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第62話:森エルフの暮らし~2~

2015/9/23 一部修正

 

 訓練場を去って次に案内されたのは畑だった。特に珍しいものはなく、街でも買える野菜ばかりだ。エルフ産限定野菜とか期待したんだがな。

 それから村の外に、最近作り始めた小さい麦畑もあるらしい。試験的なもので村の消費量を賄える収穫があるわけではなく、麦に関しては街で購入する量の方が多いそうだが。

「と言っても、麦をそれ程食べるわけではないのだがな」

 次の場所に向かいながらザクリスが言う。ん? と疑問が湧いた。

 例えばリアルでの俺達の主食は米だ。パン文化がかなり浸透してると言っても、日本人なら米、と言えるくらいには主食だろう。一方で、GAOは西洋文化風の設定なので、今まで見た限りでは主食は麦だ。と言っても小麦が主流というわけではない。リアルの中世ヨーロッパと同様、このゲーム内でも小麦は高価だ。俺が料理用に買った小麦粉も割高だった。だから庶民的には大麦や黒麦等の方が身近にあり、パンや麦粥にして食べられている。

 パンも、俺達にとっては当たり前とも言える白いパンじゃなくて黒パンの方が多い。GAO内で初めて食った黒パンだが、食感も味も個人的には嫌いじゃないので、ストレージに保管してるパンのいくらかは黒パンだったりする。いや、歯ごたえのあるパンの方が好きなんだよ俺。固いパンをシチューやコーンスープに浸して食べると美味いよな。

 話を戻すが、ザクリスは麦をあまり食べないと言った。だったら、エルフの主食って何なのだろうか? 豆や芋だろうか。それとも未知の食べ物か。

「ここが食料庫だ」

 案内先にあったのは、家屋と同じ高床式の建物。それから建物下の地面に1メートル四方くらいの木の扉がある。建物の柱には鼠返しがちゃんとあるな。

 ザクリスに許可をもらってからはしごを掛け、倉庫の中を覗いてみる。ここは穀物が主か。収穫した麦らしいものが入った籠がいくらか置いてある。それに麻袋もあるな。これは街で買ってきたやつだろうか。

 他にも干し肉や、保存が利く野菜なんかも一部置いてあるな。しかしそれ以上に多いものがある。それも籠に入れられてるんだが、何だろう?

 倉庫に入り、それを手に取ってみた。

「どんぐりか、これ?」

 見た目はどんぐりそっくりだった。涙滴型じゃなくて丸い方だ。【植物知識】で確認するとクオの実と出る。これも食料なのか。縄文人とか、どんぐり食べてたって言うし、今でもどんぐりレシピとかあるみたいだしな。別におかしな話じゃないか。

 でも、どんぐりを食べるエルフか……俺の頭の中に、どんぐりを両頬に詰めたザクリスの顔が浮かん――

「ぶほっ!」

 そして噴いてしまった。リスかよっ!? いかん、エルフのイメージが自業自得で崩れていく……いや、勝手に想像した俺が悪いんだけどさ!

「どうかしたのか?」

「い、いや、何でもない……」

 外から聞こえるザクリスの声に、まさか正直に答えるわけにいかず、誤魔化した。

 気を取り直して下に降りる。ザクリスの顔を見て再度噴き出しそうになったが、素早く顔を逸らして深呼吸。落ち着きを取り戻す。いや、ホントすまん……

「で、こっちは何だ?」

「保冷庫だ」

 地面にある扉を指すと、そう答えてザクリスが扉を開けた。中からはひんやりとした空気が漂ってくる。穴は真下に2メートル程。そこから横へと続いているようだ。

「中は見るのだろう?」

 言いながらザクリスが地中へ降りていく。備え付けられたはしごで俺も穴の中へ。このくらいの穴ならクインも跳躍で出入りできるが、彼女はどうやら残るらしく、降りてこなかった。

 横穴は斜め下へと向かっている。足元は階段状に整えられているので歩きやすいな。天井も高く、頭をぶつける心配もなさそうだ。

 降りるに従って気温も下がっていった。ザクリスはスイスイと進んでいくが、エルフって夜目が利くんだろうかね。俺も【暗視】があるから進むのは苦にならないけど。

 歩いたのは1分にも満たなかっただろう。地下にそこそこ大きな空間が広がっていた。肌寒い、と言えるくらいには気温が低いな。吐く息も白いし、ってGAO内でも寒いと吐く息が白くなるんだな。なんという拘りか。

