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第49話:旅路~3日目朝3~

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「痛っ!?」

 顔への衝撃で天国は一瞬にして消え去った。土の味がする。あれ、さっきまであったモフモフはどこ行った?

「何やってんだお前?」

 顔を上げると足が見えた。上体を起こして視線を上へと進めて行くと呆れたレディンの顔がある。

「……クインは?」

「狼ちゃんなら、あそこにいるぞ」

 視線の先を見ればお座りしたクインがいる。お前、レディンが来たから離れたのか? もう少しあの毛並みに溺れていたかったのに……土壁まで作って周囲の目が向かないようにしたのに。やはり四方を囲っておくべきだった。

「で、何の用だよ?」

 その場に座って問うと、レディンが顔を歪めた。

「どうした? まだ昂ぶってんのか?」

「あんなことして昂ぶるとか、どんな変態だよ? 機嫌悪く見えるなら、お前が近付いたことでクインに逃げられたせいだな」

 レディンに八つ当たりしても仕方ないか。わずかな時間とは言えクインが身体を預けてくれたのでだいぶ楽になった。最後のはいただけなかったが。

「で、改めて聞くけど何の用だ?」

「ああ、俺達はそろそろ出発するから、その前に様子を見ておこうと思ってな」

 つまりは心配してくれたわけか。野郎に心配されても――なんて茶化す雰囲気じゃないな。嬉しいのは事実だし。

「心配掛けてすまなかったな。ありがとう」

「どってことねぇさ。ただ、どうしてあそこまでやったのかは気になるけどな」

 素直に礼を言うと、レディンが肩をすくめながら言った。それをお前が聞くのか? どうして、だなんて。

「お前がああいうお膳立てをしたからな」

 は? と眉をひそめるレディン。

「あの場で俺とあいつらがPvPをする意味は何もない。どっちが勝とうが関係ないからな。勝った方に正当性があるなんて通用するわけがないんだから。ということは、PvP自体は目的じゃなく、手段ってことだろ?」

「え……?」

「目的はあいつらの嘘を暴いて公にし、俺への誹謗中傷の拡散を止めさせることだ。そのために必要な材料を揃えなきゃいけない。状況証拠としてのあいつらの行動は動画保存してるって言っても、それを直接スレ主に結びつけるには弱い」

 あの件を知ってるプレイヤーは俺とあいつらだけなんだから、俺が立ててない以上、スレ立てしたのはあいつらにほぼ間違いないだろう。でもそれをはっきり言えるのは俺が当事者だからで。それに仮に俺がそれを指摘しても、他のプレイヤーにしてみれば、俺が本当のことを言ってるかなんて分からない。

「となると、一番有効なのは、あいつら自身による自白だ。でも普通に詰め寄ったって、あんな性根の奴らが素直に白状するわけがない。なら少々強引な手法が必要になるけど、通常フィールドであんなことしたら犯罪者まっしぐらだ。でもPvPなら仕様上は双方合意の上での暴力合戦になるわけだからその心配がなくなる」

 PvP(決闘)はGAOの法律で保障されている。その結果相手を死なせても罪には問われないし、始める時の条件付けで禁止されてなければ何をしてもいいことになっている。何をしても、とは言うが、実際は暗黙の了解がいくつかあるんだけどな。

 そして自白させるには俺が負けるわけにはいかないし、全員をゲロさせるまであっちに死んでもらうのも困る。抵抗力を残しておけば何かの拍子に一発で殺られる可能性もあるのがGAOなわけだし。だから痛めつける過程で手足を使えないように壊したし、なるべく武器も破壊したり遠くへ投げ捨てたりして一切の抵抗力を奪った。魔術師に関しては口はきける状態じゃないといけないので、喋れても魔術で俺を狙えないように目を潰した。顎を砕いた男は回復させて口をきけるようにした。

「後は、二度とこんな馬鹿な真似をしないように、徹底的に思い知らせてやらなきゃならない。口で延々説教して通じるような奴らじゃないからな。身体に刻み込むしかない」

 中途半端に痛めつけるのは駄目だ。喉元過ぎれば何とやらでまたろくでもないことをしそうな連中だったし。だから、俺を見かけたら即座に逃げ出したくなるくらいに、容赦なくやった。また同じようなことをどこかの誰かにやった時にはどうなるか分かってるだろうな、という呪いの意味もある。程度は明らかに違うが、以前ブルートにやったことと本質は同じだ。

