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第68話:死霊騎士

 

 拳や蹴りを繰り出す度に、白骨が散らばっていく。

 スケルトン単体の戦闘力は高くない。何せ元が骨だ。強度もたいしたことないし、生きてた頃ほどのパワーがあるわけでもない。それでも数は多いし、攻撃を食らって無傷でいられるわけじゃない。時々、動物じゃなく魔獣のスケルトンが混じってるのもいただけない。こいつらはパワーも耐久性も動物より上だ。ロックリザードの革鎧も爪や牙を受ければ傷くらいは入るし、鎧の隙間を狙われたら傷を負うのは避けられない。現に鎧の方は、耐久値的にはまだ余裕があるものの、少なくない傷を負っている。

 一斉に襲いかかって来られたら呑み込まれて終わりだ。だから俺の戦い方は、ヒットアンドアウェイが基本になる。囲まれないように、取り付かれないように、絶えず動き回り、押し寄せてくるスケルトンを次々に破壊していく。精霊魔法が弱体化されている中でも、風の足場程度なら何とかなるのは幸いだった。包囲されてもそれで何とか離脱できるからな。

 クインはクインでスケルトン共を相手にしている。オトジャの野郎、クインをゾンビにするってのは本気らしく、俺よりクインを重点的に狙ってる節がある。そのクインは群がるスケルトン共を爪で斬り裂いたり、牙で噛み砕いたり、【暴風の咆哮】で吹き飛ばしたり、風を纏った突進技のようなもので粉砕したりと大暴れだ。ただ、あのペースが何時まで続くかが不安の種だな。

 エルフ達への攻撃の手は止まった形だ。と言っても、エルフ達も迎撃を手伝える余裕はなさそうだが。矢の数も残り少なく、精霊魔法も弱体化させられている現状では、エルフは戦力にならない。無理に前に出たところで、スケルトン達に引き裂かれて終わりだ。精霊魔法弱体化の仕掛けさえどうにかなれば話は変わってくるんだがな。

 戦闘を開始してから、かれこれ20分は経過しただろうか。足元は倒したスケルトンの残骸で覆われ、地面が見えなくなっている箇所すらある。一体どれだけのスケルトンを撃破したのか分からない程だ。だというのに、スケルトンの数が減った気がしない。いや、実際、減ってないな。村の外にいたスケルトンを応援で呼び寄せてるんだろう。

 お陰で、アインファスト防衛戦の時より俺の状況は厳しい。戦闘と移動を交互にしていたあの時と違い、戦い続けてるせいで魔力もスタミナも消耗が激しい。おまけに、今回は後がない。あの時は俺が死んでも他のプレイヤーがいた。でもここで俺が死んだら、エルフの村は蹂躙されて終わりだ。それは俺にとって結構なプレッシャーだった。

「おやおや、息が上がっているな? ん? ん?」

 何度目になるか、俺に対するスケルトンの攻勢を緩めて、オトジャが馬鹿にしたように言う。くっそこの野郎!

「……このくらい、どうということはないな。雑魚相手に楽をさせてもらってる」

 スケルトン相手なら、まだ何とかなる。外の戦力が村の中に入ってきて、外が手薄になるなら、エルフ達を避難させることも可能になるかもしれない。と言っても、俺だって永遠に戦い続けられるわけじゃない。スタミナもMPも消費し続けるしかなく、回復のためのポーションも有限だ。

 こうなると、余力がある内にエルフ達を避難させるべきなんだろうか。ルーク達がいつ来るかは分からないし。こっちからチャットを繋ぐ余裕はないから確認もできやしない。でもあっちからも連絡が来ないってことは、まだ片付いてないんだろう。

「それよりお前の方も、そろそろ手駒が尽きるんじゃないか?」

 わずかでも休息を取るために質問を投げかける。1分でも1秒でもいい。時間を稼がねば。

「大事な兵隊だろう? 全滅する前に帰った方がいいと思うんだがな」

 帰ってくれ。むかつくし叩き潰したいという想いは嘘じゃないが、それでも優先されるべきはエルフ達の安全だ。

 しかしオトジャが嗤う。

「ははは、残念だが俺らの兵力は無尽蔵でな。いくらお前が倒したところで補充は容易だ」

 得意げなオトジャの発言について考える。ただのハッタリか、それとも事実か。

 ツヴァンドを攻めてるアンデッドの群れは、少なく見積もっても数千以上。ここを攻めてるアンデッドにしても結構な数だ。それだけの数を揃えるのだって大変だろうに、それが無尽蔵だなんてことがあるだろうか?

