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第85話:羞恥心

 

 とりあえず、言うべきことは1つ。

「何で?」

「えっ?」

「えっ?」

 どうしていきなりPvPなんぞ、と思って口にすると、心底意外そうな表情で呟くローゼ。あれ、俺の方がおかしいの? こちらも声を漏らしてしまった。

「え、っと。フィストって格闘系だよな?」

「ああ、そこは間違ってないけど」

 何故か自信なさげに確認してくるローゼ。その点に関しては否定の要素もないから頷いておく。だよな、と呟き、ローゼは何やら考え込んでたが、俺がじっと見てるのに気付いて、あのさ、と続ける。

「今まで会った格闘系プレイヤーって全員PvPメインだったからさ。手合わせ頼んでそんな反応されたの初めてだ」

 ああ、ローゼは他の格闘系プレイヤー達と面識があるのか。

 ざっと話を聞いてみると、格闘系プレイヤーはほとんどがアインファストの闘技場に引き篭もってて、PvP三昧な毎日を送ってるらしい。格闘系同士だけでなく、リアルではまず無理な無手対武器も積極的に行われてるとか。リアルでの格闘技経験者も多いそうで、間違って大怪我を負わせても現実には影響がない仮想現実世界は、彼らが一切の遠慮なく己の技を繰り出せる天国なんだろうな。他には、格ゲーみたいなことを実際にやってみたい、ってプレイヤーも多いとか。

 それにしても、そうか。引き篭もってるのか。今まで見かけないわけだ。

「で、そんな格闘系のお前が、どうしてツヴァンド方面へ?」

 PvP大好きなら、闘技場でずっとやってればよかったんじゃないかと思って問うと、

「ゲームなんだし、あちこち行かなきゃつまんねーだろ? それに、人以外の獣や化け物と戦うとか、ワクワクするじゃんか」

 とローゼは楽しそうに笑う。あぁ、格闘しか頭にないってわけじゃないんだな。

「でもま、フィストがそっち系じゃないなら、さっきの話はナシな。忘れてくれ」

 少し残念そうに踵を返し、投げ捨てていたマントを拾い上げるローゼ。おや、意外な反応だ。

「是が非でも、じゃないのか?」

「そりゃフィストと戦り合いたいってのはオレの正直な気持ちだけどさ。こんなの無理強いしても意味ねーだろ? 双方が納得の上で、ガチにぶつかり合うからいいんだよ」

 ふーむ、きちんと分別は持ってるんだな。ゲームの中だからってことで短慮を起こすプレイヤーが多いと聞く中で、ちゃんと筋は通したいわけだ。

「いや、相手になるのは構わんよ」

 無理矢理にでも挑んできたなら、どんなえげつないことでもしてやろうと思ってたけどな。

 実際、いい機会だ。地底湖での修行から、今の自分の強さがどれくらいのものなのかは気になってはいたし。スキルレベルがどうとかそういう意味じゃなく。それに、GAOを始めてからようやく出会えた格闘系プレイヤーだ。どれくらいの強さなのか興味があるのも事実だしな。

「マジか!? サンキュー!」

 マントを投げ捨て、ガッツポーズをするローゼ。そんなに嬉しいのか。

 それじゃ、期待に応えられるかどうかは分からんけど、頑張るかな。


 

 旅人達がいなくなるのを見計らってから、俺は立ち上がる。ギャラリーがいてもいなくてもやることは変わらないが、プレイヤーの目はあまりないほうが好ましい。

「じゃ、やるか。設定はどうする? 普段はどんな設定で勝負してるんだ?」

「その時で色々だな。でも、今日はどっちかが倒れるまでのありありルールで行こうぜ」

 そう言ってローゼがPvPの設定を始める。少しすると申請のメッセージが正面に浮かんだ。了承し、ローゼに対して身構える。

 カウントが終了し、PvPが始まっても、俺は動かなかった。そしてローゼも。いや、摺り足で少しずつ近付いてきてはいるのか。一気に突っ込んでくるかと思ったんだが、慎重だな。

「どうした、来ないのか?」

「そう慌てなくていいだろ?」

 軽く挑発してみても、あっさりと受け流される。こっちから攻めてもいいんだが、色々と予想と違うのでやりにくいな。

 それにしても……つい脚に目が行ってしまうというか、こいつ、そう仕向けてる節があるな。

「どこ見てんだよ、スケベ」

 などとローゼが低い声で言うが、その顔に不快感が浮かんでいないのだ。てことは、思うところがある、ってことになる。荒○課長、あれって視線誘導が目的ですよね?

