!?」

 従業員らしき恰好をした女性が威勢よく声を掛けてくる。着てるスカートの丈はやっぱり短く、綺麗な脚が惜しげも無く晒されていた。荒くれ共に目を付けられそうな美人だが、少々の荒事には怯みそうにない雰囲気があるな。そんな女性じゃないと、ここじゃやっていけないのかもしれない。

「1人と1頭なんだが、可能か?」

 クインを目で指して、確認を取る。店内に動物はちょっと、という飲食店が少なくないのはリアルと変わらないのだ。

「大丈夫だよ。でも、人目を引きそうだから、奥の席がよさそうだね」

 クインを見て一瞬驚いたようだったが、気遣いを含んだ答えが返ってくる。

「助かるよ」

 案内に従い、店の一番奥のテーブルに座った。クインはテーブルに隠れる位置に伏せる。

「さて、ここは初めてだろうけど、注文は何にする? うちは何でも美味いよ」

 受け取ったメニューを眺めると、肉料理も魚料理も充実してて、目移りしてしまう。だが、今日の目的は決まってるのだ。

「海産系の料理、ここからここまで」

 言って、メニューに指を走らせた。は? と怪訝な表情になる女性。

「だから、ここからここまで。心配しなくても残さず食べるから」

「あぁ、いや……ここ、普通の店よりは量が多めだけど、本当に大丈夫なのかい?」

「ああ。俺だけじゃなく、相棒も一緒だからな。無銭飲食が心配なら、先に代金は払うぞ」

 いやぁ、一度やってみたかったんだよな。メニューの端から端まで、って。満腹の上限がないGAOの仕様だからこそできるんだけど。

「いや、まぁ、いいんだけどさ」

 釈然としないようではあったが、従業員さんは厨房の方へ消えた。


 

 テーブルに次々と料理が運ばれてくる。どんな料理か確認せず、とりあえず海産系を片っ端から頼んだからな。馴染みのある物から見たことない物まで様々だ。量が量なので、隣のテーブルにも料理が乗ることになりそうだ。客が少ない時間帯だからいいけど、繁忙時だと迷惑行為になりかねないな。次にやる時はその辺も気をつけよう。

 手をこすり合わせながらテーブルを眺める。まだまだ料理は来るんだから、順に消費していかないとな。さて、どれからいこうかね。自分が楽しむのは当然だが、クインが抵抗なく食える物を探す意味もあるからな。

「これにするか」

 定番と言えば定番の、鯛の塩焼きだ。そのままじゃなく、適当な部分でぶつ切りにされてる。頭はない。頬の部分も食いたかったんだけどな。

「よーし、クイン。まずはこれだ」

 一切れつまんで、クインの前に出してやる。匂いを嗅いで、クインはそのままそれを口に入れた。

「美味いか?」

 問うと頷いたので、半分を自前の木皿に移して床に置いてやり、俺は俺で鯛を口に運んだ。皮の香ばしさと適度な塩辛さ、そして白身の甘みと旨味が口の中に広がる。うん、美味い。焼きたての鯛は最高だな。

 鯛の塩焼きを攻略しながら次の料理を物色する。ん、あれ、グラタンっぽいな。だったら熱いうちに食うのが正義だ。

 香りは知ってるグラタンそのままだな。ただ、その中に魚の匂いもある。これってアンチョビか?

 スプーンで割ってみると、焦げ目の付いた白いソースの下から出てきたのは予想どおりイワシ系っぽい魚。それから短冊状に切ったジャガイモだ。後は厚めに切ったタマネギも入ってるな。

 ひとすくいしたものをクインの皿に入れてやる。匂いを嗅いだ後で一口するクイン。今度は首を傾げる仕種を見せた。食えないことはないが、好みではない感じか。

「まだ食うか?」

 確認してみると、少し迷った後で首を横に振った。他にも色々あるし、無理に食う必要はないさ。

 そうそう、GAOの狼は、タマネギも平気なようだ。以前、襲ってきたウルフを生け捕りにして無理矢理何個も食わせてみたんだが、そいつに異常は出なかった。ニンニクも同様だった。

 クインが食わないなら、俺が食うしかない。さて、お味は、と。おぉ、魚はかなり塩辛いけど、ホクホクのジャガイモとタマネギ、ソースの甘みが絡まるとそれがうまく抑えられるな。これも美味いわ。クイン、本当にいいのか? 全部俺が食うぞ?

