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第48話:旅路~3日目朝2~

 

 馬鹿共はまだ固まっている。一撃で仲間が死んだんだから無理もないか。正直、俺もあれには驚いたが、やられた側の衝撃の方が大きいだろうし。

 俺が近付いているのに何の反応もない。こりゃもう1人2人は痛めつけることができるかな。とりあえず【強化魔力撃】4倍はもう使わないようにしよう。気分的にはあっさり片付いていいんだが、目的を考えるとあれは効果が薄すぎる。

「なっ、何やってんのさっ!? さっさとやり返しなよっ!」

 後衛にいた魔術師らしき女が叫び、ようやく前衛達は我に返ったようだ。慌てて武器を構える様子が滑稽に見えた。あ、後衛が更に後ろに下がったな。

「おらあぁぁぁっ!」

 槍を手にした男が1人だけ掛かってくる。何故か得物を振り上げて……槍は基本、突く武器だろうに。ハルバードやグレイヴ、ポールアックスなら分かるけど、そんな使い方されても全く怖くないんだが。

 【魔力撃】を起動した左手で柄を掴んでやるとあっさり止まった。掴まれたことに驚いて槍を取り戻そうとするので、手を離してガントレットの甲で柄を押しのけながら前に出る。そして再度掴んで固定すると、槍を持つ手を蹴り上げた。俺のブーツと槍の柄でサンドイッチされた男の指があっさりと折れた。ガントレットでも装備してりゃ結果は違ったかもしれないが、指先無しの薄い革グローブじゃ防げるもんじゃない。

 片手になったところで槍を奪い取り、そのまま横へスイング。頬を張ってやって離脱する。他の連中が動き始めたからだ。1人は片手剣と盾を装備した男、もう1人はメイスと盾を装備した男だ。あと短剣を両手にそれぞれ持った女も俺の後ろに回り込もうとしてるな。大剣を持った男と手斧を2丁持った男は動かず、か。

 さて、誰から相手にするかと意識を広げていると、視界の端からこちらに迫ってくるものに気付いた。魔力弾だ。避けようとしたが適わず、魔力弾は俺の左肩に直撃した。防具越しとはいえダメージはしっかり入ってる。あー、魔術は厄介だな。さっきのは多分、最初期の攻撃魔術であるエネルギーボルトだと思うが、あれって必ず命中する類の魔術だったはずだ。あれで削られるのはまずい。

 そう考えた時には手にした槍を女魔術師に投げつけていた。【投擲】スキルによる補正もあり、槍は女魔術師に突き刺さる。狙いは腹だったんだが逸れて太腿の辺りになってしまったけど仕方ないか。しかもそんなに深くは刺さっていない。距離があったから勢いも落ちたしな。HPもたいして減ってないし。

「なっ!? なんで血が出るのよおっ!?」

 でも痛みはあるだろうし、それよりも出血したという事実で女魔術師が混乱している。そりゃあ普通なら倫理コードが掛かってて出血表現はカットされるからな。でも俺は【解体】スキル持ちだ。このスキルを修得している者はその制限が解除される。そしてこのスキルは【解体】を修得するための条件として他者にもそれを見せる効果がある。戦闘行為そのものにおいても、そして18歳未満相手でも効果は有効のようだ。それでいいのか運営、と一瞬考えたが、とりあえず置いておく。その仕様が今は好都合だ。

 まずは完全に魔術師を無力化しよう。近接要員を無視して俺は後衛へ向かって走った。当然それを阻止しようと前衛は追ってくる。だからそれを阻むために俺はウエストポーチから取り出した物を前方に撒き、それを踏まないように、そしてそれが不自然に見えないようにしつつ進む。

「痛ぇっ!?」

「何だっ!?」

 そんな悲鳴が背後から聞こえてきた。一瞬だけ背後を見ると、足を上げて飛び跳ねている男が2人。どうやら撒菱をうまいこと踏んでくれたようだ。以前ツキカゲの所で購入した物だが、こういう時に役立つな。

