第7話:モラル
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一応それなりにスキルアップを重ねた結果、【遠視】と【精霊魔法】が10を越えたので新たにスキルを修得した。【足技】と【気配察知】だ。
【足技】は蹴りのためのスキル。スキル無しでも普通に使えているとはいえ、補正が全くないのは心許なかったので取った。威力も上がったし、命中率も上がったような気がする。もっぱら突っ込んできた敵へのカウンターとして使っている。
【気配察知】は周囲の存在を探るスキルだ。これで何か近づいてきたら分かる、という俺の期待は裏切られることになったが。何か近づいてきたら自動で知らせてくれるスキルではなく、何がいるのかを探るためのスキルだったのだ。
存在を確認するためにはスキルを発動させねばならず、しかも発動中は【隠行】と一緒でMPを消費し続ける。【隠行】よりは消費量が少ないとはいえ、常に発動させているとあっという間にMPは空だ。
だからレベル上げを目的にしない時は、一瞬だけ発動させるようにしている。スキルで察知できた存在の位置は、発動中に限りマップにも表示されるので、反応があればそちらを警戒する、といった具合だ。タイミングによっては敵の接近を許してしまうのだが仕方ない。
そしてこのスキル、レベルが低いこともあって何がいるのかが判断できない。マップに表示されるマーカーは全て同一なのだ。獲物かと近づいてみたらプレイヤーだったり狩猟中のNPCだったり、なんてことが何度もあった。レベルが上がれば識別可能になるらしいので今後に期待だ。
しかしその時に驚いたが、NPCも狩りをする、ってことだ。特にイベントがどうこうではなく、日常的に。話を聞いてみたら、本人にしてみれば普通に日々の糧を得るための行為だというのだから、どれだけ人間らしいのだと感心すると同時に少しだけ恐怖を覚えた。主に運営の脳的な意味で。いや、このリアリティが楽しいのは確かなんだけども。
ともあれひと狩り終えて、アインファストに戻って来た。最近はチャージラビットも向かってこなくなったので、ウサギ率が少し減った。その代わりウルフ率が上がったけど。あとイノシシ。イノシシは結構な値段で売れるので見つけたら積極的に攻めている。今日も1匹ゲットできたので大満足だ。ただ、大きさに比べて、入手できる皮や肉が少ないのがどうにかなればなぁ……
薬草もあれから何種類かを見つけた。大書庫で見つけたレシピもあるので、時間ができたら作ってみようと思う。
それはさておき、いつものとおり狩猟ギルドへと向かうと、一仕事終えたプレイヤーや住人達が列を作っていた。こういう賑やかな雰囲気は結構好きだ。好きなんだが……何か違和感があるな。
理由が分かった。列の内容だ。片方はプレイヤーばかりの列。そしてもう一方が、住人――NPCの列。住人の列は普通にプレイヤーも混じっているが、どうもプレイヤーの前後が緊張しているというか……とにかく住人達の列の雰囲気が暗い。
その理由も、何となくだが分かった気がした。プレイヤーに対する警戒感とでも言うか。先日ルークも言っていたが、俺自身、あちこちでその片鱗は見てきたし、実際体験したこともある――その後は良好な関係を築いているけど。誠実な対応をすれば結果はついてくるものだ。
まあこの辺は、NPCをNPCだと認識して接している限り、難しいところではある。ゲームなのだからそういう認識になるのは仕方ないのだが……公式サイドが事前に散々ヒントをくれている状態だというのにそれというのは同じプレイヤーとして情けない部分もあったり。
結局のところ、大半のプレイヤーには『自分がゲーム世界の住人の一員である』という自覚がないのだろう。同じ世界に生きる者としての視点で考えられないのだ。
そういう考えがおかしいって人の方が大半かもしれないが、俺にとっては別におかしなことではない。何故なら俺はテーブルトーカーだから。
キャラクターを作り、そのキャラになりきって、舞台となる世界でその世界の存在として振る舞う遊び。その世界のルールに従わずに無法なことをすれば、神であるゲームマスターは容赦なく『当たり前のペナルティ』をプレイヤーに与える。
このゲームで言えばGMは運営であり、ルールはこの世界に適用されるシステムであり、世界内で通用する法律だ。俺はそれに従って、TRPG感覚でプレイしているに過ぎない。自分を作らず、ダイスを振ることがないというだけで、根本は同じだと思っている。
リアルであろうとゲームであろうと、ルールを逸脱した者は厳しい処分を受けるのは同じだ。
この世界には法律がある。そして、罪を犯せば罰を受ける。プレイヤーがそれを認識するのが先か、身をもって思い知るのが先かは分からないが、願わくば前者であってほしいものだ。
「今日はどうだった?」
俺は住人達の列の方に並び、前にいる狩人風の男に声をかけた。同じ狩猟をする者としての声かけだ。関係改善を図るためでもある。主に自分のために。
男はビックリしたようだったが、
「あ、あぁ……今日は運良く、イノシシが獲れたよ」
と、少しだけ警戒しながら答えてくれた。むむ、やはりこの人もか……
「でも独りでイノシシを狩るなんてすごいな。それだけでどうにかなるものなのか?」
男の持った長弓を見ながら問う。こっちのイノシシは結構でかいし凶暴だ。安全に倒す方法があるんだろうか?
