第74話:レイアス工房にて
2014/12/30 一部修正
2015/ 1/12 誤字訂正
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【料理研】を訪れた翌日、ティオクリ鶏の屋台に顔を出した。ティオクリ鶏は多めに買っておいた。クインへのお土産も込みで。うむ、やっぱりおやっさんのティオクリ鶏は最高だぜ! でも、本当の醤油を使ったらもっと美味くなるかもしれないなんて思ったりもする。【料理研】の量産体制が整ったら薦めてみようか。
「よ、レイアス」
久しぶりのティオクリ鶏を堪能して、レイアス工房へと足を運ぶ。カウンターの向こうで公式HPを見ていたらしいレイアスが顔を上げた。
「景気はどうだ?」
「ぼちぼちだな。今日も何人か買いに来た」
彼の目線は俺の腰に向いている。正確には、そこに提げてある剣鉈にだが。以前、俺がレイアスに頼んで打ってもらった物だ。
「この間も言ったが、それがここまで広まるとは思ってなかったよ」
何のことかと言うと、レイアスの打った剣鉈が意外に売れている、ということだ。
以前アインファストを出る前に、地元の狩人さん達と宴会をしたことがあった。その時に狩人さん達に剣鉈のことを聞かれたのだ。隠すようなことでもないので、俺はレイアスのことと店の場所を教えた。すると狩人さん達が『フィストが持っているのと同じ物を打ってくれ』と注文してきたそうだ。その注文がいまだ途切れていないという。
店の一角へと視線を移すと、そちらには剣鉈が何振りか陳列されている。【料理研】へ行く前に立ち寄った時よりも減ってるな。そういやエルフ達もこれに興味を示してたっけ。ひょっとしたら依頼が更に増えるかもしれんが……頑張ってくれレイアス。
「本業が武器だということは理解してくれていてな。武器を使う住人の客を紹介してくれたりもしているから、いいことなんだろう」
そう言いながら、レイアスがカウンターの下からガントレットを取り出した。死霊騎士に切断されたガントレットの後継だ。本当なら左だけでよかったんだが両方ある。レイアスが新たに素材を入手したらしく、それで揃えてもらったのだ。デザインは少し変わっていて、左用は右用に比べて鋼板が厚くなっている。俺は利き腕が右なので、左を防御に使うことが多い。基本的にガントレットは攻撃の受け流しに使うが、盾のように使うこともないわけじゃないのでそうしてもらった。
「この間言ったとおり、下地は一つ目熊のものに変えた。左は鋼板を厚めにし、少し広く取ってある。それから金属部は魔鋼に変わっているので、右の方も強度は増している」
魔獣の牙や骨、角を鉄と混ぜたら魔鋼と呼ばれる合金になる。これは大書庫の鍛冶関連の本に載っていたそうで、その中にあったのはブラックウルフの牙と骨を使ったレシピだったとか。魔鋼は、重量はそのままで通常の鋼より強度があるとか。
「動画の時のような一撃に耐えられるかは分からんがな」
「あれは上手く受け流せなかった俺のせいだからな。ガントレットの強度だけの問題じゃない」
レイアスとしては、自分の作品があっさり両断されたことが悔しいみたいだった。でも俺も動画で見たが、あれより劣る威力だろう別の死霊騎士の一撃が、ラージシールドやフルプレートをぶった斬ってたんだから、仕方ないと思うんだがなぁ。
「これ以上の強度を求めるなら、更なる上位素材が必要だな。とは言え、今の俺に入手できるのはブラックウルフの魔鋼がせいぜいだ」
鉄に混ぜる魔獣素材が変わると最適な割合も変わるらしく、ブラックウルフと同じ配合で一つ目熊の骨を使っても上手くいかなかったという報告があるそうだ。最良の割合を導き出すために鍛冶職人プレイヤーが悲鳴を上げてるとか聞いた事がある。しかも【鍛冶】の場合、時間短縮形のアーツが現時点で確認されてないそうな。本当に、GAOの生産系スキルは鬼畜仕様だぜ……
「あんまり根を詰めすぎるなよ」
溜息をつくレイアスに釘を刺しておく。
普通、この手のゲームでは、廃人と呼ばれる長時間接続プレイヤーが検証に精を出すものらしいんだが、GAOではそれが、他のゲームより芳しくないらしい。
理由はリアリティ重視の仕様にある。普通のMMORPGや、VRでも他の会社が出してるMMORPGなら、生産にかかる時間は短縮できるし作業も簡略化されている。コマンドを選択して実行するだけで、そこに手作業が関わる余地はない仕様のゲームがほとんどらしい。が、GAOの場合、いくらか簡略化されている部分があるとは言え、生産の基本は手作業だ。しかもアーツによる時間短縮や省略を行うと完成品の質が落ちるしスキル成長率も激減する。
例えば【調理】は、【簡易調理】を使ったら作業の手間はなくなるが、掛かる時間は手作業時と大差なく、評価は最大でも星5つまでになる。成長率も確か10分の1に落ちるんだったかな。それから【調薬】に【乾燥】っていうアーツがあるんだが、自然乾燥させた場合とアーツを使った場合だと、後者の方が質が落ちる。で、その質がネックで、低い質の物を使うと完成品も質が落ちるだけならともかく、完全に失敗することも珍しくない。
