第66話:不死者の侵略
一般人らしい住人達が恐怖に顔を染めて逃げるように酒場を出て行く一方、武装してる連中は稼ぎ時だとばかりに喜々として飛び出して行った。
「フィスト殿、拙者達も!」
ツキカゲに頷いて店を出る。当然、支払いは忘れない。釣りは要らねぇ、とっといてくれ。
通りに出て人の流れを眺める。一般人はともかく、武装した連中の流れは街の外周方面に向いてるな。それに乗って進むと北門近くに出た。多くの兵士、そしてプレイヤーらしき姿も見られる。
少し待っていると門の前で指揮官らしい男が状況の説明を始めた。現在、アンデッドの集団が森からツヴァンドへ進行中だという。調査に出るのが遅すぎたか。いや、調査に出てたからこそ進軍に気付けたのか。今までのこまめな報告がいいように働いたんだと思いたいな。
しかしまた襲撃イベントかよ。しかも不意打ち気味に。意地が悪いな運営!
「来たぞーっ!」
城壁の上から兵士の声がした。状況を確認するためだろう、それを聞いたツキカゲが城壁へと駆け上がる。あれ、今あいつ、壁を走って登ったような……?
ツヴァンドの城壁はアインファストよりも低い。俺も気になるので登ることにした。助走を付けて壁に向かって跳躍。その壁を蹴って一旦壁から離れるように跳び、風の精霊魔法で瞬間的な足場を作ってそれを蹴り、再び城壁へ。それを何度か繰り返し、城壁の上へ到達する。
「かなりの数で御座るなぁ……アインファスト防衛戦よりは間違いなくマシで御座るが」
外を見ながらツキカゲが独り言ちる。
既にアンデッドは森から溢れ出していた。【遠視】でざっと見るとほとんどがスケルトンだ。その種類は人型に限らず、色々な獣のスケルトンが混じってる。だが、ツキカゲが言うとおり、あの時に比べればマシだ。数は現時点でも以前の倍近くで、まだ増え続けてるが、今回のスケルトンは魔族に比べれば攻撃力も防御力も格段に落ちるだろうから。プレイヤー中心で戦闘すれば、そんなに脅威ではないだろう。仮に街の中に侵入されても、家に閉じこもっていれば、この間みたいな凄惨な被害が住人に出る確率は低いはずだ。
「ぬ……あれは狼煙で御座ろうか?」
少しだけ気が緩んだところで、ツキカゲの声が聞こえた。森の方を見ると、ほんの僅かだが白い煙のようなものが見える。ただ、狼煙と言うには範囲が広く見えるな。大体、あの位置は既にアンデッドの軍団の勢力範囲内だろう。あんな所で狼煙を上げる人なんているはずが――
「おい……」
掠れた声が自分の口から漏れた。が、そんなことはどうでもいい。【遠視】でその煙の見える方を確認する。やっぱり狼煙じゃない。どっちかというと森林火災っぽい。
ただ、もしあれが火災だとしたら大問題だ。何故なら、煙が上がっているあたりに、背の高い木が見えたからだ。
大きな――翠精樹が。
エルフの集落辺りから煙が上がっている。そして今、ツヴァンドに不死者の群れが迫っている。この2つを結びつけるのは簡単で、そう意識した時には、俺の足は床を蹴っていた。
「フィスト殿っ!?」
悲鳴にも似たツキカゲの声が聞こえた。すまんツキカゲ、詳しい説明をする時間が惜しい。
「悪いツキカゲ! 狩りはまた今度な!」
途中で一度だけ宙を蹴って落下速度を落とし、着地する。そして森へ向けて踏み出した。
森の異変から、アンデッド絡みで何かあるとは思ってたが、まさかツヴァンドに攻め込んでくるとは思わなかった。それもここまで大規模に。更にエルフの村を襲うまでやるとか予想外だ。
って、そういや森にはラーサーさんの家もあったな。それにルーク達もいるはずだ……いや、あっちは問題ないだろ。ラーサーさんがマジで世界有数の聖騎士だってなら、有象無象のアンデッドに負ける姿が微塵も想像できない。あっちはあっちでアンデッドの掃討に動いてくれるだろう。ツヴァンドの方は軍もいるしプレイヤー達もいるから多分大丈夫。
問題はエルフの村だ。スケルトンが多いって事は、エルフにとっては不利に働く。彼らの主武器が弓だからだ。防衛施設があると言っても村の総人口が100人程で、その中でまともに戦える数がどれだけいるかも分からない。子エルフも弓と精霊魔法が使えるから戦力になると仮定しても、アンデッドの物量にどこまで対抗できるかを考えると不安が消えない。
というか、俺がエルフの村のことを知らなかったらどうなってたんだ? 救援に向かうプレイヤーがいなくても凌ぎきれるんだろうか? と言ってもこの世界の住人のAIは優秀だ。運営に干渉されない限りは独自に判断して行動するだろうから、場合によっては村を捨てて避難することもあり得るか。
