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第51話:蜂駆除

 

 ログイン52回目。

 今回からはツヴァンドを拠点にしての狩りだ。アインファストでもらった紹介状は既に狩猟ギルドへ渡してある。以前こっちへ来た時に獲物を持ち込んだこともあるので話もスムーズに進んだ。何が書いてあったのかは分からないが、ギルド職員さんは随分と機嫌が良く、色々とツヴァンド周辺の獲物情報を教えてくれた。前回聞いたのと大差ないが、もう少し突っ込んだ情報も含まれていたので意味はあったと思う。

 そんなわけで狩りの時間だ。ツヴァンド周辺のメインの狩り場は北にある森が一番人気がある。アインファストの西の森がずっとこちらまで続いていて、森としてはこちらの方が深いらしく、強力な魔獣も多いとか。俺もそろそろ魔獣との戦いの経験を積んでおきたいところだ。積極的に踏み入って、しかし無理のないように狩りをすることにしよう。

 まずは浅い所で様子を見ることにする。出てくる獣はウルフばかりで、今となっては手こずる相手ではない。囲まれると少し面倒だが、その辺はクインがフォローしてくれる。ソロでやってる以上、数の不利は否めないから、こういう時に仲間の有り難さがよく分かるな。

 合間にメグロバト等の鳥類も狩っていく。できれば鹿に出てきてほしいんだけどな。クインに献上する獲物がまだ目標に届いてないし。それに昨日、ついついレディンと長く杯を重ねてしまって、帰るのが遅くなったため、女王陛下は大変不機嫌でいらっしゃった……今は普通に接してくれてるが、埋め合わせはせねばなるまい。

 鹿出ろ鹿。茶色い熊さんでもイノシシでも可。

 そんな事を念じつつ、森をうろついていると、行く先に鹿が見えた。結構大きな牡だ。こちらに気付いてはいないようだな。よし、あいつを狩ろう。

 【隠行】を発動させ、気配を消して近付く。牡鹿は草を食べるのに夢中で、周囲に注意を払っている様子はない。こっちが風下なのも有利に働いてるようだ。よし、あと少しで……ん?

 耳に入ってきた音で、俺は足を止めた。何だこの音……羽音か? 昆虫系の飛ぶ音がする。しかしかなり音がでかい。標的だった鹿も、草を食うのを止めて首を左右に振っている。

 その鹿が、悲鳴を上げた。

 その鹿に襲いかかったものがあったのだ。急降下してきたのは体長が70センチ程もある大きな蜂。黒と黄色をしたそれは、俺が知ってるオオスズメバチの目を赤くしてそのまま大型化したようなやつだった。凶悪な面構え。耳障りな羽音。そして毒針を打ち込まれて痙攣している鹿の身体を食い破る大顎。こいつが以前ウェナが言ってたジャイアントワスプか?

 子供の頃、興味半分でキイロスズメバチの巣に石を投げたことがあった。その後の逃走劇は忌まわしい思い出だが、目の前にいるのはその時以上の恐怖をもたらすものだと確信できる。

 いつの間にやら仲間もやって来て、複数の蜂が倒れた鹿を噛み砕いていく。肉は団子状に丸められ、あっという間に鹿は骨だけになってしまった。そしてジャイアントワスプは肉団子を抱えて飛んでいく。

 お、俺の獲物が横取りされた……いや、先に仕留めたのはあっちなんだから、それは逆恨みか。しかしどうしたものか。

 動きは速かった。それにあの大顎の強力なこと。人の皮膚くらいなら容易く食いちぎるだろう。それにあの鹿は一刺しされただけでその場に倒れた。麻痺系の毒、それもリアルのスズメバチより強力な毒と見るべきだ。

 そんな奴を相手にしなくてはならない。いや、無視するのも1つの手段ではあるが、蜂の子が美味いと言われているなら逃すわけにはいかない。でも狩猟ギルドの買い取り一覧には蜂の子が入ってなかったんだよな……

「うし、迷うより実行!」

 まずは連中の巣を見つけるところから始めよう。あれが普段からこの辺をうろついているのなら、狩りに支障が出るかもしれないしな。不安要素は早めに確認しておくべきだ。

 俺はジャイアントワスプ達の後を追うことにした。


 

 途中で【虫知識】を修得して確認してみたが、やっぱりあれはジャイアントワスプだった。結構凶暴なようで、ブラウンベアなんかを襲うこともあるそうな。蜂にとって熊は天敵みたいなイメージがあったんだけどな。

