第58話:森エルフの集落
ザクリス達の案内で森を行く。向かう先は、さっき俺が進んでた方向と一緒だ。
結局、葬儀に参列するためにエルフの集落へ行くことになったわけだが。
「ザクリス、俺達人族がエルフの集落へ入るのって問題ないのか?」
特別な理由があるとは言っても、他種族を集落へ招くのっていいんだろうか?
「どんな問題があるというのだ?」
しかし問いに問いで返されてしまった。あれ? ひょっとして何か俺、勘違いしてる?
「いや、エルフの集落の場所を知ってる人族が誰もいなかったからさ。他種族の目から隠れて生活してるんじゃないかと思ってたんだが……違うのか?」
「隠れ住む理由などないぞ? 我らは別に、他種族の来訪を拒んでなどいない。確かに集落の周りには侵入防止の仕掛けを施してはいるが、それは危険なものを近寄らせぬためであって、外部との接触を全て拒絶するものではない」
そう言ってザクリス達が笑う。なんだ、そうだったのか。ん? でもそうなると、だ。
「じゃあ何で、ツヴァンドの住人に集落の場所を知ってる人がいなかったんだ?」
「人族が来ること自体、何十年ぶりかになる。知っている者がいなくなったのだろうな。特に人族の目を引く物もない場所だ。伝え残すこともしなかったのだろう。人族の持つ地図にも我らの集落の場所は載っておらぬ」
「集落で商売をしてるエルフとかいないのか? 行商で訪ねてくる外部の者とか」
「我らは基本的に自給自足だ。我らで調達できない物があれば、ツヴァンドへ行って物を売り、必要な物を買って帰るのだ」
なるほど、そういうことか。集落だけでほとんど完結できるんだな。それにしてもエルフに商売を持ち掛ける人族もいないのか。ゲームなんかじゃエルフが作った弓が強力な武器だったりすることもあるけど。むむ、意外と掘り出し物はないんだろうか。
話を続けるうちに緑が濃くなってきたのに気付いた。木々の密度が増したとでも言うか。
「この先だ」
立ち止まってザクリスが言う。が、俺の目の前には木々しか見えない。木が立つ間隔も比較的狭い気がする。それに下草というか低木がすごい。しかも漆等の、触れたらヤバイ系の植物も多いぞ。それだけでこの先に進むのに抵抗がある。
「本当に、ここを進むのか?」
抜ける頃には酷い事になってそうなんだが。大丈夫なのか?
「俺達の通った場所から外れないように歩けば大丈夫だ」
ザクリス達が躊躇うことなく踏み入っていく。マントの具合を確かめて、俺も意を決してその後へと続いた。
歩いてると不思議なことに気付いた。これだけ植物が生い茂っているのに、まったく歩くのが苦じゃない。ヤバイ植物に触れることもなく、木々に行く手を遮られることもない。俺にはよく分からないが、安全に通れる道があるんだろうか。まっすぐじゃなく、結構進路が変わってるし。
「何か目印みたいなものでもあるのか?」
「慣れだな」
問うと即答された。さすがエルフと言うべきか。でもさっき、外部の連中を拒絶してないって言ってたが、これじゃ普通の人間は辿り着けんよ多分。それに何かおかしいぞこの森。
「なぁ、気配が読めなくなったんだが、何か仕掛けがあるのか?」
【気配察知】がさっきから機能していない。目の前にいる3人すら識別できなくなってる。特に気配を殺してるわけでもなさそうだし、そうなるとこの森そのものに何かあるってことになる。
「気付いたのか?」
俺の問いに、ザクリスが感心したような声を出した。
「樹精が気配を消してくれているのだ」
植物の精霊にそんな能力があるってのは驚きだな。【隠行】と併用したらかなりの効果が期待できる気がするぞ。
「それだけではなく、森を傷つける者や欲深い者が踏み込んだら、森の外へ足を向けるように意識を誘導するようにもなっている。だから野盗などは基本的に村に近付くことすらできん」
