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第47話:旅路~3日目朝1~

 

 一つ目熊は俺がまるまるゲットすることになったが、解体作業は血だけ抜いたところで中止した。魔法の明かりがあるとはいえ夜だったし、皆が襲撃の事後処理をしてるところで解体作業をするのも躊躇われたからだ。それに他の襲撃がないとも限らないしな。

 一つ目熊の肉については、魔獣の肉は毒を持っていてすぐに食えないことを説明。ブラウンベアの肉が手持ちにあるが、鍋にするには俺の経験不足と材料・調味料不足を理由に諦めてもらった。熊焼き肉ならすぐに可能だったんだが、どうしても鍋がいいということだったので、料理できるようになったら必ず振る舞うという約束をすることに。とりあえず味噌と醤油の替わりになるものか別の味付けを見つけなくてはならない。ネットで簡単に調べたら、熊鍋ってほとんどこの辺の味付けなんだもんなぁ。もっとじっくり調べたら色々あるかもしれないので後で調べてみるか。

 クインが仕留めたブラウンベアとブラックウルフ、他のウルフもこっちでもらった。正確にはクインのものだけどな。これは俺が後で処理して売却し、クイン用の財布を作って保管することにする。

 テイマー3人の処遇は【自由戦士団】に丸投げした。元々、商人の護衛自体には俺は無関係だったからだ。生き残っていたテイマー達の所有する馬2頭も一緒に引き渡した。馬は欲しいかもと思ったが、世話とかうまくできそうにないし狩りには向かないし。とりあえずはテイマーからの押収品ということでお上に引き渡すようだ。没収されるかもしれないが、払い下げられたなら【自由戦士団】の新たな戦力へと変わるだろう。

 そうそう、この辺に出没すると言われていたブラウンベアは、その死体が森の中で見つかったそうだ。損傷から見るに、恐らくテイマーらの一つ目熊に殺られたんだろうとのこと。いずれにせよこの辺の安全が確保できたならいいことだ。


 そんなわけで襲撃から明けた翌朝。俺は騒ぎの声で目を覚ました。毛布にくるまったままで【聴覚強化】を使ってみると、聞き覚えはあるが二度と聞きたくなかった声が混じっている。あのアホ共、今度は何だ? 何か俺を出せとか言ってるみたいだが。

 身を起こすとクインも起き上がった。今回は一緒に寝た覚えはないんだがいつの間に……む、昨晩は気付かなかったが、ブラウンベアの返り血浴びて酷い事になってるなお前。後で洗ってやるか……って待て。その身体で俺の傍にくっついてたのかよ。あーあ、毛布にも血が。これも洗濯だな。

 念のために武装を整えて、マントを羽織ってフードを被り、自分のテントから出る。騒ぎで起きてしまっている人がほとんどのようだが、対応は見張りで起きていた団員達がしてるみたいだな。

 さて、どうなってるのか近くの奴に話を聞いてみるか。お、ちょうどいいところにブルートが。

「よ、おはよう」

「あ、おはようございます」

 声を掛けるとブルートが駆け寄ってきた。そして騒ぎから壁になるように立つ。俺があいつらに見つからないようにって配慮なんだろうな。

「あいつらが来てるんです。フィストさんは奥へ」

「いや、だから出てきたんだ。あいつら一体何を?」

「ふざけた話ですよ」

 表情を苦々しいものに変えて、ブルートが説明してくれた。

 何でも昨晩、あいつらはテイマーのけしかけたウルフの群れに襲われて全滅したらしい。何の冗談だ、と思ったんだがどうも事実のようだ。というか、10人もプレイヤーがいてどうしてウルフ11頭に全滅させられるんだよ? 見張りを立ててりゃ当然接近には気付くだろうし、気付けば仲間を叩き起こして迎撃できるだろう?