「ほ、方法は色々あるよ。罠で動きを止めて射貫くとかね。要は、自分が相手に狙われなければいいわけだから。毛皮で偽装して近づいたり、木の上から狙ったり、やりようはいくらでもあるんだ」
罠か。上手く使えば狩りが楽になりそうだな。近接専門の俺じゃ、木の上からってのは無理だけど。あ、でも魔法を使えばいけるか……いやいや、毛皮が傷付きそうだから駄目か。
「ど、どうかしたかな……?」
考え込んでいる俺を見て、不安げに声を掛けてくる男――狩人さん。あぁ、俺が不機嫌になったと勘違いしてるっぽい……重症だな、これ。
「いや、参考になるなぁと思って。ありがとう」
「へ……? あ、いや、別に大したことじゃ……」
礼を言うと、狩人さんは戸惑いを浮かべた。照れるでもなく、謙遜でもなく、何か裏があるんだろうかという不安の色が消えていない……この人、プレイヤー絡みで何があったんだ本当に……
でも頼りになるのは確かだ。俺達はポイントで簡単に得たスキルや、アーツに頼って獣を狩るけど、住人達は生業として得た経験(まであるかどうかは分からないが)や技術を駆使して狩るのだ。NPCだから『最初からそういう設定が実装されている』のかもしれないが、こういう人達から得る情報は重宝しそうでもある。よし。
「今日はイノシシ、って言ってたけど、普段は何を狙ってるんだ?」
「ウサギや鳥かな。あとは罠を仕掛けて。ただ、最近は罠がさっぱりでね……今日みたいにイノシシを獲れたのは久しぶりだよ」
「近場のイノシシは狩り尽くしたのかね。それとも移動したか」
「いや……罠には掛かってるんだけど……見に行った時には獲物はなく、罠も壊されてて……」
狩人さんの表情が曇った。
設置式の罠に掛かった獲物は、獲物が自力で逃げ出すか、設置主が回収しない限り、掛かったままだ。第三者が奪っていくか、他の野生動物に食い荒らされる場合を除いて。
この人の狩人としての腕は分からないが、それで生計を立てている以上、悪いものではないはずだ。それが立て続けに失敗しているという。しかも、逃げられたという表現を使っていない、壊されているという言い方をするところから判断すると、獲物泥棒だろう。他人の仕掛けた罠に掛かった獲物を奪っていく、卑怯なやり口だ。
それも最近のことだというのだから、恐らく、犯人はプレイヤーだ。罠に掛かっているのを見て、ラッキーとばかりに狩っていったのだろう。誰が何のために仕掛けたのかを考える事もなく。まあ、自分でもそうすると思う。コンピュータRPGなら、という条件付で。TRPGだったらありとあらゆる可能性を考慮して慎重に動くだろう。
「他人の仕掛けた罠の獲物を盗むなんて屑人間、早く捕まるといいな。窃盗は場合によっては懲役刑だし、そんな奴が減れば狩りの実入りも増える気がするし」
わざとプレイヤー列に聞こえるように言ってやる。ほとんどの人がこっちに注目し、何人かが逃げるように視線を逸らしたが、それ以上は何も言わずにおいた。怪しげな奴についても、証拠がない以上はどうしようもないのが現状だ。仮にプレイヤーでなく住人の仕業であっても、多少は牽制になるだろう。これで馬鹿をやる奴が少しでも減ればいいが。ホント、自己満足でしかないけどな。
それはそうと、狩りの時に気をつけるべきこと等を教えてもらおう。プロの言葉は貴重だ。そう思って再び狩人さんと話そうとしたのだが、
「うわっ!」
驚きの声を上げて、狩人さんがこちらにぶつかってきた。
「大丈夫か?」
「え、ええ、……すみません」
体勢が崩れないように支えてやる。女性なら役得だったんだが……って、セクハラはいかん、うん、反省。
しかし一体何が起きたのか。その原因はすぐに目に入った。俺が並んでいた列の先に、先程までいなかった姿があったのだ。全身金属鎧に大剣を背負った大きな――多分男だ。そいつが列に割り込んだのだった。その結果、鎧男(仮)の分だけ列が後ろに下がり、狩人さんが俺にぶつかった、というわけだ。
