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第53話:チスイサボテン

2015/1/12 誤字訂正

 

 ログイン53回目。

 ツヴァンド狩猟ギルド。その事務所にて。

「うーん、難しそうですね」

 眼鏡を掛けた茶髪のギルド職員、マイクさんが腕を組んだまま唸る。

 前回のジャイアントワスプ狩りで入手した幼虫を持ち込み、ギルドで扱えるかどうかを尋ねたところ、返ってきたのはそんな言葉だった。

「確かに美味いです。ここはドラードに近いとは言え、まさか森で海の幸に似た味が得られるとは思ってもいませんでしたし。ただ、やはり見た目や元の素材のイメージがありますからね」

 テーブルの上には茹でた幼虫を大きさ別に、そして非常に勿体ないが、蛹のスープが置いてある。スープと言っても薄めなければ食感はとろりとしたシチューだけどな。これに肉や野菜を入れて煮込めば立派なシチューになることは間違い無しだ。いずれ作る時が楽しみである。

 これを提出した時は驚かれたが、特に怯む様子もなく口にしたのは、さすが狩猟ギルド職員といったところか。

「やはり、昆虫食は敬遠されますか」

 予想はできていたので特に落胆はなかった。それならそれで、俺自身が消費するので問題ない。特に蛹は、買い取ってくれると言ってもあまり売りたくないのが本音だ。

「小型の虫のいくらかは普通に流通してるんですけどね。スズメバチの蜂の子なんかもそうです。ただ、それにしたって量は少ないんですよ。そっちの需要もそれ程多くないので」

 故にジャイアントワスプの幼虫も、ということか。ここで売り物にならないと証明されれば、俺が独り占めしても文句は出まい。乱獲されたら俺の取り分が減るかもしれないから、不特定多数のプレイヤーに情報を流そうとも思わないしな。あぁ、俺って何て卑しいんだ……

「ただ」

 マイクさんの眼鏡がキラリと光った。

「個人的に買い取りたくはありますね。特に蛹です。これは素晴らしい」

 蛹に視線を移すマイクさん。確かにこれを食ったなら、また食いたいと思うだろう。正体を知ってなお抵抗がなければ。

「現時点では、ギルドとして大々的には買い取れませんが……どうします?」

「幼虫はともかく、蛹は1匹だけなら」

「それではそれぞれ1匹ずつ売っていただけますかね」

 幼虫は生まれたてから蛹前までで大体4段階くらいの大きさに分けられる。あの後調べてみたら、リアルスズメバチは幼虫時に何回か脱皮するらしいので、脱皮の回数で大きさが違うんだろう。

「持ち込んでおいて何ですが、特に蛹はあまり広まらないことを祈りますよ」

「美味いと聞いても、わざわざ食べたいと思う人は少数でしょうから大丈夫でしょう。初見で食べようとするのは、私のようなゲテモノ食いが平気な人だけですよ」

 マイクさんがニヤリと笑った。


 

 ギルド内の掲示板を物色してみる。これは個人からの依頼を貼り出しているものだ。中にはギルドの買い取り価格より高い依頼料の物もある。それでいいのかと思わなくもないが、ギルドによる流通を著しく乱すものでなければ問題ないそうだ。それに数自体がそう多くないし。ギルドからの直接依頼と半々くらいだな。

 特に珍しい獲物や、流通してない獲物なんかはこっちに依頼が出てるパターンが多い。ジャイアントワスプの幼虫がないかどうか探してみたが当然結果はゼロだ。何だかんだで食材の流通が割としっかりしてるから、わざわざ虫を食おうなんて人もいない、ってことなんだろうな。

 他の依頼もざっと眺めてみたが、全部俺が食ったことない動物のようだ。もし狩る機会があっても、まずは自分で食うだろうから依頼を受けるのは止めておこう。それに通常の獲物でも【解体】効果で結構な実入りがあるしな。いずれ手に入れる家や土地のために金は貯めておかないといけないが、高額依頼に飛びつく必要も今はない。

 そういや高額と言えば、マイクさんが蛹に1万ペディア出したのはびっくりした。10万円ですよ。どんな高級食材だよ。これ、もしも広まったらもっと高値がつくかもしれないな。

 さて、個人依頼もギルド依頼もめぼしいものはなし。今日も気の向くままに狩りに励むとしますか。北の森へ行こう。

「あ、フィストさん、まだいましたか!」

 ギルドを出ようと入口へ向かっていると、背後から声が届いた。マイクさんだ。

「蛹はもう駄目ですよ?」

「そこを何とか……じゃなくて! フィストさん、この後、特別な予定とか入ってますか?」

 何やら深刻そうな表情で尋ねてくるマイクさん。何かあったんだろうか?