 普通のGAOプレイヤーならそう考えるが、どうもあいつらは、セーフティエリアだから安全だと思い込み、見張りの1人も立てていなかったようだ。本気で馬鹿かあいつら。GAOのセーフティエリアは『安全にログアウトできる場所』であって、ログアウトと同時にプレイヤーのアバターが消えてしまうエリアのことだ。間違っても敵が襲ってこない場所じゃない。これはGAOの取説にも、掲示板の野宿スレでも注意事項として明記されてるのに。

 で、結局全員ここへ死に戻ったらしいのだ。死亡後は最後にログアウトした場所に戻るので、連中はここで一度ログアウトして再度ログインして野営をしていたんだろう。

 そこまではいい。それでどうしてあいつらが俺を出せと叫んでいるのかというと。

「そのウルフをけしかけたのがフィストさんだって言うんです」

「はぁ?」

 それを聞いて、俺は自分の耳がおかしくなったのかと思った。あいつらと俺が会った時、俺はクインしか連れてなかった。そしてクインのマーカーはNPC表示であり、俺のテイムアニマルでないということを知っているだろうに。

「あの後で俺が調教スキルを修得して、ウルフをテイムしまくって、それを夜になってあいつらにけしかけた、とでも言うつもりかね?」

「単なる言いがかりでしょう。ストームウルフって言うんですか、あれを連れてたから他の狼も連れてるに違いないとか、あいつに他の狼を操らせたんだとか好き勝手言ってます」

「クインが他のウルフ系に命令とか下せるなら俺としても楽でいいんだけどなぁ」

 そんなことができるなんて話は聞いた事がない。大書庫にあった書物にも載ってなかった。大体、そんなことができるなら、クインは森でブラックウルフに襲われたりはしてないだろうし、昨晩だって仕留めずに退散させることができただろうに。

「話は分かった。後は出せ出さないの話でしかないだろうから、俺がきっちり話をつけるわ」

「いや、しかし団長は、フィストさん本人は何も言わないようにと」

「それは掲示板のことで、GAO内で直接のやりとりをしないようにって意味じゃないだろう。それにあんまりお前達に迷惑掛けたくないしな。馬鹿の矛先は俺だけに向いてりゃいい」

 【自由戦士団】が色々気遣ってくれるのは嬉しいが、自分のせいで人に迷惑が掛かるのは心苦しいのだ。俺だけが叩かれてるならともかく【自由戦士団】まで中傷の的になってはたまらない。

「ここで俺とあいつらのやり取りを記録しとけば、材料も増えるだろ?」

「それはそうですけど……」

 まだ何かブルートは言いたげだったが、それを放置して俺は騒ぎの方へと向かった。

「朝から何だ一体?」

 事情を飲み込めてない風を装って前に出る。【自由戦士団】の団員達は意外な顔をしつつも道をあけてくれた。馬鹿共は何が楽しいのか笑みを深くする。不快な笑みだな。

「まだ寝てる人達もいるのに、何やってるんだお前ら? リアルだったら騒音苦情で通報されてるぞ?」

 ちゃんと撮っとけよと、団員にしか聞こえないくらいの声で伝え、俺は馬鹿共と対峙した。

「出てきやがったな人殺しが」

「人殺し? 俺のステータスのどこを見ても殺人罪は表示されてないが? 寝ぼけてるならとっとと目を覚ました方がいいぞ」

 にやけ顔をした馬鹿の1人の言葉に対し、事実を述べる。

「なに言ってんのよ!? 緑の狼をあたしにけしかけたのはあんたでしょ! 言い逃れできるなんて思わないでっ!」

 今度は調教女がキツイ目で俺を睨んできた。なるほど、そういう路線で押し通すつもりなんだな。だったら言ってやる。

「あいつは俺のテイムした動物じゃない。よって、俺の命令で動くことは一切ない。それは、あいつのテイムを2回も失敗したお前が一番よく分かってるだろ? それに俺は、お前を襲えなんて一言も言ってない。俺はあいつに、自分で思うようにしろとしか言ってないよ。つまり、あいつはあいつの意志でお前を食い殺した。お前なんかに2回もテイムされそうになったんだ。腹を立てるのは当然だわな」

