第50話:結果
6/8 誤字訂正
夕方、ツヴァンドに着いたところで一度ログアウトして家のことを片付けた。旅のためとは言え結構長い間ログインしてたからな。休みの日を利用しての旅だったので、リアルに支障があるわけではないんだけど。
そしてログイン51回目。
とりあえずコスプレ屋に足を運ぶことにした。一度、装備のメンテナンスを頼もうと思うのだ。変更してから今まで、何やかやでダメージとか受けてるしな。鹿魔族の蹴りとかクインの【暴風の咆哮】とか……耐久値的な余裕はまだあるが、素人目には分からない不具合が発生してるかもしれないので、本職によるチェックは必要だろう。
で、その店内で俺はのんびりとしていた。既に鎧は脱いでシザーに渡してある。ちなみにクインは外で待機している。理由はよく分からないが入りたがらなかった。
「ふむ、数値上はまだ余裕があるが、あちこち傷みがあるな。特にここなど」
言いながらシザーが指した箇所は、鹿魔族に蹴られたところだった。ぱっと見には目立たないはずなのに、さすが本職。
「そこはアインファスト防衛戦の時だな。そこに食らった攻撃で、HPが8割以上持ってかれた。以前の革鎧だったら死んでたよ」
「フィスト氏はかなりの活躍をしたようだな。防衛戦の動画は見たぞ」
「動画になってない部分で地獄を見たけどな」
「掲示板によると、かなりの無茶であったようだな」
言いつつシザーはロックリザードの革の切れ端のような物をさっきの損傷部分に乗せて手を押し当てた。すると魔力の光が生じる。それが消えて手をよけると、そこにあった端材がなくなっていた。
「シザー、今、何したんだ?」
「錬金術で、傷んだ部分に無傷の革を融合させて馴染ませたのだ」
「革鎧って錬金術で修繕するのか?」
スキルがあることは知ってたが、どういう風に使うのかはよく知らなかった。そもそも今の俺の修得可能スキルリストには【錬金術】が載ってない。
「錬金術は応用の幅が広いスキルでな。生物素材の融合や修復、高位調薬、金属素材の合金作成や不純物除去等、生産系スキルとの相性が良いアーツが多いのだ。確かフィスト氏は調薬をやるのであったな。より高位のポーション等を作成するなら、素材の精製や処理に役立つであろうから修得をお薦めするよ。関連スキルがレベル30を越えたら選択可能になるので調薬をそこまで上げるとよい」
なるほど、それは便利だ。【調薬】は今後も使っていくし、便利な薬が作れるならいずれ【錬金術】が必要になることもあるだろう。いっちょ狙ってみるか。
「錬金術での修繕は一般的ではない特殊な方法だ。革鎧などは、損傷した部分を取り替えるのが普通であるな。それができる程の素材量がなければ、特殊な薬剤で融解した素材を使って穴埋めをする。割れたプラスチックをボンドでくっつけるような物だと思ってくれればいい。が、その触媒が結構な値でな。まぁこの方法は、素材が稀少で取り替えがきかない場合であるがな。並の魔獣素材あたりまでなら、そんなことはせずに取り替えるのが普通だ。錬金術による補修の場合は補修材無しでも修復できるが、その分、周囲を削ることになって強度が落ちるのでお薦めできん。そして、錬金術を使った修繕をする住人は聞かぬな。今のところはプレイヤーの専売特許と言ってもいいであろう」
普通は職人ってその道一筋って感じだもんな。その道に関連することは取り込むんだろうけど、皮革職人が錬金術に手を出すのはイメージが難しいな。
「ところでスティッチは今日はどうした?」
いつもなら接客でいるはずのスティッチがいない。特に用事があるわけじゃないんだが、来た時はいつもいたから気になるな。
「買い出しに行っている。もうじき戻って来るであろう」
「買い出しか。材料の調達か?」
「いや、リアルの方だ」