「いえ、何も。北の森へ入ろうかと考えてたところですが」

「そうですか。申し訳ありませんが、力を貸していただけませんか?」

「内容によりますけど、何があったんです?」

「サボテンが出たんですよ」

 真面目な顔でマイクさんがそう訴えてくる。サボテン?

「サボテンって、植物のあのサボテンですか?」

「そうです。チスイサボテンの目撃情報がありまして」

 何だ、名前からして物騒な感じのサボテンだな。どんな奴なんだと【植物知識】を意識してみる。


○チスイサボテン

 獲物を求めて徘徊するサボテン。普段は柱サボテンの姿に擬態しているが、獲物が近付くと襲いかかる。全身のトゲは鋭く固い。一部のトゲには麻痺効果がある。幹内部に1本の大きなトゲを内蔵しており、獲物にそれを突き立てて血を吸う。血を吸ったチスイサボテンは紅く染まる。

 幻覚作用があるので食用には向かないが、薬効も確認されている。


「……チスイサボテンって、魔獣ですか?」

「いいえ、植物ですよ。吸血植物。魔核を持つ植物は魔獣扱いですが、チスイサボテンは魔核を持っていません」

 食虫植物があるくらいだ。異世界ファンタジー系のGAOに人を襲う植物がいても不思議じゃないか。

「で、そのサボテン、厄介なんですか?」

 狩猟ギルド職員が慌てていたところから察するに、厄介なんだろうなとは思うけど。

「なかなか素早い奴でして。見た目は普通のサボテンなんですが、獲物が間合いに入ると一気に接近してまずは麻痺のトゲをブスリ。動きを封じたところを吸血用のトゲでブスリです。小さい奴ならどうとでもなるんですが、今回出たのは人間大の年季が入った奴のようでして」

 マイクさんの話の内容から、結構えげつないサボテンだということが分かる。脳裏に浮かんだ姿は某RPGに出てきた、針を千本飛ばすコミカルなサボテンだが。こいつ、針を飛ばしてきたりはしないだろうな?

「目撃があったのが街の南側の荒野で人の出入りが少ないため、幸い人間の犠牲者はまだ出てないんですが、放置するわけにもいかず……討伐依頼を出そうかと思っていたところにフィストさんが」

 マイクさんの手には掲示板に貼られている依頼票と同じ物があった。ふむ……ちょっと興味があるな。それに麻痺効果のあるトゲは狩りにも有効なアイテムになるかもしれないし。

「マイクさん、それ、俺が受けてもいいですかね?」


 


 ツヴァンド南側は荒野になっている。特にめぼしい動物が生息しているわけでもないので狩り場としての認知度は低い。ネズミやトカゲといった獲物がいないわけじゃないんだが、あまり大きくない上にすばしっこいのが多くて、プレイヤーには人気が低い。人気があるのは自分達に向かってくる獲物だからな。追いかけたり待ち伏せたりという面倒なことはしたくないらしい。

 普通のゲームだったら、モンスターはプレイヤーを襲うものだ。中には攻撃しない限りは逃げもせず襲ってこなかったりするのもいるみたいだが。でもGAOは、逃げる奴は普通に逃げるので工夫が必要になるわけだ。

 俺の場合はその手の獲物を相手にする場合は【隠行】で接近して一気に仕留める方法をとっていた。クインが来てからは彼女に獲物を追い立ててもらうことも増えたけど。正直、狩りだとクインの方が技量は上だ。逃げる獲物に追いつく機動力とそいつを確実に仕留める攻撃力。羨ましい限りである。

 それはともかくとして、クインと荒野を行く。プレイヤーの姿はほとんど見えない。例外は採取に来ているであろう生産系プレイヤーだ。荒野を抜けたらいくらか緑が増えてくるようなので、そちらへ足を伸ばしてる人もいるんだろう。こっちの方は襲ってくる動物もほとんどいないしな。

 俺も採取をしながら荒野を進む。解熱剤に使える植物の根とかがあるのだ。自分が飲むことはないだろうけど、住人向けの薬の材料にはなるだろう。

 サボテンはポツポツと生えている。2~3メートルくらいの柱サボテンだ。西部劇とかで出てくるお馴染みの姿そっくりだな。【植物知識】では名前もそのまま柱サボテンで出てくる。これみたいなのが動いて襲ってくるのか。しかも普段は擬態してるってんだから面倒な。でも【植物知識】があれば、1本1本確認していけばいいわけだし。不意打ちを受けることはまずないだろう。幸い、この辺りのは全部普通の――ではなく、混じってた。

