第56話:流派
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外に出るとすぐに異変に気付けた。風に乗って、さっきも嗅いだ腐敗臭が漂っている。またゾンビか……
「最近、この辺りでよくゾンビが湧くんですよ」
困ったものです、とラーサーさんが溜息をつく。
「よくあることなんですか?」
実はアンデッドの情報自体はそれ程多くない。プレイヤーの間でも遭遇した者が稀なのだ。アンデッドの発生条件を考えるともっともなんだが。
「いいえ、そもそも瘴気溜まりで都合良く生物が死ぬことが稀ですし」
俺の問いに、ラーサーさんが首を横に振る。GAOの住人的にも珍しい事態、ってことだよな。
「実はここに来る前、俺もゾンビに遭遇してまして。そいつらがゾンビ化した原因であろう瘴気溜まりは見つけたんですが、他にもあるみたいですね」
俺が見つけた瘴気溜まりには死体がなかったからな。よその瘴気溜まりかそれに近い場所で発生したと考えるのが妥当だろう。
俺の言葉にラーサーさんが少し考え込んで、言った。
「フィスト殿、その瘴気溜まり、もしよろしければ後で教えていただけませんか?」
「それは構いませんが……どうするつもりです?」
「規模にもよりますが、浄化します」
あっさりとラーサーさんは言った。浄化? え? そんな簡単にできるものなの?
「瘴気溜まりの位置は、国に報告するとお金になりますから、そちらを優先する方がフィスト殿にとっては利があります。ですから無理にとは言いません」
うーむ。最初はそのつもりではあったけども。この森で何か異常が起きてるのは間違いないようだし。解決できるなら早い方がいいのは確かだ。それに瘴気溜まりの浄化なんて、そうそうお目にかかれるものでもないと思うし。騎士であるラーサーさんがどうやって浄化するのかにも興味がある。
「他のゾンビが発生する可能性があるなら、早く片付けるに越したことはないでしょう」
だから任せることにした。金は欲しいが、がっつくほど困窮しているわけでもないのだ。
「ありがとうございます。それではあれらを片付けたらそちらへ向かうとしましょう」
礼を言ってラーサーさんが視線を動かす。その先、森の木々の間に、不浄の者達が姿を見せた。今度はウルフのゾンビか。さっきのブラックウルフよりも腐敗が進んでいて、かなり骨が見え隠れしてる。内臓はほとんど残ってなさそうだな。
ラーサーさんが剣を抜いた。ウルフゾンビもこちらに気付いたのか速度を上げて迫ってくる。慌てることなく剣を掲げるラーサーさん。その刃に光が宿った。
「何だ……?」
魔力の光、ではなかった。なんと言えばいいのか、もっと白いというか神々しいというか何というか……何だこれ、初めて見るぞ?
戸惑う間に剣が一閃する。次の瞬間、ウルフゾンビの身体が2つに割れて地面に落ちた。そのままゾンビは動かなくなる。
「は……?」
思わず、そんな声を漏らしてしまった。
放たれたのは刃物系の遠距離攻撃アーツ【リープスラッシュ】のはずだ。でも魔力刃が飛ぶ軌跡が見えなかった。剣を振ったとほぼ同時に相手が両断された。まったく違うアーツなのか? それとも目で追えない程の高速だったのか?
驚いている間にもラーサーさんが剣を振る。その度にウルフゾンビが真っ二つにされていく。現れたゾンビ4体は、遠くから剣を4回振るわれただけで殲滅されてしまった。
「今の……リープスラッシュですよね……?」
剣を鞘に納めるラーサーさんに尋ねる。ええ、と引退騎士は頷いた。
同じアーツでも使い手でこうも変わるのか。ラーサーさん、本当に凄い剣士なんだな。さっきの【リープスラッシュ】にしても、ゾンビの身体を完全に断ち割ってたし――って、あれ……?