 しかしそれだと、レザーアーマーなんかも下手したら食いちぎられる可能性があるな。俺の革鎧は表面がロックリザードのもので覆われてるから多分大丈夫だと思うが、耐久試験を実地でやりたいとは思わない。

 毒針の形状は鋸状のが1本。それに毒は噴射することもあるようだ。これって毒針から飛ばすんだろうか。何か、魔法は尻から出る的な光景を思い浮かべてしまった……

 さて、この辺りの森は平地と言っても真っ平らではない。奥に進むと緩やかな斜面になっていたり、丘のようになっていたりと意外と起伏はあったりする。追っていった先は少し小高くなっていて、直径1メートル程の穴があった。あそこが巣の入口か。スズメバチというと軒下等に丸形の巣を作るのが有名だが、木の根元とかから地中にかけて巣を作る種もいるそうだ。ジャイアントワスプは後者らしいな。巣穴の周囲に散らばってる土は、巣を作るために掘り返したものだろう。それによく見ると、周囲の木々がボロボロになって枯れている。木の繊維を唾液で固めて巣を作るっていうから、その名残だろうな。

 肉団子を持ったジャイアントワスプが巣穴へと入っていく。それに巣穴周辺で待機してる奴も結構いるな。見張りだろうか……巣の外だけで10匹はいる。これで狩りに出てる奴もいるとして、一体どれだけの働き蜂がいるんだ? 1匹や2匹ならどうとでもなると思うが、10匹以上が一斉に襲ってきたら対処なんて無理だ。

 何か策を講じなければなるまい。ここは一時撤退することにしよう、そう思ったのだが。

 あれあれ? 巣から次々と出てくるんですが……まさか気付かれてたりする?

「きたーっ!?」

 気付かれてた! それにしたって巣穴からここまでは30メートルくらいあるぞ!? スズメバチが持つ防衛圏って10メートルくらいのはずなのにってそれはリアルの話だった! 【隠行】を使っとくべきだった!

「逃げるぞクイン!」

 留まって迎撃したら囲まれて終わりだ。踵を返してダッシュで逃げる。足への【魔力撃】も併用して一気に駆けた。しかし羽音は次第に大きくなっていく! あああああの時の恐怖再来かよっ!?

「うおっ!?」

 嫌な予感がして頭を下げて斜め前へ跳ぶ。するとさっきまで俺の頭があった場所を1匹が通り過ぎていった。毒針はまだ出てなかったが、あのまま真っ直ぐ走っていたら後頭部に取り付かれて毒針を刺されるか頭を囓られるかしていただろう。

「ちっくしょうっ!」

 行き過ぎ、こちらへ転進した蜂に拳を振るう。うまい具合に拳が命中し、頭部が潰れた。拳の方は【魔力撃】を乗せていない。この一撃でも倒せることが分かったのはいい情報だ。

 でも駄目だ。こんな戦い方してたらいつか終わる。 第一、俺の足より連中の方が速いことも確定してしまった。つまり逃げられない。

 あぁ、GAOで初めての死に戻りか……と半ば諦めたところで、俺の先を走っていたクインが速度を上げた。そしてそこそこ離れた所で止まってこちらを向く。四肢を地面に固定するように踏ん張り、顔を上げ――クインの意図を察した。

 俺がヘッドスライディングしたと同時、クインの咆哮が暴風となって放たれた。渦巻く風が俺の上を通り過ぎ、ジャイアントワスプを叩く音が次々に響く。俺はすぐさま立ち上がって状況把握に努める。クインの一撃で俺達を追っていたジャイアントワスプは全て地面に落ちていた。しかし完全に死んでいるわけではないようだ。

「助かった……ありがとな、クイン」

 どうやら更なる追撃もなさそうなので、クインに礼を言ってから、地面に落ちた蜂達にとどめを刺していく。こうなると頭を踏み潰すだけの簡単な作業だ。ひととおり処分してから剣鉈を抜いて、蜂の腹部を裂いていく。こいつそのものは食えないが、使える部位はあるのだ。

 それが毒針だ。毒針と言っても、針そのものが毒を帯びているわけじゃない。注射器の針と同じような造りになっていて、毒を蓄えておく毒嚢という袋と繋がっている。俺が欲しいのはそれだ。解毒ポーションの作成には、該当する毒が必要だしな。蜂毒用の解毒ポーションは作っておきたい。そうそう、針も確保だけはしておこう。針の長さは10センチ以上ある。何かに使えるかもしれない。

