第63話:森エルフの暮らし~3~
エルフの主食、どんぐりパンケーキはパルトというらしいが、独特の香ばしさがある厚手のナン、って感じだった。
イノシシのジェート焼きもご飯が欲しくなる味だった。あれは肉をもう少し小さく切って野菜と一緒に炒めても美味くなりそうだ。
スープも鳥のいいダシが出てたな。
結論。全部美味しゅう御座いました。
ただ、エルフの皆さん、量はあまり食べないようだ。個人的にはちょっと物足りなかった。まぁGAOの仕様上、ステータスとして腹が満たされても、満腹感は起きないんだけどさ。空腹感は起こるのにな。
昼食を終えた後はダオブ豆の収穫に同行した。
ここのエルフの集落は基本的に、柵に囲まれた生活区画、その周囲、更にその外周である【迷いの森】の三段階で構成されている。生活区画と【迷いの森】の間は畑などに活用されていて、ダオブ豆もそこで栽培されていた。まぁ、木の根元に種子を植えたら勝手に芽を出して寄生して育つので、栽培と言えるかは怪しいけど。いや、確保しやすいこと自体は有り難いんだけどさ。
ダオブ豆の外見は想像と違い、長いさやではなかった。濃緑をした丸いさやに1粒の豆が入っていて、大きさは4センチくらいと大粒だ。収穫方法は、蔓からさやをむしり取るだけ。
「これ、後でこのままいくらかもらってもいいか?」
「それは構わんが」
収穫を終え、集落へ持ち帰ったダオブ豆を指してザクリスに問うと、あっさりと許可が出た。収穫したダオブ豆は瑞々しい。ふふふ、こいつは今度、天ぷらにしてやろう。
「で、作業としては、これからどうするんだ?」
「さやから出して、皮を剥き、1日置く。それから茹でる。十分柔らかくなったらよく潰して少し冷ます。それに、これを加える」
ザクリスが指したのは、茶色い塊だ。味噌の塊に見えるが、何やら粉みたいなのが浮いている。これ、コウジカビか?
「これは茹でたダオブ豆を潰し、アラギ茸の胞子を撒いて寝かせていたものだ」
カビかと思ったらキノコだった。アラギ茸は普通に食えるキノコだったな。このキノコの胞子が、コウジカビと同じ働きをするってことか。まぁ、同じ菌類、だし? じゃあ、この塊はさしずめ豆麹ってところか。となると、
「これと塩を混ぜたものを、茹でて潰したダオブ豆に加えて混ぜて、樽か何かに詰めて寝かせるわけか。時々、中をかき混ぜたりするんだな」
その先の予想ができたので口にすると、ザクリスが頷いた。
「そのとおりだ。そういえばお前の故郷にも似た物があるのだったな」
「ああ。そっちはキノコの胞子じゃなくてカビを使うんだ」
ウィキで仕入れたにわか知識だが、多分そんな感じだったはずだ。あれ、それじゃあ明日の仕込みそのものを見学する必要は無くなったな。重要なのは、あの胞子玉なわけだし、それもキノコが分かってるんだから、何日くらい寝かせればいいのかと、豆に対してどのくらいの量を混ぜればいいのか、その後どれだけ熟成させるかを確認しておけば再現に問題なさそうだ。
「収穫も終わったが、これからどうする?」
「作業があるなら手伝うよ。結構な数だよな」
「人手があるのは助かるが、それでいいのか?」
ザクリスは複雑な表情で俺を見る。あちらとしては俺は客人扱いだもんな。雑務を頼んでるみたいな感覚になるんだろう。でもいいんだ。俺がそれをやりたいんだから。
「差し支えなければ、ぜひ」
そしてその日の晩。
夕食も美味かった。そして何より、蛹料理も食えたし。
マイユに教えてもらったのはシチューだった。エルフの蛹料理もこれだけのようだ。まぁ中身が液体だからな。で、こっちでは蛹スープにそのまま具材を入れて煮込むんだとか。先に俺が作っておいたシチューを出して味見してもらったが、こっちの方が美味いとのこと。どうやら俺のやり方は間違ってなかったらしい。