「え、っと……ラーサーさん、いいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「あのゾンビ、どうして残骸が崩れていってるんでしょうか?」
そうなのだ。ラーサーさんが斬ったゾンビの身体が崩れ消えようとしているのだ。俺が倒したゾンビはそのまま死体に戻っただけなのに、どうしてこんなことに?
ふむ、と顎に手を当て、少し考える素振りを見せた後、ラーサーさんが口を開く。
「浄化の魔力を込めたのですよ。アンデッド化してしばらく経つと、死体そのものが瘴気で完全に汚染されて変質してしまいます。そうなったら、浄化の魔力を浴びると崩壊してしまうのです」
つまりさっきのウルフゾンビは、ゾンビ化してそれなりに時間が経ってたってことか。そうでない出来たてのゾンビだと死体に戻る、ってことだな。
って、そうじゃない。問題はそこじゃない。何だ浄化の魔力って? いや、意味するところは分かるんだ。属性のことなんだろう。
ルークに勧められて修得した【魔力制御】というスキルがある。読んで字の如くのスキルなわけだが、これを鍛えると【魔力変換】というスキルが修得可能になるらしい。魔力を特定の属性に変えるスキルだそうで、例えば【魔力変換:火】のスキルを修得して【魔力撃】を使うと、炎の剣とかが実現可能なわけだ。
【魔力制御】は【魔法範囲拡大】等の魔法使い系に有利なスキルの前提条件スキルだが、魔力消費型のスキルやアーツに有効な【魔力消費軽減】の前提条件スキルでもあるため、魔法使い系以外のプレイヤーでも修得している者は少なくないそうだ。ただ【魔力変換】についてはそれ程重要視されていない。単に武器に属性を付与するなら魔術師の属性付与魔術がある。
【魔力変換】を修得した魔術師プレイヤーの検証によると、【魔力撃】で併用使用すると一発限り、単に魔力を放出して変換する場合は魔力を継続して消費する、という燃費の悪さ。属性付与魔術の方が使い勝手がいいという結論に達したそうだ。それに魔術師の場合は【魔力変換】を使わずとも属性を持つ魔術が使えるので、持っていてもあまり意味がないそうな。
しかし、だ。【魔力撃】に合わせることができるということは、属性による追加効果を期待できる必殺技としては使える。魔法剣とか魔法拳とか、厨二心を刺激するアーツが可能となれば、浪漫追求型のプレイヤーがそれを求めるわけで。それに魔術と違って詠唱を必要としないのはメリットではある。
そういやルークが【魔力変換】を修得したくて修練中って言ってたな。何にするかは迷ってたみたいだが、個人的には火属性のイメージだ。ほら、【覇翔斬】とか使うしさ。
話が逸れそうなので戻すが、現時点で【魔力変換】については炎、雷、氷(冷気)が確認されているだけだそうだ。つまり、浄化――聖属性、って言っていいのかはわからないが、これについては隠しスキルってことになる。
「他にはいないようですね。それでは瘴気溜まりへの案内をお願いできますか?」
そう言い、ラーサーさんが剣を鞘に納める。
話は道すがら聞けばいいか。
以前、アインファストを出る時に、教官殿から聞いた話がある。誰もが使える戦闘系アーツ以外に、独自のアーツを修めて伝承している者達がいると。何のことかというと、いわゆる流派のことだ。リアルでもなんとか流剣術とか、なんとか拳とかあるが、GAOにも同様に色々な流派があるらしい。単なる技から特殊な効果を発揮するものまで様々だとか。
何でこんなことを教官殿が教えてくれたかというと、王都に格闘系の流派があると聞いたことがあったからだそうだ。もしも訪ねる機会があり、学ぶことが許されるなら、役に立つのではないか、と。