リアルの買い出し? ああ、そういや夫婦だったっけ。あ、材料と言えば。
「シザー、一つ目熊の毛皮があるんだが要るか? 小熊だから小さいし、俺だけで倒したわけじゃないから裂傷も多いけど、背中は無傷で済んでるはずだ。まだ剥ぎ取ってはないんで、引き渡しは後日だけど」
「ほう、それは装備強化の依頼と言うことでよいか?」
「いや、今回は純粋に引き取り依頼だ。装備は、まだしばらくそいつで十分さ」
話している間にもシザーの手によって修繕や調整を施されて、新品同然に見えるくらいになった革鎧を指す。強い装備は欲しいが、そうこまめに新調を繰り返さなきゃならない程、防御に不安があるわけじゃないしな。基本的に俺は、攻撃は受けるより躱すがメインだし。
「ただいまー。あ、フィスト君、いらっしゃい」
店の入口からスティッチが入ってきた。今日の彼女の恰好は、某魔法少女アニメに出てくる風の癒し手の騎士服だった。髪が短くなってるが、ウィッグだろうか。
「今日はどんなご用事?」
「防具のメンテ。しばらくはツヴァンドを拠点に活動するから、その前に万全にしとこうと思ってな」
「そっかそっか。それならしばらくは良質な素材を期待してもいいのかな?」
「狩猟ギルドへの納品もするから、要予約って事で頼む」
店の奥に入っていきながらそんなことを言うスティッチに、以前と同じ回答をする。了解だよー、と声が返ってきた。
「あ、そうそう。フィスト君、表にいる綺麗な狼さん、確かフィスト君の仲間だよね?」
「あぁ。あ、もしかして邪魔になってるか?」
まさか、いるだけで客が寄りつかなくなってたりするんだろうか。だったら申し訳ないな。しかしスティッチはあははと笑った。
「そんなことないよー。お行儀良く座ってたから問題なし。外も暗くなってきてるし、そんなに目立たないところにいるから大丈夫ー」
「そうか、ならいいんだけど」
営業妨害になってないならいい。大きい上にあの毛並みだ。かなり目立つからな。
『フィスト。今、空いてるか?』
フレンドチャットが飛んできたのはそんな時だった。レディンか。どうしたんだ急に?
『ああ、特に作業はしてないけど』
『そうか、ならちょっと出てきてくれねぇか?』
店の名と位置を告げられてレディンからのチャットは終わった。あいつ、まだツヴァンドにいたんだな。
指定された店は酒場兼宿屋という、特に珍しくない所だった。店に入るとすぐにレディンを見つけることができたので、近付いて席に座る。他の団員達の姿はないな。
「よぉ、すまんな急に」
「いや、別にいいさ。それにしても、今日中にツヴァンドを発つんじゃなかったのか?」
エールを注文して尋ねると、レディンが溜息をついた。
「その予定だったんだがな。例のテイマー共を突き出した関係で、事情聴取なんかがあってな。結局、今日中の出発は無理になったわけだ」
「そんな面倒事になってたのか。そりゃ災難だったな。でもそれって、お前らの都合は大丈夫なのか?」
GAO内での仕事が伸びたら、その分ログイン時間が延びる。場合によっては団員達もリアルの都合でログアウトしなきゃいけなくなったりしないんだろうか。
「その辺は頼りになる副官がしっかりしてくれてるさ。リアルに支障が出ないように、不測の事態が起きて多少の延長が入ることも視野に入れて依頼の管理をしてくれてる。当然限度はあるけどな」
さすがに敏腕副長さんは格が違った。
「その苦労に報いてやれよ? お前が一つ目熊にふっ飛ばされた時なんて結構取り乱してたぞ? 団長じゃなくて、名前呼びだったしな」
「うるせーよ……そんなにうらやましいか?」
ニヤニヤ笑いながら言ってやると、一瞬だけ渋面を作った後、からかうように言いやがった。こ、この野郎……
「……うらやましくはないな。俺にはクインがいるし」
当然、癒し的な意味で! ……うん、別に悲しくなんてないよ?
