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第69話:決着

 

 あれからどれくらい時間が経ったんだろうか。未だに攻防は続いてるが、形勢は不利なままだ。死霊騎士の技量は並じゃない。クインに加勢してもらえると助かるが、あっちはあっちでスケルトンの相手で手一杯だ。しかもいつの間にやら倒したスケルトンの残骸が集まって、巨大な蛇みたいになってクインを襲ってたりする。オトジャの野郎、どれだけ引き出しがあるんだか。

「おやおや? 粉々にすると言っていた割に、そんな体たらくで大丈夫かね?」

 おどけた口調でオトジャが言う。余計なお世話だこの野郎っ!

 それにしても厄介な死霊騎士だ。本気で打ち合えば多分、俺はそう時間を掛けずに斬り伏せられてる。そうなっていないのは、オトジャが手心を加えてるからだろう。オトジャの命令に忠実に従い、死霊騎士は俺を嬲るように攻撃を続けている。言葉を発しなくても命令はできるのか、それとも最初の命令を実行し続けてるのか。身体じゃなく腕や脚を狙って攻撃してくることが多い。

 あと、俺を嬲るだけじゃなく、クインの集中を乱す狙いもあるんだろうな。時々、クインがこっちをちらりと見るのだ……頼りない相棒で済まんね……

 それでも、何とか持ち堪えられている。それはエルフ達の支援のお陰だ。

 最初の頃は牽制で矢を放ってくれていたが、死霊騎士には通用しなかった。何せ大半の矢は剣で叩き落とされるという始末。何本かは命中したものの、ダメージは軽微だった。それに俺が動き回ってると誤射の可能性もゼロじゃない。

 だから、彼らは俺を直接援護する方向に落ち着いた。具体的には精霊魔法での補助だ。精霊魔法が減衰されてる現状ではあるが、完全に無効化されてるわけじゃない。わずかではあるが効果は発揮されてる。質が追いつかないなら、数で補えばいい。そんな感じで、背後のエルフ達から様々な精霊魔法が飛んできている。一番助かってるのはHP回復系と瘴気除去系だ。

 というのが、死霊騎士の攻撃が厄介極まりないのだ。最初の一撃を受けた時は、本当に鎧を掠めただけだった。それでも身体に傷を負った。多分、剣が纏った瘴気で斬られたんだろう。刃物系の【魔力撃】だって魔力の刃を重ねてるようなものだし、瘴気で同じ事ができると考えれば有り得ない話じゃない。しかもこれ、炎のように揺らめいてるせいでギリギリ回避が難しい。

 それに加えてこの攻撃。瘴気毒同様に回復阻害効果がある。傷口に瘴気が纏わり付いてくるのでそのせいなのだろう。それだけじゃなく、HP減少と一緒に身体能力の低下まで引き起こしてるようだ。一応、瘴気毒用ポーションで消せはするが、現状では攻撃を食らうと確実におまけとして付いて来る。解毒ポーションが幾つあっても足りやしない。そんな中でエルフ達の手でそれが解消できるというのはとても助かる。回復に気を取られなくて済むということでもあるし。

 他にも風の防護膜や浮遊する小石による自動防御壁のような防御系を掛けてもらっている。実感はあまりないのが正直な所だ。防御効果も通常の2割程度に落ちてる可能性が高い。それでも重ね掛けしてくれてるわけだから効果は重複されてるはずだが、死霊騎士の剣はそれらを易々と突破してくる。

「はあぁっ!」

 精霊魔法の防御を貫いた黒剣が右肩を掠めた。熱と痛みが走ったがそれを無視し、振るった拳を空いた死霊騎士の右脇腹へと叩き込む。当然【強化魔力撃】込みだ。何度か攻撃を当てているが、普通の【魔力撃】じゃダメージになってないようなので【強化魔力撃】は必須になっている。