 お次はでっかいザリガニというかロブスターみたいなやつだな。真っ赤に茹で上がったそれは丸ごと1匹だ。さて、50センチはあるこいつをどうやって食うか。まずはハサミからいってみるか。

 片方をもぎ取って、クインの皿に。もう一方は俺だ。ごっついハサミだなこれ。

 爪を開くとあっさりと殻が割れた。中から出てきた身はカニっぽい。お、結構弾力がある。それに甘い。カニよりも旨味がある気がする。

 テーブルの下からバキバキと殻を噛み砕く音が聞こえてきた。お、そのまま行きますかクインさん。殻は残した方がいいんじゃないかね? 何ならこっちで殻を取り除いてから――って、殻割用のハサミ、あるじゃないか。気付かなかった。まぁ、いいか。今の俺の腕力なら道具を使わなくても割れるし。

 胴体は縦に割ってクインと半分こだ。あ、そのままでも美味いけど、添えてあった溶かしバターを付けても美味いな。

 よーし、次はどれにするか。


 

 いやー、美味かった! どれも美味かった! リアルの定番からGAO独自の魚まで、ハズレが1つもなかったな!

 クインは色々と食べてたが、普通に焼いたり茹でたりした物は問題なく食えていた。魚の骨が刺さったりということもなかったから、今後はそれを考慮に入れて提供してやればいいだろう。というか、素材そのままの味が好きなんだろうな。香辛料たっぷりの焼き物とかスープは敬遠気味だったし。グラタンの魚を避けたのも多分それが理由だ。あと、酒も少しだけ飲んだな。

 テーブルの上には空になった皿、食えない部分が残った皿が並んでいる。よくもこれだけ食ったものだ。だが、これで終わりではないのだよ。最後に追加注文した品が1つ、まだ来ていないのだ。

 店の方は夕食の時間帯に入ったことで、客が増え始めている。体格のいい連中が何人も入ってきて、料理と酒を口にしては騒いでいた。多分、仕事を終えた船乗り、あるいは港で働く人足達だろう。酒が入っているせいか、随分と陽気だ。騒がしすぎる気もするが、店が注意しないところを見ると、それが普通なんだろうな。

「お待たせー」

 この店に来た時から接客してくれてたフィーネが、最後の料理を持ってやって来た。

 俺が頼んだのは【今日の逸品】と呼ばれるものだ。特定の料理ではなく、高級食材が入荷した時だけ提供されるものらしい。で、今日はそれがあるということだったので、是非にと頼んだのだ。

 フィーネが持つトレイの上には金色のエビが乗った皿がある。30センチ程のセミエビっぽい形をしたやつで、金塊エビと言う。普段は赤褐色なのが茹でると何故か金色になるのが名前の由来なんだとか。あと、とても高い。なんと4万ペディアもする。美味い上になかなか水揚げされないからだそうだが、まさに海の金塊だな。円換算40万円もする料理なんて、リアルじゃ絶対食おうと思わない。自分へのご褒美でも手が出ない金額だが、幸いここはGAOの中だ。ここで稼いだ金はここでしか使えないので遠慮なく使える。