生産系スキルはほとんどがそんな感じなので、一貫した手作業推奨というか、手作業という回り道こそが基本にして至高、というのがGAOの生産者の共通認識だ。だから検証作業が遅々として進まない。作業の手間もそうだが、1つ1つ経過を見極めなければいけない作業を延々と続けなければならないというのは、肉体的にもそうだが精神的にもきつい。
俺だって【調理】スキルを持ってるが、適当に自分が試してみたい料理を作るだけならともかく、例えばGAO内に存在するものを使ってリアルで市販されてる銘柄のカレーを1から再現してみろとか言われたら途中で投げ出す自信がある。
考えてみたら俺、先人のレシピを使うばっかりだもんな。ガチ職人プレイヤーには本当に頭が下がる。
「そういう意味では、住人達からの依頼はいい息抜きになっているんだろうな」
そう言ってレイアスが苦笑する。うん、本当に、程々にな……
「ああ、そういえばフィスト。確かエルフの村で鎧騎士を倒していたな。何かドロップがあったのか?」
「ああ、剣が一振りと鎧が丸ごと全部。数値だけ見たら今のGAO内でぶっちぎりの性能だと思うけど、どっちもシャレにならない呪い付きだよ」
スウェインが鑑定した情報をスクショで撮ったものをもらっていたので、それを見せてやる。案の定、レイアスの目が点になった。
「これは酷いな……いや、性能自体は素晴らしいが」
「俺にとっては現時点で産廃だな。自分で使える装備でもないし。そういや職人界隈じゃ、呪い系装備については何か進展があったのか?」
「ああ、今回いくらかの呪い系装備がドロップしたことで、その検証が行われたようだな。まず、呪いそのものの解呪だが、魔術師の【ディスペル・マジック】で成功した例がある。ただし、呪いと一緒に付加効果も消えた」
あー、エンチャントの効果もディスペルしちゃったのか。酷い罠があったもんだな……
「次に、神殿で呪いの除去が行われた。プレイヤーが現時点で修得できない神職系スキルの保有者が、住人に確認されてな。治癒系や状態異常回復といった魔法を使えるそうだ」
あぁ、やっぱり神殿ってそういう役割あったのか。
神職系スキルがプレイヤーに修得不可能って情報はβの時点で出てたから、神殿への興味はプレイヤーから完全に失せてたらしいんだよな。俺も神様関係は大書庫で本を読んだ程度で、実際に神殿に行ったことなかったし。だから、神殿で何ができるかって部分は今回初めて明らかになったみたいだ。ひょっとしたら公表してないだけで、情報そのものを持ってたプレイヤーは何人かいた可能性もあるが。
まぁ、神殿で回復ができるって情報が出回ってたとしても、傷の手当てや状態異常の解除のためだけに神殿に行く奴もいなかっただろう。HPは基本的にログアウトして時間が経てば完全回復するし、状態異常も一部病気等を除けば同じく快復するしな。HP回復なんて精霊使いや呪符魔術師のレベル上げのいい機会なわけだし。金を払ってまでその場で回復したい、ってパターンもそうないだろう。そういや例の性勇者は、あの時、神殿は頼ったんだろうか? 今となってはポーションがあるから頼ることもないだろうけど。
「そしてその中に、呪い除去の魔法もあったらしい。結果として呪いは除去されたようだが、装備の性能が格段に落ちたそうだ。強い呪い、強い瘴気の呪物はそうなるものらしいな」
やっぱり副作用的なものはあるんだな。ん、待てよ? 強い瘴気のせいで解呪の副作用が強くなるなら、その前に瘴気だけでも除去できれば、性能低下も避けられるんじゃないか? 俺が持ってる剣と鎧、瘴気を除去できたら神殿に持ち込んでみようか。最悪、性能が低下しても、魔法の武具としての価値は残せるかもしれないし。
「性能を落としたくなくて、【呪い耐性】や【瘴気耐性】を取って強引に使おうとしているプレイヤーもいるようだが……こっちはデメリットが大きすぎて芳しくないようだな。コンピュータゲームと違い、装備が外せなくなるという事例は今のところないようだから、耐性目当てに装備を使っている者もいるようだ」
暗黒騎士志望はやっぱりいるのか。ある種のロマンだしな。厨二病罹患者にとっては心惹かれるものがあるだろうし。それに耐性をオート修得するためのアイテムとして使うのもアリか。あ、【呪い耐性】は欲しいな。いつ、何があるか分からんし。俺も試してみようか。
「それから、呪具を素材に変換しようとしたプレイヤーがいた。呪具をそのまま溶かしてインゴットにしたのだ。結果としてインゴットは完成したが、それ自体が呪いを帯びたままだったらしい。おまけに鍛冶設備も呪われたそうだ」
「なにその鍛冶殺し……」
そのプレイヤー、再起不能じゃないか? 廃業まっしぐらだろうに。
