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第59話:弔い

8/24 一部修正

 

 ドライアド、って植物の精霊としてよく出る名前だよな。【植物知識】だと、さっきザクリスが言ったように翠精樹と正式名称に出る。精霊との親和性が高い木だそうだ。それがどういう意味なのかはよく分からない。精霊に好かれる木、ってことでいいんだろうか。

 近付くにつれ、詳細も見えるようになってきた。広葉樹みたいだな。枝も結構太いし大きく広がっていて、青々とした葉が繁っている。

「翠精樹って何か特別な木なのか?」

「木そのものは珍しいものではない。数は少ないがこの森には普通に生えている。が、エルフの集落には必ずこの木があるな。我らにとっては、集落と共に生きている木だ」

 集落を作る時に植えたりするんだろうかね。でもそうなると、この木と集落は何年前からここにあることになってるんだろうか。翠精樹の成長速度が分からんから何とも言えないけど、かなりの大物だよな。

「でも、何でこの木を集落に据えるんだ?」

「この木には精霊が集まりやすいのだ。樹精は勿論だが土精も多く集まる。樹精と土精が多いと土地は豊かになるのだ。木は多く茂り、作物もよく育つようになる」

 内容だけ聞けば、土地を農業に適したものにしてくれるように聞こえるな。【植物知識】だと、この木で作った道具が精霊魔法に補正を与えるって記載だけだったのに……あ、項目が増えた。

 でも待てよ? 今の話だと、海に住むエルフには恩恵が少ないように思える。そのあたり、どうなんだろうか。

「海エルフの集落にもあるのか?」

「あるぞ。糧を得るために森と海のどちらに重きを置くかという話でな。彼らも翠精樹の恩恵を受けて生きていることに変わりはない」

 海エルフと言っても、完全に森からは離れていないってことなんだろうか。

 それはともかく、いつか畑を作る時に、近くに植えてみようかな。育ちや収穫が良くなるかもしれない。


 

 集落自体はそう大きくないので、翠精樹に到着するのはすぐだった。

 うむ、近くであらためて見ると、やはりでかい。幹の太さ、さっきは3メートルくらいと思ったが、5メートルくらいあるな。これ、中身をくり抜いたら木の中に住めるんじゃなかろうか。

 この1本以外には翠精樹は生えてない。つまり、ここを見つけようと木に登った時に見えたあのでっかい木々は、全部同じ木だったってことか。何本もの背の高い木に見えたんだがな。

 正面には縦横2メートルくらいのうろが口を開けている。中には何かの像が納められていた。あれ、神像だろうか。エルフって作品によっては神の信仰をしない種族だったりするけど、GAOのエルフは信仰を持ってるのかな。

 そうそう、GAOにも宗教はある。形態としては多神教。神殿は特定の神だけを祀る場合もあれば、複数の神を合祀しているところもあったりする。それぞれの神を奉ずる神職もいる。

 そしてファンタジーでは、そういった信仰に根ざした魔法があったりすることが多い。僧侶とかが回復魔法を使えたりするアレだ。が、GAOにはその系統の魔法が現時点では確認されていない。スキル一覧にも存在しない。

 これについては多くのプレイヤーから文句が出たらしい。ファンタジーにそういった回復職は必須だろう、と。それに対する運営の回答はこうだった。

『信仰あっての神の力です。その存在を信じていない者に使える道理はありません』

 もっともだ、と納得したのは俺がテーブルトーカーだからだろうか。TRPGだと神によって教義があって、それが行動の制約になったりするし、高レベルになればそれに相応しい振る舞いが求められたりもするしな。

 でもこの運営の言い方だと、信仰心があれば使える、とも受け取れるんだよな。だから隠しスキルとして存在するんじゃないかという噂もある。実際、大書庫で読んだ本の中には神の奇跡を体現した人の話も残ってたしな。とは言え、使える住人も現時点では確認されてないんだが。神殿に行くプレイヤーがいないから未確認なだけで、普通に存在してるのかもしれないけど。