森を傷つける者とか欲深い人間とか、そんなことまで判別できるのか。すごいな精霊。
「でもそれじゃ、獣は普通に歩けるのか」
俺の後ろを歩いてるクインをちらりと見る。特に問題なく追従してるよな。
「あぁ。時々、匂いを辿って村の直近までやって来る肉食獣がいるな。ただ――」
ザクリスの言葉の途中で視界が開けた。下草がなくなり、立ち並ぶ木々の感覚が広くなっている。森というか林って印象だな。そしてその先に人工物が見えた。木の杭で作られた柵だ。杭の上部は削られて鋭くなっている。柵の向こうには木製の建造物が見えるな。結構背が高い。2階建てだろうか。ん、何か既視感があるな……
「あのように集落は柵で囲っているし、見張りも立てている。柵の手前は空堀を巡らせてもある。そこを突破されても更なる備えがある。獣対策は万全だ」
ザクリスの声は少し誇らしげだ。
程なく集落の入口に到着した。結構頑丈そうな門だな。柵の手前には言ったとおりに空堀があった。門の向こうに、高さが同じくらいのやぐらがあり、そこに見張りのエルフが1人いる。
「開門!」
ザクリスの声で門が開く。
「おぉ……」
門の向こうに広がる集落の様子に、そんな声が漏れてしまった。ザクリス達に続いて中へ入る。
家は変わった造りだな。地面に直接建てられてるんじゃなく、何本もの支柱が立てられていて、その上に家がある。地面から床まで3メートルくらいだろうか。木製のはしごが掛かっているので、それを使って出入りをするんだろう。
1つ1つの建物はそう大きくはない。外から見る限りでは2部屋あるかどうかといったところか。あれはまるで……って、そうか、この既視感の正体が分かった。
「吉野ヶ里……?」
思い出した。以前行ったことがある佐賀県の遺跡。そこで見た高床式倉庫に似てるんだ。リアルのそれとは違って竪穴式住居は建ってないし、家屋の屋根は蔦植物に覆われている等、遺跡で復元されていた建造物とは当然色々と違いがある。でも集落全体の雰囲気はそんな感じだ。なるほど、エルフは弥生人だったか。
ふとザクリスを見て、髪型を脳内変換してしまった。
噴き出しそうになったので口を押さえて顔を逸らす。ザクリス達には気付かれてないな? 危ない危ない、馬鹿な事を考えてしまった。
気を取り直して真面目に考えてみる。どうして地面に直接建ててないのかを。そうすることによるメリットがなきゃ、こんな風にはしないよな。理由があるはずだ。
「家が地面に直接建ってないのは獣の侵入に備えてるからか?」
「そのとおりだ。上がってしまえば大抵の獣の牙や爪は届かん。仮に侵入されても上から矢を射かければ安全に対処もできる」
俺の予想にザクリスがマルをくれた。やっぱり色々と考えて建ててるんだな。確かにこれなら大人の一つ目熊でも来ない限りは大丈夫そうだ。
村の中を眺めてる内に、住人であるエルフ達がチラホラと家の中から姿を見せ始めた。男もいれば女もいる。みんな美形だなぁ……やはりエルフには不細工の遺伝子なんて存在しないのか。
ザクリス達がクルトを捜しに出たことは知ってるんだろうな。期待と不安が入り交じった視線が彼らに向けられている。そして、俺とクインを訝しむ視線もまた、向けられていた。何十年も人族は来てないって話だから、不審に思ってるんだろうか。
『ザクリス、どうだった?』
村の中にいたエルフ男性が1人、こちらへ来ながら声を掛けてきた。この人はエルフ語で話してるな。うん、意味はちゃんと分かる。
『……連れて帰ることはできた』
捜しに出たエルフは3人で、戻って来たのも3人。その上で連れ帰ったとザクリスは言った。その意味を理解したのだろう。エルフ男性の顔が悲しみに染まった。
『……そうか……いや、見つかっただけでも幸いと言うべきか』
呟くように言って、エルフ男性の視線がこちらを向く。