 不利な状況の中、それでも何発も拳を食らわせてるが、どれだけのダメージを蓄積できてるのかはよく分からない。こういう時、普通のゲームみたいに相手のHPが表示されてたりすると分かりやすいんだけどな。

 先の一撃で間合いが開いたので、ちらと右肩を見る。鎧が裂けて血が流れ出ている。瘴気が次第に薄れていくのは、エルフの支援のお陰だろう。

 あいつの攻撃に対しては、ロックリザードの防御力も紙同然だ。既に鎧は結構なダメージを受けている。修復するとなると、結構な手間だろうな。

「どうするか……」

 声に出して自問する。このまま削られていたら、先に力尽きるのはこちらだ。エルフ達だってずっと支援し続けるなんて無理だし、俺自身のMPやスタミナのこともある。一方、あちらは疲れ知らずで攻撃が鈍ることもない。

 今になってもルーク達から連絡がない以上、救援は間に合わないと思った方がいい。だから何とかオトジャ本人を倒さないと話にならない。

 でもそのためには、あの死霊騎士を倒さなくてはならない。あれに背後から攻撃されたら即死だろう。死霊騎士を無力化し、オトジャを仕留める。何とも高いハードルだ。でも、やらなきゃな。それも余力が残ってる内にだ。

 そんな事を考えてると、頬に冷たいものが当たった。触れてみると水だ。何だと思う間に、また当たる。

 音がはっきりと聞こえた。雨だ。頭上に翠精樹の枝が広がっているから落ちてくるのはわずかな量だけど、結構な雨量みたいだな。でもこの雨は助かる。森の火の勢いもこれで落ちるはずだ。

「雨か……濡れるのも厄介だな。そろそろ終わりにするか」

 が、一方でオトジャの方針を変えることにもなってしまった。くそ、根性なしめ。雨ぐらい耐えろよ。

 死霊騎士が剣を構える。切っ先をこちらに向け、身を低くした。剣身の瘴気が増大し、まるで騎兵槍のようになる。ってことは――

 【強化魔力撃】を込めた右足で地を蹴った。ほぼ同時に俺の居た場所を黒い影が通り過ぎる。回避は間に合わなかった。右脇腹を掠めただけの一撃は、革鎧を大きく抉り取り、その下にあった身体にも大きく傷を残していた。

「ぐ……っ」

 まるでインフルエンザに罹った時のように寒気や倦怠感が湧き上がってくる。これ、瘴気の影響か……今までのが冗談だったと思えるくらいに酷いなこりゃ……それに痛みもだ。傷自体は結構な重傷に見えるから仕方ないか。痛覚軽減の仕様ってちゃんと仕事してるんだろうかと疑問に思う。勿論、リアルで脇腹を抉られた経験なんてないわけだからして、この痛みが本来あるべき痛みと比べてどの程度のものかなんて分からんわけだが、痛いものは痛い。それでも、アインファスト防衛戦の時の右腕に比べたらどうってことない――って、何の慰めにもなってないな。

 死霊騎士が立っていた場所は、踏み込みのせいか陥没していた。そして俺に続くまでの間にも同じ痕跡がいくつか。一跳びで来たんじゃなく、何度か地を蹴って加速してたのか。

 意識を死霊騎士に向ける。先の一撃で再び間合いを広げた死霊騎士がこちらを向いたところだった。剣の瘴気は少なくなってるが、それがまた増え始めている。やばい、次の一撃が来る。

 身体は……まだ動く……エルフの支援も健在だ。ただ、腹の瘴気はなかなか小さくならない。これ、除去までにかなり時間が掛かりそうだ。となるとそれまで傷の回復もお預けなわけで。次の一撃を受けたらもう駄目だな……そろそろ、覚悟を決めるしかない。

 ルークの【覇翔斬】にも似た今の一撃。次に来るのも多分それだ。攻撃のタイミングは何となく分かったが、完全回避は無理。だったら、攻撃そのものを妨害あるいは無効化しなきゃならない。