 毒嚢から絞り出した毒はポーション用の瓶に保管する。間違って飲んでしまわないようにラベルもきちんと貼っておいた。よし、これで作業も終了、と。

 それにしても、やっぱりジャイアントワスプは危険だ。ここで駆除しておくのが今後のためだと思う。そのためにどうするか、だが……

 チラリとクインを見る。【暴風の咆哮】で叩いてもらうというのも手かと思われたが、それだと彼女を扱き使うだけだ。それにやっぱり、できる事なら自力で何とかしたい。

 リアルだとスズメバチってどうやって退治するんだったか……トラップでおびき寄せるのは聞いたことあるな。ただそれが通じるかは分からない。とりもちは多分作れると思うから、それで引っ付けるか。いやでもあのパワーだと、かなりの粘着力じゃないと厳しそうだ。

 エアガンみたいなものを乱射する? いや、そんな武器ないし。遠くからちまちまクロスボウで狙撃するのも俺の腕じゃ難しいだろうな。そもそも、あいつらの防衛ラインが分からん。多分、4~50メートルくらい離れれば大丈夫だと思うんだが……その距離からどうするかって話だな。俺の精霊魔法じゃそこまで届かないし……よし、とりあえず防衛ラインの確認のためにもう一度近付こう。それから後は……アレを使ってみるかなぁ。


 

 翌日。準備を終えて、リターンマッチのために俺は再度ジャイアントワスプの巣へとやって来た。GAO内ではようやく夜が明けるかどうかといった時間だ。さすがに真夜中は他の獣が怖いので、蜂共がまだ動き出す前を見計らってやって来た。今この時間だと蜂共は全部巣の中にいるはずだ。

「さて、それじゃいきますか」

 ストレージから駆除に必要な物を取り出していく。まずは昨日、撤退後に刈り集めたエドゥトンという木の枝。これは虫の忌避剤を作る時に使われる木で、殺虫成分が含まれている。これを燃やすと虫に有害な煙を出すので、それを巣穴に放り込むという算段だ。当然そんなことをしたら蜂共は巣から出てくるだろうが、その点についても考えてある。

 エドゥトンの束の先に点火したたいまつを差し込み、防衛ラインぎりぎりの40メートルまで近付く。巣に動きはない。

 この作戦はスピードが勝負を決める。【隠行】も使わず、俺は一気に走った。【魔力撃】は使わなかったが諸々のスキルの影響で40メートルくらいなら4秒もかからない。巣穴の縁に到着すると同時に、手にしたエドゥトンを松明側から巣穴に突っ込む。蜂の動きを観察することなく、ストレージから追加のエドゥトンを放り込みながら土の精霊に呼びかけた。周囲の土、蜂共が掘り出した土をかき集め、巣穴の入口のほとんどを塞ぐとともに、蜂共を誘導するための3メートルくらいのトンネルを作り上げる。真上に飛び上がるのを防ぎ、しばらくは地面を這わないと外に出られないようにしたわけだ。

 そこからトンネルの入口で待ち受け、今度は風の精霊を使って中に新鮮な風を送り込んでやる。トンネルの奥からは羽音やエドゥトンが燃える音、巣が燃える音が聞こえてくる。ごそごそと這い寄るような音もするな。多分、蜂が逃げ出してきてるんだろうけど。【気配察知】を使うと、地面の下に反応があった。結構大規模な巣だなこれ……

 トンネルの出口から凶悪な頭が飛び出してきた。それを問答無用で踏み潰す。飛ばない上に弱ってる蜂なんて怖くも何ともないな。潰した蜂を足でよけて、次の蜂が出てくるとまた踏み潰す。まるでモグラ叩き状態だ。

 やがて、蜂は出てこなくなった。時折【気配察知】を使うと、反応がその度に減っているのが分かる。最初から全く動かない反応は多分幼虫や蛹だろうな。

 動く反応がなくなったのを確認し、俺はトンネルを一旦完全に塞いだ。後少しだけこのままにしておこう。


 

 だいたい30分くらい経ったので、また【気配察知】を行う。動き回る反応は無し。じっとしてる反応はまだだいぶ残ってるな。

 トンネルの入口を蹴り崩す。中に生きた蜂がいないのは確認済だ。【聴覚強化】で耳を澄ませても羽音は聞こえない。うん、多分成虫は全滅してると思う。何かがもぞもぞ動く音はかなり聞こえるけど。

 巣穴の入口であった部分の土を魔法で取り除いた。中から煙が漏れ出してくるが、視界を遮る程じゃない。

 あー、結構巣も燃えたみたいだな。焼けた蛹や幼虫もゴロゴロしてる。エドゥトンの匂い以外にも色々と匂いが漂ってくるな。これ、何の匂いだろ?

 まぁいいか。障害は排除したし、後は蜂の子を取り出すだけだ。

 

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