で、割り込まれたのは案の定、住人だった。優しげな面立ちの、少し気弱そうな男。文句を言いたげな顔になったが何も動こうとはしない。ここで本人がガツンと言えばよさそうなのに動こうとしないのは、割り込んだ鎧男(仮)がプレイヤーだからだろうか。別にNPCがプレイヤーに逆らえないなんてことはないはずなんだが。単に戦力差のせいかもしれない。大剣持った鎧男(仮)とガチンコなんて、普通なら考えもしないだろう。
さて、どうするか。これがリアルだったら俺は多分、無視をする。厄介事に巻き込まれるのが嫌というのもあるが、相手が『何をするか分からない』からだ。素行を注意された学生が注意した人間を刺したなんて事例が実際にあるし、被害者になってはたまらない。
だから行動を起こすことによって得るメリットとデメリットを考えて打算で動く。当然限度はあるけど、自分が我慢すれば何の被害も受けないなら大人しくしているだろう。事実、そういう時に行動を起こしたことは片手の指で足りる回数しかないし。
が、今回についてはデメリットの方が大きい。住人達に『外の人はろくでなしばかり』などと一括りにされるわけにはいかないのだ。現に今も、列の住人達や狩猟ギルドの職員達はいい顔をしていない。またか、などという呟きも聞こえる。少なくともあの鎧男(仮)は、誰かに列を譲ってもらったわけでもなければ代わりに並んでもらっていたわけではなさそうだ。
俺にとっては、1人のプレイヤーに恨まれるより、不特定多数のNPCに嫌な顔をされる方がデメリットが大きい。だから、動いた。
「おい、そこの」
列から外れて、割り込んだ鎧男(仮)に呼びかける。狩人さんが俺の行動に驚いていたようだったが、そのまま鎧男(仮)の腕を掴んで列から引きずり出そうとした。
「何しやがるてめぇ!?」
重量と腕力の差か、引きずり出すことはできず、腕を振り解かれてしまう。凄んで見せる鎧男だが、フルフェイスのヘルムを被っているので顔は見えない。
「何しやがる、じゃないだろ。列の最後尾はあっちだ。目が正常で脳みそがあるなら順番は守れ」
親指を背に向けて、言い放つ。
「てめぇ、舐めてんのか?」
列から外れ、俺と対峙する鎧男。背は俺よりも高いし鎧により重装備。しかも得物は大剣だ。やっぱり狩人さん達だと荷が重いか。というか、舐めてんのか、って何だ。こいつ、自分の取った行動が理解できてないのか? どこの子供だ……
「誰が舐めるか気持ち悪い。そんなことより列に並び直せ。誰が横入りしていいなんて言ったんだ?」
「そんなの俺の勝手だろうが。てめぇに何の不都合があるってんだ?」
「俺の順番が遅くなる。それより何より、お前みたいな社会不適合者と同類だと思われたくないんだよ」
「……いい度胸だ……覚悟はできてるんだろうな、あぁ……?」
鎧男の手が、大剣の柄に伸びる。それを気にせず俺は続けた。
「お前こそ、覚悟はできてるんだろうな?」
「んだとぉ?」
「ここでそんな物抜いて、無事で済むと思ってるのか? それ以上やったら、お前、ここにいる連中を完全に敵に回すぞ?」
「何をわけの分からねぇこと……」
言いかけた鎧男の言葉が止まる。俺達のやり取りを見ている周囲の人間(NPC)達の視線が、鎧男に集中していたからだ。その全てが、鎧男に対する嫌悪が含まれたものだった。今までは気にも留めない――否、気付けなかったのかもしれないが、これだけの非難の目を向けられるとさすがに自分がどう思われているのかは理解したらしい。しかも狩人達は肩に掛けていた弓を降ろしたり、腰の短剣に手を掛けたりしているのだ。更には狩猟ギルドの職員までもがこれ見よがしに剣の柄に手を掛けている。プレッシャーは並ではないだろう。
「もう一度だけ言う。並ぶなら順番に並べ」
できる限り声を低くして、威圧するように言う。
鎧男は舌打ちして手を下ろし、その場から動いた。列に並び直す様子はない。そのまま去って行った。
はぁ、と緊張を緩める。とりあえずは上手くいった。他の人達を巻き込むような会話展開をしてしまったのは反省点ではあるが、とりあえず締めるとしよう。