「結局、設備を弁償させて手打ちになったそうだがな。まったく【ラグナロク】も無茶をさせるものだ」
「うわ、【ラグナロク】絡みだったのか。災難だったなその鍛冶プレイヤー。自業自得ではあるけど」
【ラグナロク】はGAOでも有名なギルドだ。それも悪い意味で。攻略組上位の実力者という点ではルーク達と一緒なわけだが、連中はGAOで一番プレイヤーに嫌われているギルドでもある。
連中はいつも限界ギリギリまでGAOにログインしている廃神と呼ばれるらしい重症者であり、プレイ時間が普通のプレイヤーをぶっちぎってるそうだ。その上、湯水のように課金をする重課金兵としても有名である。GAOは課金アイテムが基本的に高額で、なかなか手を出せるものじゃない。【空間収納】はむしろ良心的とも言える価格だ。が、そんな馬鹿高い課金アイテムにも片っ端から手を出してるそうだ。スキルレベル上昇アイテムなんて1レベル上げる物が1つ5万もするんだが、それを大量購入してレベルがカンストしてるなんて噂もある。どこまで本当か知らんけどな。
それ自体は個人の自由だ。リアルを犠牲にするのも金を掛けるのも、本人の意志なんだから好きにすればいい。ただ問題は、そういうのを鼻に掛け、他のプレイヤーを見下している点にある。普通のプレイヤーはリアルの生活があるのが当然だし、ゲームに費やせる時間にも金にも限度がある。連中はそれを弱者だの貧乏人だのと馬鹿にするのだ。おまけに攻略情報を一切流さない。どこどこへ到達した、何々をゲットした、そういう情報は発信するが、それだけだ。それができる俺達はすげぇ、と自慢し、普通のプレイヤーを雑魚と馬鹿にする、それに終始するんだそうな。そりゃ嫌われもするだろう。
普通のゲームでは、攻略組とか廃人というのは先駆者であり、一部の超レア情報以外なら公開してくれ、その他多くのプレイヤーの活動を助けてくれるという、ある種の尊敬も込められる者らしいが、連中はそういったものとは無縁の存在ということになる。というか、それって攻略組って言えるんだろうか? 確かに攻略最前線を突っ走ってるって意味じゃ間違ってないんだろうけど。
「そういや連中、ツヴァンド防衛戦で大将首を狩ってたな。取り巻きの死霊騎士も何体か倒してたみたいだから、ドロップも結構あったんだろうけど……」
それを普段は絡みのないプレイヤーにやらせるってのはどうなんだ。そりゃ、ちゃんと対価だけは払ってやらせたんだろうけど。
「今回巻き込まれたプレイヤーも、結構なペディアを積まれて受けたそうだ。もう二度と協力はせんだろうがな。呪われた鍛冶屋なんて悪名までついた以上、
【ラグナロク】に協力したってだけで、他のプレイヤーからはいい印象を受けないだろうしな。協力者的なプレイヤーがゼロではないらしいけど。うまいこと擦り寄って、甘い汁を吸ってるプレイヤーは少数ながら存在するとか。
ま、俺には関係ないか。いずれにせよ、関わり合いになりたくない連中だ。
「それじゃ、やっぱり現時点では呪具の有効活用は無理か?」
「生産系ではお手上げみたいだな。フィストは自分が手に入れた呪具をどう扱うつもりだ?」
「んー、ちょっと心当たりがあるから、時間が取れれば試してみようと思ってる」
俺はスウェインと話したことも含め、今回の呪具の可能性についてレイアスに教えてやった。スウェインもこの件で情報規制をする気はないようで、今回の検証結果自体はアップするって言ってたしな。
「呪いと瘴気の連動か……なるほど、呪い由来の瘴気でなければ、除去も可能かもしれないということか?」
「呪いが瘴気を発生させてるんじゃないなら、可能だと思う。今回の呪具が全て独立型なのかは分からんけどな。それで少しでも解呪による能力低下が避けられるなら、呪具の未来もそう悪いもんじゃないんだろうな」
呪いさえどうにかなれば、モノとしては現時点では上等なのだ。有効活用されればいいんだけどな。
「そういやプレイヤーによるエンチャントはどんな感じなんだ?」
「そちらはごく一部の上位生産職の独占状態が続いてる。住人の魔剣打ち等がいないわけではないようなのだが、そういうのは基本的に門外不出のようだ。弟子入りできるならしてみたいものだが、接触の機会すらないし、顧客がいる今の状況ではな」
プレイヤーメイドのエンチャント系武具が普及するのは当分先みたいだな。レイアスには是非頑張ってほしいものだ。目指せトップ鍛冶。
「それじゃ、応援の意味も込めて、こいつを置いていこう」
ストレージから骨と牙を出してカウンターに置く。ザクリス達と一緒に狩りをした時に仕留めたイノシシ魔獣のものだ。
「鉱石関係は今のところ縁がないけど、手に入れたら持ってくるよ。それから、もし鍛冶関係で必要な素材とかが出てきたら声を掛けてくれ。動物素材や植物素材なら、目にする機会も多いと思うから」
「ああ、その時はよろしく頼むよ」
レイアスと別れ、転移門へと向かう。次はコスプレ屋だ。