 1つ、使えそうな手はあるが上手くいくかは分からない。何せ、ルークの【覇翔斬】対策で使った時には効果がなかった。だが、こいつなら。こいつの今の攻撃なら、何とかなるかもしれない。攻撃判定は剣とそれを取り巻く瘴気だけだ。

「おやおや、粘るなぁ。素直に受けた方が楽に死ねるぞ? ん?」

 余裕の態度を崩さないオトジャ。今に見てろ。次でその顔を驚愕に染めてやる。

 右拳と右足に【強化魔力撃】を込め、いつでも踏み出せるようにして、死霊騎士の動きを観察する。既に剣は瘴気の騎兵槍と化していた。その切っ先がこちらへ向き、鎧姿が僅かに沈み込んだ瞬間、

『転べーっ!』

 精霊語で、叫んだ。そして突っ込んできた死霊騎士が宙を舞う。俺が精霊魔法で作った地面の隆起に躓いて。

 ルークの【覇翔斬】は一跳びの一撃だった。それに剣先からの魔力障壁があった。だからこれを使っても、あっさりと粉砕されて効果がなかった。

 でも死霊騎士の刺突撃は違う。俺に到達するまで目に見えない速さで数歩を踏み出していた。直接目で追えなくても、最初に見た攻撃の痕跡で踏み込みの幅は分かってる。だから狙えた。躓く高さに隆起するまでに通り過ぎられたらアウトだったが、賭けは俺の勝ちだ!

 死霊騎士がそのまま飛んでくる。瘴気の騎兵槍は構えられたままだ。

「おおおおぉぉぉぉっ!」

 右足を踏み込み、前に出た。槍の切っ先の横を抜け、拳を突き出す。胸部を捉えたその一撃は、死霊騎士を吹き飛ばした。

「な……っ!?」

 オトジャの驚く声が聞こえた。でもまだだ。兜の奥の光はまだ消えてない。今の一撃だけじゃ倒せてないということだ。ここで畳みかける!

 死霊騎士は民家の柱に激突して動きを止めている。再び地を蹴り、一直線に死霊騎士へ向かう。右拳に込めた【強化魔力撃】は4倍掛けだ。

「もらったあぁぁぁっ!」

 必倒の気合いを込めて拳を放とうとしたところで、死霊騎士が動いた。顔を上げ、瘴気剣を振り上げる。少しだけ動きが鈍ってるところを見ると、先の一撃が効いてるんだろう。

 間合いに入ったところで振り下ろされた一撃は、やはり速度が落ちていた。十分に対応可能だ。左上段から迫る剣を左腕で受け止める。瘴気の刃が【魔力撃】を削った。受け流すべく腕の角度を変え――

「ぐっ!?」

 ようとしたところで右脇腹に痛みが走り、そちらに気を取られる。それは受け流しが中断されたことを意味していた。

 【魔力撃】が散らされ、死霊騎士の剣がガントレットに抵抗なく潜り込んでいく。

 刃の軌道を逸らすべく左腕を動かす。同時に身を捻り、致命傷を受けないように足掻いた。

 結果、瘴気剣は俺の左前腕を通り抜けた。そしてその勢いを止めることなく左肩も通り抜ける。そんな何かの冗談のような光景を俺は見送り、

「あああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 拳を放った。狙ったのは死霊騎士の右腕だ。どうして身体じゃなく腕を狙ったのかは分からない。いや、違う。怖かったんだ。俺の腕を斬り落とした武器を持つ、その腕が。何よりも自分から遠ざけたいと思う程に。

 剣を握ったままで死霊騎士のガントレットが飛んでいった。

「おおぉぉっ!」

 再度、4倍掛け【強化魔力撃】を右拳に込め、裏拳のようにして死霊騎士の顔を打つ。さっきまでの脅威が嘘のように、死霊騎士が無様に転がっていく。それを追うように俺は高く跳び、風の足場を作る。両足に【強化魔力撃】を起動。左足は4倍、そして右足は――8倍だ。

