第73話:ギルド【アミティリシア料理研究会】
翌日。
「それにしても、すごい歓迎だったなぁ」
ほとんど機能していない【迷いの森】を歩いているとルークが俺を見て言った。ちなみに昨晩シリアが書き込んだ顔の落書きは綺麗に消えている。と言うか風呂に入った時に洗い落とさせた。
あまり長居をしても何なので、俺達はエルフの村を出た。最初は村の復興の手伝いでもと考えてたんだが、後は【迷いの森】の再構築くらいで、ここで俺達にできることはないらしい。ならばできることをやるために動こう、ということになったのだ。
「村を救ったからだろうけど、そもそもフィストはどうやって彼らと仲良くなったの?」
「元は、エルフのゾンビの身元捜しだったんだよ」
今までの経緯を全く話してなかったので、そのあたりをルーク達に説明してやる。
「GAOのエルフはそのような種族だったのか」
情けは人のためならずとは、こういうことなのだな、とスウェインが頷いたりしている。俺もここまでのことになるなんて、当時は欠片も思いもしなかったよ。
「2つの意味で、フィストさんは彼らの恩人なんだね。だからあれだけの歓待をしてくれて、お土産まで」
納得したようにジェリドがミリアムを見た。嬉しさを隠そうともしない彼女の手には、ひと張りの弓がある。翠精樹で作った複合弓だ。一人前のエルフに渡されると言われていたあれである。昨晩の射的会でミリアムが結構な成績を残したらしく、この腕ならばと出発前に彼女に譲ってくれたのだ。エルフ達の窮地を救った者の1人ということも大きかったんだろうと思う。精霊使いでもあるミリアムには頼もしい存在になるだろう。
今回の件で俺と【シルバーブレード】は色々と土産をもらっている。特に俺だけがもらったものもそれなりに。主に食料品だけど。
「ところでフィストさん。さっきの剣と鎧はどうするつもりなんです?」
再びこちらを見て、ジェリドが聞いてくる。
俺が倒した死霊騎士の剣と鎧のことだ。どちらも高性能なのに呪い付という不良物件だが、エルフの村に放置しておくわけにもいかないので回収してある。そのままストレージに入れるのは怖かったので、精霊魔法で土の塊にして放り込んだ。ザクリスみたいに石の棺にできればよかったんだが、俺の精霊魔法のレベルじゃ無理だった。精進しないとなぁ。
「落ち着いたら、瘴気だけでも取り除けるかどうか試してみようと思ってな」
スウェインから詳しく聞いてみたが、今回の剣と鎧は呪いによって瘴気が生じてるわけじゃないみたいなのだ。呪いそのものと瘴気汚染は別物らしい。だったら、まずは瘴気を取り除くところから始めてみようかと。
「そう言ってもフィスト、瘴気の浄化なんてどうするの? そっち系のスキルやアーツ、持ってたっけ?」
「魔獣肉から瘴気毒を抜く方法があるんだ。それが応用できないか試してみる」
解毒作用や浄化作用のある薬草と一緒に漬け込んでみるつもりでいる。翠精樹の葉もたくさんもらってきたし。ただ、あの危険物を安全に保管できる場所と、十分な時間が必要になるだろうから、実行するのは当分先だ。多分、土地と家を手に入れてから。
それに、瘴気を除去できても、結局は俺が使える武具じゃないしな。特に鎧はサイズの問題もあるし。これが普通のゲームならサイズなんて気にしなくていいんだが、無駄にリアリティ重視のGAOなので、致し方なし。
「ああ、ラーサーさんに頼んでみるってのも1つの手だな」
そうだよ、ラーサーさんは瘴気溜まりの浄化ができるんだ。ひょっとしたら物に宿ってる瘴気の除去もできるかもしれないじゃないか。
「ふむ、ならばそれはこちらでお願いして試してもらうとしよう。幸い、サンプルは豊富にある」
とスウェインが言ってくれた。俺の方は俺の方で、さっきの方法を試してみよう。ラーサーさんに可能だったとしても、それを簡単に公開するわけにもいかないし。俺のやり方が通用するなら、それを公開すれば誰にでも可能になるしな。
「あー、でもエルフの村はまた来たいね。お風呂もあるしさ。例のダンジョンらしき場所に本腰を入れるなら、中継地にもできそうだし」
そう言ったのはシリアだ。アンデッドダンジョン(仮)が容赦なくプレイヤーを汚す仕様なら、風呂は必須だろう。近場に拠点にできる村もないのがネックだからな。でも案外、プレイヤーが拠点を作ったりしないだろうか? ダンジョンを中心に街ができるとか、ファンタジー系ネタとしては結構定番だろうし。まぁ、ダンジョンだってことが確定してからの話だけどな。
