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第60話:料理

 

 珍しくメールが来た。差出人はスウェインだ。

 今日、無事にラーサーさんと合流できたらしく、修行に突入したとのこと。思ったより早かったな。

 参加者はルークだけかと思ったら、【魔力変換】絡みでスウェインも色々と教えてもらってるそうだ。まぁ【聖輝剣】は発端が魔術師らしいから、ありっちゃありなんだろう。

 で、【魔力変換】のことを別にしてジェリドとウェナも武器戦闘の稽古をつけてもらってるらしい。

 なんでもラーサーさん、ファルーラ王国内では知らぬ者がいない程有名な【聖騎士】であり、更には現在GAO世界に3人いるという【剣聖】の1人だそうだ。って、そんな大物が何であんな所で隠居してるんだ……

 【剣聖】ってくらいだから強いんだろうと思ったら、その実力についてスウェインがこう書いていた。

『騎士は騎士でもあれは某五つ星のそれだな。現時点でルークが手も足も出ない』

 ラーサーさんの一撃を受け止めたり耐えたりできたら特別な称号をもらえたりするんだろうかね。頑張れルーク達。

 そしてルークからもメールが来た。一言だけ。

『何で俺、生きてるの……』

 1日でこれか……生きろ、ルーク……次に会う頃には新たなアーツの1つもできるようになってるさ、多分……


 


 ログイン57回目。

 エルフの村からツヴァンドへ戻った翌日。仕事から帰ってログインし、俺は宿を借りて部屋に篭もった。クインには今日は好きに過ごしてもらっている。今頃は森でのんびりしてるはずだ。俺に付き合わせてばかりでも悪いしな。

 で、俺の前には2つの料理がある。ザクリスからお土産にもらった、蜂の子の包み焼きと、ブラックウルフの干し肉だ。これらにはとても重要な情報が詰まっている。

 まず、エルフが蜂の子を食うという事実――は、エルフスキー達には衝撃の情報かもしれないがどうでもいい。問題はこれらの料理にある。

 蜂の子の包み焼きからいこうか。材料であるジャイアントワスプの蜂の子は、エビ系の味がしたことから小さめの幼虫をベースにしたんだろう。これにジェートという茶色をしたペースト状の調味料を塗り、パラという木の葉で包んで蒸し焼きにしたのがこの料理だ。パラの葉はリアルで言うホオノキの葉に似ていて少し甘い香りがする葉なんだが……一番の問題は、ジェートだ。

 【食品加工】のスキルで確認すると、ジェートの正体が分かる。原料はダオブ豆で、エルフが調味料としてよく使う発酵食品だそうだ。ダオブ豆というのは大きな木に寄生して成長する、空豆に似た豆だ。つまりジェートは、豆を原料にした茶色いペースト状の発酵食品で、主に調味料として使われる……それって、リアルで言うところの味噌だよな? 実際、少し甘めだったとはいえ味も香りも味噌に酷似してたし。しかし、まさかエルフの村で味噌のようなものを作ってるとはな……

 ちなみに今現在、GAOで味噌は確認されていない。これについては現在、ギルド【アミティリシア料理研究会】通称【料理研】が開発に着手しているものの、完成はしていない。個々の料理人でも開発しようとしてる人はいるらしいが、そっちも成果が上がっていないという。

 あと、醤油も未発見。ただ、魚醤は存在が確認されてるし、醤油のような味の何かの開発に成功した、って噂はある。

 日本の味噌や醤油って基本的に大豆から作るはずで、大豆自体はGAOにもあるから、それを使えば作れるはずなんだが、まだ何か足りないのだろう。自作しようかと考えてた時期が俺にもあったが、本職がてこずってるという現状だから今は諦めている。

 彼らには是非とも頑張ってもらいたいんだが、アインファスト東部の湿地を抜けた先に、でっかいキノコなんかが群生する菌類の森が見つかったとかで、そちらに調査隊を派遣する予定があるとか……それより味噌と醤油の開発に力を入れてほしいと思うのは我が儘だろうか。

 それはそれとして、味噌に極めて似ている発酵食品がこうして見つかったのは幸運だ。ジェートの作り方を詳しく聞き出すことができれば、日本の味噌の再現も不可能ではないかもしれない。もしジェートの作り方をザクリス達に教えてもらえたら、その情報を【料理研】に流してみようと思う。俺的には味噌や醤油が手軽に入手できるようになってくれれば嬉しいので、個人で作って楽しむのは普及した後でいい。【料理研】なら何とかしてくれるだろう。ただ、ジェートの製法は門外不出だ、なんてことにならなきゃいいな……

