<< 前へ次へ >>  更新
58/216

第55話:隠者

7/5 誤字等訂正

 

 しばらく瘴気溜まりに留まることで【瘴気耐性】を自動修得することに成功した。修得したらその毒が無効になる仕様である毒系の耐性とは違って、【瘴気耐性】はレベルがあるようだ。瘴気が強い所だと耐性があっても悪影響を受けるんだろうな。ちょっと残念。

 さて、瘴気浴を続けてればもう少しレベルも上がるだろうけど、ずっとそうしてるわけにもいかないし、そろそろ移動するか。今日は狩りと採取の収穫も上々だし、ツヴァンドに戻ってもいいだろう。いや、でも結局今日も魔獣には出会えなかったな。魔獣のゾンビは出たけど。もう少し奥に入って帰るか。

 瘴気溜まりも【世界地図】にマーキングして、その場を離れる。

 しかし瘴気溜まりって、魔獣が集まってたりするんじゃないかと思ってたのに、そういう場所じゃないんだな。瘴気を纏ってるからって瘴気を好んでるわけじゃないのか。狩り場にできるかと思ったんだが、そうそう都合良くはいかないか。

 【気配察知】を使いながら獲物を探す。しかし反応はない。

「最初が調子よかったから、その反動が来たのかね?」

 チスイサボテンの麻痺トゲを使った狩りが順調だったため、こうも獲物がいないとシステムが調整してるんじゃないだろうかと疑ってしまう。そういう仕様があるのかは分からないけども。でもまぁ、いないなら見つかるまで探すしかないし、それでも見つからないなら諦めるしかない。リアルで爺さんの狩りに付き合った時にそういうのは経験済だから、それでいちいち腹が立つこともない。それが自然ってもんだ。GAOはゲームだけどな。


 

 とにかく探しながら歩く。探して歩いて探して歩いて時々休憩して更に歩いて。

「お?」

 視界の端にそれが引っ掛かったのは、そろそろ諦めて戻ろうかと考えた時だった。

「何だあれ……」

 それは家だった。ログハウスだ。何でこんな所にあんなものが? まさか亜人の集落か?

 気になるのは当然で、足がそちらへ向かうのも当然だった。

 森の木で見えなかった部分も、近付くにつれて視認できるようになる。最初は集落の一部が見えてるのかと思ったが、あったのはその家だけだった。家の周囲は木の柵で囲まれていて、その内側に野菜が植えられているところを見ると、狩人の休憩小屋ではなく定住している者がいるようだ。煙突からはうっすらと煙がたなびいていて、建物の中に人がいることも【気配察知】で分かった。

 深い森の中、魔獣すら徘徊するような場所に建つ一軒家。はっきり言って異質だ。でもこれ、俺が目指すものの1つの形だよな。一体、どんな人が住んでるんだ?

 ゆっくりと入口のドアへと近付く。こんな場所に建ってるんだから獣用の罠があるかもしれないので慎重に。こういう時に【罠:屋外】のスキルを持ってたら安心できるんだがな。

 結局杞憂だったようで、何事もなく入口へと辿り着いた。ゆっくりと息を吸い、吐いて、ドアをノックする。

「ごめんください」

 声をかけると中の気配が動き、入口へと向かってくる。目の前のドアが開き、中から1人の男が姿を見せた。白くなった長髪を後ろで束ねた老人だ。

「おや、このような所に来訪者とは珍しい。しかもそれが異邦人であるとは」

 俺を見てそんなことを言う老人。口調は穏やかだが、こちらを警戒してるのは間違いない。ドアは半開きで、それを盾にするように顔だけをこちらに覗かせている。いや、他にも見える物がある。剣の鞘だ。本来そこにあるべき剣の柄はない。ドアの陰で見えないけど抜剣してるな。

「どうしました? 道にでも迷いましたか?」

「いえ、獲物を求めて森に入ったところ、こちらに小屋が見えたので。まさかこんな場所に住んでいる人がいるのかと気になって訪ねた次第です。突然押しかけて申し訳ありません」

 問いに答え、頭を下げる。すると老人は目を瞬かせ、破顔した。

「なるほど、確かにこのような場所に家があれば気になりますね。あなたと同じ立場なら、私も気になったでしょう」

 老人がドアを完全に開けた。腰は曲がっておらず、足もしっかりしているように見える。ってあれ? さっきまでなかったはずの剣がいつの間にか鞘に納まって……何者だこの老人?