 何かあると気付き、他の追っ手の足も止まる。その間に諸々強化した脚力でもって後衛に迫る。魔術師は混乱中、もう1人いる革鎧装備の男はこちらに弓を構えていた。ガントレットを盾のようにして顔を護り、左右に揺れてフェイントを掛けながら接近を続ける。男は矢を放ったが、それは命中せずに後方へと飛んでいった。

 魔術師より前に弓兵を無力化した方がいいかと考え直し、腿に差してあるダガーを抜く。

 次の矢を番えようとしている男に向かってそれを放とうとしたところで、その手に衝撃が走ってダガーを取り落としてしまった。何が起こったと確認する前に次の矢が飛んできて右肩に当たった。衝撃のダメージは僅かに入ったが、貫通はしていない。優秀な防具のお陰だ。パーフェクトだよ、シザー。

 さてさっきの現象だがようやくその正体に気付けた。後衛の最後の1人、調教女が手に鞭を持っていたのだ。結構長い鞭だな。狙ったのか偶然かは知らないが、鞭は厄介だ。確か先端は音速を超えるって言うしな。見切って避けるなんてできそうにない。

 鞭の攻撃は甘んじて受ける覚悟で俺は弓兵に突っ込んだ。調教女はそれでも俺に攻撃しようとしたようだが、位置的に弓兵が邪魔になって攻撃できないでいる。その隙に、3矢目を放とうとしていた弓兵に肉薄し、手にした長弓を右手で掴んだ。そして左手で剣鉈を抜いてその弦を斬り飛ばす。弓を無力化するにはこれが一番だ。続いて剣鉈を弓を持っている弓兵の左手首へと振り下ろした。斬り落とすことはできなかったが革手袋ごと深々と裂かれた手首から真っ赤な血が噴き出す。

「ひいいいぃぃっ!?」

 悲鳴を上げて混乱する弓兵の首根っこを引っ掴み、盾にする形で今度は調教女へと向かう。

「こっ、来ないでっ!」

 それは俺に対してか、それとも出血している仲間に対してか。拒絶の色を顔に浮かべて後ずさる調教女へ向けて、俺は弓兵を押しつけた。躱せず弓兵が調教女にぶつかる。

「ひゃあっ!?」

 そして調教女は弓兵から噴き出す血を浴びて悲鳴を上げた。仲間を突き飛ばして浴びた血を振り払おうとする調教女は俺を気にする余裕すら失っていた。だから正気に戻る前に鞭を掴んで取り上げて、剣鉈で適当なところを切断して放り捨てる。その時には調教女の注意がこちらに向いていたので頬を平手で張り飛ばす。1度、2度、3度、4度。拳ではなくあくまで平手打ち。打つ度に抵抗の声も小さくなっていくが構わず打ち続ける。やがて背を向けて膝を着き、身体を丸めるようにして震え始めたので、剣鉈で左足首を抉ってから仕置きを止めて、他の連中へと注意を向けた。

 槍男は位置を変えぬままこちらを見ているが、折れた指を押さえて動こうとしない。完全に怯えてるな。

 撒菱を踏んだ男2人はまだ刺さった撒菱を抜けずにいる。とりあえずは放置でいいか。

 魔術師女は槍をようやく引き抜いたようだが出血に混乱中。

 弓兵は手首を押さえてもがいてる。弓以外の武器は持ってないようだしこれも今は放置でいいだろう。

 残った男2人と女1人は、撒菱の位置を把握してようやくこちらへ向かってくるところだ。あいつらを相手にする前に、魔術師は完全に無力化しておいた方がいいな。

 魔術師女に向かうと、ポーションを取り出しているところだった。槍の傷自体は深くないのでHPはすぐに回復したようだ。当然出血も止まる。それに安堵の息を漏らしたようだが悪いな。これからもっと酷い目に遭ってもらう。