「私達が訪れるぶんには問題ないだろう。他のプレイヤー達が同じ恩恵を受けられるかどうかは分からないがね」
スウェインの言うとおり、俺達はエルフ達と縁ができた。お陰で色々と優遇してくれるようになったわけだが、それはプレイヤー全てに対するものじゃない。
これは亜人総合スレにアップする予定である情報の中でも触れる予定だ。エルフ関連の情報についてはヨアキムさんらと話し合い、問題ない範囲というのを既に拾い上げている。彼らが自給自足で生活していることや貨幣をほぼ必要としない生活を送っていることも含め、プレイヤーが生活拠点にできる場所ではないことは念を押すつもりでいる。プレイヤーにとっての物理的なメリットが存在する場所ではない、ということは理解してもらいたい。当然、個々に分別ある交渉で取引をすること自体は問題ないのだけど、大挙して押し寄せて、あれをくれこれを売ってくれなんて騒ぎにはならないようにしたいのだ。
「まぁ、それらを含めて後はフィストに任せよう。今現在、もっともエルフに近しい君の言葉が一番説得力があるだろうからな」
「ああ。俺だってエルフ達に、プレイヤーに対する悪感情を持ってほしくないからな」
多分、エルフスキー達は大丈夫だと思うけどな。紳士淑女であるが故に、愛でる対象に嫌われるような真似はしないだろう。愛が暴走しなければ、だが……しない、よな?
ルーク達と別れ、ツヴァンドへ戻った俺は、まず警備詰め所に行ってゾンビ達の遺品を預けた。いや、身元の手掛かり全くなかったし、エルフの時と違って人族の数が多すぎるし。こういう物は倒した人に所有権が移るのだから好きにすればいい、と衛兵さんは説明してくれたのだが、別に欲しい物でもなかったのでそのまま預けた。冒険者なんだから、懐に入れてしまえばよかったんだけどな。売ればいくらかの金にはなるだろうし。まぁ、次の機会に値打ち物があったら、その時は権利を行使しよう。
次にコスプレ屋へ足を運び、防具関係の打ち合わせ。終わったらアインファストへ跳んで、レイアス工房で同じくガントレットについての意見交換。クインはツヴァンドへ置いてきた。だって、転移門、クインまで料金がかかるんだもの。出せない額じゃないが、こっちへ長居しないからな。無駄な出費は抑えたい。
そして今、俺はギルド【アミティリシア料理研究会】の前にいる。建物はアインファストの建築様式そのままで、【伊賀忍軍】のような浮いた――じゃない、独特な建築物じゃないな。
「ここで、いいんだよな?」
建物を見ながら、そんな疑問が口から漏れる。看板が掲げられているのはいいとして、
「異邦人料理店・闇鍋……どうなんだその名前は?」
日本語の看板で、その上にふりがなのように共通語が書かれている。闇鍋は意訳じゃなく、読みがそのままだから、住人達には何も分からないだろうけど、プレイヤーからしてみたら不安しかないんだが。
でもまあ、ギルドの場所として教えられたのはここだ。まずは入ってみるか。
入口には準備中の札が出ているが、気にせずドアを開けると、ドアベルが鳴った。
建物内は木製のテーブルと椅子が並ぶ、GAOの酒場や飯屋定番のレイアウトだ。
テーブルにはメニュー表が置いてある。壁にもメニューと値段の札が掛けられてるな。でも日本語じゃ、こっちの住人は読めんぞ? メニューの方は共通語表記のようだけど。
店の奥のドア横に看板があった。『アミティリシア料理研究会』と日本語で縦書きされている。あそこがギルドの入口になってるのか。
「ごめんくださーい」
ギルドの入口と思われるドアまで進んでノックする。あいよー、と中から女性の声が返ってきた。少ししてドアが開く。
顔を見せたのは小柄な女性。長い黒髪を大きなリボンで束ねていて、頭には三角巾をかぶっている。当然と言うべきか、エプロンは装備済だ。
「おぅ、よく来てくれたねフィスト。あたしが【料理研】のギルマスをやってるモーラだよ。今日はよろしく」
気っ風のいい口調で、モーラが言った。外見は清楚な美人系なんだが、口調がこれってのは違和感があるな。
「ちょっとごたついてるけど、そこは勘弁な」
「キノコの森は大収穫だった、ってことか?」