「立ち話も何です。中へどうぞ」

 身体を横へ移動させ、促してくる老人。さっきまで警戒してた割には随分とあっさりしてるな……

「よろしいのですか? 素性も分からぬ者をそう簡単に招き入れても?」

 いきなり訪ねた俺に言えたことじゃないとは思うが、念を押す。すると老人は、

「構いませんよ、翠の幻獣を連れた異邦人殿。フィスト殿、でよろしいか?」

 と、俺の後ろにいたクインに一瞬だけ視線を動かして言った。は……?

「な、何で俺のことを?」

「ははは、ここに住んでいるとは言え、人と一切の関わりを断っているわけではありませんから。先日、ツヴァンドに赴いた時に色々と耳に入ってきたものの中に、あなたの事もあったのですよ」

「は、はぁ……」

 うわぁ……まさかアインファストを離れてまで名前が知られてるとは思わなかった。しかもこんな森の中に住んでる人に。いかん、むずがゆい……


 

 小屋の中は思ったより広かった。1人で住むには広すぎると言ってもいいだろう。部屋の中央には四角いテーブルがあり、来客があることも想定して揃えたのか、椅子も6脚備えてある。壁際には狩りと採取で得たものか、鹿の脚や山菜等が吊してあった。いいね、この雰囲気。いかにも自給自足生活って感じが。

 だがそんな部屋の中に場違いな物がある。一領のプレートメイルだ。日本の甲冑のように、木箱に座っているそれだけが場違いな物に思えた。左胸には恐らく紋章が付いていたと予想される窪みがある。多分この人、引退した騎士か何かなんだろうな。その横の壁には盾や弓矢も掛けてあった。

「こんな所で独り暮らしなものでね。大したもてなしができなくて申し訳ない」

「いえ、突然押しかけてきたのはこちらですし、お構いなく」

 お約束とも言えるやり取りを交わしながら席に着く。マントは脱いで隣の椅子に掛けた。

「いやしかし、顔見知り以外の来訪者は初めてですよ。まぁ、ここに住み始めてからそんなには経ってないのですけどね」

 木製の盆を持って老人が戻ってくる。その上にはポットとカップ、ソーサーが乗っていた。白地に青の帯と装飾が施された逸品だ。凄く高級感が漂っていて、はっきり言うとログハウスの雰囲気からは浮いている。そういえば服装も、一般庶民的なのは形だけで、質が良さそうなのを着てるし。

「どうぞ。このような場所なので、紅茶とはいきませんが。ところでお連れの狼殿は、飲み物はどうしましょうか?」

 ちなみにクインも中に入れてもらっている。問いにクインが首を横に振ると、老人は軽く頷いてポットの中身をカップに注ぎ、こちらへ差し出してきた。

 色は紅茶のそれだ。でも漂う匂いは違う。カップを手に取り、口へと運ぶと、広がったのは玄米茶にも似た香ばしさ。その中にわずかな苦みがある。

「ピノーラの種子を干して砕いたものですよ」

「へぇ、あれ、こんな味がするんですね」

 老人の説明に軽く驚いた。ピノーラはGAOに存在する針葉樹だ。リアルで言う松に似ている。違いは針のような葉が2本ではなく4本で1つなこと。それから樹の幹がサルスベリのようにつるつるなことだ。できる実は松ぼっくりそっくりなんだが、あれがお茶のようになるとはなぁ。今度見つけたら採取しておこう。

「さて、それでは。しばらくこの老人の暇潰しに付き合って頂きましょうか」

 そう言って、老人は俺の対面に腰掛けた。


 

 老人は名をラーサーと言った。予想したとおり、元は騎士であったらしい。特に定年というものがあるわけではないらしいが、引退して故郷ツヴァンド近郊の森の中で気ままな隠居生活を送っているとのことだった。定年退職したサラリーマンが田舎に家と畑を買って第二の人生を歩むようなものだろうか。でもGAOじゃ、治安の問題もあるんだよなぁ。この辺りじゃ魔獣もいるし。いや、それだけ自分を護ることに自信があるということだろうか。