 不意に光が広がった。天井に設置されている球体が電球のように光を放っている。多分、魔具か何かだろう。

 空間には木製の棚や木箱が置いてある。野菜や果物が多いようだ。それから酒だろうか、樽もあるな。それに奥の方には大きな氷の塊がある。あれがここの冷気の源か。

「あの氷はどこから調達したんだ?」

「どこかから持ち込んだ氷に水を加えて、氷精の力を借りて塊にしたのだろうな。今でも定期的に氷塊の維持を行っている」

 なるほど。そもそも氷がなければ氷精の行使もできないわけだから、元になる氷は必要なわけだ。冬場に張った氷を使ったのか、それとも魔術等で作った氷を使ったか。恐らく村ができた当時から、こうやって村の大切な食料を守ってきたんだろうな。

 肉なんかは氷に近い所に置いてある。というか、凍ってるな肉は。イノシシにウサギ、熊肉もある。お、魚もあるんだな。

「食料は完全に村で共有してるのか?」

「通常食べるものは、な。それとは別に、各家庭で保管してある食料もある。我らもそれぞれ好みがあるからな。そういったものは、個々が外で得るのだ」

「へぇ。ちなみにザクリスは何が好物だ?」

「俺か? 肉ならイノシシ、果物なら木イチゴだな。あと、蜂蜜も好きだ」

 ふむ。木イチゴ以外は持ってるな。今回は招待されてるようなもんだから、こちらから物を渡すのはやめとこう。次に来た時には色々と持ってくるか。

「お、やっぱりあったか」

 そして、並ぶ食料の中から、知った物を見つけた。ジャイアントワスプの幼虫だ。そして蛹も。

「ザクリスは、こいつは好きか?」

「それが好きではない者は、この集落には1人もいないな」

 蛹を指して問うと、そのような答え。まぁ、幼虫を食ってる時点で、これを食ってないわけはないか。そしてこれを食ったことがあれば、正体を置いとけば、食いたくない奴なんていないだろう。

「でも村全体で、ってなると、滅多に食えそうにないな」

「なかなか数を集めるのが難しいからな。この間の葬儀で使ったから、残りは少ない」

 なんと、あの時に使ってたのか。まぁ、仕方ないか。でも待てよ? ザクリス達ってあいつらをどうやって狩ってるんだろうか? もし効率のいいやり方なら、今後の参考になるかもしれん。

「ちなみに、どんな狩り方をしてるんだ?」

「出てくる成虫を、片っ端から射落としている」

 あー、参考にならんなぁ。俺だけじゃどうしようもない方法だ。戦いも狩りも、数がものを言うんだなぁ……

「そういえばお前は狩ったことがあると言っていたな。その時はどうやったのだ?」

「エドゥトンの枝に火を点けて巣穴に放り込んで、1匹だけ通れるくらいの道を残して入口を塞ぐ。出てきた奴はその都度潰す。新鮮な空気を巣穴に送り込みつつ、成虫がエドゥトンの煙で全滅したら、天井を崩して掘り返す、って感じだな」

「エドゥトンが効くのか? 使っても平気で近付いて来るだろう?」

 ああ、既に試してるのか。本来の使い方は虫除けだからな。

「密閉状態にするのが決め手だ。外で焚いただけだと、興奮状態なら突っ込んでくると思う」

 恐らく効果が出るのに必要な分量があるんだろう。ちょっと浴びただけで即死するような劇物効果は無いだろうし。

「しかし……その方法だと、そう人数は要らないのではないか?」

「俺1人でいけた。連中が活動を開始する前、朝方が狙い目だ。といっても1回しかやってないから、もっと有効な手段はあるかもしれんけどな。なんなら今度、2人で一緒にやってみるか?」

「い、いや、さすがに2人でというのは……その場合、私的な狩りになるからな」

 あ、ザクリスの表情が悩ましげなものに変わったな。でも、意外なことに乗り気ではなさそうな? 私的な狩りだと問題があるんだろうか?

「村の食料調達としての狩りは複数名で組んでの順番制でな。それ以外の狩りは私的なものとなり、その収穫は個人の物となるのだ。採取も同様だ」

 つまり、俺とザクリスで狩った場合、それは2人で『山分け』と言うことになる。

「1つの巣から得られる食用可能な蛹は結構な数だ。それを個人で手に入れたと知られたらどのようなことになるか……」

 あー、そういうことね。入手困難な美味を大量に独占する形になるわけか。つか、そこまでの扱いなのかよ蛹……

「やり方は真似てもらって構わないから、今度、村の連中で試してみたらどうだ? あるいは、個人で狩った後で村にいくらか納めるってのも手だぞ」

「そうだな……考えてみよう」

 しかしジャイアントワスプの蛹、エルフ相手の切り札になりそうだな。この情報はプレイヤーに流すのはやめた方がよさそうだ。蛹さえ持ち込めば何でも言うこと聞く、なんて誤解されてもアレだしな……まぁ【解体】無しでゲットできるのか分からんけども。