 いずれにせよ回復職という意味じゃ、呪符魔術師の治癒呪符があるし、精霊魔法でも水精と土精による回復魔法があるので大きな問題にはなってないのが現状だ。ポーションもあるしな。

 まぁそれはいいとして、だ。

 ザクリスは、今は翠精樹の前で他のエルフ達と色々と話をしている。クルトの遺体は、既に翠精樹の前に掘られた穴の中に移されている。棺代わりにしていた土は外に出していたので、穴の中で剥き出しのままって事だろうな。

 ところで俺はどうすればいいんだろうか。葬儀が始まったとしても、俺が特に何かをすることはないはずだ。特に打ち合わせもしてないし。本当に参列するだけ、なんだろうか。


 

 エルフ達の数が増えていく。この集落には全部で104人のエルフがいるそうだ。見張りに残ってる数を差し引いてもかなりの数だな。これだけの数のエルフを一度に見ることになるとは。エルフスキーならこの光景を見て喜ぶだろうか。

 ほとんどが若々しい青年に見えるエルフだが、子供のエルフや初老に見えるエルフもいる。ザクリスに聞いてみたら、エルフの成長速度は青年になるまでは人族と大差なく、青年から老い始めるまでが極端に長いのだそうだ。つまりGAOのエルフでは合法ロリはあり得ない、ということだな。世の変態紳士共には残念な情報だろう。俺には何のダメージもないが。

「お客人」

 そうやって色々と聞いてると、1人のエルフがこちらへやって来た。顔に少し皺が入り始めた男性エルフだ。服装は他のエルフと変わらないのに何というか威厳がある。多分、集落の長なんだろうけど。

「この度は、何と礼を申し上げればよいか」

 こうして頭を下げられるのは何とも慣れないな。さっきから何人ものエルフが俺に挨拶しに来るんだ。それもクルトの遺族だけじゃないのがどうにも。彼らにとっては重要なことだってのは分かったけど、実感が伴わないんだよ。

「あー、気まぐれと偶然が生んだ結果なんで、そう畏まられても困るというか」

 だから、そう答えるしかなかった。しかし長(仮)は首を横に振った。

「その結果で、クルトはこの森のどこかで人知れず朽ち果てることなく、村に帰ることができた。我らエルフは長命だが出生率は低い。だから仲間を大切にする。血が繋がっていなくても、我らは家族なのだ」

 長(仮)の言葉で、ようやくエルフ達の態度に合点がいった。俺は単に村の一員を引き渡したつもりだった。でもそうじゃなかった。家族を引き渡したんだ。そりゃあ感謝の度合いが大きいわけだ。

「それは、エルフという種族全体の認識と考えても?」

「そうだ。この村に限った話ではない。村を出ている同族にしてもそれを忘れている者はいないだろう」

 これがGAOのエルフなんだな。別に遠慮とか謙遜をしてるつもりはないが、エルフ達の考え方が分かった以上、素直に受け止める方が良さそうだ。でもその前に。

「え、と。まず、あなたの名前と、この集落での立場をお聞きしてもいいでしょうか?」

 そう言うと、長(仮)は目を瞬かせた後、あ、と口を開けた。うっかり顔のエルフとか、貴重なものなんじゃなかろうか。

「私はヨアキム。この村の長を務めている」

 やっぱり長で合ってたか。だったらそれなりの態度で臨まねばなるまい。

「フィストと言います。異邦人の冒険者です。こちらは、俺の相棒のクイン」

 自分とクインの紹介をする。あ、考えてみたらザクリス達も俺より年上だろうから敬語で接するべきだったか。でも今更だしな……まぁいいか。

 他のエルフに呼ばれて、村長は頭を下げると翠精樹の方へ歩いて行く。どうやら準備は終わったらしい。

 さて、どんな葬儀になるのやら。


 

