第65話:アップデート
11/12 一部修正
エルフの村での滞在は無事に終了した。予定より長く滞在してしまったのは居心地が良かったからだろう。
またいつでも来るといい。ザクリスはそう言ってくれたし、他のエルフ達も別れを惜しんでくれた。
こちらとしても得るものが多い滞在だった。ジェートの製法と豆麹、魔獣肉の解毒法といった実用的なものから、エルフ達の情報まで。エルフのイメージが壊れる部分もいくらかあったけども。
機会があったらまた訪ねようと決めた。その時は何か土産を持って行こう。
ジェートの件については【料理研】にデータのスクリーンショットを添付してメールを送った。返事はすぐに来た。ただ、ギルドマスター達はキノコの森へ遠征に出掛けているらしく、非常に残念ながら対応できるのは戻ってからになる、とのこと。【料理研】のギルドハウスはアインファストだし、頻繁に行き来するのは経済的にもよろしくない。戻ったら連絡してくれるらしいので、味噌の件はもう少し先になるな。
それからはツヴァンドを拠点に、クインと狩りの毎日だ。それなりに獲物も狩れて、狩猟ギルドへの納品やシザー達への素材供給もばっちりできた。特に狩猟ギルドは獲物の持ち込みを喜んでくれたな。
プレイヤーの動向としては、ツヴァンドは長期間滞在する場所じゃなくなってる。獲物の種類的にはアインファスト周辺と大差がなく、目新しい物もツヴァンドならではの施設や面白みも特にない。プレイヤーはツヴァンドをすぐに立ち去り、ドラードへ向かってしまうのだ。狩猟ギルドが俺の持ち込みを喜んでくれたのはそれが理由でもある。プレイヤーの持ち込みはそれなりに経済効果があるようだ。
俺もドラード方面への興味は尽きないんだけどな。一度アインファストへ行くことになるんだし、遠ざかるのは得策ではないので、もうしばらくはツヴァンド周辺で活動することになりそうだ。
あと、エルフから得た森のアンデッドの情報を、ツヴァンドの衛兵さんに報告しておいた。これについては調査隊が正式に結成されたので、何かあったら動きがあるだろう。
ログイン65回目。
今、俺はツヴァンドにある酒場兼宿屋にいる。席の向かいに座ってるのはツキカゲだ。ツヴァンド方面へ移動するということだったので、ついでに消耗品を注文しておいたのだ。
撒き菱と手裏剣、最近のアインファストの情報を受け取り、こちらからは手持ちの薬草を何種類かとツヴァンド周辺の情報を提供する。その後、雑談しながら飲食を楽しんでいたところで、
「ところでフィスト殿、アップデートの件は確認したで御座るか?」
ツキカゲがそんなことを聞いてきた。
「ああ、一通りは」
プレイヤーの第二陣参加を控え、大規模アップデートを行うことを運営が発表したのだ。運営からの公式発表なんて賞金首システム実装以来じゃないだろうか。それ程にGAOは公式からの情報提供が少ない。GAO内のイベントについて公式が発表したことはないしな。
それはともかく、アップデートの内容だが、めぼしいものはこんな感じだ。
・発汗追加
・風呂実装
・残酷描写関係の変更
・容姿変更解禁
・マーカー機能の消失
・ダンジョン実装
・名字追加
まず発汗について。今まではどんなに暑くても熱くても、どんなに肝を冷やしても、プレイヤーは汗をかくことがなかった。住人はかいてたんだけどな。でも、今度からはプレイヤーも汗をかくようになる。ついでに体臭も追加されるらしい。このことで【くたばれ運営スレ】が盛り上がった。
で、それに合わせて風呂が実装されることになった。今までも存在してたらしいんだが、身体の汚れが出ないプレイヤーには意味がないものであり、おまけに一般市民が気軽に使えるものはなかったらしい。俺はエルフの村で使ったことあるけどな。
それが、公衆浴場という形で一般にもお目見えするそうだ。これについては文句も出ていない。むしろ、珍しく歓迎されているし、個人的にも楽しみだったりする。それに、汗をかいて体臭まで出るようになるってんなら、風呂は必須だろう。リアル中世ヨーロッパは香水で誤魔化してたって話だから、そうするのも手かもしれんが。あ、消臭剤の需要が増えたりするだろうか? ちょっと増産しとこうかな。
次は残酷描写が変わった。
今まで残酷描写は、システム上は実装済みだったが、プレイヤーが生物をどれだけ斬ろうが刺そうが潰そうが、出血も無ければ血の臭いも無かったし、内臓等も見えなかった。出血はただ赤いエフェクトが一瞬光って終わり。生身に対する傷痕も、生々しいものではなくデジタル的な表現だ。