 実際、そこまでやる必要があったかどうかは分からない。本気で反省して、ブルートのように改心する可能性だってないわけじゃない。ブルートの改心自体、俺には意外なことだったしな。ただ、今までのこいつらの言動を顧みるに、まずないだろうと判断した。あいつらにもブルートのような事情があるのかもしれないが、どうもそういう風には見えなかったからだ。だから俺は見込み無しと決めつけた上で実行した。

「合法的に相手を痛めつける場を整え、暴力による強要の末の自白だが証拠も一応は確保でき、こんな馬鹿な真似を二度とする気が起きないように刷り込むこともできる。まさに一石二鳥どころか三鳥ともいえる作戦。よくこんなえげつないお膳立てをしてくれたものだと――」

「待て待て待て! お前、そんなこと考えてたのか!?」

 何故かレディンが慌てた。いや、だって仕向けたのはお前だろうに。

「何だよ?」

「……いや、俺はただ、一方的に掲示板で叩かれてるお前が、平気な顔しつつもストレス溜まってるだろうなと思ってだな……あいつらをぶちのめして発散する場を提供してやろうか、くらいのつもりだったんだが……」

 ……レディンの言ったことがよく分からなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。

「何だって……?」

「だから、お前が考えたような意図はあの時にはなかったんだよ……」

 その言葉を咀嚼して意味を理解し、俺はそのまま後ろに倒れ込んだ。手足を投げ出して目を閉じる。

「何だ、俺が勝手に深読みしただけってことか? あの時の首をかっ斬る仕種も、憂さ晴らししろってだけだったと?」

 俺、かなり我慢してあいつら痛めつけたんだけどな……無駄骨?

「あー……すまん、本当に申し訳ない。PvPで気が晴れるまで俺を殴ってくれていい」

「お前、これ以上俺の気分を沈めたいのかよ……いいよ、意図を確認しなかった俺も悪いんだし……」

 報連相は基本だったな。それを怠った俺にも非はある。それに刷り込みとしての暴力そのものが無駄になるわけじゃないしな。

「で、掲示板の方はどうなってる?」

 行儀が悪いのを承知で、寝転がったままで尋ねる。今に至るまで、結局俺はスレそのものを見てないんだよな。

「あぁ、書き込み自体は俺がやるが、文面についてはアオリーン達が編集中だ」

 深々と下げていた頭を上げ、レディンが背後を振り返る。俺の位置からは見えないが、多分そっちにアオリーン達がいるんだろう。彼女なら分かりやすい文章を作ってくれそうだ。

「そっか。せっかく撮った動画だ。有効活用してくれ」

 終わったこととは言え、やったことを無駄にはしたくない。せめてあれを役立ててくれれば、そう思ったのだが。

「いや、PvP動画はアップしないことが団員の総意で決まった」

「……何故に? 俺があいつらと問答してるあたりから含めて全部アップすれば、あれ程分かりやすいのもないだろ?」

「……お前の評判を戻すための活動で、別の意味でお前の評判を落としちゃ意味ないだろうがよ」

 言われてみればそうか。俺、何でそこまで頭が回らなかったんだろうな……

「動画そのものは使わんが、お前が吐かせた情報は使う。特に、あいつらが覚えてる限りの自分のレスは全部だ。照らし合わせした限りじゃおかしな部分はないらしいしな。しかし匿名とはいえ、低く見積もって3分の1はあいつらの自演だったってのは笑えばいいのか呆れればいいのか」

 本人が思い出せない分や故意に黙ってる分があるかもしれないことを除いてもそれか。スレがどれだけ進んだのかまでは知らないが、3割以上ってのは多いんだろうなきっと。某匿名掲示板とかと違ってIDとか表示されないし、自演し放題か。

「まぁ、後はこっちでカタをつけるから安心しろ。多分これで終わるからよ」

「そうあってほしいな。で、もう一方の当事者達はどうした? もう出発したか?」

 最後にそれだけ聞いておこう。後は全てレディン達に任せて、その後何かあったらその時はその時だ。

「さっきの場所にまだ固まってるぞ。掲示板の方が気になるんだろうな。お通夜みたいな雰囲気で、俺らの書き込みを待ってるような感じだ」

 後はなるようになる、か。今後、あいつらがどうなろうが正直どうでもいい。懲りずに他のプレイヤーとトラブルを起こしても、どうなろうがあいつら自身の責任だ。ただ1つ懸念があるとするならば、あいつらの矛先が住人に向かないか、という点のみだ。性根が曲がってて群れてる連中が標的にするのは、大体自分達より弱く見える人だし。プレイヤーはこっちの住人より基本スペックが高いしな。元々の発端が住人への迷惑行為なわけだから、一応とどめを刺す時に、今後住人に迷惑を掛けたらこんなもんじゃ済まないぞと重々言い含めておいたから大丈夫だと思いたいけど。

