第84話:挑戦者
2015/1/21 誤字訂正
交流会は無事に終わった。うちのクイン達が悪いことしたけど、最後はまた和やかな空気に戻ったし、主催者のケモスキーもフォローしてくれたしな。テイムアニマルと、NPCとしての動物の違いがよく分かったのは収穫だとも言ってくれた。でもまぁ、次があっても参加は避けた方が良さそうだ。クイン自体がこういう場に向いてない。せめてヤミカゲの十分の一程度でも愛想よくしてくれれば……いや、それはそれで違和感が酷いな。
ゴードン達とは互いにフレンド登録をしておいた。幻獣を連れた者同士、困ったことがあれば協力し合おうということで。
ツヴァンドに戻ったら一つ目熊を狩猟ギルドに卸し、そろそろドラードへ行く旨を告げた。職員のマイクさんは残念そうだったが、今まで結構良質な獲物を納めてたので、お礼を言ってくれ、今回も送別会を開いてくれた。こっちの狩人さん達とはほとんど交流がなかったから、ギルド職員達だけだったけど、楽しく過ごせたし、ドラードの情報ももらえたから有意義なものになった。あと、マイクさんにはこっそり蛹をプレゼントしておいた。大喜びだった。
ログイン85回目。
ツヴァンドを出てドラードへ向かう。
ツヴァンドからドラードまでは、アインファストからツヴァンドまでの距離と地図上ではそう大差ないが、途中に橋が架かってない大きな河があるらしく、そこで少々手間取ると聞いた。渡しのようなものがあるらしい。
で、今回も駅馬車は使わず、歩いて行くことに決めた。馬車代はあるけど、時間的な余裕もまだあるしな。馬車は時間の短縮ができるのが便利ではあるが道中が味気ないのだ。
ドラードへ行ってからやることは結構ある。まず、オークション。これは以前アインファストで狩った大鹿の頭の剥製を出す。出すというか、既に出品手続きは済んでるはずだ。これがいくらになるのか楽しみである。あと、もし可能なら、森絹を出品してみようと思う。
次に、グンヒルトのところへ顔を出すこと。ジェートを渡す約束をしてるし、料理を振る舞ってもらう約束もある。あと、GAO内生産の味噌と醤油も少し分けてやろう。近い内に訪ねるというのは連絡済だ。
それから、ドラードの騎士、アルフォンスとの面会。これは行った時にいてくれればいいけどな。いつ会いに行く、って約束をしてるわけじゃないから、すれ違う可能性もある。まぁ、その時はその時だ。どうせドラードにはしばらく滞在するし、機会はいくらでもあるだろ。
そして何より、海の幸を存分に楽しむことだ。ドラードは港を持つ都市。大きな魚市場もあると聞く。海に面してるから釣りもできるし素潜りもできる。既に【魚介知識】のスキルは修得済。後は釣り具等をドラードで買い込むだけだ。フフフ、楽しみだ。今まではエルフの村で食った川魚以外はずっと肉だったしな。
今回は街を出るのが遅めの時間だったので、すれ違う旅人はいても同じ方向へ進む旅人を見かけなかった。俺とクインだけでのんびりしたものだ。
狩りをしてるプレイヤーを見かけることもあったが、今のツヴァンドはプレイヤーの拠点としては旨味が薄く、ツヴァンドのメインの狩り場は森の方なので、本当に稀だった。
結果、街道沿いのセーフティエリアまで、まったくトラブルが起きることなく到着した。大変結構。
そのセーフティエリアも旅人はまばらだ。普通に朝からツヴァンドを発ってれば、ここは素通りして次の休憩所あたりで食事をするのが普通みたいだしな。まぁ混雑してないのはいいことだ。
ここは森が街道の近くまで来ている。川は流れておらず、水は掘られた井戸が使えるようだ。
「クイン、メシはどうする?」
問うと、そのままクインは森へと歩いて行った。自前で調達するみたいだな。
「それじゃ、俺は俺のメシを作るか」
ストレージのリストを表示させ、何を作るか考える。
……採取だけして使ってないものがかなり増えたな。そのほとんどは毒草系だったりするんだが。何かに使えるかもしれないと採取したものの、そのまま使ってないものだ。狩猟用の毒を作ろうと思ってた時期もあったんだが、チスイサボテンのトゲが使い勝手よくて、結局作らなかったんだよな。かといって、食材に蓄積してしまうような毒は作るわけにいかないし。
まぁ、毒草系といっても、普通に薬の素材になる物も多いし。ドラードに着いて落ち着いたら、ポーション類じゃなくて普通の薬なんかも作ってみようか。風邪薬とか胃腸薬とか。あと気が向いたら、各種毒も研究してみるか。
とりあえず薬のことは置いといて。味噌と醤油が手に入ったから、色々と試せそうではあるんだがな。そういうのは街でやるべきだ。野外ですることじゃない。
「ま、作ったことがあるやつでいいか」