「いや、せっかくだからしっかり見させてもらおうかな、と」

 乗ってみるか。視線を脚に向けたままで、そう言ってやる。間合いは結構詰まってきた。あと少しで蹴りが届きそうだ。

「ふーん。だったら、もっとよく見せてやるよ」

 こちらの軽口に応えるように、ローゼはスリットに手を這わせ、裾をゆっくりとずらしていく。そして、途中で一気に捲りあげた。

 見えた! などとボケることなく、足を前に出す。足裏に衝撃が伝わった。ローゼの振り上げるような蹴りを受け止めた結果だ。こいつ、俺の股間を狙ってきやがった。

「ガン見してた割に、いい反応じゃねぇか」

「あんなあからさまな誘いに引っ掛かるかよ」

 即座に離れて言うローゼに、肩をすくめて答える。そりゃ、ガン見してるように装ってただけだからな。それにしても、初手がパンチラからの股間蹴りとか……かーちゃんキックの使い手が実際にいるとは思わんかったぞ。

「ん、完全に防がれたのは初めてだな」

 感心したようにローゼが言う。つまり、ほとんどの奴はまともに食らったのね……本当に男ってやつぁ……

「しかし自分から下着見せるとか……まさかリアルでもやってるのか?」

「どこの痴女だよそれ? アバターじゃなきゃやらねぇよ」

 ふーん、アバターだから、か……つまり、羞恥心がないわけじゃない、と。仮想現実での身体だからと割り切ってるわけだな。

「アバターだから平気、ね。見られることにも触られることにも抵抗ないわけだ」

「あん? んなわけねぇだろ。触覚はあるんだから、いくら仮の身体だからって、簡単に触らせねぇよ。そこまで安くねぇ」

「へぇ。だったら見られるのも抵抗あるだろ? 視線を感じる、なんて表現があるが、あれって見られてることを肌で感じてるってことだよな。目で触られてる、って言い換えてもいい。GAOはよくできてるゲームだ。殴られれば痛いし、熱さも冷たさも感じる。エロ親父に触られたら不快にもなるだろう。生身でもアバターでもそこは一緒だろ。現実と変わらんわけだ。それを踏まえた上でもう一度聞くけど、お前、本当に見られて平気なのか?」

 作りものの身体だと言っても、リアルとほぼ変わらないのだ。ただ見られるだけなら何とも思わない、なんてのはおかしい。そう、思い込ませる。

「本当に平気なんだったら、そんな中途半端な露出じゃなくて、もっと大胆にいけばいいんじゃないか? 胸甲外したら、きっとすごいことになるだろうし。なんなら、下は履かないってのも手だな。見た瞬間、相手の男は完全に固まるだろ。殴り放題、蹴り放題だ。いっそのこと、全裸で戦うってのはどうだ?」

 発言だけピックアップしたらセクハラ以外のなにものでもないが、これは精神攻撃であってセクハラではない。ないったら、ない。

 それに股間を蹴ってくるような相手に遠慮はいらんだろ。アレもある意味、男に対するセクハラだと思うんだ俺。

 さて、ローゼの反応だが。俺の言葉をそのまま想像したんだろうか。見る間に顔に朱が差していった。

「ばっ! ばっきゃろーっ! そんにゃことできるきゃーっ!?」

 あ、噛んだ。

「何でだ? 見られても恥ずかしくないんだろ? だったらできるだろ? それとも何? 恥ずかしくないってのは嘘か? 本当は恥ずかしいのを我慢してたのか? それとも、実は見られて興奮するタイプ?」

 じー、っとわざとらしくローゼの脚に視線を向けてやる。

「あっ、あたしにそんな性癖はねぇっ! みっ! 見るなよっ!」

 脚を隠すようにスリットを押さえるローゼ。うん、隙だらけだ。

 【魔力撃】を込めた足で地を蹴る。間合いは瞬時に詰まり、突き出した拳がまともにローゼの鳩尾へと突き刺さった。膝を着き、咳き込むローゼを残し、一旦後ろへ下がる。

 いや、ここまであっさりと心の防御が崩れるとは思わなかったな。今までの相手がそこまで深く突っ込んだことはなかったんだろうけど。いや、突っ込む気がなかったのか。そのままだったら鑑賞し放題だもんな。

「大丈夫か?」

「うっ! うるせーっ!」

 涙目で顔が真っ赤なのは、怒りのせいか羞恥のせいか。それでも戦意は衰えてないようで、立ち上がったローゼが向かってくる。でも、繰り出してくる突きはそこそこ重いんだが、鋭さがないな。本調子だったらすごそうなのに。受け、払い、流しながら、失敗したなぁと反省する。

「蹴りは使ってくれないのか?」

「誰が使うかっ!」

 さっきからの精神攻撃の効果で、ローゼの奴、蹴りを使うことに躊躇いが生じてしまったようだ。一度冷静になってもらわんと、ローゼは実力を出し切れないな。何かもうムキになってるだけだもんな。それは俺にとっても不本意だ。

