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第64話:森エルフの暮らし~4~

 

 翌日。

 目を開けると自宅とは違う天井が見えた。GAO内での睡眠もあんまり違和感がなくなってきたなと思いながら身を起こす。

 目覚めは悪くない。適度に飲んだアルコールと、その後に入った風呂のお陰で随分とリラックスした状態で眠れたからな。

 エルフのベッドは、弾力に富んだ太めの蔦をネット状に編んだ物だった。意外と寝心地は悪くなかったな。野宿した時とは明らかに体調が違う気がする。こんな部分まで拘っているとは、さすがGAO、頭がおかしいな。褒め言葉的な意味で。

 ベッドから出るとクインも身を起こした。さて、今日も一日頑張りますか。


 


 朝食を食べた後、俺達は狩りに出た。メンバーはザクリス、テオドル、マウリ。初めて遭遇した時と同じだ。

 マウリを先頭に森を歩く。天気もいいし、絶好の狩り日和だな。

 獲物を探す方法は【気配察知】と足跡を辿ることの併用だ。俺は基本的に【気配察知】だけなんだよな。はっきり分かる足跡を参考にすることはあるが、そうでないものを見分けることができないから。マウリが色々と説明してくれても、これだと分かることは少なかったりする。もっと精進せねば。

 一応、四つ足狙いで探索を続けているが、鳥も獲物ではある。そっちは俺が率先して狩ることにした。【隠行】と【投擲】を使ってメグロバトや、ルパートという孔雀の羽根に似た色彩の鳥を墜としていく。

「よくそんな手段で鳥を落とせるね」

 落としたルパートの血抜きをしているとマウリが感心半分呆れ半分といった表情で言った。テオドルも同様だ。ザクリスは前日に俺の投擲を見てるので何も言わなかった。

 スキル補正のお陰だけどな。リアルで同じことしてもまず無理だし。

「しかし、そのマントはいいな」

 今度はテオドルが俺のマントを見て言う。スティッチに作ってもらったリバーシブルマントは、今は狩りということで迷彩柄の方を表にしている。【隠行】を使ってる時に補正が掛かるかどうかは分からないが、使わなくても割と効果があったりするのは確かだ。植生次第な部分もあるけども。

「もし欲しいなら、ツヴァンドにあるコスプレ屋って店を訪ねるといい。俺から紹介されたって言えば話も早いと思う」

 迷彩マントについては現時点では特注だから、店頭には並んでいないからな。もしこれでエルフ達に需要ができれば、その辺も変わってくるかもしれない。そういやレイアスに打ってもらった剣鉈もアインファストの狩人さん達に紹介したけど、あれからどうなっただろうか。

「そうか、次に街に行く機会があれば、頼んでみよう」

 テオドルは乗り気なようだ。でも迷彩マントを着たエルフか。うむ、悪くないな。

「よし、それじゃ行こう」

 血抜きが済んだのでルパートをストレージに収納する。次の獲物はどこかな、と。

「待った」

 動こうとしたらマウリから制止の声。【気配察知】を使ってみても反応はない……あ、入った。数は5だな。進行方向右手から、俺達の前を横切る進路で動いてる。茂みが濃いせいで姿は確認できないが、このまま来れば姿を見せるだろう。

 ザクリス達が矢筒から矢を抜き、矢を番える準備をする。こちらが風下なので、直視されない限りは先制できそうだ。ただ、獲物が出てくるであろう地点までの距離はかなりある。60メートルくらいだろうか。まぁ、ザクリス達の腕なら命中するだろう。もし無理なら、もっと接近してるだろうし。

 3人が矢を番える。彼らが使ってる弓は、翠精樹を素材にした複合弓だ。彼らの村では弓の腕を認められた時、その弓を与えられ、狩りに出ることを許されるのだと昨日の酒盛りで聞いた。つまりは一人前のエルフの証、というわけだ。