かまどを組み立て、ストレージから調理器具と材料を取り出し、調理を開始する。献立は鳥雑炊だ。以前、メグロバトを使って作った雑炊があったが、今回使うのは普通の鳥肉。味付けは味噌、そしてバルミアだ。
西洋風ファンタジー世界だから仕方ないとは言え、やはり主食がパンばかりというのは勘弁なのだ。米が食べたい。存在が確認できないから大麦で代用するしかないけど。麦100%ご飯でも構わないのだ。あ、そういや以前掘ったヤム芋、醤油も手に入ったからそろそろとろろかけご飯もいいかもしれない。
しばらく煮込んで鳥雑炊の完成。何か、雑炊のバリエーションだけが増えていくような気がする。地底湖での修行の時も、結構作ったしな。
うむ、味噌のいい匂いがする。少し味見をしてみると、しっかりと大麦に味が染みていた。よし、いいぞ。ちなみに俺、普段雑炊を食べる時は、一気にかき込む派だったりする。熱々のを少しずつすするより、温かいくらいに冷めたのを口いっぱいに頬張る方が好きなのだ。だから、少し冷めるのを待つ。
さて、セーフティエリアといっても、安全なログアウトが可能なだけで、危険がゼロというわけではない。だから調理中も、時折【気配察知】で安全の確認はしてるんだが。スキルの範囲にさっき入った存在が気になってる。森の中から、まっすぐこっちへ向かってくる存在が1つ。速度はそれ程でもない。あと1つレベルが上がれば、それが何であるのかまで識別できるようになるんだがなぁ。
耳を澄ませ、【聴覚強化】を併用していると、森の奥から近付いてくる音を拾うことができた。動物、じゃないな。二足歩行、少し足を引きずってるような感じ。疲れ果ててる、って言えばいいんだろうか。あと、息が荒いな。
そちらを見ていると、しばらくしてそれが姿を見せた。
丈の長い茶色のフード付きマントを纏った、多分人間だ。フードを目深に被ってるので顔はよく見えない。マントも前をしっかりと合わせてるので体型や装備も見えない。が、そいつは休憩所を見渡して、俺の方を見て止まった。そして、こちらへと駆けてくる。野盗か? それともPKか? 武器は抜いてるように見えないが、マントの下で抜いてるかもしれない。いつでも対応できるように片膝を立て――
「……は?」
と思わず間抜けな声を上げてしまった。そいつ、途中で転けやがったのだ。勢いが勢いなので、ヘッドスライディングでこっちに突っ込んでくる。そしてそれは、鍋の手前1メートルくらいで止まった。おいおい、砂埃がメシに入ったらどうしてくれるんだよ。
「……おい、大丈夫か?」
転けたまま、ピクリとも動かなくなったそれに、声を掛ける。マントの下から突き出された両腕にはガントレットが装備されていた。結構傷が入ってる。かなり使い込んでるな。
その片腕が、何かを求めるように持ち上がった。
「メ……メシ……」
震える声は女のもので、それに続くようにきゅ~ぐるると聞こえた。へぇ、腹の虫が鳴くのって初めて聞いた気がする。
と、妙な仕様に感心したところで、パタリと手が落ちた。
完成していた鳥雑炊に、お茶用に沸かしていた湯を追加し、お玉で大麦を潰すようにしてかき混ぜ、味噌とバルミアを追加して味を調整した。ほら、空腹状態で消化に悪いもの一気に食うと死んでしまうとか何とか。本当かどうかは知らんけど。
まぁ、過去の有名人の所業はともかく、そうなるというのが本当なら、下手したら死んでしまうかもしれない。何故って? GAOだからさ……
そんなわけで、水分を増やした。でもって、まずは汁だけを飲ませてやると、一気に飲み干した。フードの下から覗く顔、その両頬に水が垂れていくのが見えたから、よっぽど美味く感じたんだろうなぁ。
で、鳥雑炊というか鳥粥だが、それを振る舞ってやったら、これもなかなかの食べっぷり。一気に食ったら死ぬかもよ、と念押ししておいたので、かき込むことはなかったが、それでも箸は止まらなかった。そう、何も考えずに箸を渡したんだが、こいつそれをちゃんと使ってるんだよな。てことはこいつ、プレイヤーだ。
おかわりは自由にさせた。いや、こうもいい食べっぷりだと、たんとお食べ、と思っちゃってなぁ。無言で食事は進み、鍋は空になった。元々、俺が独り食うだけの量だったしな。
俺は自分の食う物がなかったので、ストレージに保管してあったティオクリ鶏を出して齧り付く。うん、美味い。
「……」
で、その女の視線が、俺の食ってるティオクリ鶏に注がれてるのもすぐに気付いた。
「……食うか?」
食いかけをそのまま差し出すと、ひったくるように受け取り、かぶりつく。一瞬、動きが止まったがそこからはあっという間だ。いや、何があったらそんなに空腹になるんだよ。断食プレイ?