 ぱっと見には他のサボテンと区別はつかない。某あれとは違って埴輪のような目や口もついてないので、こちらを向いているのかも分からないな。

「ふむ……」

 足元に落ちているこぶし大の石を拾い上げ、【魔力撃】を込めて投擲する。当たった石はチスイサボテンを貫いた。防御はあまり固くなさそうだ。それに回避行動も取らなかったし、ダメージを受けたのに動く様子もない。

 もう1つ石を拾い、同じく投擲。今度も回避されることはなく、先程貫いた場所の近くを吹き飛ばす。それでバランスが保てなくなったのか、チスイサボテンが折れて地面に落ちた。あらら、結構あっけなかったな? もっと手こずると思ってたんだが。

 警戒しながら近付き、観察してみるが反応はない。これで倒せてるんだろうな。気付けなければ脅威なのかもしれないが、【植物知識】で正体が分かれば遠距離からの攻撃で楽勝、ということか。

 さて、トゲは針になるってことだったが、5センチから10センチくらいの針がまばらに生えている。1本引っこ抜いてみると確かに固い。力を入れても適度なしなやかさがあって、折れることはない。試しに服に通るか刺してみると、普通の針のようにあっさりと通り抜けた。

 麻痺毒があるというトゲもすぐに分かった。人間で言うところの手の部分に、他のと違うトゲがある。長さは10センチ以上で根元の太さは1センチはある。これはトゲに麻痺成分が含まれてるんだろうか。それとも蜂のように、麻痺毒を注入するタイプなんだろうか。とりあえず討伐の証拠として全身を持って帰ればいいか。

 サボテンのステーキとかリアルで聞いたことあるけども、こいつは幻覚作用があるみたいだから危険かな。薬効成分もあるっていうんだから死にはしないだろうけど……ペヨーテみたいなもんか。待てよ? ドラッグみたいな扱いなら……いやいや、それはいかんだろう。

 ストレージに放り込んで任務完了。あっけなかったが何の被害もなかったのでよしとしよう。

 さて帰ろうかと思った時だった。遠くから耳に届く声があった。悲鳴だ。

 そちらを見るが何も見えない。いや、かなり遠くだ。【遠視】を使うとその姿が確認できた。人間の男だな。男を襲ってるのはチスイサボテンだ。まだいたのかよ。

 何でサボ○ンダーがいるんだよ!? なんて聞こえたことから、あれはプレイヤーのようだ。

 チスイサボテンは男に向かって腕――じゃない、枝と言えばいいのか――を繰り出した。顔に向けられていたそれを男は手で庇うようにして受け止める。しかしそれは悪手だ。何度かの攻防の末、男の動きが鈍ってきて、ふらりとバランスを崩して四つん這いになった。トゲが刺さって麻痺毒が回ったんだろう。今からじゃ救援も間に合わんな。薄情な言い方だが、プレイヤーで良かったと思う。

 さて、チスイサボテンは倒れた男へと近付いたわけだが。

「はい……?」

 その光景に、目を疑った。そういや太いトゲがある、ってことだったな。うん、それはいい。いいんだ。でもさ。それが出てくる位置が、人で言う股間部分って、どういうことなんだろうな? トゲは白く太く、そして鋭い。なかなかなご立派様だ。

 チスイサボテンが枝で男の腰部分を固定する。そして、

「アッ――ってか……」

 麻痺はしても声は出せたのか。トゲを刺された瞬間、男の絶叫が荒野に響いた。遠目に見るならあれだ。サボテンに掘られる男、みたいな……位置的にはクリティカルな部分じゃなさそうだけど、ヤられた方には何の慰めにもならんだろうな……

 チスイサボテンはそのまま動かない。これで腰を振ってたら運営の悪意を疑ったところだが。いや、この時点でもかなりアレと言えばアレだけど、体勢は偶然なので仕方ない。

 チスイサボテンは次第に色を変えていく。鮮やかな黄緑が赤へと染まっていくのが見えた。男の方はしばらくすると砕けて散った。あの絶望に彩られた表情は苦痛のせいか、それとも屈辱のせいか……

 チスイサボテンは何事もなかったかのようにその場でトゲを引っ込め、直立不動の擬態モードに移った。プレイヤーが死んだからか、色も血を吸う前に戻っている。

 あいつを倒してから一旦戻るか。数が多いなら人手が要るだろうし。

「お仕事お仕事、と」

 手頃な石を拾いながら、俺はチスイサボテンの方へと歩を進めた。

 

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