俺が提供した蛹で、マイユが俺のやり方で蛹シチューを作った。外のかまどは使わず、俺が持っていた調理キットで。シチューに入れる具材は時によって様々だそうで、マイユにお任せだ。今回はダオブ豆が入ってたな。
ザクリスもマイユも、完成した蛹シチューに満足した様子だった。俺もクインも満足だ。当然、他の連中には秘密だが。
食事の後でジェートを使った料理のレシピや、蜂の子レシピをマイユから教えてもらい、お礼に俺も、リアルの料理のレシピをいくつか教えてあげた。いやいや、大収穫ですよ。
そうそう、エルフはジェートをあくまで調味料として使うだけらしく、煮込みは作っても味噌汁は作らないそうだ。ジェートで作る味噌汁は正直未知数なので、特に勧めてはいない。自分で作って試してみることにしよう。いけそうなら、あらためて教えればいいだろう。
「あぁ、そういえば」
マイユとの料理談議が終わったところで、ふと思い出した。
「ザクリス、以前お前からもらったブラックウルフの干し肉だけどさ。魔獣肉の解毒方法ってどうなってるんだっけ?」
「あぁ、そんなことを言っていたな」
待ってろ、とザクリスは席を立つと、部屋の隅に置いてあった小さな桶を持って戻って来た。
「これだ」
桶の蓋をザクリスが開ける。中には液体に浸かった赤黒い肉が入っていた。
「俺達エルフに伝わっている毒抜きは、いくつかの薬草を煎じたものに浸すというものだ」
その薬草をザクリスが挙げていく。毒消草以下、解毒関連の薬草ばっかりだ。ただ、最後に意外なものが混じっていた。
「翠精樹の葉も使うのか?」
村の中央にそびえ立つ翠精樹。その葉を加えているそうだ。
「元々、ドライアドは瘴気に強い木だからな。その身に、瘴気毒を打ち消す成分が含まれているのだ」
「ってことは、瘴気毒用のポーションの作成にも使えるな。って、他の場所に生えてる翠精樹でもいけるのか?」
この村の翠精樹はとびっきりの上物だろう。だからこその効果なのか、それとも翠精樹という種なら何でもいいのか。
「さて、な。我らが使うドライアドはここの物だけだ。わざわざ外に採りに行くことはない」
「貰うことって可能か?」
「ドライアドが恵んでくれた物に関しては自由に持って行くといい」
「恵んでくれた?」
「樹から直接採取しなければ問題ない、ということだ」
あー、つまり落ちた葉っぱなら好きに回収していいと。てことは翠精樹の手入れとかは特にしてないのか。成長するままに任せてるんだろうな。まぁそれなら遠慮なく貰っていこうか。それから、森に生えてるやつも探して採取しとこう。比較してみないとな。
「明日でよければ、纏まった量を拾っておくわよ?」
マイユが申し出てくれたので、その言葉に甘えることにする。ちなみに口調は普段どおりにしてもらった。
「さて、それではそろそろか。フィスト、行くぞ」
桶を元の位置に戻し、ザクリスが入口に向かう。
「どこへ?」
俺の問いに、ザクリスは手に持った何かを口に近付ける仕種で答えた。
まぁ、つまりは酒盛りだったわけだが。
広場に近い場所に、持ってきたであろう木の長テーブルに、椅子代わりの木箱や樽。大人のエルフ達が集まっている。ほとんどが男だな。数は20人くらいか。
形態としては、それぞれが酒とつまみを持ち寄って一杯やる、といったもののようだ。普通に村の寄り合いって感じだな。エルフらしさってもんがない。いや、酒盛りにエルフらしさも何もないんだろうけどさ。
「お、来たかザクリス。それにフィストも」
こちらに声を掛けてきたのは以前会ったことがあるテオドルだ。マウリもいるな。
ストレージから椅子を出して2人の近くに座る。ザクリスも自分のストレージから椅子代わりの木箱を出した。
「じゃあ、まずは一杯いけ」
テオドルが差し出してきたのは細長い木桶だ。大きさはビール瓶くらい。エルフ達が使ってるのがゴブレットだったので、俺もストレージからゴブレットを出した。