でもたまに疑問に思う。運営って本当にイベントをきっちり管理してるんだろうかと。この世界で起きる大きな出来事は、住人達独自の行動が複雑に絡み合ってる。ポーション事件なんてまさにそれだ。あの悪徳商人の行動は、ポーション枯渇以前からの暗躍が招いたものだった。それによる影響や変化もちゃんとあったのだ。
前回の魔族騒動は発生の端緒みたいなものが存在しないから別にして、今回のアンデッド騒動も事前に兆候があった。もしもプレイヤーが率先して森の調査に出掛けたりしてたら、この襲撃自体がもっと別の形になってた可能性があるんじゃないか? 例えばアンデッドの軍団が集結するのを見つけたプレイヤー達が、声を掛け合って数を集め、逆に強襲をかけたり、とか。
ひょっとして、運営はそういうのをイベントだと後付けしてるんじゃないだろうか。
俺がそう考えるのは、以前スウェインがこんなことを言ってたからだ。GAOというのは単なるゲーム世界ではなく、AI達が独自に動き回る箱庭として作られているのではないか、って。ワールドシミュレータと言ってもいい。GAOという世界に、その中で生きるものを配置し、後は放置。人も動物も勝手に動く。そこにプレイヤーが加わり、その行動が絡んで更に状況の変化が発生する。目に余るものは運営が修正し、ゲームとしての体裁を整えているんじゃないか、と。
技術的なことはさっぱりだから置いとくとして、もし本当にそうなら、今回のはアンデッドを操る何者かが既にGAO内に存在していて、今まで暗躍していたのが、機が熟したので表に出てきたということになる。そしてもしこれがAI達の独自の判断による行動であるなら、エルフ村をスルーする可能性は低いだろう。見逃す理由がすぐには思いつかない。
「とにかく、安否確認が最優先だっ!」
スウェインの予想が当たってるかどうかなんて運営に聞かない限り答えは出ないし、それを教えてもらえるわけもない。今考えても仕方ないので意識を元に戻す。全力疾走しながら俺はメニューを開いてスキルリストを出した。その中から移動系のスキルである【ダッシュ】を選択して修得する。走る速さを上げるスキルだ。俺はもうザクリス達を単なるゲームのキャラだと認識していない。このままアンデッド達に殺されたりしたら悲しくなると断言できるくらいには情が移ってるし、何もできなかったらそれを後悔するだろう。だから、少しでも早くエルフ村に着くために、できることはしておきたい。
でも間に合うか? エルフの村からツヴァンドまで、徒歩で3時間くらいだ。徒歩の速度って時速4.8キロだったよな? ってことは単純計算すれば村までの距離は約14キロ。今の俺の走る速さがどのくらいだ? オリンピック選手並の速さが出てるとして、100メートルを10秒台と考えるなら、20分ちょっとあれば着くか。ただしそれは速度を維持でき、かつ障害がなければだ。当然維持できるわけはないから速度は落ちる。途中でスケルトンを突破しなきゃならないから更にロスが出る。どのくらいで到着するかなんて予想できない。独りで突っ走ったのは失敗だったか。せめてツキカゲに協力要請すればよかったかな。
少し後悔したところで、隣に翠の狼が現れた。あ、そういやクインに何も言わずに飛び出したんだった……
女王陛下はご機嫌斜めの様子だ。併走しながら恨めしそうな視線を俺に向けてくる。はい、すみませんでしたごめんなさい。しかしさすがはクイン。俺の方が先行してたのにもう追いついてくるとは。
「羨ましいなぁちくしょー」
謝った後で、愚痴をこぼしながら走る。するとクインが速度を上げた。そうか、クインの方が速いよな。そういえばリアル狼は時速70キロを20分間維持できるとか聞いたことある。俺が以前見たクインの全力疾走はそれより速く見えたし、ストームウルフは空中に足場を作ることもできるから、アンデッドの群れを飛び越えて行ける。彼女の全力疾走なら俺より先に村へ行けるか。
「クイン、頼む! 先に行ってザクリス達をををををっ!?」
依頼をしようと思ったら、何を思ったのかクインは俺の進路上へ移動して急に速度を落とした。制動を掛けてもぶつかると判断し、そのまま跳び越える。そして再びクインが動き、俺の着地予定地点に滑り込むように移動してこちらを見上げた。っておい! そのままだと踏んづけるっ!