ちなみに流派の存在自体は既にプレイヤーに知れ渡っている。ただ当たり前の話だが、入門をしても基礎から順に学んでいかなくてはいけないようだ。アーツだけをホイホイと教えてくれる流派は、現時点では確認されていない。
実際、入門して学んでいるプレイヤーも少しはいるようである。武器を使った戦闘法を学べるという意味では役に立つからだ。ただ、それでアーツを修得できたという話は聞かない。教えてもらえないのか、そもそもそういうアーツが存在しない流派なのか、はたまた修得していても隠しているのかは分からないが。
で、ラーサーさんが使った浄化属性のアーツだが、独自の流派によるものである可能性がある。で、何かの流派を修めているのかと聞いてみたら、そのとおりだった。
「聖輝剣と言います。剣と言っていますが、アンデッドを相手にするための技術を纏めたもので、剣に限ったものではないのですけどね」
森の中を歩きながら、ラーサーさんはそう説明してくれた。
「アンデッドとの戦いを専門にしていた者達から興ったと言われています。しかも発端は魔術師による浄化の魔力だったと言いますから、最初は剣ですらなかったということですね」
ふむふむ、【魔力変換】でその魔術師が浄化系魔力への変換を成した、ということだろうか。
「魔術としての運用に難があり、その解決策が武器戦闘への転用だったとか。ですが魔力変換が使える近接戦闘者は多くありません。それにアンデッドにしか効果がないものですから、修得しようという者はほとんどいないわけです。実体を持つアンデッドは物理攻撃でどうとでもできますし、非実体のアンデッドも魔術等で倒せますからね」
なるほど。それに特化しなきゃならない理由はないわけか。そう考えるとわざわざ学ぶ理由は薄いよな。あれ?
「じゃあラーサーさんは、どうして修得しようと思ったんですか?」
「私の育ての親が使い手だったのですよ」
そういう家に育ったから、か。でも育ての親、ってことは実の親じゃないのか? いや、その辺は突っ込んで聞く事でもないな。
「使い手自体が全くいなくなったわけではありませんし、継承自体はされているので廃れてしまうことはないでしょうけど、特段の事情がない限り、好んで学びたいものでもないようです。実戦向けの流派はそれこそ沢山ありますからね」
アンデッド特化ってだけじゃ、売りが弱いって事なんだろうな。ラーサーさんの今の口ぶりじゃ、特に今、弟子がいるわけでもなさそうだ。
「浄化属性には興味があるんですけどね」
個人的にアンデッドはしぶといイメージがある。物理攻撃が有効でも迅速に無力化できるなら浄化属性は有効だと思う。それに瘴気溜まりの浄化もできるなら、結構役立ちそうなんだけどな。
俺の言葉に、ラーサーさんが笑った。
「フィスト殿が剣士であったならば、剣技も含めて勧誘したところなのですがね。しかし魔力変換ができないと意味がありませんので」
「魔力制御は可能なのですが、変換まではまだ届いていません。ですが、いずれは到達したいと思っています」
「では、その時を楽しみに待つとしましょうか」
心なしかラーサーさんの言葉に喜の感情が混じった気がする。やっぱり自分で継承者を残したいって気持ちもあるんだろうか。そう考えたら拳士の俺より剣士が相手の方がいいんだろうなぁ……ん、待てよ。
「あの、ラーサーさん。もし剣士で、聖輝剣を学びたいって人がいたらどうします?」
「心当たりがあるのですか?」
「ええ。俺の友人に魔力変換の修得を目指してる剣士が1人いまして」
言うまでもなくルークのことだ。騎士スタイルの彼が浄化系の魔力変換を可能にしたらどうなるだろうか。ただでさえ周囲の評判で勇者属性がついてるし、まさに聖騎士、って感じになるんじゃなかろうか。まぁ本人にその気があれば、だが。
「フィスト殿の友ならば、悪い者ではないのでしょうね。もしもその気があるのでしたら会ってみたいものです」