 で、次の重要情報だが。ブラックウルフの干し肉についてだ。

 ブラックウルフは魔獣で、魔獣の肉には瘴気毒があるので食えないようになっている。でも、もらった干し肉は毒が抜かれていた。つまりエルフは瘴気毒を除去する技術を持っていることになる。もしそれが手に入れば、現在ストレージで眠っているブラックウルフと一つ目熊の調理が可能になる。それに、今後入手する機会があるであろう魔獣肉の調理もだ。この技術も是非ゲットしたいところである。

 というか、この点に関しては思い切り失敗してたんだよな……以前ボットスさんに魔獣肉のことを聞いた時、色々と方法はある、って言ってたんだよ。その場でその方法を聞いておけばよかったんだ。でもあの時は初めてクインを街の中に入れた時だったし、魔族の巣を潰したスウェインから連絡があったりと、色々とごたついてしまった結果、すっかり忘れてた。まぁ、ボットスさんが直接その方法を知ってるかどうかも確認しなかったわけだが。

 あと1つ、気になる点がある。包み焼きも干し肉も、評価は星7つになっている。以前、星7つ以上の料理にはステータス一時上昇――バフっていうんだっけ、の効果がつくと聞いていた。だが、これらにはそれがないのだ。料理の情報でも出てないし、食べた後でステータスを確認してみても変化がなかった。ログも確認してみたが何ら情報は表示されていなかった。

 だから、今日はとりあえずその確認からだ。

「グンヒルト、今いいか?」

 フレンドで唯一の料理人であるグンヒルトにチャットを繋いでみる。

『あら、フィスト。何の用かしら?』

「いや、ちょっと料理のことで聞きたいんだが……星7つ以上の料理のことだ」

『星7つ……あぁ』

 それだけで、グンヒルトは何が聞きたいのか分かったようだ。

『料理によるステータス一時上昇のことね?』

「ああ。先日、星7つの料理を手に入れたんだが、どうも効果がないようでな」

『それね、正規版になって廃止されたのよ』

「なぬ?」

『正確には、仕様が変更されたみたいなんだけどね……』

 グンヒルトが経緯を説明してくれた。

 βテストの頃には、星7つでちゃんとステータス強化ができてたそうだ。だが、正規版になってその効果が見られなくなった。最初に気付いたのは当然、料理人プレイヤーだ。

 運営に問い合わせたところ、料理による一時強化自体はなくなっていない、と回答を得たという。

 となると、何が問題なのか、ということになるわけだが。

『現時点で、料理評価の最大は星9つが確認されているの。でも、その料理にも効果は確認されなかった。どうも単に星の数が多ければいいってわけではなくなったみたいなのよね』

 なんてこったい……少しは戦闘とか楽になるかと思ってたのに。俺がこの情報を仕入れたのってプレイ前で、ソースはβ版の掲示板だったからな……既に過去の情報だったわけだ。その後も特に料理についての情報は確認してなかったもんなぁ。

『一応、ヒントはあってね。どんなに美味くても、ただの料理を食べただけで一時的に力が強くなったりするのって、不自然でしょう? っていう運営の回答』

 溜息と共に情報をくれるグンヒルト。確かに正論ではあるけどさ、どうなんだそれは。運営の妙なこだわりは今に始まったことじゃないけどさ。

「それって、ただの料理じゃなかったら、強くなったりするかもよ、ってことだよな?」

『そうね。それが食材的な意味なのか、それとも調理的な意味なのかはいまだに不明のままだけど』

 特殊な食材で作れば何らかの効果が出る、あるいは特殊な調理法をすれば何らかの効果が出る、もしくはその両方か、はたまた別の要素か……ん、待てよ。

「魔獣肉の調理って、料理人プレイヤーの間では一般的になってるか?」

 毒がある食材ではあるが、普通ではないという意味なら該当する気がする。

『瘴気毒の除去法はいくらかあるみたいだけど、そこまでしてる料理人は聞かないわね。私も魔獣肉はまだ調理したことないわ。ひょっとしたら【料理研】が試してるかもしれないけど』

「そっか。星7つのブラックウルフの干し肉じゃ、効果なかったからな……他の調理法だといけるのか?」

『ブラックウルフの干し肉……?』

 あ、グンヒルトが食いついた。

『フィスト、あなた、魔獣肉の調理できるの?』

「いや、俺じゃなくてエルフからの貰い物だ。ちょっと縁ができてな」

『エルフ!? な、なんでエルフ!?』

「なんで、と言われてもな……そういう食文化なんだろ。あぁ、それから味噌そっくりの調味料も作ってるみたいだ。別にもらった料理にかかってた」

 あれ? なんかあっちが静かになったぞ……?

『ねぇ、フィ・ス・ト・さん?』

 ……なんだ、その猫なで声は? 一瞬、別人かと思ったぞ?