そんな中で【解体】スキル修得者には出血が見え、スキル修得者による行為に伴うものは周囲のプレイヤーにも強制的に見えるようになっていた。
グロ表現なんて、見たくない者がほとんどだろう。だが、それが見えないことによる不利益が発覚した。
例えば傷を負った獲物や敵が逃げた場合。血痕を残しているのでそれを追うことが本来なら可能なのに、普通のプレイヤーには血が見えないので不可能、といった具合だ。血痕が見えなくて、その場の異常に気付けなかった、という状況もあったと聞く。住人には見えるのにプレイヤーには見えない、という齟齬で明らかになったそうだ。
そういう部分を解消するための修正だそうだ。具体的にどうなるかというと、血の色が虹色になるそうな。それは返り血や血糊としてアバターや武器に付着することになり、地面に落ちれば血痕として残るようになる。内臓なんかもそういう処理がされるそうだ。
これについては発表と同時に先んじて実装されており、プレイヤーが設定変更したら反映されるようになる。ただし、一度そうしたら元に戻せないらしいが。
でも、獣を斬ったら噴き出す虹色に煌めく液体って、サンプル動画を見たが、はっきり言ってそっちの方がホラーな気がするんだがな。赤じゃなきゃいいってもんじゃないだろうに。特に虹色の臓物なんて、生々しさこそ消えたが謎の物体にしか見えなかったし。これって本当に修正なんだろうか。ある意味改悪のような気もするんだが……
それと残酷描写についてはもう1つ。【解体】を修得しなくても、18歳以上のプレイヤーは残酷描写の制限を任意で解除できるようになった。これも一度変更したら元に戻せないらしい。でも、オートドロップを確保しつつ、ガチの残酷描写を見たいなんてプレイヤー、いるんだろうかね?
これらについては完全に自己責任なので、特に燃料にはなってない。嫌なら設定変更をしなければいいだけだしな。
次に行こう。容姿変更の解禁だ。と言っても、アバターの作り直しではない。
まず、髪が伸びるようになる。初期でスキンヘッドにしてるプレイヤーは適用外。ただ、毛生え薬を使えばまた生えるようになるんだとか。ちなみに毛生え薬はかなりの高値で取引されている。俺はレシピを持ってないが。あと男性は髭も生えるらしい。外見年齢に応じて生え方等が違うそうだが。ただ、これも任意で設定変更すれば、ということのようだ。そして一度解禁してしまえば元に戻せない。髪の長さをずっと維持したい人には関係ない仕様変更だな。
2つ目は、プレイヤーが負った傷を、そのままアバターに残せるようになる。頬に十字傷の男、とかが実現可能になった。ただし傷を残すには条件があり、自傷によるものは駄目。通常のPvPによるものも駄目。あと、その傷を負って生き残ることが前提のようで、死に戻りした場合は残せない。そして、残した傷は普通の回復手段では消せないという。いずれにせよ残すかどうかは任意だ。問答無用で傷跡が残るわけではないから良心的と言えるだろう。特に女性プレイヤーは傷なんて残したくないだろうし。
3つ目は刺青だ。アバターに刺青を入れられるようになる。背中に数字の入った蜘蛛とか昇り龍とか、腕に黒龍が絡みついたのとか、肩に桜吹雪とか。プレイヤーに彫物師はいないだろうから、住人に頼むことになるんだろうけど。これも傷と同じで消すのは困難だとか。
髪や髭が伸びるのは鬱陶しいと思う人が大半だろうが、色々と試せるようになるから女性プレイヤーで楽しみにする人はいるかもしれない。今でも長髪のアバターの女性プレイヤーは、結って髪型を変えたりしてたようだしな。傷痕や刺青は、女性プレイヤーは敬遠するだろうけど、男性プレイヤーは飛びつく人もいるだろう。黒歴史にならなければいいが。
次。マーカー機能の消失。第一陣プレイヤーのマーカー機能が第二陣参入と同時に消え、プレイヤーか住人かの区別が目視確認できなくなるそうだ。
賞金稼ぎプレイヤーには悪夢のような仕様変更だ。今まではマーカーだけを頼りに賞金首を捜し、見つけ次第倒してしまえばよかったものが、賞金首である事を確認してからでないと攻撃すらできなくなる。間違って別人を傷つけてしまえば一転して賞金首になりかねないからだ。