 左手で攻撃を捌いてローゼの右手首を掴むと同時に、目を狙って右の二指を突き出す。片腕を掴んだままなので離れることはできず、ローゼは顔を逸らしてそれを避けた。

 引き寄せるように腕を引っ張り、身を低くする。そして――

「にゃっ!?」

 ローゼの脚の間に右腕を突っ込んで、担ぎ上げた。狼狽えるというか硬直するローゼ。俺の腕が彼女のどこに触れてるのかは察してくれ。

 そのまま大きく跳躍し、体勢を変える。ローゼの頭が真下に向くように。

 地面に真っ赤な花が咲き、肉の柱が1本建った。


 

「おーい」

 声を掛けるが返事がない。PvP終了から膝を抱えたまま、ローゼはピクリとも動こうとしない。

 いや、まぁ、少しやりすぎたかな、と思わなくもないが……やっぱりセクハラまがいのあれこれが不味かったか。こっちにその気がなくても、やられた本人がどう思うかで決まるもんな。プレイヤーがいなくなってから始めてよかった。いたら要らぬ悪評が立つところだ。今のままだとローゼが吹聴したら一緒だけど。

 そろそろ、何らかの反応をしてくれませんかね? 不安ばかりが募るんですが。

「あーっ! 情けねぇーっ!」

 ようやくローゼが再起動した。大声で叫び、そのまま身体を後ろに倒し、地面に寝転がる。頭を抱え、左右にゴロゴロしながら呻いてるその様は何というか……そんなに激しく動くと、色々と見えたり揺れたりするんだが。

「あー……色々ときわどいことしてすまんかった」

「何で謝るんだよ?」

 こちらを見上げながらローゼが睨み付けてくる。

「言動だけ拾ったらただのエロ助だけど、フィストの場合、それって全部、目的じゃなくて手段だったろ。エロい事したくてやったわけじゃねぇんだろ?」

「そりゃまぁ、そうなんだが。俺がどう考えて行動したかじゃなく、お前がどう思ったかが全てなわけで」

「あぁ、その点は、自分の情けなさに腹が立つだけだよ」

 憤然とした表情で、ローゼが額を叩く。

「今までは平気だったのにさ、ちょっと突っ込まれただけで平静さを失うなんてよ」

「その点に関しては、最初からツッコミ受けない恰好にしとけばいいんじゃないか? というか、何でわざわざチャイナドレスなんだよ」

「だって、リアルで着てられるようなもんじゃねーし。こっちなら恥ずかしくねーと思ったんだよ。それにチャイナで格闘とか、カッコイイじゃんか。それに、これを薦めてくれた職人も言ってたしよ。格闘娘にはチャイナですよーって」

 あぁ、恰好そのものも、GAO内だからできたわけね。つかその職人、まさか……いや、ひょっとしなくても……

「まぁ、ファッション含めてとなると俺は何も言えんけど。別に普通の拳法着とかでもいいだろ。チャイナドレスベースを貫きたいなら、そこからズボン履くスタイルもアリだろうし、あくまで脚を出したいなら、アンスコみたいに見られてもいいの履いとくとか、ストッキングみたいなの履くとか。チャイナの下にレオタードみたいなの着とくとか。方法は色々あるだろ」

 というか女性格闘家が脚を露出する傾向って、いつから始まったんだろうか。ゲームの某路上戦士シリーズの女刑事とかかね?

「別に色気を武器にしなくても十分強いだろうに。乳だってそんなに盛らなくてよかったんじゃないか?」

「いや、こっちは一度、アバター作成時に削ぎ落としたんだけどよ、邪魔だから。でもいざ動いてみたらバランス取れなくてさ。キャラリセットしてリアル準拠に戻したんだよ。つか、普段から色気を前面に押し出した戦い方をしてるわけじゃねぇよ」

 ……あぁ、それなら仕方ないか。リアルとかけ離れた体型にすると齟齬が出るって噂は聞いてたが、まさか本当だったとは。派手に動かないプレイスタイルなら誤魔化しもきくんだろうけど、格闘系じゃ問題ありそうだもんな。

「で、俺としては仕切り直したいわけだが。大丈夫か? 特にメンタル面」

「……大丈夫。というか、このまま全力出せないまま終わったら、PvP受けてくれたフィストにも申し訳ねぇし」

 そう言ってローゼが跳び起きた。服の土埃を払い、気合いを入れるためか頬を思いっきり叩いている。

「てことで。悪ぃけど、もう一戦、頼む。今度はあんな無様、見せねぇからよ」

 さっきのPvPで狼狽していた様子が嘘のように落ち着いた表情で、ローゼがこちらを見る。多分、次はさっきみたいな精神攻撃は通じないだろうな。

「よし、やろうか」

 今度はこちらからPvP申請をして構える。ローゼがそれを受諾し、カウントダウンが始まり、PvPがスタートした。

 が、今度も動きがない。さっきと違って動きがあるかと思ったんだがな。今度はこっちから仕掛けて――

「っとっ!?」

 動く前にローゼの先制が来た。【魔力撃】を使った様子はない。それなのに踏み込みの速度は、俺が【魔力撃】を使った時と遜色なく。そして繰り出された拳の一撃は、前にも増して重い一撃だった。

 

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