む、ラーサーさんも乗り気だな。だったら聞いてみるか。
断りを入れて、フレンドチャットを繋ぐ。
『ルーク、今いいか?』
『ああ、どうしたフィスト?』
『お前、以前魔力変換の修得をどうこうって言ってたろ。あれ、どうなった?』
『ああ、つい先日、ようやく条件を満たして修得したよ。何にしようか迷ってたんだけど、スウェインとウェナが「覇翔斬を使うんだから火属性以外あり得ない」とかよく分からないこと言って強く勧めるもんだから、それにした。汎用性は高いだろうし』
さすがあの2人は分かってるな。でも修得できたのか。それはナイスタイミングだ。
『ところでルーク。聖属性の剣技に興味はないか?』
『……はぁっ!?』
少しの間を置いて、驚愕の声が返ってきた。
『いや、だから。対アンデッドに特化した浄化属性の流派があるんだよ。その使い手と縁ができてな。で、俺の知り合いの剣士が学びたいって言ったらどうするって聞いたら、その気があるなら会ってみたい、って』
『ちょっ、ちょっと待って!』
そう言ってチャットが途絶える。いや、繋がってはいるんだけど、どうもあっちで相談中のようだ。しかしかなり驚いてたな。浄化属性、かなりレアってことか?
『待たせた。興味はある。でも、あんまり長時間拘束されるなら、諦めざるを得ないっていうのが本音だ。俺がソロプレイしてるならともかく、パーティーの都合もあるしさ』
ルークからの返事が来た。言ってることはもっともだ。ルークが修行してる間、スウェイン達が手持ちぶさたになるわけにはいかんしな。残念だ。
ラーサーさんに視線を移して、言う。
「興味はあるみたいなんですが、仲間もいるので長い時間が掛かるなら諦めざるを得ない、って言ってますね。あぁ、魔力変換は修得済のようです」
「それなら浄化属性の修得だけなら時間は掛からないでしょう。それを利用した剣技については断言できませんが、厳しくていいなら時間短縮も見込めます。全てを修得するまで拘束する気はありませんし、折を見て通うのでもいいでしょう。本人のやる気と素質次第ですね」
が、返ってきたのは意外な言葉。問題ないってことか?
「その条件で、いいんですか?」
「ええ、問題ありませんよ」
念を押すとラーサーさんが頷く。俺は再びチャットに意識を向ける。
『属性変換だけなら時間は掛からないし、アーツについては一気に詰め込む気もないって言ってる。本人のやる気と素質次第、だってさ』
再びあちらに沈黙が流れる。そして、
『近い内に伺うのでよろしくお願いします、と伝えておいて』
話がまとまった。
『ありがとうフィスト。この恩は必ず返すから』
『いや、俺はきっかけを投げただけだ。礼を言うなら、ラーサーさん――使い手に直接な』
『分かった。今の案件が片付いたらツヴァンドに向かう』
『場所については後でメールを送るよ』
チャットを閉じて結果を伝えると、ラーサーさんが顔を綻ばせた。
「そうですか、楽しみです。しかもその相手が【シルバーブレード】のルーク殿とは……フィスト殿、感謝しますよ」
やはりルークの名を知ってたか。俺のことを知ってるくらいだからそれより有名なルークを知ってるのは当然か。ラーサーさんの反応を見るに、ルーク達にも好意的なようだし、大丈夫だな。
「では当初の予定を片付けてしまいましょうか。もう少しで着きますから」
目的を忘れてはいけない。
瘴気溜まりは浄化属性を乗せたラーサーさんのアーツであっさりと片付いた。ぱっと見には結構力技っぽかったな。瘴気溜まりの規模が大きいと無理みたいだが、今回の場所は許容範囲内だったようだ。
でも今後を考えたらやっぱり浄化の【魔力変換】は持っておきたいな。修得できるようになったらまたラーサーさんを訪ねることを告げるとともに、ルークのことをお願いして、俺とクインは森を後にした。