 葬儀自体は以下の手順で行われた。

 まず村長によって開始の宣言がなされ、死者がどのような者であったのかが語られた。クルトというエルフ、どうやら村の中では若いエルフだったみたいだ。と言っても俺より年上みたいだけども。

 ここで、俺がクルトを看取ったことを告げられた。子供を含めたエルフ達が俺に頭を下げてくれた。葬儀前にヨアキムさんが言ってたが、子供達にもちゃんと意識は浸透してるんだな。

 次に墓穴に参列者が花を投げ入れることで別れの挨拶となる。普段は死に顔を見て献花するのだとザクリスが教えてくれた。今回は屍人(ゾンビ)化していたこともあり、死体がかなり傷んでいるので、死に顔を見る人は少なかったようだ。

 それから祈りを捧げる。長が祈りの言葉を告げた後で、両手を組んで黙祷だ。この時の言葉で、うろに祀られていた神像がアルザフォスだったことが分かった。アミティリシアにおける地の神。大地と植物を司る神で、豊穣神、農耕神の位置付けもある神だ。

 それが終わると墓穴に薪が投入され、火が点いた松明が何名かに配られた。それは俺にも渡された。どうも彼らの間では、死を看取った者が魂の導き手になるということのようで。今回の場合、クルトをアンデッド化から解放した俺が、その立ち位置になるんだそうだ。

 松明を持ったエルフ達が火精へと声をかけ始めたので俺もそれに倣った。松明から一斉に放たれた炎が墓穴へと飛び込み、遺体を焼いた。火力が強いのは勿論だが、薪がよく燃えてた。脂分の多い木を使ったようだ。

 どうして普通に焼かないのかというと、アンデッドにされるのを防ぐため、とのことだ。遠い昔の別の村の話らしいが、埋葬したエルフがゾンビにされたことがあったとかで、それ以来の措置らしい。まぁあの火力なら、骨もかなり崩れるだろうし、スケルトンにされることもないだろう。

 火が消えるまで待って土をかぶせ、墓穴を埋める。村で生まれ、翠精樹の恩恵を受けて育ったエルフは、死後は翠精樹の糧となり、それがまた村に恩恵を与える、というサイクルのようだ。死体のままの方が栄養になるような気もするが、先の理由があるなら仕方ないのだろう。カルシウムだって植物の生長には必要なわけだし。

 墓標はない。翠精樹が墓標とも言えるか。これで葬儀は終了となる。

 俺の家は仏教だし、葬儀も仏教のそれしか知らない。通夜もなければ、お寺さんと参列者でお経を唱えることもないエルフの葬儀というのは簡素だなと思った。火葬の方法は派手だったけど。

 でも、あれこれやれば上等だというものでもない。こういったものは宗教やその宗派によって違いがあって当然だ。まぁ、ゲーム内でここまで設定されてるとは思ってもなかったけどな。

 参列していたエルフ達が散っていく。中でも女性達は小走りで移動してるな。

「この後、まだ何かあるのか?」

「ああ。故人を偲んで皆で食事だ」

 ザクリスに聞くと、そのような答え。そういうのはこっちでもあるんだな。てことは、さっきの女性達はその準備か。

 でも葬儀自体はこれで終わったんだな。だったらそろそろ辞去するか。

「じゃあザクリス。俺達はそろそろ帰るよ」

 リアルの都合もあるしな。これからツヴァンドに戻ってログアウトしたらちょうどいい時間だろう。

「もう帰るのか? もう少しゆっくりしていけ。今回の件の礼もまだできていないというのに」

 俺を引き留めようとするザクリス。いや、そう言われてもな。

「気持ちは嬉しいが、俺にも俺の都合があってな。もう街に戻らないとやばいんだ」

「そうか……それでは無理を言うわけにはいかんな……しかし何もせずに帰すわけには……」

 うーん、何か義理堅いというか真面目というか。そんなに気を遣わなくてもいいのになぁ。第一、俺は故人のことを何も知らないんだ。この後の食事に同席しても居場所がない。食事には興味があるんだけどな。エルフの料理ってどんなものなのかは、とっても気になる。