 翠精樹から与えられた素材を使っているということで、精霊魔法の行使を助けてくれる効果もあるとか。まさにエルフのための弓だな。

 そういやミリアムも弓を使うんだったか。しかも精霊使いだし、彼女にこの弓は有用だと思うんだが……さすがにこれはもらえないだろうな。

 そんな事を考えてる間に獲物が姿を見せた。イノシシの群れだ。先頭を行くのが一番大きく、続く個体も結構な大きさだ。あちらはまだこっちに気付いてない。

 弦が鳴った。放たれた矢がほぼ一直線にイノシシへと向かう。そしてそれぞれの矢がイノシシを一頭ずつ射貫いた。位置は心臓部分。同時に3匹が地に伏した。

「お見事」

「それほどでもない」

 称賛を送ると、ザクリスの素っ気ない返事。謙遜した風でもない。本当にザクリス達にとっては容易いことなんだろうな。エルフの射手、恐るべし。

 さて、残った2匹は逃げるだろうと思ったんだが、何故かこっちへ向かってきた。おいおい、普通は逃げるだろ。

「よし、やるぞクイン」

 ザクリス達が次の矢を番える前に、俺はクインと進み出る。今度は俺達の番だ。

 イノシシ達は真っ直ぐ突進してくる。ん? あいつら、何か目が赤いな。体毛も黒みがかってるし。よくよく見れば何か黒いオーラが……

「魔獣かよ」

 【動物知識】を使っても情報が表示されない。ただのイノシシじゃなかった。でもまぁ、だからってやることに変わりはない。

 クインが先に駆け出した。俺も足に【魔力撃】を展開して走る。

 クインは跳ぶとあっという間にイノシシ魔獣の頭上を取った。そのまま前脚を一閃し、首を深々と抉る。あら、噛み付いてからのデスロールじゃないな?

 もう1匹のイノシシ魔獣の意識がクインの方へ向く。おいおい、俺を無視してもらっちゃ困るな。よっしゃ、いっちょ気合いを入れて――

「6ゾローっ!」

 跳躍した俺はそのまま一回転。勢いを乗せて踵をイノシシ魔獣の脳天へ振り下ろした。鋼板入りブーツに【魔力撃】まで込めた回転踵落としだ。確かな衝撃が足に伝わると、悲鳴を上げてイノシシ魔獣の動きが止まった。そいつの顔を踏み台にして一旦後方へ跳ぶ。俺が着地するのとイノシシ魔獣が倒れるのは同時だった。

「よし、狩れた」

「……無茶苦茶だ」

 そんなマウリの声が聞こえたが気にしない。痙攣しているイノシシ魔獣に近付き、剣鉈を急所へと突き込んだ。いただきます。


 


 血抜きだけして狩りを続ける。【空間収納(ストレージ)】やストレージバッグ等があると、こういう時は楽でいい。大量の獲物を持ち運べるのはメリットだ。ザクリス達の狩りも、ストレージバッグを1つは持って行くんだとか。今回は【空間収納(ストレージ)】持ちのザクリスがいるから誰も持ってないけど。

「お」

 ふと目に留まるものがあったので足を止める。先にある木に虫がいるのが見えたのだ。

 50センチはあろうかという蜘蛛だ。背中に赤い斑模様がある黒い蜘蛛。【虫知識】で確認するとそのまんま、セアカマダラグモと出た。色は毒々しいが、毒を持つタイプじゃないな。そういや、ファンタジー世界の蜘蛛の糸って素材としてはお約束だが、こいつはどうなんだろうか。

「あいつの糸って、エルフは何かに活用してるか?」

「いいや。肉食で人型も襲うことがあるから、見かけたら駆除はしているが」

 言いつつテオドルが弓を構える。ふむ、本当に使えないのか、それとも知らないだけなのかは判断がつかんな。少なくとも、エルフ達はあれを食ってはないみたいだけど。

「仕留めた後で、あいつ、もらっていいか?」

「そりゃ構わんが。どうするんだ?」

「いや、何かに使えるかもしれないから確保しとこうかと思ってな」

 俺がそう言うと、分かったとテオドルは頷いて矢を放った。体長50センチの中で頭部の占める割合は大きくないのにあっさりとそこを射貫く。もう、エルフの弓の腕について驚くのは止めよう。キリがなさそうだ……

 近付き、矢を抜く。蜘蛛は想像よりも柔らかかった。うむ、でっかい虫はやはり気味が悪いな。ジャイアントワスプの蜂の子と蛹に慣れたからといって、他のも平気とはいかない。

「フィスト、次が来るぞ。正面、数は3だ」

 蜘蛛をストレージに放り込んだところで、ザクリスが言った。お、また来たか。こっちが風下のままだから、あっちは俺達には気付いてないだろう。いい具合に待ち伏せできそうだな。