 あ、調教女の顔が真っ赤だ。でも言い返せないよな。俺が言ったとおりなんだし。お前は勝手にNPCを怒らせて、そいつに反撃されて死んだんだ。自業自得だ。

「適当なこと言ってんじゃねぇ!」

 すると馬鹿共の1人が代わりに声を上げた。

「昨晩だって俺達に狼の群れをけしかけただろうが! お陰で俺達は全員死に戻ったんだぞ!?」

「え!? お前ら10人もいて狼の群れなんかに全滅させられたの!?」

 そこで大声で、馬鹿共がウルフに負けたことを強調してやる。

「狼ってレベル1の戦技スキルがあれば十分倒せるだろ? それなのに全滅? 10人もいて? 嘘を吐くにしても、もっとマシな嘘を吐けよ。昨晩、街道の方からこのキャラバンを襲った狼は11頭だけってのは確認が取れてるんだぞ? お前ら本当に、10人もいながら11頭程度のウルフに負けたの? そりゃ恥ずかしいから他人のせいにもしたくなるよな」

 やれやれ、と肩をすくめて見せる。

「それに、狼に襲われたって言うが、見張りはどうしたんだよ? セーフティエリアは敵に襲われない場所じゃないってのは、GAOの説明書に書いてある常識だろうに。あれ? まさか説明書も読んでない上に、野営の時に見張りも出してなかったのか? おいおい、自分達の備えの悪さを、俺のせいにしないでくれるか? 大体だな」

 俺はウィンドウを立ち上げて、自分のスキル一覧を表示した。所持スキル情報というのはGAOでは結構重要な個人情報として扱われる。手の内を見せることになるからだ。でも俺の所持スキルは【解体】以外に特殊なものはないし、防衛戦の動画やらである程度は公表同然になっているのであまり意味はない。それにルーク達曰く、俺の強さはリアルスキルの影響なのか、スキルレベルそのままの強さじゃないらしいし。

「お前らの目が節穴じゃなけりゃ、俺のスキル一覧に調教スキルがないのが見えるよな? つまり、俺に動物を使役する能力はない。お前らに狼をけしかけるのは不可能だ。それからさっきも言ったが、あのストームウルフ――翠の狼は俺の命令は聞かないし、そもそもあいつに他の狼を使役する能力はない」

 おーおー、段々と、さっきの勢いがなくなってきてるな。もう一押ししてみるか。レディンに許可は取ってあるしな。

「お前らは知らんだろうけどな。昨晩お前らに狼をけしかけた犯人は、俺達に狼や熊をけしかけてきた奴の1人でな。とっくに全員捕まえて縛り上げてるし、そいつらに俺達が護衛してる商人もろとも襲うように依頼した奴がNPCだってことまで聞き出してる。お前らがいくら嘘を重ねても無駄だよ。これ以上恥を晒してもお前らの評価なんて既に地の底だろうけどな、相手にするのも面倒だから、とっとと尻尾巻いて帰れ」

「何の騒ぎだお前らっ!? 清々しい朝を何だと思ってやがる!」

 そこへ突然、レディンの声が乱入してきた。何だ、こっちに来たのか。

「……またお前か。騒ぎが起こるところにはいつもお前がいるな?」

 レディンが俺を睨み付けてくる。え、何だこの態度?

「で? お前、ここに来てる人達に何か迷惑を掛けたのか?」

 言いながら馬鹿共に視線を移すレディン。その反応で、レディンが俺に対していい感情を持ってないと判断したのか、馬鹿共に勢いが戻った。あぁ、そういうシナリオか。

「そう! そうなんです!」

「こいつ、俺達に散々酷い事をしときながら適当ばっかり言いやがるんですよっ!」

 レディンが味方してくれるとでも思ったのだろう。さっき俺が否定したことを繰り返しレディンに訴える馬鹿共。さて、レディンはどうするつもりかね?

「なるほど! そりゃあ許せんな!」

 大袈裟に声を上げて、レディンがこちらを見た。えー……?