『そちらの人族は?』
『屍人化していたクルトを解放してくれた異邦人だ。その後、遺体を埋葬してくれていただけではなく、遺品を渡すために我らを捜してくれていた。クルトを連れて帰ることができたのは彼のお陰だ』
『そうだったか。同胞の帰郷に力添えをいただき、感謝します』
エルフ男性がこちらへ頭を下げた。いえ、と俺も会釈で返す。
『それでは葬儀の準備をしよう』
エルフ男性が踵を返して、顔を出していたエルフ達に声を掛けながら村の奥へと歩いて行った。村人達も少しは覚悟してたのか、悲しんではいるようだがすぐに動き始める。
『では俺達も手伝ってくる』
テオドルがそう言ってマウリと一緒に去って行く。この場には俺とクイン、ザクリスだけが残った。
「手伝えることがあるなら俺も手伝うぞ?」
こっちの葬儀がどういったものかは分からないが、人手が要るなら手伝えることもあるだろう。力仕事くらいしかできないだろうけど。
『我らの言葉を話せるのか?』
俺の提案にザクリスが驚いた。ああ、そっか。出会ってからこちら、ザクリス達は共通語を使ってくれてたもんな。さっきの会話は全部エルフ語だったし、俺がそれを理解してたのは意外だったか。
「ああ。共通語を話せないエルフと出会った時のために修得しておいた」
あれ、こっちとしては日本語で話してるのは一緒だけど、あっちには共通語とエルフ語、どっちで聞こえてるんだろう? 普段意識せずに使ってる場合は共通語で聞こえるはずだけど。
「今の、共通語で聞こえたか?」
「ん? ああ、そうだな」
あれ、やっぱりデフォルトは共通語なのか? ええと、だったら、
『今度はどうだ? 今、俺は何語を話してる?』
エルフ語を使うぞ、という意識を持って、言ってみる。すると、
『我らの言葉だな』
今度はエルフ語で聞こえたみたいだ。共通語以外の言語はそう意識して使わないと認識されないってことだろうか。あれ、じゃあ日本語で会話しようと思ったら、相手には意味が通じなくなるのか? この辺、システム的にどうなってるんだろ?
『しかし、我らの同胞のために、言葉まで覚えてくれたのだな……』
何かザクリスが感激してる。辞書を読み込むのは大変だけど、SPを使えば修得できるお手軽さだからな。これをスキルじゃなくて言語として学んで修得しなきゃならなかったなら、そこまでできなかったのは間違いない。システムのお陰なのにそこまで感激されると、何だか居心地が悪いな……
『準備は我らで行う。整うまでお前はゆっくりしていてくれ。客人を働かせるわけにはいかんからな』
そう言ってザクリスが歩きだす。
「ところで準備というか。恰好はこのままでいいのか?」
自分の装備を見ながら聞いてみる。これから葬式、って感じじゃないよな。武装したままだし。
「葬儀だからと、服装を変える必要があるのか?」
「んー……俺らの葬式だと、葬式用の服装ってのがあってな。エルフというか、こっちの住人にはそういうのないのか?」
「我らの間にはそういう風習はないな。人族の葬儀には参加したことがないのでよく分からんが、異邦人はそうなのだな」
変わってるな、とザクリスが呟く。所変われば、ってことなんだろうな、ゲーム内でも。今度アインファストに戻ったら、冠婚葬祭の本をちゃんと読もう。葬式や結婚式に参加することがあるかどうかは別にして、知識として知っておくのは悪くないだろう。
「で、葬式はどこでやるんだ?」
「集落の中心だ。ここからでも見えるぞ」
言われて、視線を奥に向けてみる。ああ、あの建物か……って、待て、あれは建物じゃないぞ?
「あれ、木か……?」
建物に見えたものは木の幹だった。なんて太さだよ。ざっと見た感じ、3メートルは超えてるぞ?
「あれが我らの集落のドライアドだ。人族は翠精樹と呼んでいるな」
驚く俺を見て、誇らしげにザクリスが言った。