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第54話:アンデッド

 

 チスイサボテンについては2本を持ち帰った時点で依頼完了となった。後は別に捜索隊を出すらしい。俺もそっちばかりに関わるつもりはなかったので、それ以上の参加は避けた。

 討伐報酬はもらえたし、チスイサボテンそのものもゲットできた。トゲは全部引っこ抜いて、一部を自分、残りを売却。裁縫用に使えるということだったのでコスプレ屋に持って行ったら特にスティッチが大喜びだった。普通の針より使い勝手がいいそうだ。俺自身は裁縫をやらないから違いがよく分からないが、本職がそう言うのだからそうなのだろう。お礼に服を何着かもらった。クセのないやつを。

 麻痺トゲと吸血用の大トゲは全て回収。大トゲは大物の血抜きなんかに活用できそうなので今後の活躍に期待だ。麻痺トゲは注入式ではなく、トゲそのものに麻痺成分が含まれるようだ。でもこれ、そのままだと吹き矢とかでしか使えそうにないな。鏃にするにも細長すぎるだろうし。ツキカゲ達に売ったら活用してくれそうな気もするが。あぁ、でもこれはちょっとあの使い方を試してみるかなぁ。

 本体は薬剤関係の素材として保管することにする。幻覚作用のせいでドラッグ扱いされることはこっちでもあるようで。でも違法じゃないらしく、処理をしたら高く買ってくれる住人がいるそうだ。そっちに手を伸ばす気にはならないので、接触があっても断るつもりでいる。

 ちなみに、試しに少し舐めてみたらメチャクチャ苦かった。渋柿を食った時以上の衝撃だった。もし囓ったりしてたら神が見えたかもしれない。


 


 ログイン54回目。

 今日は森へ繰り出した。今日こそは魔獣相手の狩りをするのだ。この間は結局ジャイアントワスプ狩りになったしな。いや、あれはあれで素晴らしい出会いだったわけだけども。

 森の中を歩きながら【気配察知】を使う。しばらくすると反応があった。ゆっくりとそちらへ近付くと1頭の鹿がいる。角の枝分かれがないから若い牡鹿だな。こちらに気付いてはいないようだ。距離は30メートルってところか。

 ポーチからチスイサボテンの麻痺トゲを取り出しておく。そして精霊語で風の精霊へと呼びかけて、それを放り投げた。風が吹き、ただ落ちるだけのはずだった麻痺トゲが牡鹿へと向かって矢のように飛んでいく。風が起きたことで牡鹿がこちらに気付いたが、遅い。トゲは牡鹿の身体に突き刺さった。小さく鳴いて牡鹿が逃げ出す。しかし全力疾走する前によろめいて倒れた。

「よっし、成功!」

 思わず小さくガッツポーズをしてしまった。俺が使ったのは某TRPGに出てくる魔法の再現だ。弓を使わずに矢を飛ばす魔法。威力は高いとは言えなかったが、必ず命中するという効果が美味しい魔法だった。

 再現ができるかどうかは不安だったが上手くいったようで何よりだ。登録名は原典どおり【シュートアロー】にしておこう。飛ばしたのは矢じゃないけどな。ただ、これだと精霊魔法の技量を磨くことしかできないので、必要に応じて使うことにしよう。せっかく格闘スタイルなんだから、普段は【手技】や【足技】を鍛えたいしな。


 

 なんて言っておきながら、この方法がお手軽であることは間違いなく。数時間ほどこれで狩りにいそしんだ結果、クインへの献上品ノルマは達成することができた。イノシシみたいに脂肪が厚い系統には効果が薄かったので、獲物は選ぶ必要があることが分かったのも収穫だ。

 というわけで、これからは俺とクインのための狩りだ。適当な方向を定めて真っ直ぐに森の奥へと踏み込んでいく。勿論、道中にある薬草類は採取して、群生地はマップに記していく。

 やっぱり奥の方は薬草類が豊富に生えてるな。踏み込むプレイヤーがいても、生産系プレイヤーの数が多くないからだろう。採取できるプレイヤーが少ないんだから当然か。しっかりと、しかし採り尽くすことのないようにしながら薬草や毒草、山菜等を確保しつつ奥へと進んでいく。

 進むほど木々も太く立派なものが増えてきた。空気が濃くなっていくというか、緑の匂いが濃厚になっていくといえばいいのか。大きく深呼吸すると気分が落ち着く――

「うぇ……」

 と思ったのに、新鮮な空気の中に嫌な臭気を嗅ぎ取ってしまった。隣のクインが立ち止まって行く先を睨んでいる。彼女もこの臭いに気付いたんだろう。

 俺がこの臭いを知ったのは中学生くらいの頃だ。爺さんの田舎へ遊びに行き、山へ入った時に偶然、それを見つけてしまった。それはイノシシの死体。夏場だったこともあり、目にも鼻にも悲惨な現場だった……