風の足場も間に合わずで、やむなく俺はクインの背中に尻から着地することになった。結果、クインにまたがる形になる。何なんだ一体?
「おい、クイン! どういうつもりいぃぃぃっ!?」
そして真意を確かめる間もなく、クインが駆け出した。身体が後ろへ跳ばされそうになったので慌ててクインの毛を掴む。しかしクインは気にした様子もなく速度を上げていく。
そこでようやく理解した。クインは俺を乗せて村まで連れて行ってくれるつもりなのだと。某劇場アニメで少女を乗せた大きな白狼が疾走する場面があったが、まさか体験できるとは思わなかった。
俺を乗せたままで全力疾走なんて大丈夫なのかと不安もあるが、できないことを無理矢理やろうとするほどクインは馬鹿じゃないだろう。初めて会った時の痩せた身体と違い、今はしっかり肉が付いてるし。だったら心配する方が失礼だ。
なるべく風の抵抗を受けないように、しがみつくように身を低くする。振り落とされないように脚でクインの胴をしっかり挟み、毛を掴む。久々のもふもふではあるが、堪能する余裕なんてない。
「頼む!」
俺の声には応えず、クインは更に速度を上げた。
森の中に入っても、クインの速度はあまり落ちなかった。障害物が増えたので左右の揺れが増えたが、幸いなことに車酔い――いや、狼酔いは今のところ起きてない。
進行方向にいたアンデッドの層は薄かったので突破は容易だった。森の中に入ってからアンデッドの姿がないのも助かってる。
森に入る直前、遠目にだがアンデッドの指揮官らしい奴の存在を確認できた。スケルトンではなく、あんまり腐敗した様子がないゾンビらしい人型と、瘴気を放つ鎧騎士のような奴らを取り巻きにした魔術師風の男だった。詳しい能力とかはさっぱりだが、そういう奴がいるということと現在位置はツキカゲにチャットを送って伝えておいたので、迎撃の参考になればいいんだが。
それからルーク達にも連絡を入れておいた。絶賛戦闘中だったようだが、もし余裕ができたらエルフの村へ救援に来てくれと依頼し、村の位置情報を一緒に伝えてある。結構な数を相手にしてるみたいだから来てくれるかどうか、間に合うかどうかは不明だが、一応の保険だ。
でも指揮官が森の外にいて、しかもこの辺にアンデッドがいないってことは、エルフ村が目的ではないって事だろうか。行軍ルート上にあったから偶然巻き込まれたって感じか? あの魔術師――いや、恐らく
しかしあの数のアンデッド、一体どこから調達したんだ? 制御の問題だってありそうな気がするし。かなりの高レベル、ってことだろうか……って、いやいや、運営がポッと用意したイベントボスなら、数とかどうとか関係ないんだけどさ。
「……っ、止まれクイン!」
順調に進むクインに声を掛け、一旦止まらせた。何ですか? と怪訝な表情をこちらに向けてくるクインに、俺はポーチから出したスタミナポーションとマジックポーションを差し出す。
「準備は万全に、だ」
向かう先の異常はここからでも確認できた。位置的にはエルフの村じゃなく、その外周である【迷いの森】の一部が燃えているようだ。ここまで森の他の箇所は一切燃えてなかったから、エルフの村が狙われてるのは間違いなさそうだな。それにスケルトンの姿も見える。【迷いの森】ごと包囲してる感じだな。