逆に賞金首プレイヤーには朗報だろう。賞金稼ぎプレイヤーに気付かれる可能性が格段に減るわけだから。ちょっと変装でもしてしまえばぱっと見には判別不能になるし。そしてそんな状況なら、今までレベルを上げてきた第一陣プレイヤーの中から賞金首に転向する奴が出てくるかもしれない。力量的に及ばない第二陣に狙われても返り討ちにできるし、第一陣には気付かれにくいとなれば好き放題できると考える奴も出てくるだろう。
賞金稼ぎプレイヤーは賞金稼ぎであることを公言してる奴が多いから、名も顔も結構割れてる。アップデート終了と同時に、賞金首と賞金稼ぎの争いが激化するんじゃないかという予想も出てたりする。賞金稼ぎ狩りなんてのも出てくるかもしれない。
ただ、第二陣のマーカー機能は参入直後は当然生きてる。てことは、賞金稼ぎプレイヤーはレーダー代わりに新規プレイヤーの取り込みに走るかもな。狙われるリスクを考えた上で協力してくれるかどうかは分からないが。
ああ、マーカー機能は消失後も、課金すれば使えるようになるそうだ。ただし、1ヶ月3万円だった。再取得させる気はないと言わんばかりの料金設定である。
これはかなり高カロリーな燃料になった。掲示板では自称賞金稼ぎと自称賞金首の醜い罵り合いが既に始まっている。『お前を殺す』とか『てめぇは俺がハントしてやる』みたいな予告の応酬だ。
大半のプレイヤーはしばらく混乱するかもな。
で、今回のアップデートで一番の目玉。それはダンジョンの実装だ。
今までGAO内でわずかに発見されている遺跡なんかは、誰かが手を着ければそのままだった。宝箱があったとしても、一度開けられてしまえば復活はなく、解除した罠はそのままで、棲み着いている獣や配置されているガーディアンも倒せばそれまで。誰かが探索し尽くした遺跡は再探索しても旨味はなかった。
だが今回実装されるダンジョンは『ゲームらしい』ダンジョンだ。倒したモンスターは時間を置いて何度でも再び湧く。倒せばアイテムを落とし、開けられた宝箱は復活する。発動した罠も元に戻り、フロアにはボスがいて、うまくいけばレアアイテムを得ることもできる。
ただ、どこにダンジョンができるのかについては一切不明。頑張って全部探してください、ときたもんだ。
これはいい意味で燃料になった。全部探してください、ってことは、複数あるってことだからな。どの辺りに出現するかを予想するスレなんてのも立って、賑わっている。
最後。名字とプロフィール欄の追加。
GAOのアバターネームに名字を追加可能になった。GAOでは名前に使えるのはカタカナのみという縛りがある。まぁファンタジー世界だし、実際、GAO内では共通語という架空言語がメインで使われてるから、『太郎』も『たろう』も『タロウ』も共通語では全部同じ表記になるんだが。
で、名前によっては同じ名前のプレイヤーが何人もいて、更に第二陣の参加で重複する者は増加するだろう。そこで名字らしい。でもこれ、例えば創作物から引用した名前を付けてるプレイヤーは名字も同じものにしてしまうんじゃなかろうかと思う。そういう場合にはプロフィール欄を使って差別化をするというのが狙いだそうだ。まぁ、直接の知り合いは既にフレンド登録済みだ。同名のプレイヤー複数と懇意になるとも思えないから、俺には意味なさそうだ。
主なものはこんな感じだ。後は細かい仕様変更がいくつかあるけど、それらは省略する。
まぁ、そんなわけなんだが。
「特に俺自身が影響を受ける変更はないんだよな」
気分的に顔や手を洗ったり身体を拭いたりはしてたので風呂に入るのは苦にならないし。
残酷描写関係は【解体】を修得した時点で最終段階までぶっちぎってるし。
容姿関係は今のところ弄る気は全くないし。でも髪と髭は解禁しようかな。ナイフで髭を剃るってシチュに憧れる自分がいる。
マーカーは最初から使ってないし。
ダンジョンは現時点で大きな興味は無い。ダンジョンでしか入手できない食材があるなら話は別だけど。
名字の追加についても、現時点でフィストは俺だけのはずだから、今から用意しておく必要もないし。同名のプレイヤーが出てきてから考えても遅くはない。まぁ……俺を騙るような真似をした時には、思い知らせてやるが。
「ツキカゲ的には何か問題あるか?」
「屋敷に風呂を増築せねばならぬくらいで御座るな。ただ、ダンジョンは興味があるで御座る。我らのスキルを伸ばすには絶好の修行場かと」
「素っ裸になって首狩り祭りか……胸が熱くなるな」
「拙者達はあくまで正統派ベースで御座るよ?」