「このような場所だと魔獣等の獣が襲ってきて、気が休まる暇もないのでは?」

 だから疑問を口にしてみる。ラーサーさんはご心配なく、と笑う。

「当然、魔獣除けはしていますよ。魔具に魔獣を寄せ付けない波動を発するものがありましてね。この家の周囲、100メートル以内には魔獣は入ってきません」

 なんと。そのような便利な物があるとは。それは欲しい。超欲しい。野営の時とか安心して休めるって事だもんな。ん、特にクインが嫌がる様子はなかったけど、幻獣や普通の獣は対象外なんだろうかね。

「ですが、人間やアンデッドには無力ですので。自然発生するアンデッドや心ない者達による危険がないとは言えませんね」

 むぅ、それは残念。でも魔獣の襲撃から家を護るのなら使える魔具だな。いくらするか知らないが、いつか買おう。

 ちなみにアンデッドのタイプは3つある。

 1つは瘴気の影響で死体が勝手にアンデッドになる自然発生型。通称野良と呼ばれる。

 次に人為的に作られたアンデッド。これは【死霊術】というスキルが関係しているようなんだが、プレイヤーの修得可能スキルリストには載ってないので、多分隠しスキルだろう。

 最後が自力でアンデッドになった者。【死霊術】で自らアンデッドになった者や、死後に怨念が形になったゴーストやレイスが該当するそうだ。

 さっき遭遇したエルフとブラックウルフのゾンビは、状況から見て野良アンデッドで間違いないだろう。

 それはともかく、ラーサーさんはかなりの腕だと思う。魔獣は防げるにしても、他の脅威には晒されるのだ。それをはね除ける実力を持っているという事なのだから。それに部屋の隅に魔獣素材と思われる毛皮や牙、爪等が積んであったりもするし。普通に独りで狩ってるってことだよなあれ。ううむ、底が見えないぞこの人。

 話題が変わり、今度は俺のことになる。アインファスト防衛戦のことと、この間の神視点新聞のことがラーサーさんには伝わってるみたいだった。ラーサーさんも過去に魔族と戦ったことがあるらしく、なかなか厄介な相手だったと漏らした。彼の得物は剣のようだし、やっぱり相性が悪かったんだろうな。

「しかし徒手での戦闘ですか。いやいや、なかなか度胸がおありですね」

 俺の戦闘スタイルを、ラーサーさんはそう評した。

「武器がなくては戦えない、そのようなことでは話にならないので、騎士でも格闘そのものは多少学ぶのですよ。ですがそれを主軸に戦う者はいませんからね。中には例外もいますが」

「騎士にも格闘使いがいるんですか?」

 ラーサーさんの言葉に興味が湧く。実際、俺以外に【手技】や【足技】をメインにするプレイヤーを今のところ俺は知らない。ましてや住人に、しかも騎士にそんな人がいるとは。そういう人に出会えれば色々と参考にできる部分もあるはずなんだけども。

「ええ、私の知っている騎士に、1人。フィスト殿はシュタール・フォルトという者をご存知ですか?」

 聞いたことがないので、いいえと首を横に振る。かなり有名な人なんだろうか? 考えてみたらGAO住人の有名人ってノーチェックなんだよな。

「王都ヌルーゼの騎士で【破城鎚】とも呼ばれる男です。その拳は城門すら打ち砕くという剛の者ですよ」

 そんな人がいるのか。通り名があるってことはそれだけ名が知られてるって事だな。でもヌルーゼの現役騎士って事は、出会う機会はないか。これがドラードの騎士だったらまだ可能性はあったんだけどな。会ってみたいなぁ……ラーサーさんにお願いしたら紹介状とか書いてもらえないだろうか。でも図々しいお願いかな……

「ん、どうしたクイン?」

 そんな事を考えていると、伏せていたクインが立ち上がった。若干不機嫌そうな顔で。

「……どうやら招かれざる客のようですね」

 ラーサーさんもそう言って立ち上がる。俺も【気配察知】を使って状況を把握してみた。反応がある。数は4か。しかし狩人系の俺よりも索敵範囲が広い騎士って……経験の差というやつだろうか。

「せっかく久しぶりの語らいの機会だというのに、無粋な連中ですね。早々に始末してしまいましょう」

 ラーサーさんはやれやれと溜息をついて入口へ向かう。あの物言いだと戦闘になることを確信してる感じだな。

 クインがこちらを見ている。どうするのですか、と一対の紅玉が訴えていた。

 当然、俺も行くさ。

 席を立ち、俺とクインはラーサーさんの後に続いた。

 

<< 前へ次へ >>目次  更新