「でりゃあぁぁぁぁっ!」

 左足で風の足場を蹴り、死霊騎士目がけて急降下。右足を槍のように繰り出す。起き上がろうとしていた死霊騎士の顔面を蹴りつけると同時に【魔力制御】を行使。魔力爆発は槍となって死霊騎士の兜を貫いた。

 着地すると同時に右脚に激痛が走った。そして、左肩と右脇腹の痛みが跳ね上がる。しまった、【痛覚軽減無効】のことを忘れてた……今まではちゃんと痛覚軽減が働いてたって証拠でもあるか。これでもあの時の右腕よりは痛くないってんだから……【痛覚鋭敏化】が起きてないだけマシだな。

「ば……馬鹿なあぁっ!?」

 倒れて動かなくなった死霊騎士を見て、オトジャが叫ぶ。そうだ、その顔が見たかった。

「お、俺の最高傑作が……たかが異邦人1人にっ!?」

「独りじゃない……」

 そう、独りじゃない。独りでこんな化け物を倒せたわけがない。

「俺独りの力じゃ、絶対に倒せてない……俺がこいつを倒せたのは――」

 翠精樹の下にいるザクリス達を見る。皆が不安に顔を曇らせてこちらを見ていた。

「エルフの皆が、俺を支援してくれたからだ。お前のおもちゃは、俺に負けたんじゃない……俺達に負けたんだ!」

 再びオトジャを見て、はっきりと言ってやる。悔しげにオトジャの顔が歪んだ。

 そして、スケルトンと対峙してるクインを見る。彼女がスケルトンを引きつけてくれてたのも大きいと思う。もしクインがいなければ、スケルトン共は俺と死霊騎士の戦いに介入したかもしれないし、そうでなくてもエルフ達に余計なちょっかいをかけてたかもしれない。そうなれば俺は死霊騎士との戦いに専念できなかっただろう。

「ふ、ふん……確かにそいつは敗れた……だが、俺の手駒がなくなったわけではないぞ?」

 顔を引きつらせながらオトジャが言うと、ガチャリと音がした。さっき倒した奴よりはプレッシャーも小さい鎧騎士が3体、前に出て来る。そういや、まだいたんだったな……

「そこまでボロボロになっていては、もう戦えまい。こいつらはさっきのよりも劣る出来だが、今のお前を殺すだけなら容易いぞ?」

 あー……確かにな……左腕はないし、右脚も何か血が滲んできてるから、また血管破裂とか起きてるんだろうな……一応、動きはするけど。倦怠感は更に増したし、気分は最悪だ。何か、目の前が揺らいできたし……

 でも、それでも。ここまで来て、はいそうですかと諦めるわけがない。最後の最後まで足掻いてやる。

 歯を食いしばり、オトジャを睨み付け、口角を広げ、言ってやる。

「……試してみるか……?」

「ひ……っ!?」

 何が怖いのかオトジャが悲鳴を上げた。失礼な奴め、こっちはただ笑っただけだってのに……

「こっ……殺せっ!」

 オトジャの声が随分遠くに聞こえた。

 死霊騎士とスケルトンが一斉に俺に向かってくるのが見える。

 何か、背後から色々な声が聞こえるような……誰が、何て言ってるんだ……?

 前に出ようとしたら景色が傾いた。いや、違う。俺が傾いてるのか……

 何か、地面が見えるな……しかも近付いてるし……

 あー……初の死に戻りか……ちく……しょ……


 


「……あれ?」

 気がついたら、ログアウトしていた。

 おかしい……あの場で俺が生存する可能性はなかったはずだ。だったら俺が目を覚ますのは、復活場所であるツヴァンドの中央広場のはずなんだが。

 よく分からないが、状況が気になる。すぐにログインし直す。

 しかし、ログインした先はツヴァンドではなく。

 見たことのない空間だった。

 

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