 

「おぉ……」

 その光景を見て、思わず声が漏れた。

 村の一角にある炊事場だ。かまどが複数あり、そこでエルフ女性達が調理をしている。エルフの村では炊事は共同作業であるようだ。

 かまど自体は各家の外、地上部分に設置してあったが、ここの物よりも小さい。そして燃料も、自前で調達するようになっているんだとか。村用と家庭用で明確に分けてるんだな。

 しかし家事をするエルフ女性達か。まさかこんな光景を見ることができるとはなぁ。ファンタジーにしてもレアな光景だと思う。

 調理自体はもうほとんど終わっているようだ。できた料理を皿に盛る作業をしている。残念、作ってるところを見たかったな。皿の数から判断するに、各家庭ごとに分けてるようだ。これを各自、家に持って帰って食べるんだな。

「全員分を作るのは、やっぱり食料を一括管理してるからか?」

「それもあるが、燃料の節約の意味もあるな」

 皆で平等に、かつ、余計な消費をしないように、か。なるほど、考えてるな。

「あら、ザクリス」

 ザクリスに声を掛けてくる女性がいた。彼の嫁であるマイユだ。今日はエプロン装備だった。エルフも料理する時にはエプロンするんだな。あ、そういや俺、自分のエプロン持ってなかった。今度買おう。

「ちょうどよかったわ。これ、うちのだから持って帰って」

 そう言って料理の載ったトレイをマイユがザクリスに渡す。マイユの方はスープのような物が入った小鍋も持っていた。

「フィストさんのは私達と一緒になっていますから」

「あ、どうも」

「それで、そちらのストームウルフには肉を用意しようと思うのですけど、普段、どれくらいを食べるのでしょうか?」

 マイユに問われ、俺はクインを見る。どれだけ、と言われると……どれだけ食うんだ? 一緒にまる1日狩りをした時なんかは、鹿の後ろ脚を2本ペロリだった気がする。普通の狼に比べて身体もでかいしさ。

「あぁ、クインの分は俺が出すよ。大柄だから結構食べるんだ」

 俺が確保してる肉もあるしな。クインの場合、食事は生の肉か、ちょっと火を通したものがメインだ。今のところ、人間が食べるような凝った料理を食べたがるわけじゃない。ただし、ジャイアントワスプシチューを除く。

 それでいいよな、と一応確認を取る。特に不満げな様子もなくクインが頷いた。

「分かりました。それでは参りましょう」

 一礼してマイユが先導すべく歩きだす。

 後に続きながら、俺は料理へと視線を移した。

 マイユが持っているのは鳥肉と根野菜のスープだな。味付けは塩ベースだ。いい匂いがするな。

 それからザクリスが運んでいるのは、野菜サラダ、イノシシ肉をジェートで味付けして焼いたもの、それからホットケーキ状のパンみたいなもの。これが主食か。ってあれ?

「マイユ、そのパン、クオの実を挽いたものと小麦粉を混ぜてるのか?」

「ええ、そうですよ。昔はクオの実だけでしたけど、今は小麦を混ぜています」

 どんぐりパンケーキ、ってところか。どんな味がするのか楽しみだ。イノシシ肉も、豚肉の味噌炒めって感じだろうけど、はてさて。

 あ、そうだ。料理と言えば。

「マイユ、実はお願いがあるんだけどいいか?」

「何でしょう?」

「ジャイアントワスプの蛹を使った料理、もしできるなら作ってくれないか。材料は俺が出すから」

 ぴたり、とマイユが止まった。ゆっくりと、こっちへ振り向く。おお、目が爛々と輝いてる。こうかはばつぐんだ!

「……持ってるの?」

「ああ。で、自分でもシチューにしてみたんだが、それへのアドバイスも欲しくてな。なにせ、普通の人族ってジャイアントワスプを食わないから、こんな機会でもないと、な」

「そ、そうね。お願いなら仕方ないわよね。そちらからの申し出だし、村全部で分けるわけにもいかないし、私達だけで食べるしかないわね」

 あ、敬語が崩れた。いや、そっちの方が話しやすくていいけどさ。何か挙動が不審になったな。長い耳がピコピコと揺れている。よく見るとザクリスもだ。動揺したりすると耳が揺れるってエルフの特長なんだろうか?

「ま、そういうことで。ジェートの仕込み作業が終わったら頼むよ」

 とりあえず、蛹のレシピ、ゲットだぜ。

 

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