 あの時と同じ臭い、つまり腐敗臭がする。多分動物の死体があるんだろう。しかし運営め、こんな臭いまでVRで再現するとは……リアリティ重視と言えど、限度があるだろうに。そんなだから公式掲示板に【くたばれ運営スレ】なんてもんが立つんだ。

 ともあれ、見つけたら埋めよう。こんな臭いがしてると獲物も近付いてこない気がするし。さて、どこで死んでいるのかな、と。

 先へ進むべく踏み出そうとして、違和感に気付いた。なんか、臭いが強くなった。俺はここから動いてないし、風向きが変わったわけでもない。まるで臭いの方から近付いてきてるような……

 【気配察知】を使ってみると、こちらに近付く反応がある。数は3。すっげぇ嫌な予感がする……クインも警戒を解いてないし。

 そして、それは姿を見せた。

「くたばれ運営ーっ!」

 同時にそんな言葉が口から飛び出した。クインが驚いたようだが謝る余裕も今の俺にはない。

 予想どおり、目の前に現れたのはゾンビだった。アンデッドとしてはどんなゲームでもお馴染みの奴だ。だがしかし。GAOはVRMMOだ。しかもリアリティを売りにした。そうなると当然、目の前のそいつらも同様となる。

 むせ返るような腐敗臭。グズグズになった皮膚。その身体に蠢く――あー嫌だっ! これ以上説明したくねぇっ!

 しかし観察はしなきゃいけない。何せアンデッドと戦うのは初めてだ。どんな戦い方をするのかとかが全く分からない。しかも1体は人型で、もう2体は獣のゾンビだ。

 獣の方は多分ブラックウルフだと思う。生きてるのを見たことあるし。でも魔獣もアンデッドになるんだな。元々、瘴気を纏ってた魔獣だが、アンデッドになってそれが増してる。禍々しさに磨きが掛かってるな。

 もう1体は人型。色々と汚れてしまってるが、元は若草色の服だろうか。革製の胸甲と篭手を装備してるが武器は小剣の鞘が見えるだけで、小剣そのものは手にしてもいない。そして何より特徴的なのが、長く尖った耳。多分、エルフの男だ。まさかエルフのゾンビを目にすることになるなんて思ってもみなかったよ……生きてたらさぞ美形だったんだろう。腐りかけの今でもそれが分かるのが、余計に今の凄惨さを際立たせてる気がするな。

「クイン、食うか?」

 半ば冗談で言ってみたら、右腕に噛み付かれた。いや、ガントレットがあるから痛くないんだけどな。すまんかった。

 どうしたもんか……これがスケルトンだったら何の躊躇もないんだが、ゾンビだもんなぁ。殴るって事は触れるってことだ。あの腐乱死体に……手には色々付くだろうし、色々飛び散ることだろう……でもよく考えれば、これも倫理コードが解除されてるから、なんだろうな。きっと倫理コードが生きてるプレイヤーへの表現は、もっとソフトになるんだろう。これも【解体】持ちの宿命か。

「仕方ない、か……先手必勝!」

 精霊魔法で遠距離攻撃とかも考えたが、攻撃向けの精霊魔法はあんまり考えてないんだよな。威力もそれ程じゃないし殴った方が痛いのは確実だ。とりあえず【ウインドガード】を使って風の膜を張る。飛散物はこれで何とかなるはずだ。そして両手両足に【魔力撃】を起動。

 一気に駆け出して間合いを詰める。俺に反応してゾンビ達が向かってくるが、狼型はゾンビになっても結構速いな。モツを引きずってるやつはそれのせいで少し遅いか。

 真正面から飛び蹴りを食らわせる。嫌な音がして狼ゾンビの頭が潰れた。直視しないようにして動きの止まったそいつに回し蹴りを放ち、まずは1体を沈める。

 遅れてきたもう1体の狼ゾンビは色々撒き散らしながら跳びかかってきたが、カウンターで拳を合わせた。これも頭部を一撃する。もげた頭が地面に落ち、身体はそれでも動き回る。俺に向かってくる様子はないが、そいつはクインの方へとまっすぐ向かっていった。頭がないのに見えるんだろうか? あ、もげた頭がクインの方を向いてるな。てことは、胴から離れた頭がものを見てるのか? 試しに落ちている頭を踏み潰してみると、胴体の動きが変わった。進む方向がずれていき、木にぶつかり、その場でうろうろし始める。とりあえずあれはもう無害だろう。戦闘力的な意味では、だが。

 残ったエルフゾンビが腕をこちらへ伸ばしながら向かってくる。早歩き程度の速度なので慌てることはない。余裕が出てきたからか、あまり損傷させたくないという気持ちが湧いてきたが、俺が持つ選択肢は多くない。