 木の陰に隠れて獲物を待つ。このパターンなら、ザクリス達の射撃でケリが付くだろう。

 が、思惑は外れてしまった。森の奥からやって来たのは獲物じゃなかった。

 それは獣ではあった。ただし、あくまで『元獣』だったが。そいつには肉も皮も存在していなかった。ただ骨だけの存在、アンデッドのスケルトンだ。大きさは2メートルくらい。クインよりちょっと小さい程度だな。骨だけでこれって、肉が付いてた頃はどんだけだったんだろうか。

「まさか、今回出て来るとはなぁ」

 アンデッドの件は、村のエルフ達と飲んだ時に挙がった話題の1つだった。最近、狩りの途中でアンデッドに遭遇することがあるというものだ。十数年に一度あるかどうかという頻度が、最近だと数日に一度くらいだというのだから明らかに異常だろう。ゾンビとスケルトンのどちらかで、スケルトンの方が割合としては多かったと聞く。

 どうするか、と考えようとしたところでスケルトン達の速度が上がった。こっちに気付いたか。

「ザクリス!」

「分かっている!」

 ザクリス達が一斉に矢を放つ。しかしスケルトン達は回避行動を取った。3人の矢は一矢も命中することがなく終わる。距離も射程ギリギリっぽかったから仕方ないのか。

 舌打ちしながら次の矢を放つザクリス達。今度は命中した。ただ、効果は薄いようだ。矢は頭部に刺さり、あるいはそのまま表面を削って後方へ抜けていった。

 意外とスケルトン達の足は速い。あちらとの距離は視認してから半分程までに縮まっている。このままだと白兵戦になるな。

 ザクリス達が今度は精霊魔法を行使した。呼びかけが終わると同時、スケルトン達の足元からつぶてが噴き上がる。俺の知ってるTRPGじゃ【ストーンブラスト】って精霊魔法に該当しそうだな。それは多少のダメージにはなったようだが、スケルトン達の速度は弱まることがない。神経が通ってるわけじゃないし、感情もないわけだから、痛みや恐怖で怯むこともないか。脚の1本でもへし折れてれば効果はあっただろうけど。

「俺が行く」

 こうなるとザクリス達で片付けるのは荷が重そうだ。スケルトンに弓は相性が悪いようだし、今この場で使える精霊魔法も効果は薄い。それに何より、あいつら結構素早い。

 両手両足に【魔力撃】を込めて俺は飛び出した。3体のスケルトンは俺を標的に決めたようだ。

 骨だけ見ても元が何の動物であったのかは分からなかったのは、【動物知識】でも難易度が高いからだろうか、それとも魔獣が素体だからだろうか。ただ、顔の形から察するにネコ科だとは思う。それに爪があるな。ネコ科の動物の爪って骨と一体化してるわけじゃないって聞いたことあるんだが、リアルとは違うか。

 一斉に跳びかかってくるネコ科(仮)スケルトンに対し、左脚を振るう。【魔力撃】を乗せた回し蹴りが左端のスケルトン(その1)の右前脚にヒットした。それをへし折りながら蹴撃は威力を落とすことなく頭部に炸裂。頭蓋骨を粉砕する。

 頭部を失ったスケルトンがバランスを崩し、真ん中のスケルトン(その2)にぶつかった。こちらに迫っていたその2の攻撃が逸れ、俺の顔を狙っていた爪が顔の右横を過ぎていく。右端のスケルトン(その3)はその2に押される形になり、俺への攻撃そのものが中断している。

『土の精霊よ、こいつらの足を封じてくれ!』

 少し後ろに退きながら精霊語で土の精霊に呼びかけると、それに応えてスケルトン達の足元の土が動いた。波のようにのたうつ土が、スケルトン達を包むように盛り上がっていく。その3は範囲の外に逃れたが、その1とその2が足を取られた。その1は身体の半ばまで、その2は前脚を土に封じられる。間髪入れずに俺はその2に拳を放つ。軽い手応えと共に頭蓋骨が割れ、刺さっていた矢と一緒に宙を舞う。