「同郷の者が迷惑を掛けて、申し訳ありませんでした」
列の人と、ギルドの人に頭を下げる。問題を起こしたのが異邦人なら、それを諫めたのも異邦人であるというアピールだ。あざといかもしれないが、この点は大事だ。ああいう奴ばかりではないというのを示さなくてはならないのだから。
一通り頭を下げて、俺は列の最後尾へ向かう。すると途中で腕を掴まれた。さっき俺と話していた狩人さんだ。
「君の場所は、ここだろう?」
「いや、俺は一度、列を外れたから」
何も言わずに抜けたのだから最後尾に回るべきだろう。それに騒ぎを起こしたお詫びの意味もある。
「いいからここへ並びなさい。咎める者は誰もいないよ」
「ああ、遠慮することはない」
狩人さんの後ろの男、つまりさっき俺の後ろに並んでいた人も、そう言ってくれた。いや、そう言ってくれるのはいいんだけど……
「おう、兄ちゃん。そこに並ばねぇんなら、最前列に招待すっぞ?」
戸惑っていると、ギルド職員までがそんな事を言い、最前列の男までが手招きする。さすがにそれは勘弁してほしいので、大人しく元いた場所へ並ぶことにした。
その後は何も問題は起こらず、自分の番になった。
カウンターに今日の獲物、イノシシの毛皮と牙、肉を出す。それからウルフの毛皮だ。
「いやぁ、見直したぜ兄ちゃん! あんた、名前は!?」
品物を確認しながら、ギルド職員が機嫌良さそうに言った。
「えーと、フィストと言います……」
「フィストだな! よくやってくれたぜ! あんたに言っても仕方ねぇんだが、最近、外の人の態度が酷くてなぁ!」
俺にではなく、他の誰かに聞かせるかのように、否、聞こえるような大声で言葉が続く。
「あんまり酷いんで、今後、外の人からの買い取りは止めようかなんて話も出てたところなんだぜ!? 持ち込む獲物は有り難いが、それ以上に気分が悪くてなぁ!」
ちらりと、プレイヤーだけの列に視線を送る職員さん。その言葉で、プレイヤー達の間に動揺が広がっていった。
いや、まさか、そこまで酷いとは思ってなかった……まだ余裕はあると思っていたのに、かなりギリギリだったみたいだ。考えてみれば、ここはプレイヤーとの結び付きが強い施設だから、それだけ酷い例も目の当たりにしてきたのだろう。
「まったく、お恥ずかしい限りです……」
はっきり言って恐縮するしかない。自分自身が悪いわけではないが、やはり一括りに考えてしまうのが人間というものだ。
「だがまぁ、外の人もピンキリだって分かったからな」
言いつつ、査定の結果を俺の前に出す職員さん。俺の予想以上の額がそこにはあった。
「……ちょっと多くないですか?」
「色をつけた」
「いや、減らされても文句を言えない立場だと思うんですが、俺……」
「また同じような事があれば頼むぞ、っていう、心付けだと思ってくれりゃいい」
「いや、しかしですね……」
「何だ、俺達の感謝の気持ちが受け取れねぇ、ってのか?」
ニヤニヤ笑いながら、しかしドスの利いた声を放つ職員さん。いや、感謝されることじゃないんだ。極めて個人的な理由でやった自己満足なんだから。とはいえ、それを言ってどうなるものでもないのか。彼らにしてみれば、異邦人の問題を同じ異邦人が解決してくれたという認識には違いないのだから。
「……ありがたく、頂戴します」
「おう。てことで、またのご利用をお待ちしてるぜ。今日みたいないいブツをまた持ち込んでくれよ」
金を受け取ると、ばしばしとこちらの肩を遠慮ない力で叩いてくる職員さん。分かりましたと答えて、カウンターを後にする。
小さな一歩ではあったけど、踏み出した甲斐はあったと見るべきなのだろう。まぁいいか、と狩猟ギルドを立ち去ろうとしたら、
「ちょっと待った」
男達に止められた。その数8人。中には俺の前にいた狩人さんと、騒ぎを起こした時に先頭にいた人、鎧男に割り込まれた人も混じっている。険悪な雰囲気ではないが、何か用だろうか?
「な、何……ですか?」
「ちょっと付き合ってくれないか」
思わず敬語で尋ねると、狩人の1人が、手に持った何かを傾ける仕種をした。