モーラに続いて中に入る。最初の部屋は食材庫だった。市場で見かける野菜や果物が箱に詰めて置いてある。肉系や魚系は、加工品が棚に置いてあるけど新鮮なのは見当たらないな。収納空間付の箱っぽいのが置いてあるから、多分そこなんだろう。
「そうなんだよ。場所はまぁ、ほら、あれだよ。某アニメの腐った海みたいなところでさ。肺が腐って死ぬなんて事はなかったけど、状態異常を起こす胞子とかが漂っててね。大型の蟲も何種類かいて、探索は難儀したよ。あたしらは生産職だから、戦力は厳しくてね。その分、得るものは大きかったわけだけどさ」
食材庫を抜けて次の部屋へ辿り着く。そこは作業場だった。というか、実験室っぽい雰囲気があるな。ギルドメンバーだろう10人程の男女達が、三角巾とエプロン装備で作業にいそしんでいる。今やってるのは、ってこれって。
「味噌造り……いや、種麹造りか?」
「ああ。キノコの森で手に入れたカビとかを片っ端から試してる。今のところ、期待してる反応はないんだけどね。それに関してはフィストのお陰で進展もありそうだけど」
茹でた大豆に撒いてるのは今回調達してきたカビや胞子だろうな。ああやって種麹になり得るものを探すわけか。とんでもない根気が要る作業だろうな。
「反応が出るまで時間が掛かるだろうに」
「一応、反応促進のアーツを使うものと使わないものでサンプルを作ってる。アーツ使うと質が落ちるって鬼畜仕様がこれにも該当するだろうから、まずは使えるかどうかを確かめるのが第一って感じだね」
「やっぱりアーツ使うと落ちるのか?」
「チーズの発酵をする時に試したら、完成品の質は、アーツ使ってない方が高かったのさ」
ままならないねぇ、とモーラが溜息をつく。やっぱり時間は必要なのか。
「でもまぁ、食品加工のスキルレベルが上がれば質の低下も少しは避けられるみたいだし。低品質って言っても、市販できるレベルではあるんだよ」
「それでも高品質に拘るんだな」
「そりゃそうさ。美味いものをより美味く。食材だって、その方が幸せだろ?」
何でもないように言うモーラ。そういうのを職人気質って言うんだろうな。うむ、俺も見習わねば。
「お前ら、注目!」
モーラの声で、ギルドメンバー達の手が止まる。
「恐らく動画等で既に見知ってると思うが、こちらが味噌造りに新たな可能性を示してくれたフィストだ! 今回、あの激戦の直後だというのに、ツヴァンドからわざわざ転移門まで使って来てくれた! まずは礼を!」
ありがとうございます! と一斉にギルメン達が頭を下げた。何というか、統率力が凄いなぁ。って、やっぱり動画のことは知ってるのか。
「それじゃ、さっそくこれを」
俺は【空間収納】から木桶を1つ取り出した。エルフ村でもらってきた
「こっちがジェート、そしてこれが、ジェート用の豆麹だ。GAOでの食生活の更なる向上のため、役立ててくれ」
俺用と、グンヒルトへの土産用は確保してある。だからこれはそのまま【料理研】に使ってもらおう。
「ダオブ豆……アインファストの市場では見かけなかったわね」
「この香り、この味、確かに味噌だ。まさかエルフ達が味噌作ってるなんてなぁ」
「ふむ、甘味噌だな。ようやくGAO内で味噌を食せたなぁ……」
「しかしGAOでも味噌が作れることが証明されたわけだ。やる気が湧いてきたぞ」
ジェートを見て嗅いで味わって、意見を出し合う【料理研】メンバー達。どうやらいい刺激になったようだ。
「よし、ジェートの種を大豆に使ってみるか。できればジェートそのものの製造もやってみたいんだが……アラギ茸は今回の収穫物の中に入ってたな。ダオブ豆は売ってないとなると……フィスト、ダオブ豆の生えてる場所、よければ教えてくれないか? 今度、採取に行きたいんだ」
「すまん、生えてる場所は知らない。エルフ達は栽培してたんだよ。でも俺がもらったダオブ豆があるから、それをいくらか提供しよう」
ダオブ豆の入った麻袋を取り出すと、再び興味が集中した。
「大粒の空豆っぽいな」
「ジェート以外に、エルフはこれをどうやって食べてるのかしら?」
「栽培は容易なんだろうか?」
「天ぷらにして一杯……じゅるり」
「お前ら、豆は後にしろ! まずは豆麹! 優先順位を間違えるな!」
モーラの一喝でギルメン達が慌ただしく動き出す。それを見て苦笑して、モーラがこちらを見た。
「本当にありがとうフィスト。これで味噌造りは大きく前進するよ。キノコの森に行く前に手に入ってたらよかったんだけど、ね」