ちなみにクイン、今はコスプレ屋で留守番中だ。ここの外で待ってもらうのも考えたけど、こっちの方がトラブル率が高いからな。
そうしている内にエールが運ばれてきた。それを受け取ってレディンへと向ける。レディンも置いてあったジョッキを掲げた。
「そんじゃ、今日はお疲れさん」
互いのジョッキがぶつかって音を立てる。俺達は同時に中身を喉に流し込んだ。ふぅ、今日は色々あったけど、何かしら片付いた後の酒はやっぱり美味いな。
「そういや、結局あのテイマー達、背後関係とかゲロったのか?」
「その辺の詳しいところは、こっちには降りてきてねぇんだよなぁ」
骨付き鶏を囓って、興味なさげにレディンが言う。
「まあ、捜査情報だから簡単に教えてもらえるとも思えんが。後は官憲に任せるさ。当然、ドラードまでにまた仕掛けてきたら徹底的に潰すしな」
うん、刺客に同情したくなる。とは言え、今回ので失敗したって事は、次はそれ以上を揃えなきゃならないって事だ。手配の難易度も上がるだろうからな。それに既にテイマーを捕縛済だ。これ以上の手出しは更に首を絞めることになりかねないし。
「で、それはともかくとしてだ。今回呼び出したのは掲示板の件だ。一応、顛末は全て書き込んで、使える動画はアップした」
後は見た連中がどう判断するかだが、動画があるから多分大丈夫だろう。公式掲示板には外部のデータはアップできず、GAOで撮った無加工のものしか使えないようになっている。つまり編集したもののアップは不可能ということだ。公式掲示板に掲載された時点で、その動画やスクリーンショットはGAO内で実際にあったことを保障してくれる物になる。ちなみにGAOで撮った動画等を自分のPCへ移すこと自体は可能だ。そういった動画に字幕やBGMを加えて動画投稿サイトへアップするプレイヤーは多い。
「で、自白については証拠動画を使えなかったんでちと弱かったんだがな。そんな時にこれが出回った」
レディンが1枚の紙をテーブルに置いた。それを受け取り、目を通す。
「神視点新聞か? これがどうしたって――!?」
ゴッドビュージャーナルの最新号。記事はいくつかあるが、その中に目を引く記事があった。
記事の内容は、異邦人同士の一連の揉め事についてだ。街道で馬鹿をやってた異邦人達に対し、それを別の異邦人が諫めたことが発端だというところから始まっている。プレイヤーの名前こそ伏せられてるが、どう見てもこれは俺達の件について書かれた記事だ。翠の幻獣の狼を連れた異邦人って時点で俺以外にいるとは思えない。見る奴が見れば誰のことかすぐに気付くだろう。
調教女が首輪と腕輪をした幻獣をテイムしようとして痛い目に遭わされたとも書いてある。
その後の俺に対する掲示板での誹謗中傷行為や、野営地でのネガキャンにも触れてるな。ただ、掲示板のことについては『異邦人限定の独自情報網』と記してあったり、プレイヤーの死亡についてぼかして書いてあるあたり、あくまでGAO内の事件をGAO住人の目線で書いてるという設定なのだろうか。それとも本当に、GAOの記者が書いてるとか? ……まさかな。
記事はそこから、今朝の騒動について書かれてるが、俺のやり過ぎとも言える暴力行為については書いてない。決闘の中であいつらの非を認めさせたということになっている。
記事の締めは、異邦人全体のモラルについての問いかけだった。普通に住人と接するプレイヤーの方が多いが、酷い奴がいるのも事実だしな。
しかし、記事の最後にあった名前を見て疑問が生じる。この記事を書いた記者はライアーとなっていた。野営地で俺に声を掛けてきた奴だ。でも俺、ライアーの姿を見たのは2日目の朝だけなんだがな。2日目の夕方以降、野営地にあいつはいなかったはずだ。発端のトラブルの時も同様。なのにどうして、ここまでの記事が書けるんだ? まるで一部始終をその目で見てたかのようだ。それに俺の行為について無視してるのも変な話だった。
「読んだか?」
確認してくるレディンに、頷くことで答える。
「つまりはそういうことだ。俺達が行動を起こした後でもスレの方はしばらくあーだこーだ盛り上がってたわけだが、その記事で俺達の主張が補完され、それ以上騒ぐ奴はいなくなった。そりゃそうだわな。公式がこの件について事実だって認めたことになるんだからよ。で、フィスト。お前、こっち方面で何かコネがあるのか?」
「全くない。ただ、この記事を書いた奴は知ってる」
野営地での出来事を簡単に説明すると、腕など組んでレディンが唸った。
「その記者、何モンだ?」
「分からん。俺はマーカー表示を切ってるから、今思えば本当にNPCだったかどうかも疑わしいな」
エールを一口して考える。ひょっとしたらライアーには中の人がいて、それは運営の人間なのかもしれない。NPC表示だったとしても、そんなの運営にしてみればどうとでも誤魔化せるだろうし。
ただ、それにしては俺の拷問行為は不問、ってのが腑に落ちないが。あれも良識ある人間の行動からは外れてる行為だろうから、記事内で触れていてもおかしくないのに。あくまで住人に対するプレイヤーのモラルについての記事だから無視したのか。それとも、プレイヤー同士でしかも決闘におけることだったから目こぼしがあったんだろうか。俺が贔屓される理由もないだろうし……何かモヤモヤするな……
「まぁ、これでこの件は解決だ。おう、ねーちゃん。エールのおかわりだ」
色々と思うところがないわけじゃない。でもこれ以上はできることもない。運営に問い質したところで答えが返ってくるとも思えないし。これ以上気にしても仕方ない、か。
ジョッキを呷り、疑問も違和感もエールと一緒に呑み込んで、
「お姉さん、俺もエールのおかわりを。それと何かつまむものも一緒に」
俺は色々と手を尽くしてくれたレディン達に感謝しつつ、今を楽しむことにした。
明日からは、また狩猟ライフだ。