 イベント用の無限湧きエネミーって可能性はある。普通のゲームなら、そう考える方が自然だろう。ただ、このゲームはGAOだ。良くも悪くもリアリティを追求するGAO運営ならどうするだろうか。そういう部分にも拘ってる、と考える事はできないだろうか。スウェインの説が本当だとするなら尚更に。

 アンデッドを無限に生み出す魔具とかが存在し、この世界的にそれがアリだというなら容赦なくやるだろうけど、さすがにそこまではやらないと信じたい。というかハッタリであってくれ頼むから。無限湧きだと俺の勝ち目はゼロだ……

「だが、いくら無尽蔵とは言え手間が掛かるのは事実。雑魚は雑魚なりの使い方があるからな。ここで無駄に消費することもない」

 スケルトン共の動きが変わった。そのほとんどが、今も戦ってるクインの方へと向かう。

「どうせお前の死体は手に入らんのだ。ならば綺麗に殺す必要もない」

 その代わりに、冒険者達のゾンビが前に出てきた。つまり全力で俺を潰しに来た、と。クインとエルフ達はスケルトン共の物量で疲弊させて、なるべく傷つけずに殺すか、ゾンビにするまでは生け捕りにしておくとか、そんな感じで考えてるんだろうな。

 オトジャの取り巻きのスケルトンもクインに向かって少し減ったな。これはひょっとしたら、いけるか? 冒険者ゾンビを片付けて、一気に間合いを詰めてオトジャ本人に引導を渡す。主を失ったスケルトン共がどう動くかは分からないが、救援が不確かな今、エルフ達を護るのに一番確実な方法はこれ、だろうか。俺が食い止めてる間にエルフ達を逃がすという手もあるが、外のアンデッド共を強行突破できるか怪しいのが悩ましいな。

「死ぬがいい!」

 余裕と嘲りが感じられる声でオトジャが指令を下した。剣士、重戦士、盗賊のゾンビがこちらへと駆けてくる。外見と装備から想像できる速度で、その動きは生きてる人間と遜色ない。

 最初に攻撃してきたのは盗賊ゾンビだ。手にしているのは小剣一振り。鋭い突きが俺の首へと迫ってくる。

 でもまぁ……ウェナよりは遅い!

 小剣を左拳で受け流し、カウンターの拳を顔面に突き入れた。【魔力撃】のみだったが、それでも顔面を潰すのに十分な威力がある。人間相手ならこれで戦闘不能になっているであろう一撃だ。しかし相手はゾンビ。痛みに怯むこともなく、次撃を振るってくる。

 同時に横手から回り込んできた剣士ゾンビが横振りの一撃を放ってきた。盗賊ゾンビの陰に隠れるように移動して剣士の斬撃を回避。盗賊ゾンビの追撃は手首を掴むことで止めた。そのまま空いた方の手に【強化魔力撃】を発動する。

「貫けっ!」

 盗賊の胸の真ん中に拳を打ち込む。胸部が装備していた革鎧ごとへこむ。でも、ここからがいつもと違う。同時に【魔力制御】を使ったことで、続けて生じた魔力爆発は、そのまま同じ場所に風穴を開けた。

 【強化魔力撃】の魔力爆発を【魔力制御】で拡散しないように操作したのだ。結果、爆発の威力が一点に集中するようになった。制御がまだ甘いので威力は通常時より落ちているものの、場合によっては通常のものよりも使い勝手はいい。これもアーツとして登録されたが、名称はまだ決めてない。

 盗賊ゾンビの方はそれでカタが付いた。しかし、どうやれば確実に仕留められるのかが分からないってのは本当に面倒だ。

 崩れ落ちようとした盗賊ゾンビから手を離して蹴り飛ばし、その後方に位置していた剣士ゾンビにぶつけて動きを封じるとともに、視界の端に見える巨躯へ対処するべく動く。フルプレートメイルにメイスとラージシールドという、典型的なタンク型重戦士のゾンビだ。さて、こいつにはさっきの貫通型の【強化魔力撃】の方がいいだろうか。それとも通常の【強化魔力撃】で、鎧を歪めて動きを封じる形にした方が――

「ぐあっ!?」

 腹に強烈な一撃を受けて、思考を強制的に中断させられた。何が起こったのかを把握する前に、風を切ってメイスが振り下ろされてくる。

「なろぉっ!」

 反射的に繰り出した蹴りを、メイスの柄に打ちつけた。無理な体勢で放ったために反動で倒れてしまったが、それでも凶器を逸らすことには成功する。メイスは俺の左横に落ち、散らばっていた白骨を更に細かく砕くに終わった。

 素早く転がって起き上がり、周囲を確認する。すると信じがたいものが見えた。唯一、こちらに向かってこなかった魔術師のゾンビ。そいつが杖を掲げ、呪文を唱えていた。ゾンビが魔術を使うなんてアリかっ!?