注がれたのは赤っぽい液体。香りはブドウっぽい。口に含むとブドウの甘みと酸味が広がった。ワインだな、これ。でも甘みが割と強いから果実酒って感じだ。いや、ワインだって果実酒だけど。度数はそんなに高くなさそうだ。それに飲みやすい。
「美味いな。これ、村で作った物か?」
「ああ、採取したヤマブドウで造った酒だ」
誇らしげにテオドルが笑う。へぇ、ヤマブドウって酸味が強いって聞いてたんだけどな……って、待て。ワインだよな。作り方って、GAOでも一緒なんだろうか。
「これってやっぱり、収穫したブドウを踏み潰して作るのか?」
「当然だな。そちらの故郷でも同じか?」
頷いておくが、実際どうなんだろうな。多分工業化してるだろうから、ほとんどが機械絞りなんだろうけど。でも足踏みで作ってるところも多いのか? ネットで検索したらブドウ踏みの画像も出てくるしさ。多分、感謝祭とかそういうイベントの画像だろうけど。
っと、そうだった。気になったのはそこじゃない。足踏みは別にいいんだ。
「ちなみに、俺らの方だと、それって若い女の仕事だったりするんだが、エルフの場合はやっぱり村人総出でやるのか?」
絵になるのは若い女性だが、昔はともかく今の場合は年齢性別関係ないとは思うけど。おっさんが踏んでる画像も見たことあるし。
「誰がやっても変わらんとは思うが、確かにうちでは男は手伝わんな。女達も、収穫時はともかく、仕込みの段階で俺達に手伝わせようとはしない。いや、むしろ手伝わせてもらえないと言った方がいいか」
と、ザクリスが言う。
ふむ……エルフの乙女――かどうかは分からんけど――が踏んだブドウで作ったワインか。エルフスキーの紳士が知ったら暴走するかもしれんな。高く売れそうだ。
と、冗談はともかく、美味いのは美味いから、自分用にいくらか欲しいな。個人的には辛口の酒、キツイ酒が好きだ。でも甘い酒も好きなのだ。
「なぁ、例えば俺が欲しい物がこの村にあるとして、それを譲ってもらおうと思ったら、何を対価にすればいいんだ? 具体的には、今飲んでるこの酒なんだが」
問うと、ザクリス達は顔を見合わせて相談を始めた。
「売り物になるような物ではないと思うが」
「普通に進呈すればいいのでは?」
「しかしあちらは対等な取引を望んでいるぞ?」
「我々の酒が、人族の間でどれだけの価値があるのか分からんしな」
あー、獲物とかならともかく、自分達で消費する酒を売る時のことなんか考えてないわな。よし、それならば。
俺はストレージから樽と瓶を出した。樽はエール、瓶は蜂蜜酒だ。他にも持ってるけど、エルフ達はあまり強くない酒が好きそうだからな。
ついでに、酒のつまみになりそうな物や料理もテーブルに出す。
「人族の造った酒と交換でどうだろう?」
ぴたり、と相談の声が止まった。次に、視線が樽と瓶に集中した。
「瓶は蜂蜜酒か。樽の方は何だ?」
「エールだ。強い酒がいいなら、他にもあるが」
ザクリスは人族の酒も知ってるのか。たまにツヴァンドへ買い出しに行ってるようだし、その時に飲んだりしてるのかもな。
でもエルフワインか。味の好みはあるにしても、どれくらいの値段がつくだろうな。紳士補正は抜きで。
そうだな、もし入手できたら、これも【料理研】に持ち込んでみるか。ツヴァンドの飲み屋に持ち込んでみてもいいな。
「等価になるかは分からないが、同じ量の酒と交換でどうだ?」
「そちらが構わないならそれでいい。どのくらいの価値になるかは今度確認してみるよ」
話は纏まった。ザクリスが保冷庫に氷を取りに行く。エールは冷やした方が美味い、だそうだ。そういや街で飲んだ時はいつも常温だったな。楽しみだ。
その後、大いに飲み、大いに語らった。
そして知った。酒が入れば人もエルフも大差ない、と。