「別にそれが無駄になるわけじゃないだろ? 食材だって相当確保したんだろうし、同じ味噌でも種が変わることで別の味になるかもしれない。ひょっとしたら今のGAOにもリアルにもない新たな味が発見される可能性だってあるんだし」
そう言うと、モーラは目を瞬かせた。あれ、俺、変なこと言ったか? 何か笑い始めたし。
「いや、確かにそうだ。あたしらの活動はまだまだ終わらない。これからも精進あるのみだ。よし、それじゃこっちも恩に報いなきゃね。あたしらにできることがあれば、できるだけ力になるよ」
「だったら」
モーラの提案に、俺は既に決めていたことを口にする。
「ソースとそのレシピを。あと、醤油系の調味料を開発したって言ってたっけ、できればそれも買いたい」
【料理研】が料理と一緒に調味料の開発をしているのは知っている。そして、ソースの開発に成功したことも。
あと、醤油味の調味料を【料理研】が開発したって噂もあった。
「あれ、フィストって料理やるのかい?」
「というか、未知の味を求めてGAOを始めたからな。自分が食う分は自分で作ったりもしてる。あちこちで色々狩って食ったりな」
意外そうにモーラが俺を見る。そりゃ動画や掲示板だけで俺を知ってるなら、戦闘系しか話題にならんわな。生産系を持ってること自体、あまり知られてないようだし。
「そういうことなら。料理研謹製のウスターソースと濃厚ソース、フィストに進呈しようじゃないか。ただ、醤油系は……期待してるものかどうかは疑問だけどね」
言いつつモーラがストレージから小瓶を取り出した。中に入っているのは半透明の液体。それを小皿に落として俺に差し出してくる。
それを受け取って匂いを嗅ぐ……醤油だ。確かに醤油の匂いがする。
小指にそれをつけて、舐めてみる。味も醤油……いや、違う? いやいや、醤油には違いないけど……何だ、これ、何か足りない……
「何というか……深みがないというか、何だろう、うまく説明できないけど、醤油のようで、醤油じゃないというか」
微妙に違う。何だこれ?
「これね、バルミアって木の実の果汁なんだよ。ちなみに、GAOでは一般流通してない。というか、動物も食べないらしいよ。あたしが知る限りじゃ、この街のティオクリ鶏の屋台が使ってるだけだね」
「この街のティオクリ鶏屋台って一軒だけだろ? てことはあのおっちゃんの……そうか、そういや照り焼きって醤油使ってるよな!」
うわ、初めて食った時、照り焼きみたいだって思ったのに、醤油のことまで頭が働かなかった。そうか、あれが好物になったのは、肉そのものの美味さもそうだけど、醤油由来の味もその原因だったのか……気付くの遅すぎだろ、俺……
「で、フィストが感じた違和感だけど。これね、旨味がないんだよ。醤油の香りと塩辛さはあるんだけど、そこで終わってるわけ」
「あぁ、物足りなさの原因はそれか」
「だから旨味を足してやれば、限りなくあたしらが知る醤油に近くなるとは思うんだけどね。そっちはまだ手つかずなんだよ。素材も足りないしね」
前途多難だよ、とモーラが肩をすくめる。
「そこで、だ。フィスト、あんた、あちこち旅をするだろ? そして、料理関係にも手を出してるってことは、色々な味や食材に触れる機会があるわけだ。だからさ、そういう情報があったらこっちに送ってくれない? その代わりと言っちゃ何だけど、料理関係の便宜を図るからさ。あたしら、基本的に篭もっての作業が多いから、今回の遠征にしたって結構な大冒険だったんだよね。ギルドに入ってくれると嬉しいけど、あんたはあんたで未知の味を求めて動き回るスタイルみたいだから拘束するわけにもいかないし」
「そりゃ構わないぞ。俺も情報は欲しいし、調味料をゲットできるなら嬉しいし」
「よし決まり! あと、これは時々でいいんだけど、食材の調達とかも頼んでいいかい?」
「それも構わない」
うん。俺は普段通りの活動をしつつ、調味料とか美味い食材の情報をゲットできる。【料理研】も食材やその情報をゲットしつつ、研究に専念できる。いい関係じゃないか。
「それじゃ、これからよろしく頼むよフィスト」
差し出してきた手をしっかりと握り返す。
こうして俺は、【料理研】とのコネを得た。
その後、【料理研】メンバー達と料理談議に花が咲き。
【料理研】の料理を堪能したり、情報交換をしたり、エルフ料理を振る舞って衝撃を叩き込んでやったりと有意義な時間を過ごすことができた。