 でもこれは俺のミスだ。知能を持つゾンビは某TRPGにもいて、そいつらは魔法は使えない設定だった。だから魔術師のゾンビなんて戦力外だと見誤ってしまった。なまじファンタジー系の知識を持っていたが故の失敗だ。GAOでは思い込みが危険だってことは理解してるつもりだったのにっ!

 剣鉈を抜いて【強化魔力撃】を込めて、魔術師ゾンビに投擲する。剣鉈はゾンビの顔面に突き刺さり、続けて爆発。頭部を失った魔術師ゾンビは倒れ、剣鉈が地面に落ちる。

 しかし呪文は完成していて、魔力の槍がこちらへと飛来していた。エネルギーボルトの上位魔術であるエネルギージャベリン。これも絶対に命中するタイプだ。さっき腹に受けたのもこれだろうな多分。

 避けるのは不可能。どう足掻いたところで、これは確実に身体のどこかへ命中する。できることと言ったら防御に徹することだけだ。幸い【魔力制御】を使えるお陰で、対魔法防御が可能になっている。要は身体を魔力の膜で包む形だ。修得しててよかったよまったく!

 2発目のエネルギージャベリンのダメージは、1発目より小さくて済んだ。ただこの防御法、MP消費が馬鹿にならない。どこに命中するのか見極めることができて、もっと速く展開できるようになればもう少し使い勝手が良くなるんだけどな。いや、いっそ飛んでくる魔法を殴り落とすとかできないだろうか。今度スウェインに頼んでエネルギーボルト撃ってもらうのもいいかもしれない。目指せラ○君。

 弓の弦の音が一斉に響いたのは防御膜を解除した直後だった。何事かと視線を背後に移す途中で、無数の穴だらけになった剣士ゾンビが視界に入る。剣を持った腕も千切れ飛んでいる。エルフ達の射撃だろう。ほとんどの矢は貫通していて、剣士ゾンビの後方にいたスケルトン共にも命中してる。【魔力撃】や【強化魔力撃】を使ったんだろうな。狩りの時には使うことはほとんどないって言ってたけど、精霊魔法が使えない今の状況じゃMP的な余裕もあるんだろう。あの数のスケルトン相手には無謀極まりないが、ゾンビ単体への飽和攻撃ならまだマシってことか。生身相手だと明らかなオーバーキルだな。でも今の援護は助かった。これで後は重戦士ゾンビだけだ。

 何やら唸り声を上げながら重戦士ゾンビがメイスを振り上げる。さすがにこれをエルフ達に任せるのは厳しそうだ。でも動きを止めてしまえば、後は弓で削り落とせるかもな。

 大振りの一撃を半身をずらして回避。再びメイスは地面を叩く。そのメイスの頭を踏みつけて固定し、左手で肩を掴み、右手は伸びきった肘に添えて【強化魔力撃】を起動。魔力が弾けて重戦士ゾンビの肘が逆方向に折れ曲がった。

 続けて脚に【強化魔力撃】を起動し、右膝を横から踏み抜く。鎧が歪み、骨が砕け、自重を支えきれなくなった重戦士ゾンビが倒れる。

「ザクリス! こいつ任せていいか!?」

「任せろ!」

 声を背に俺は駆ける。狙いはオトジャの首だ。層が薄くなった今のスケルトンなら突破できるはず!

 オトジャの方は、俺がゾンビを無力化したのに驚いている様子だ。自信作っぽかったからな。少しは溜飲が下がるというものだ。

 さっきまで静観していたスケルトン共が俺に向かって動き出す。でも、遅い!