「すまない」

 【強化魔力撃】を起動し、正拳を胸部の真ん中に一突き。拳の打撃力と魔力爆発を受け、ゾンビは3メートル程遠くへと吹っ飛び、動かなくなった。思ったより楽に倒せて良かったよ、本当に……


 

 さて、戦闘も終わったし、気分を落ち着かせる休憩も十分だ。倒したゾンビの見分といくか。

 まずブラックウルフのゾンビの方だが、毛皮はどう見ても使えない。牙は回収できたが、売れるかどうかは分からんな。魔核は生きてた奴のより少し大きいような……瘴気が増した影響だろうか。残りの残骸は即座に地中へと埋めておく。

 次はエルフのゾンビの方だが……どうしたものか。どうしてエルフとブラックウルフが仲良くゾンビ化してたのかは分からないが、互いに交戦したんじゃないだろうか。瘴気が濃い所に死体を放置するとアンデッド化すると教官殿が言ってたし、恐らくそんな場所で戦い、どちらも死んでしまったんだろう。

 当然のことながら、エルフから剥ぎ取れる部位なんてないし、あったとしてもするつもりはない。埋葬してやるか。そういやエルフの葬儀ってどうやるんだろうな。土葬でいいんだろうか。こんなことなら大書庫にあった冠婚葬祭の本、読んどけばよかったかもしれん。

 とりあえず遺体を漁る。何か身元が分かる物でもあればいいんだが、身分証みたいなものはない。装飾品は……指輪があるな。銀に翠の石が嵌まってる。金は持ってない。てことは、この森に住むエルフの可能性が高いか。森の外で活動するエルフだったら金を持ってるだろうし。

 遺品になりそうな物は指輪と、小剣の鞘だけか。それだけ回収して遺体は木の根元に埋葬した。獣に掘り返されないように少し深めに埋めておく。【世界地図】にもマーキングをしておいた。もし今後、この森の中でエルフに会えれば、遺族が見つかるかもしれないし、そうなれば遺品も渡せるし案内もできるだろう。可能性は低いけどな。

 解体用の水で手と魔核、遺品を洗い、魔核と遺品はストレージへ収納。続けて以前作ってあった消臭剤を取り出して布に含ませ、ざっと身体の表面を拭く。飛散物は付いてないけど、何か臭いが染みついてそうなので念のためだ。あぁ、霧吹きみたいなものがあればいいな。ファ○リーズみたいに使えそうだし。今度、市場で探してみよう。

 それはそれとして、だ。さっきのエルフ達がゾンビ化した原因、この辺りにあるかもしれない。多分、瘴気溜まりがあるんだと思う。教官殿の言ったことが確かなら、ゾンビになってしまう要因となる瘴気があるはずなのだ。

 ちょっと探してみるか。未発見の瘴気溜まりの情報は国が買ってくれるらしいし。

 ゾンビが出てきた方へ向かってみるとしよう。


 

 しばらく歩いたところで、あいつらがこの近くでアンデッドになったとは限らないんじゃないかと思い至ったが、幸いというか何というかそれらしい場所を見つけることができた。狼ゾンビの1体がモツを引きずってたから、方向を辿るのは容易かったしな。

 木々の密度が増している森の中、ぽっかりと空間が開いている場所がある。さっきまでまばらに生えていた草も一切なく、立ち枯れた木が何本も倒れていた。そして、そこに澱む黒い霧のようなもの、すなわち瘴気。どこかから噴き出しているというわけでもなく、ただそこに漂っている。周囲に他の獣の気配はない。

「あれが瘴気溜まりか……」

 見てるだけでも何故だか不快感がこみあげてくる。ここがあいつらのアンデッド化した場所だろう。瘴気溜まりの中に人工物が落ちている。それは小剣と空になった矢筒、折れた矢だった。さっきのエルフの遺留品である可能性が高いな。

 よし、と気合いを入れて、瘴気溜まりに踏み込むと、不快感が一気に増した。こりゃきついわ……以前ルーク達が討伐に行った巣はこれ以上だったんだろうな。短時間だし、どうとでもなるか。

 小剣と矢筒も回収し、すぐに離脱しようとして、ふと以前スウェインと交わした会話を思い出す。スキルの自動修得を利用した、瘴気耐性の獲得についてだ。巣穴の方は立入禁止の措置がされているから入れないし、瘴気溜まりを国がどう管理してるかは分からないが、もしここが浄化されるようなら、今を逃しては自動修得は難しいかもしれない。

「試してみるか」

 ポーチから瘴気毒用のポーションを取り出し、倒木に腰掛ける。さて、どれくらい我慢できるかね。

 

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