 俺の間合いに捉えたところで魔術師女が気付いた。こちらを見つめる紅い瞳。そこに俺は右手の指を3本突っ込んだ。

「ぎゃああぁぁぁっ!?」

 女とは思えない絶叫をあげる魔術師女。構わず指を引き抜いて、もう一方の目にも同じ事を繰り返す。自分の行動に嫌悪を覚えるが、それを意識の奥へ押し潰して、俺に迫ってきていた男達を見やる。仲間の尋常でない悲鳴に3人の足も止まっていた。

 何も言わずに血に染まった指を動かしながらそちらへと歩く。これから自分達の身に何が起こるのかを想像させるように、見せつけるようにゆっくりと進む。

「ま、待て! お、俺達の負けだ!」

 手斧を2つ持った大柄の男が引きつった顔で後ずさりながらそんなことを言った。当然無視して進む。他の奴も俺に仕掛けてくる様子はないが、そんなの関係ない。戦意を喪失していようが何だろうが、PvPは継続中なんだ。だったら、続けなきゃな?

「頼むから勘弁してごっ!?」

 剣鉈を手放して、往生際の悪い斧男の顎に【魔力撃】を込めた拳を左右から同時に叩きつけた。まだ何やら言おうとするが、顎が砕けたせいで言葉になってないな。意味が通じないから聞く耳持たん。よし次。

 2人の男女を無視し、撒菱に悪戦苦闘してる男2人の方へ向かう。こっちに気付いた男達は逃げようとしたが、別の撒菱を踏んで飛び跳ねた。剣を持った方はそのまま尻餅をつき、更に悲鳴を上げる。尻にも刺さったみたいだな。

 自分で踏まないように気をつけながら進み、震える手でこちらに向けられた剣を蹴り飛ばし、足首を思い切り踏み砕いた。もう1人のメイス持ちにも同じようにする。倒れた拍子に撒菱がまたどこかに刺さったみたいだが気にしない。

 さて、五体満足な奴はさっきの双剣女、それから大剣を持った男だけだな。

「ま、待ってくれ! 俺達が悪かった! 降参する!」

 槍男が叫び、大剣男と双剣女も武器を捨て、両手を挙げた。降参? ははは、何を戯れ言を。そんなことが許されると思ってるんだろうか?

「お仲間が酷い目に遭ったってのに、自分達だけ無傷でいようってのは虫が良すぎると思わんか?」

 槍男に近付きながら言ってやる。

「それに、PvPを終わらせるためには、全員倒さなきゃな」

「そっ、双方の同意があれば中断できるだろうっ!?」

 慌てて槍男がメニューを立ち上げる。PvP中止の確認がウィンドウとなって俺の前に表示された。へぇ、中断ってシステム的に可能だったのか。やったことないから知らなかったな。あの時のブルートも中断できるって言わなかったし。彼もそれを知らなかったのかもしれない。それとも今回はデスマッチじゃないからその余地が残ってるのか?

 まぁいい、とパネルを操作する。当然、了承するはずはない。


 

 PvPが終了し、通常のフィールドに戻る。

 途中ですっかり心が折れたあいつらに、俺は一切の情けを掛けなかった。逃げ惑い、泣き叫ぶあいつらに容赦なくエグい仕打ちをした。HPがゼロになりそうになったらポーションで回復させ、延々と痛めつけた。その中で、あいつらが掲示板でやったことを、それが全て嘘だったことを含めて全部白状させた。最初の奴以外はこれでもかと言うくらいの苦痛を味わっただろう。最初の奴も死んだ時点でPvPのフィールドからは脱出してる。その後は観戦してただろうから精神的にはダメージを受けてるだろうけど。

 で、それを実行した俺の気分はと言うと最悪だ。弱い者虐めを通り越して拷問ってレベルの所業をしておいて楽しいわけがない。ポーズだけでも喜々としてやってりゃ、あいつらへの精神的ダメージも更に増したんだろうけど、俺の方が耐えられなかったし。途中からはかなりの仏頂面で痛めつけてたと思う。あぁムカムカする……