「まさかこれを注文するなんてね」

 金塊エビを見ながら、フィーネが溜息を漏らした。

「珍しいのか?」

「そりゃあ、ここで食事する連中のほとんどは普通の生活してるんだ。こんな物頼める奴はいやしないよ」

 他の料理の値段はお手頃だったもんな。その中でこいつの値は確かに破格だ。

「じゃあ何で扱ってるんだ?」

「たまに大金稼いだ奴が頼むからだよ。パーッと使うから、普段は食えない物も頼むのさ」

 普通なら腐って終わりだが、新鮮なまま保存ができるから、いつか売れるだろうで仕入れてても大丈夫なわけだ。ん? 何だこの匂い。

「それ、何だ?」

 トレイにはエビ以外の皿があった。スープか? 美味そうな匂いが漂ってくる。

「金塊エビの茹で汁に、調味料を加えたものだよ。これがまた美味いんだ。本体の方はもっと美味いらしいけどね」

「らしい、ってのは?」

「言ったろ? 金塊エビなんて、庶民が食えるもんじゃないんだよ」

 あぁ、そういうことか。茹で汁の方は残ったのを口にする機会もあるわけだな。

「殻まで食えるらしいから、しっかり味わうんだね」

 とっても名残惜しそうな視線を向けたまま、金塊エビが乗った皿を手に取るフィーネ。彼女には悪いが、さて、いよいよ――

「きゃっ!?」

 突然、フィーネの身体が傾いた。テーブル上の食器に突っ込みそうになるのを、腕を伸ばして支える。フィーネにぶつかったのは客らしい男だった。そのまま床に倒れるのが視界の隅に映る。

「大丈夫か?」

「あ、ありがと……その、あたしは、大丈夫だけど……」

 申し訳なさそうに、フィーネの視線が壁へと向いた。そちらを見ると、壁に貼り付いてるオブジェがある。言うまでもなく、俺が注文した金塊エビだ。さっきぶつかった勢いで、皿から飛んだらしい。

 それが、床に、落ちた。

「……3秒っ!」

 急いでテーブル下を覗き込む。しかしそこに金塊エビはなかった。

 ただ、何故かクインの口の端から、金色の何かが見えている。それはクインが咀嚼するにつれて見えなくなった。

 あれ? おかしいな……金塊エビは、どこに行ったんだろう、ね?

「クインさんや、満足げな顔をしてるところ、申し訳ないんですがね……俺の金塊エビ、知りませんか……?」

 じ、っとクインの紅玉を見つめる。不思議そうに見つめ返してきたクインの表情が何かに気付いたように変わった。しばしの沈黙の後、クインの顔が逸らされる。ちょっとこっちを見てくれませんかクインさん?

「だ、大丈夫……?」

 声がしたので頭を上げると、気の毒そうな顔で俺を見るフィーネがいた。

「ウン、ダイジョーブダヨ」

 あれ、俺の声ってこんなだったっけ?

「ソンナコトヨリ、オレノキンカイエビ、ドコダ?」

 フィーネは俯いて、何も語らない。

 無いなら仕方ない。でも、仕方ないじゃ済まない、済まされないことって、あるよな? 何でこんなことになったのかね。いや、分かってるよ。分かってるんだ。

 さっきの男はダメージ自体は小さかったんだろう。既に立ち上がり、あっちで別の客と殴り合っている。つまり、さっきの出来事は、あれの余波で起きたわけだ。

 席を立ってそいつへと近付く。当然そいつから俺は見えないが、相手の方が俺を見たのに気付いたのか、振り向いた。

「何だてめぇはがっ!?」

 そいつの首を掴んで吊り上げ、黙らせる。結構な体格をした男だったが、今の俺の腕力だと、片腕でそいつが持ち上がった。

 それからそいつのケンカ相手だった男の首も掴んで持ち上げた。そのまま店の外へと向かう。ケンカに無責任な歓声を飛ばしていた他の客達が割れるように退いていく。

 店の外に出て、そいつらを放り投げた。石畳の上で咳き込みながら、2人が俺を睨んでくるが、睨み返すと身体を震わせて大人しくなる。おやおや、さっきまでの威勢はどこに行ったのかね?