 その間に、その3が再度迫っていた。上段から振り下ろしてくる両の鉤爪を、足首を掴むことで受け止める。その3はこちらに噛み付こうと口を開くが、そのまま俺は身体を後ろへ倒した。地面へ背中が着くと同時に蹴りを放つ。肋骨と背骨を蹴り抜かれて、その3の身体が2つに分かれる。

「ぬんっ!」

 そこから両腕を右へと振り抜いた。骨だけの身体だから非常に軽い。地面に叩きつけ、今度は逆の方へと振り抜いてまた地面へ。更に右へ振り、今度は手を離した。放り投げられたその3は近くの木にぶつかって落ちる。

 素早く立ち上がって状況を確認。その1は頭部を失っているがまだ動いている。その2は活動を停止していた。その3は前脚だけで這うようにこちらへ進んでくる。

 サッカーボールを蹴るように無造作にその3を蹴り上げると、頭部がすっ飛んでいった。その場で跳躍し、着地と同時にその3の両肩辺りを踏み潰す。

 なおも動くその1の横に移動し、【強化魔力撃】×1で背骨を粉砕。それでネコ科(仮)スケルトンは全滅した。うむ、スケルトンは脆いから倒すのが楽だったな。ゾンビみたいな生理的な嫌悪感も湧かないし、相手にしやすい。

「……無茶苦茶だ……」

 そんな呆れたような声を出したのはマウリだった。あれ、何か既視感が?

「しっかし、どこまでやれば活動停止に追い込めるのかがよく分からんな」

 その1は頭部を吹っ飛ばしても平気で動いてた。その2はそれだけで仕留められた。その3は胴体を真っ二つにしても動きを止めなかったし。

「ザクリス、アンデッドの急所みたいな部分ってないのか?」

「どうなのだろうな。スケルトンにしてもゾンビにしても、どこを壊せば仕留められる、というのはないのだ。さっき俺が放った矢にしても、頭部を貫いていたがそれでは止まらなかっただろう?」

 俺が以前戦ったゾンビもそうだったよな。そういやクルトのゾンビは胸元にパンチ一発で仕留めたんだったか。何か、核のようなものでもあるんだろうかね。

「……それにしてもさっきのスケルトンは動きがよかったな」

「ああ、今までのに比べてかなり動きが速かったし頑丈だった。今まで遭遇したスケルトンなら、先の石礫で片付いてたはずなんだが。よくフィストはこれを簡単に倒せたな」

 ザクリスの呟きにテオドルが応じ、スケルトンの残骸を見た後で俺を見る。そう言われてもな。単に打撃の方が有効だったってだけじゃないのかね。要は相性の問題だろう。でもストーンブラスト(仮)が通じなかったってのはどういうことだろうか。今まで彼らが遭遇したスケルトンと今回ので、何か違いがあるってことか?

「何か良くないことがこの森で起きてるのかもね。と言っても、俺達の活動範囲では特に異常が見つかってないし、それより先となると、俺達もよく知らない場所だし」

「そういやお前達の活動範囲って、どのくらいの広さなんだ?」

「森の中に限るなら、日が昇ってから日が沈むまでの間に、村へ帰る事ができる距離だよ」

 聞くと、そんな言い方をマウリはした。季節によって変わってくるにしても、最大で片道6~7時間で行ける範囲、ってところだろうか。

「いずれにせよ、今の俺達には気をつけることしかできん。警戒だけは怠らぬようにして、狩りを続けよう」

 ザクリスの言葉に頷いて、俺はスケルトンの残骸を確認する。牙や爪を回収しようかと思ったんだが、目に見えて質が良くなさそうだ。動いてる時は鋭く見えたんだがな。この間のブラックウルフゾンビの牙は、倒した後もしっかりしてたんだが、事情が違うんだろうか。

「どうだ?」

「駄目だな、多分売り物にはならん」

 聞いてくるザクリスにそう答えて、再び土の精霊に声を掛けた。散らばった残骸を地面に呑み込ませていく。獲物の内臓を処理する時によく使う手だ。このまま放置してても大丈夫だとは思うが、この森がおかしくなってることを考えると、たとえ今この場に瘴気溜まりがないとしても、何が起こるか分からない。だから念のため、埋めておく。

「よし、それじゃ次へ行こうか」


 


 その後、ザクリス達はスケルトン相手の時の鬱憤を晴らすかのように、鳥から魔獣まで次々と獲物を狩っていった。俺の出番、あれからなかったよ……

 

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