 大きく溜息をついて顔を上げる。俺を見る【自由戦士団】団員達の顔色は悪い。中には視線が合った途端後ずさる者もいた。レディンですら俺にどう声を掛けていいか迷ってる様子だった。うん、どん引きされるだけのことをした自覚はある。すまない。

「終わったぞ」

「お、おぅ……」

 思っていたより低い声が口から漏れた。びくりと肩を震わせてレディンが頷き、咳払いして馬鹿共を見やる。

 PvPはデスマッチではなかったので連中のステータスは何の異常も残っていないしペナルティもないはずだ。装備の損傷も無くなってるし、返り血すら消えて綺麗なものだ。それでも最初に頭を吹き飛ばした男以外の全員がその場に座り込んでいた。呼吸は荒く、肩が大きく上下している。涙をこぼし嗚咽を漏らす者も多い。仮想現実とはいえ、嬲り殺しにされたのだ。それなりのショックは受けただろう。

「さて、お前らに言っておくことがある」

 というレディンの言葉が耳に入っているのかどうか。最初の男以外は無理だろうな。何か最初の男って言い辛いな。髪が長いからロン毛と呼称するか。

「掲示板でお前らがこいつ、フィストの誹謗中傷をしてたことを俺達は知っている。で、実際にどういう状況だったのかもフィストから聞いてるし、お前らが街道で馬鹿やって通行妨害してたことも、旅人達に聞いて確認済だ」

 え、とロン毛が驚きの表情を作る。そりゃあ驚くだろうな。なにせ、全部レディンの掌の上だったんだから。

「その上で、お前らが住人達に嘘を吹き込んでる場面なんかの一部始終を俺達は証拠として録画してある。当然さっきのPvPでお前らがゲロった真実も、このやり取りもだ。そしてこれら一連の事情と動画を、これからお前らが立てたスレにアップする」

 ロン毛がみるみる青ざめる。これから起こることを想像するとどんな気持ちだろうな? 他の連中はまだ立ち直ってないからそんな事を考える余裕すらないだろうけど。

「もう誰も、お前らを信じやしない。ゲスな真似をした報いを存分に受けるがいい」

 そう言ってレディンは踵を返した。【自由戦士団】の連中もその場を去って行く。俺もこいつらに用はない。ロン毛に目をやると視線に気付いたのか、俺を見て尻餅をついた。別に睨んだりしちゃいないんだけどな。ここまでの反応をするようになってれば十分か。これで二度と会うことはないだろう。

 俺もその場を後にする。

 もう一度溜息をつくと、前方からクインがやって来るのが見えた。ああ、そういや朝飯まだだったな。

「すまんすまん、とりあえず報酬の肉はちゃんと狩って渡すからな。今朝は以前獲った鹿肉を出すぞ」

 そう言ってやると、鼻先でこっちの足を小突いてくる。何だ、獲れたてじゃないと不満なのか? 足を止めてクインを見ると、じ、っとこっちを見つめてくる。何だろう、俺、何かしたか?

 そんな事を考えていると、顔を足に擦りつけて、小さく長い声を漏らした。か細く、切なげな声だ。おいおい、何だこの初めて見せる反応は?

「まさか、心配してくれてるのか?」

 こいつ、俺の心情を察しでもしたんだろうか。返事はない。ただ、もう一度俺に顔を擦りつけてクインは離れた。うーん、そういうこと、でいいのかね。

「ありがとな、クイン」

 頭を撫でてやる。逃げはしなかった。うん、段々と距離が近付いてきたな。より親しくなれたというか、それは嬉しいことだ。

 ただ、な。

「お前、返り血のついた顔を擦りつけてくるのはいただけないぞ……」

 既に乾いているから俺に付くことはないんだけどさ。口元とか身体とか、まだかなりの血が付いてるぞお前。せっかくの美しい毛並みが台無しじゃないか。

「よし、川に行こう」

 しっかり身体を洗って、返り血を全部洗い流して綺麗にしてやるからな。メシはその後だ。それが終わったら……少しはモフモフさせてくれるだろうか。こんな気分の時くらいは癒しが欲しいなぁ……

 

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