「お前らが何でケンカしてたのかは、まぁ、いい。でもな、お前らのケンカのせいで、被害を受けた奴がいるわけだ……おい、そこのヒゲ面」

 フィーネにぶつかった方の男を見て、言ってやる。

「お前、さっき無様に殴られた時、店員にぶつかったんだが気付いてたか?」

「あ、あぁ……」

「その時、その店員が料理を運んでたんだが、そのせいで料理が床に落ちて台無しになったわけだ。酷い話だと思わないか?」

 次に、ヒゲ面を殴った方の男を見て、言ってやる。

「お前がうまく殴ってれば、そっちのヒゲが吹っ飛ぶだけで済んだんだけどな。関係ない人間を巻き込むってのは、どうなんだ。わざとか? わざとなのか? お前、俺に恨みがあるのか?」

「いっ、いやっ、そんなつもりは……っ」

「フィーネ!」

「はっ、はいっ!」

 名を呼ぶと、慌ててフィーネが店から出てくる。そちらを見ず、男達を睨んだままで、言ってやる。

「こいつらのケンカのせいで台無しになった料理が何だったのか、教えてやれ」

「え、と……金塊エビ、です……茹で金塊エビ……」

 フィーネの言葉で、周囲に沈黙が落ちた。数秒後、背後でこちらの様子を窺っていた客達のざわめきが広がっていく。ケンカの当事者2人の顔色は、酒の赤がすっかり抜けて蒼くなった。金塊エビの価値は知れ渡ってるようだ。

「俺が何を言いたいのか。お前らに、何を求めてるのか。これ以上言わなくても……分かるよな?」

 一歩踏み出して、指を鳴らす。大丈夫、俺は冷静だ。冷静だとも。

「さぁ、答えを聞かせてもらおうか」

 だって、こいつら。まだ、怪我の1つもしてないだろ?

 男達は顔を見合わせ、周囲へ視線を走らせる。店の中から、そして騒ぎを目にした野次馬が集まりつつあった。これは好都合かもしれない。こいつらの非は明らかなんだ。これ以上ごねることも――

「しっ、知るかっ!」

 ……あったよ。

「茹で金塊エビだってなら、床に落ちたくらいで食えなくなるもんじゃねぇだろ!?」

「どうせ食う時に殻を剥ぐんだから、中身は食えるじゃねぇか!」

 と、異を唱える男達。まぁ、あれがロブスターだったなら、それでもよかったけどな。

「フィーネ。金塊エビ、殻も食えるんだったよな?」

「え、ええ、茹でると殻は柔らかくなるというか、強度が落ちるらしいわ。手で簡単に割れるくらいになって、味も抜群だって聞いたことがあるけど……」

 フィーネの言質を取ってから、男達を見やる。

「だ、そうだが?」

「あっ! 洗えば食えるだろっ!?」

「残念なことに、俺の相棒が全部食ってしまってな」

「だっ! だったら、食うことはできたんじゃねぇかっ! お前が食えなかったのはそいつのせいだろっ!?」

「なるほど……おい! クイン!」

 店の中に呼びかける。少ししてクインが入り口から出てきた。その存在に初めて気付いたらしい野次馬共が、慌てて入口付近から逃げていく。

「なぁ、クイン。こいつらが言うんだ。勝手に食ったお前が悪い、って。どう思う?」

 お前が食うのを待ってくれればよかったってのはあるんだ。お前にやるやつは、全部木皿に移してやったり、直接渡してたろ? それ以外はイレギュラーだと察して欲しかったってのは、あるぞ、うん。

 隣に来たクインにそう言うと、気まずそうな顔をした。そして、厄介事を運んできた男達へ視線を向ける。ひっ、と小さな悲鳴が男達から漏れた。あ、泣いてる。

「もう一度言うが、お前らがケンカを始めなければ、こんなことは起きてないわけだ。俺の故郷には喧嘩両成敗という言葉があってな。つまり、片方がじゃなく、どっちも悪いってことだ。さぁ、どうしてくれる?」

 とどめの言葉を放つと、男達はうなだれた。


 


 物理を伴わない話し合いの末、必ず弁償することを誓わせた後、クインに匂いを覚えさせて解放してやった。次に金塊エビが入荷したら、俺は好きな時にそれを食い、代金はこいつらにギルドから請求するということで決着。

 最後の最後で美味いものを逃してしまったが、またのお楽しみということで我慢しよう。

 あ、クイン。次はお前の分はナシだからな?

 

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