心外な、とツキカゲが反論してくるが、精霊魔法でトンデモ忍術を再現してる時点であんまりそんなこと言えないんじゃなかろうか。
「しかし、運営も思い切ったもので御座るな。特にあのキャンペーンは」
「まぁ、なぁ」
今回のアップデートと並行して、公式HPで発表されたものがある。その名も『GAO脱退キャッシュバックキャンペーン』という。次のアップデートまでに手続きを行ってGAOのアカウントを削除したプレイヤーに、ソフトと引き替えに代金を全額返すというものだ。ただし規約では、アカウントの再取得は原則認めないと明記されている。つまりアカウント削除=GAOからの完全引退を意味する。
GAOを始めてみたものの、合わずに放置してるようなプレイヤーにとっては朗報と言える。だが面白いのは、メールで直接このキャンペーンの通知がされているプレイヤーがいるということだ。それはGAOで犯罪を犯したプレイヤー達。過去に賞金首になったプレイヤー、現在刑に服しているプレイヤー、そして今も賞金首のままプレイしているプレイヤー。その全員に、メールが送られたという。ゲーム内で犯罪を犯すような奴は金を返すから出てってくれ、という運営の意思表示とも受け取れる。
しかし何ともおかしなことだ。利益を求める企業としてはおかしい。大体、そういうのを排除したいのなら、最初から犯罪行為ができない仕様にしておけばいいし、できるままだとしても『ゲーム内で犯罪を犯したらアカウント削除する』とでも規約に盛り込んでおけばいいのだ。
規約では禁止事項に『GAO内の秩序を著しく乱す行為』と明記してある。禁止行為をした者はアカウントを削除し、再度の登録は認められないとも。ただ、同様に禁止事項で明記してある『プレイヤーへの執拗な声掛けや付きまとい、セクハラ行為』で削除された奴はいるが、『GAO内の秩序を著しく乱す行為』を理由にアカウント削除されたプレイヤーはまだいない。つまり今のところ、単なる賞金首ではこれに該当しないのだ。ただこれは、現時点で確認されているB級賞金首までの話で、それ以上になったら該当する可能性もある。
解せない点はもう1つ。今回の仕様変更にリアリティを増すためのものが多いってことだ。元々、リアリティに拘った造りのGAOだが、更に拍車を掛けた感じだ。現に公式HP上でも『ようこそ異世界アミティリシアへ』なんて第二陣向けに新しいキャッチコピーが使われていたりする。今度の変更で増したリアリティを考えれば、より異世界へダイブしてるような印象が強くなりもするだろう。個人的には問題ないんだけど、他の一般的なプレイヤーはどこまでついてこれるんだろうな。
「そういや【伊賀忍軍】としては、新規参加者の獲得はどうなんだ?」
「第二陣で合流する同志が結構な数で御座るので、それで規模の拡大はできるで御座る。後は、完全な新人の獲得で御座るが、それは追い追いで御座るな」
ギルド所属は色々と大変だよな。【シルバーブレード】は少数精鋭だし、メンバー選考の基準が厳しいから増加はないだろうけど、【自由戦士団】なんかは勢力拡大のチャンスだから勧誘に力を入れるだろうか。とは言え、あそこも人格第一なところがあるから狭き門かもしれない。
「フィスト殿は、第二陣合流後はどういう方針で動くで御座るか?」
「俺は特に変更なしだ。ソロでダンジョンに潜る気もないし、ドラード周辺で狩りや漁をして美味いもんを食うさ」
「ぶれないで御座るなぁ」
そりゃあ、俺がこのゲームをやってる最大の理由だからな。
「さて、どうする。久々に狩りにでも行くか?」
「おぉ、それはいいで御座るな。フィスト殿もあれからだいぶ腕を磨いたので御座ろうな」
ツキカゲも、な。何というか身のこなしが変化してる気がする。忍者がどこまで強くなったのかは楽しみだ。忍術という名の精霊魔法にも興味はあるしな。
「よし、行くか」
そう言って席を立つと同時に、外から音が聞こえた。
それはツヴァンドにある鐘楼から聞こえてきた。何だ? 時報にはまだ早いよな?
「どうやら何かあったようで御座るな」
視線を左右に走らせながらツキカゲが言った。店にいた他の客達が明らかに動揺しているのだ。この鐘の理由に心当たりがあるんだろう。
「すまない、何が起きたんだ?」
「襲撃だよ! ツヴァンドに何かが来る! この鐘は、その警報だ!」
近くにいた青ざめた顔の男に聞くと、そう叫んで酒場を飛び出していった。
このタイミングでの襲撃か……まさか、ねぇ……