 向こうは何かしなきゃ気が済まないっぽいし。俺達の会話を聞いてたエルフも、どうしたものかと考えてるみたいだな……

 よし、だったらこうしよう。

「今日のところは引き上げる。その代わり、またここに来ていいか? それが礼ってことで」

「ここへ来ること自体は、何の問題もないと言ったろう。礼にはならん」

 うん、そう言うと思った。だから、続きがある。

「いや、今度来た時は、ここに滞在させてほしいんだ」

「なに?」

 ザクリスは不思議そうに疑問符を浮かべる。

「エルフのことを、もっと知りたい。どんなものを食べてるのかとか、狩りの時はどうしてるのかとかさ。エルフの暮らしを見てみたい」

「そんなことでいいのか?」

「ああ。勿論、部外秘の情報まで晒せってことじゃないぞ」

 GAOのエルフの生の情報。それが手に入るんだ。プレイヤーの視点でこれ程のものはないだろう。当然、風習的に話せないものもあるだろうけど、俺達が普通に接する上で必要なものとしては十分な収穫となる。俺的には金品を積まれるよりよっぽどいい。

「分かった。そういうことなら、次の来訪を楽しみに待つとしよう」

 納得したようにザクリスが頷いた。周囲のエルフ達も同様だ。やれやれ、何とかなったか。

「ならば、少しだけ待ってくれ」

 そう言って、ザクリスが風精に呼びかけて何やら会話を始めた。ウインドボイスだろうな。誰かに、何か持ってくるように言ってるみたいだが。

 しばらくすると、エルフ女性が1人こちらへやって来た。

「妻のマイユだ」

 ザクリスの紹介で、こちらへ頭を下げるエルフ女性。ザクリス、妻帯者だったのか……う、羨ましくなんて……あるなぁ……

 マイユは細身で神秘的な印象を持つ美人だ。こうして見ると、女性エルフの方が男性エルフに比べて、より俺が持つエルフのイメージに近い。ただ、マイユの胸部装甲はそこそこある。集落の中で見かけた女性エルフ達もボリュームには差があったので、どうやらGAOのエルフ女性は種族特徴として貧乳ってわけではないようだ。

「こちらをどうぞ」

 大きな葉の包みをマイユが差し出してくる。

「これは?」

「この後の食事会で出す料理の1つを包んである。さっき、俺達の食事に興味があると言ってたから持ってこさせたのだ。できていたのがこれだけだったので、人族の口に合えばいいのだが」

 受け取りながら聞くと、そんな答え。ほう、それは嬉しいな。

「あと、ついでにこれもやろう」

 言ってザクリスが腰のポーチから葉の包みを取り出した。

「こっちはただの携帯食だが、こういうのにも興味があるのだろう?」

「ああ、ありがたく頂戴するよ」

「では、またの来訪を待っている。必ず来いよ」

「ああ、すぐにとはいかないが、絶対に来るよ」

 約束を交わし、俺とクインはエルフの村を後にした。


 


 さて、ツヴァンドへの帰路の途中。当然のことながら土産に渡されたものの中身が気になる。口に合えばいいが、とは言ってたが、同じ人間型の食べるものだ。食えないものじゃないだろう。味の好みが合うかどうかは別にして。

「ちょっとつまんでみるかな」

 立ち止まって適当な木を背にして座り、包みを開けてみる。クインも興味深げに視線を注いでるな。さて、何が出るかな、と。

 大きな包みと小さな包み、両方を開けてみた。


○蜂の子の包み焼き

 星7つ

 ジャイアントワスプの幼虫を岩塩で茹でた後、ジェートを塗り、パラの葉で包んで焼いたもの。


○ブラックウルフの干し肉

 星7つ

 ブラックウルフの肉から瘴気毒を抜き、干し肉にしたもの。


 ……………………おや?

 

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