 地を蹴り、跳躍。そして空を蹴って更に跳躍。スケルトン共を跳び越える。スケルトンの弓兵のいくらかが俺に弓を向けたが、それを邪魔するように俺の背後から矢が飛んでいった。一瞬ビビったが、射手はエルフだ。誤射などあり得ないと信じてオトジャに狙いを定め、再度空を蹴ろうとして――

「なっ!?」

 その思惑が果たされることはなかった。オトジャの前に立っていた鎧騎士の1体が、俺を迎え撃つように跳んだのだ。

 嫌な予感がして、前に進むためではなく、後ろに逃げるために空を蹴った。鎧騎士の剣が閃き、俺がいた空間を斬り裂く。

 スケルトン共の前に着地して即、後ろに退いた。スケルトン共に動きはない。

「ふふふ、残念だったな異邦人」

 さっきまでの動揺はどこへやら。オトジャが勝ち誇る。スケルトン共が左右に割れ、その間を通って鎧騎士が進み出てきた。

 近くで見れば、結構豪華な甲冑だ。色は黒一色だが、あちこちに装飾が施されていて、高級美術品だと言われても信じられる程だ。

 手にした剣は片手剣。これもなかなかの拵えだな。剣身にも装飾があって、実戦に使うのが惜しいと思えるくらいだ。

 ただし、それらが瘴気を放っていなければ、という前提がつくが。なまじ美術品のような造形であるからか、纏った瘴気のせいでより禍々しく見える。兜の奥には煌々と燃える紅い双眸だけがあり、身につけたマントも表が黒、裏地はまるで乾いた血のようにくすんだ赤色で、端はすり切れたようにボロボロと……これぞアンデッドナイト、って感じだ。

「こいつはさっきのゾンビとは違うぞ? 今調達できる素材の中から厳選して組み上げた、俺の最高傑作と言っても過言ではない死霊騎士だからな! 格が違うのだよ格が!」

 いちいちむかつく野郎だなオトジャめ……でもあの野郎の言ってることは嘘じゃない。なんだこいつ……さっきから寒気が止まらないんだが……

「そうかい。じゃあ、こいつを潰せば、お前の他の手駒は雑魚同然、ってわけだな」

 弱気を見せるわけにもいかず、そう強がっておく。戦う前から呑まれてどうする。こいつを倒さなきゃ駄目だってなら、倒すしかないんだ。

 素早くポーションを取り出して飲み干す。出し惜しみして勝てる相手じゃない。できることは全部やっておくべきだ。

「まぁ、足掻きたければ足掻くがいい。準備が終わるまで待ってやるぞ。その方が、負けた時の絶望も大きかろう」

 俺の準備を邪魔するつもりもないようだ。俺を舐めてる……いや、それだけ作品に絶対の自信を持ってるのか。

 追加で更にポーションを飲んでおく。これでHP、MP、スタミナ全て全快だ。両手足の【魔力撃】も大丈夫、と。鎧の方はさっきのエネルギージャベリンのせいで結構損傷してるが、この場で修復できないので仕方ない。

「こっちはいいぞ」

 準備を終え、拳を固めて構える。死霊騎士の方は構えるでもなく、剣を提げたままだ。

 目の前の敵に集中する。クインがスケルトン共を蹴散らす音も【迷いの森】が燃える音も意識の外に追い出した。俺が気を向けるのは、倒すべき死霊騎士と、それに命を下すオトジャの言葉のみだ。

「嬲れ」

 オトジャの声が聞こえた。そこで初めて死霊騎士が剣を持ち上げる。

 それを確認して俺は飛び出した。様子見なんてする余裕はない。身体に支障が出ないギリギリの【強化魔力撃】を拳に込め、前に出る。が、

「なっ……!?」

 拳を振り上げ、突き出す体勢を取った時、死霊騎士が直近に現れた。あちらから距離を詰めてきた。俺の間合いじゃない。既に奴の間合いだ。

 炎のように揺らめく黒い光が真っ直ぐ俺に降りてくる! 回避!? 不可能だ!

「くそったれぇぇぇっ!」

 選択肢は残っていない。攻撃の【強化魔力撃】を迎撃に回すしかなかった。

 死霊騎士の剣の腹に思い切り拳を打ちつけつつ身を捩る。強打によって剣の軌道は逸れ、胸元を掠めた。

 魔力爆発に紛れて全力で後方へ離脱する。【気配察知】を使って追撃を警戒した。死霊騎士に動きはない。

 魔力の残滓が消えた向こうで、剣を振り下ろした体勢のまま死霊騎士が止まっていた。追撃に来なかったのは、オトジャの命令を守るためだろうか。それにしても嬲れとは心底性根が腐ってるな。

 痛む胸を押さえながら、次はどうするかを考え――痛む胸?

 違和感に気付き、そちらへ視線を向ける。

 さっき掠めた奴の剣。その痕跡が俺の鎧の左胸に残っている。剣による傷。そこに纏わり付く黒い瘴気。そして、そこから流れている、血。

 それを認識した途端、痛みが一気に押し寄せた。

 

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