「団長」

 そこへアオリーンがやって来た。どうやら原稿ができあがったらしい。

 が、近くまで来たアオリーンは俺を見て立ち止まり、レディンに冷たい視線を送った。

「団長が倒れているならともかく……団長、覚悟はいいですか?」

「俺が何かしたって前提で言わねぇでくれよ! 俺は何もやってねぇぞ!?」

「犯罪者は皆、そう言うそうです。さあ、白状してください」

「いや、アオリーン。本当に何もされてないから」

 妙な誤解をしているアオリーンにそう言って立ち上がると、彼女はクスリと笑った。あぁ、からかっただけか。でもレディンが倒れてるならともかく、って言い方をしたってことは、アオリーンもさっきのPvPの事で思うところがあったんだろうな。

「ったく……で、原稿はできたか?」

「はい、後は団長が書き込むだけです。それと、出発の準備も整いましたが、フィストさんの同行は決まったのですか?」

 頭を掻きながらレディンが問うと、頷いてアオリーンがこちらを見た。俺の同行? 何の話だ?

「あぁ、それを言い忘れてた。ついでだから隊商に便乗しないか、って話だ。少しは早くツヴァンドに着くし、それまでは準団員待遇で報酬も出すぞ?」

「んー……いや、のんびり徒歩の旅を楽しむよ。途中、クインへの報酬も狩らなきゃいけないしな」

 その提案を俺は断った。テイマーを生け捕りにしてくれたお礼を準備しなきゃいけないからな。ツヴァンド着は夕方くらいの見込みで寄り道をするつもりだ。それに何だ、今同行したら、さっきの件で色々と気を遣われそうだし。

「済まんな。そっちも俺達で手配できればいいんだが」

「隊商の護衛で雇われてるお前らが、個人的理由でその足を遅らせるわけにはいかないだろ? 気にするな」

 俺は自由気ままな旅だが、レディン達は仕事の途中なのだ。優先すべきが何であるのかは決まり切っている。

「そうか。気をつけてな。俺らは今日中にツヴァンドを発つ予定だから、再会は当分先になるかもだが……その時には熊鍋が食えることを期待するぜ」

「あと、熊の手もよろしくお願いしますね」

「それまでに何とかできるように頑張ってみるよ」

 調理法もだが解毒法もだよな。うん、ツヴァンド周辺にいる間に何とかしてみるか。

 握手を交わして、2人は立ち去った。さて、俺の方もそろそろ動くか。あ、そうだ。その前に……うん、ログインしてるな。

『グンヒルト、今、いいか?』

 フレンドチャットを立ち上げて、声を掛ける。

『フィスト? ええ、大丈夫よ。どんな用かしら?』

『いや、今、ツヴァンドの手前まで来てるんだ。夕方にはツヴァンド入りの予定なんだけど、以前の約束、今日で大丈夫か?』

 【解体】スキルを伝授した時、料理を御馳走してもらうと約束した件だ。

 少しの無言の後、

『ごめんなさいフィスト。実は今、ドラードへ向かってる途中なのよ。以前ちょっと話したと思うけど、引っ越しの途中なの』

 なんと……もう少し先のことだと思ってたが、ドラードで新しい店の目処がついてたのか。

『あー、そりゃタイミングが悪かったな。でも、おめでとう、かな。設備の整った店になったって事だろ?』

『ええ。だから、ツヴァンドでできた以上のおもてなしをさせてもらうわ』

『ああ。それに今度は、もっと前に連絡するよ』

 考えてみたら訪ねる日に連絡とか、ちょっと配慮が足りなかったな。もっと前に予約しておくべきだった。

『そうね。その方が、素材の吟味もできるし。腕によりをかけるから期待してて』

『楽しみにしてるよ。心配するだけ無意味だろうけど、ドラードまで気をつけてな』

『ありがとう。そっちもあと少しみたいだから大丈夫だと思うけど、最後まで気を抜かないでね』

 チャットを終え、ゆっくりと息を吐く。残念だがこればかりは仕方ない。前もって確認しておかなかった俺のミスだし。

「仕方ない、そろそろ行くか」

 土壁を崩して元に戻し、クインを連れて歩きだす。さて、鹿4頭は確定として、他の獲物の分、どれだけ出してやればいいだろうな。

 

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