『ちょーっと、詳しい話を色々と聞きたいわ。ドラードにはいつ来るのか・し・ら? 今すぐ? 30分後? それとも1時間後?』

 どんな高速移動だそれ。馬より速く走っても無理だぞ。

「行けるわけないだろ。まだツヴァンドだぞ? それに、今度エルフの村に行って、毒抜きの方法とか色々と聞いてくるつもりだし、まだこの辺り、色々と狩ってみたいしな」

 一応、ドラードでのオークションまでには到着しよう、くらいの予定だからなぁ。

『そう……残念だわ……とっても残念……』

 声のトーンがこれでもかと下がるグンヒルト。そんなにジェートに興味があるのか?

「もし可能なら、いくらかもらってこようか?」

 エルフ達も大量に在庫を抱えてるわけじゃなさそうだけど、俺とグンヒルトの分くらいは何とか譲ってもらえないだろうか、と考える。今度行ったら交渉してみよう。

『本当!? 嬉しいわ! 今度来た時、たっぷりサービスしてあげるから! 少しでもいいからお願い!』

 うわ、今度は凄いテンションに……そんなに嬉しかったか……まぁ料理人だもんなぁ。欲しがるのは当然か。あ、ついでに意見も聞いてみようか。

「あ、それでなグンヒルト。作り方を教えてもらえたら【料理研】に情報を流そうと思うんだが、どう思う?」

 一応そのつもりではいるんだけどな。どうせなら、他の料理人達にも使ってもらえたらいいんじゃないかと思う。そうすれば、労せずして色々と美味いものが食えるかもしれんしな! 俺は美味い物が食いたいのが第一で、美味い物を作りたいって欲求はそれほどでもないのだ。

『そうね……あそこなら大量生産も視野に入れてくれるだろうし。自分で作ってみたいっていうのもあるけど、安定して供給されるなら、料理人プレイヤーにはそっちの方が有り難い話だわ。エルフについては住んでる場所の情報もないから、既に入手済ってこともないと思うし。教えても独占したりぼったくったりってこともしないだろうから』

 悪用されるような情報じゃないし、それで誰かに迷惑が掛かるものでもなさそうだしな。リアルの味をこっちに持ち込んだからって、こっちの料理業界が壊滅することもないだろうし、こっちの料理人によって新たな味が生まれるかもしれない。

「そっか、じゃあ、その方向で動いてみるか。グンヒルト、情報ありがとな」

『こっちこそ、いい情報をありがとう。エルフ味噌、期待してるわよ』

 チャットを終える。あ、しかしジェートのことをエルフ味噌って……いいか、エルフが作る味噌だからエルフ味噌で。

 よし、疑問は解消したことだし。今日のメインへと移りますかね。

 テーブルに必要な物を並べていく。まずは調理器具。それからジャイアントワスプの蛹。ニンジンとジャガイモ、タマネギ……は止めとこう。確か犬はタマネギが駄目なんだよな。ストームウルフも同様なのかは未確認なので危険は避けよう。それからメグロバトの肉、と。

 まずは鍋で湯を沸かして、その間にニンジンとジャガイモの皮を剥いていく。皮を剥いた野菜は手頃な大きさに切って、煮立った鍋に投入。それからメグロバトの肉も小さく切って、同じく鍋に。出てきたアクを丁寧に取っていく。

 そこそこ火が通ったら湯から取り出して、今度は別の鍋を準備。蛹の皮を裂いて、中身をそれに流し込み、さっきの肉と野菜を入れ、弱火で火にかけてゆっくりと煮込む。思いつきでアク抜きをしてから野菜を入れたけど、野菜とかの旨味も逃げたかもしれんな。いや、でもアクで味が変わったら嫌だし……今度エルフの村に行ったら蛹料理のことも聞いてみよう。蜂の子を食ってるんだ。蛹は手を着けてないなんてことはあるまい。

 しばらく煮込んで――よし、完成!


○???

 星7つ

 ジャイアントワスプの蛹の体液に肉と野菜を加えて煮込んだもの。


 祝! 初の星7つ!

 俺の【調理】レベルでこの結果ってことは、やっぱり素材がよかったんだろう。でもバフは、やっぱり付加されてないな。ある意味特殊な食材だから、ひょっとしたらと思ったんだが。

 まぁいいか。それよりお味の方は――いや、俺が先に食べるのは駄目だな。クインが戻ってきたら一緒に食おう。

 レシピ登録をして鍋をストレージに入れる。料理名はどうするかな……味は全くの別物だが、食感が似てるから【ジャイアントワスプシチュー】にしておこう。

 さて、久々に調理してるんだ。何か他の物も作ってみるか。

 

 

トロールはエルフに味噌つけて頭からバリバリ食べるらしいですよ?

……ネタがマイナーな上に古すぎるか……


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