「はぁ……美味かったぁ……」
「それは何よりだ。で、そろそろ事情を説明してもらいたいんだが」
女はようやく人心地がついたようだ。あ、俺、ティオクリ鶏を一口食べただけだよ……俺のメシは後にするか。
緩みきってる様子だった女は居住まいを正すとフードを取った。その下から出てきたのは気の強そうな顔。真っ赤な長髪を首の後ろで束ねた美人だった。
「行き倒れ寸前のところを助けてくれてありがとう! オレはローゼ! この恩は忘れない!」
ローゼと名乗った女は深々と頭を下げた。オレっ娘か……リアル含めて初めて見たな。そういうロールプレイだろうか。まぁ、それはいいか。
「で、何でまた、餓死寸前だったんだ?」
ステータスには飢えと渇きがある。空腹が過ぎるとステータス低下が起き、最終的には餓死する仕様だ。だから街の外に出るプレイヤーは、常に食料を持ってる。特に遠出をする時には必須だ。普通は餓死寸前なんて状況は起きない。
「あー、ちょっと森篭もりに熱中しすぎてさぁ」
ローゼの口から出た言葉は意外過ぎた。森篭もり? 女の身で、しかも独りで?
「修行のために、食料買い込んでストレージにぶち込んでたんだけど、ちょっと配分とか間違えちまってよ。ある程度は現地調達とかしてたんだけど、そういう時に限って獲物を狩っても肉をドロップしやがらねぇときた。まいっちまったよ」
何とも、ワイルドな奴だな。まぁ、そういうことなら――って、待て。
「森に篭もった、って。ログアウトはどうしてたんだ?」
森の中にセーフティエリアはない、はずだ。つまり、ログアウトしたらアバターがその場に残る。危険なんてもんじゃない。獣に殺される可能性が高いってのに、よくそんなことをやれたな。
「あ、それな。背の高い木に登ってログアウトすれば平気だったぜ。あいつら木に登れねぇし、ちゃんとカモフラージュしとけば見つかることもねぇし」
あぁ、ちゃんと対策はしてたのか。木の上、ね。猿系の魔獣とかが相手だと通用しそうにないけど、地上を歩く四足歩行の動物なら何とかなるのか。擬装もしてたようだし。それでも何が起こるか分からないんだけどな。思い切りがいいと言えばいいのか、無謀と言えばいいのか。
「しっかし、レベリングのために森に篭もるとか、やりすぎじゃないか? 普通に街を拠点にして狩りをすればいいだろうに」
「修行は篭もってこそ、だろ。ま、次のアップデート終わったら、そう長居はできなくなるだろうし。汗臭ぇままってのは勘弁だしよ。だからその前に、ってのもあるんだけどさ」
「ああ、女性にとっては大問題か」
次のアップデートで体臭が追加されるからな。この性格だと気にならないんじゃないか、と一瞬思ったりしたが、その辺はしっかり女性の意識があるようだ。
「香水を使うって手もあるぞ?」
「はぁ? ガラじゃねぇよ香水なんて。あんな臭ぇもん、使ってられるか」
歴史ある体臭対策を提示すると、ローゼは顔を歪めた。いや、そこは化粧の濃さの問題じゃないか? 用量を間違えさえしなければ、悪臭にはならんだろ。
「あ、そうそう。実はさフィスト、助けてもらった後にこんなこと言うのもアレなんだけどさ、あんたに頼みがあるんだよ」
言ってローゼが立ち上がる。俺の方からは名乗ってないのに、こいつ、俺の名前を知ってたな。いや、もう認めよう。俺の名はGAO内でそこそこ知られてるもんだ、と。
「頼みって何だ? 食料を調達したいっていうなら、少しは譲ってやるが」
「あー、いや、こっからだとツヴァンドまでそう距離もねぇし。そっちは大丈夫。そうじゃなくて、さ」
俺から少し距離を取り、ローゼがマントを脱ぎ捨てた。
その身体を包むのは特徴的な衣装。一言で言うならチャイナドレス風。胸部には革製の胸甲を着けてるが、その下のボリュームはたいしたものだ。大きなリンゴでも詰めてるんじゃなかろうか。裾は長く、深いスリットから覗く太腿も眩しい。いや、眼福眼福……じゃない。ローゼの奴、武器を何も帯びてない。この状態で隠せそうな武器なんて暗器くらいなものだが……いや、でも多分、こいつは――
「いっちょ、手合わせしてほしいんだ」
ガントレットを打ち鳴らし、ローゼがゆっくりと身構える。武器を持たないまま。
こいつ、やっぱり格闘型だ!