でも、ここに火を掛けた奴は誰だ? 死霊術師が放火してそのまま後はアンデッドに任せて立ち去ったにしては、時間的に合わない気がする。別の要因が絡んでるんだろうか。もし魔術を使うアンデッドや、炎を吐いたりするアンデッドがいるなら厄介だな……だがここで引き返すという選択肢はない。
「あれを突破して、まずは村の中に入ってザクリス達と合流するぞ」
俺の方はクインがここまで運んでくれたお陰で、スタミナの消耗も回復してる。HPよし、MPよし、スタミナよし。飢えも渇きも無し。ポーチへのポーション補充もよし。クインもスタミナポーションは2本、マジックポーションは1本で完全回復したようだ。
「よし、行こう!」
一気にクインが加速した。あっという間に【迷いの森】が近付いてくる。一部のスケルトンがこちらに気付いて向かって来る動きを見せたが、クインはその頭上を軽々と跳び越えた。
「何か……様子がおかしいな……」
【迷いの森】の雰囲気が変わってるのに気付く。森に入った途端に気配が希薄になったというか、静かになったというか……何かが足りないというか、どう言っていいのか分からない感覚だ。今の襲撃と何か関係があるのかもな。
クインはそのまま空間を蹴って【迷いの森】の茂みに引っ掛からないように奥へと進む。まるで空を飛んでるような錯覚に陥るが、茂みが途切れたところでクインが地面に降りた。ここまで来たらもうすぐだ。前方に村を囲む柵が見える。
こちらは村の裏手に当たる。一応、こちら側にも見張り用のやぐらがあるが、エルフの姿はない。【聴覚強化】を使ってみると、村の中からの声や音が届いた。戦闘中だな。
クインが空堀と柵を一気に跳び越えた。こちら側にある民家に人影はない。【気配察知】を使ってみると翠精樹の前に多くの反応がある。それを半包囲するような形で無数の反応も見られた。
村の中をクインに乗って走る。翠精樹に近付くとエルフ達の姿が見えた。弓こそ持ってるが、子エルフ達が一番手前に見えるってことは、戦力としては数えてないんだろうな。
こちらに気付いたエルフ達が驚いてるが、言葉を交わしてる余裕はなさそうだ。
「割って入るぞ!」
クインに指示を出すと、翠精樹を迂回する進路を取る。エルフ達の頭上を越え、広場の上に到達すると、状況がはっきりと見えた。
翠精樹前の広場にエルフ達は陣取っていた。全員が弓を持っている。テーブルや台車をバリケード代わりにしてるな。いくつか土壁や空堀ができてるのは精霊魔法を使ったんだろう。
対するはアンデッドの群れ。ほとんどが獣型で、人型の姿はほとんどない。村の入口辺りから骨の白で埋め尽くされている。ツヴァンドへ向かってる奴もそうだが、よくもこれだけの数を揃えたものだ。
そして、こちらにも人がいた。森の外で見たのと同じ、魔術師風の男だ。取り巻きにゾンビは見当たらず、こちらは鎧騎士が4体。
戦況はエルフ側が不利だ。やはり弓では打撃力に欠けるらしい。弓の【魔力撃】は貫通力強化だからあまり意味がないんだろうな。それに矢筒にある矢もかなり減ってるようだ。
アンデッド共の侵攻は、思ったよりも緩やかだ。いや、あれはいたぶってるつもりなんだろう。魔術師の男の顔にはゲスい笑みが張りついていた。
さて、俺とクインの加勢でどれだけ巻き返すことができるか分からないが……やれることをやる!
「クイン! 薙ぎ払えっ!」
クインの咆哮が、エルフ達とアンデッド共の間に響き渡った。