「そんな非道な事をする輩を許すわけにはいかん! おい、何か申し開きはあるか!?」

 いかん、思わず笑いそうになってしまった。腹筋がやばいから勘弁してくれレディン。団員達も必死で無表情を貫いてるが、肩が震えてる奴もいるぞ?

「俺はやってない。潔白だ」

 こっちに凄んで見せるレディンに対し、なんとかこらえてそれだけを言った。

「この後に及んでまだ誤魔化そうと言うのか!? 断じて許しがたい! よって!」

 大袈裟な身振りで嘆き、俺と馬鹿共を交互に見て、レディンが言った。

「この場でどちらが正しいか、はっきりさせようじゃないか!」

 え、と馬鹿共が固まった。何を言い出すつもりだと俺も少し不安になる。

「正義は勝つという言葉がある! ならば戦ってそれを証明すればいい! お前らは全員でこいつ1人と戦い、打ち負かすんだ!」

 俺を指しながらレディンは馬鹿共を焚きつけ、次に馬鹿共を指して俺に言う。

「もしもお前に正義があるなら、たとえ10人を相手にしても負けることはないはずだ! お前が正しいなら勝ってそれを証明してみせろ!」

 おいおい、何て脳筋理論だよ。レディンの奴、ノリノリだな。

「いや、ちょっと……」

「どうした!? お前達が正しいなら、何ら問題はないはずだ! 何を迷うことがある!?」

 何やら言いかけた馬鹿共の1人がいるが、それを遮ってレディンが持論を展開する。

「それとも……さっきお前らが主張したことは嘘か? まさか俺達を騙そうとしたなんてことは……ねぇだろうなぁおい?」

 そしてドスの利いた低い声で馬鹿共を威圧する。あーあ、ここで嘘でしたなんて言える雰囲気じゃないわな。あいつらはもう、嘘を貫き通すしかない。そしてそのためには10人がかりで俺を倒さなくちゃならないわけだ。仮に俺を倒したところで正しいことの証明にはならんのだけどな。勝てば正義なんて理屈が通用するわけないだろうに。

 何やらヒソヒソと話し始める馬鹿共。とは言え【聴覚強化】を使ったら筒抜けだ。10人なら負けることはない、大勢の前で思いっきり叩きのめして憂さを晴らしてやろう、これも掲示板のネタになる等々……あー、おめでたい思考だなぁ……負けることを微塵も疑ってない。

 プレイヤー10人相手なんて普通なら勝ち目がないからそう思うのかもしれないが、ウルフ11頭に負けるプレイヤー10人なら話は別だ。レディンもそれが分かってるからそう誘導したんだろうな。そして恐らく、これもレディンの『仕込み』なんだろう。でなけりゃこんな回りくどい演出なんてしないだろうし。

 もう勝った気でいるのか、馬鹿共が活気づいている。普通に考えりゃ、10対1なら10が勝つもんな。

 レディンの様子を見ると、あいつらに気付かれないように首をかっ斬る仕種を見せた。つまり、思う存分やれ、と。

「それじゃあ始めるとしよう! PvPで10対1だ! 勝利条件は相手を戦闘不能にすること! それ以外は制限無しとする! 異存がある奴はいるか!?」

 当然馬鹿共からは文句も出ない。俺としても文句はない。

 向こうからPvPの申請が出された。即座に内容がレディンの言ったとおりのものであることを確認し、それを受ける。

 馬鹿共はそれぞれの武器を手に展開する。前衛と後衛の区別くらいはあるらしく、術士系は後方だ。と言っても半数以上が前衛だな。調教女は後衛か。

 PvP開始と同時、大剣装備の男が斬りかかってきた。

「正義の一撃を受けてみろっ!」

 調子に乗ってそう叫び、大剣を振り下ろしてくる男。他の奴と連携してくる様子もない。最初は俺を包囲してくると思ってたんだがな。こいつら10対1じゃなくて、1対1を10回するつもりだろうか? その方が俺には好都合だからいいんだけど。

 俺はマントの下で既に【強化魔力撃】を起動済。重ね掛けは4倍。【筋肉痛】のバッドステータスが出る1つ手前だ。

 包囲を崩すために準備していた一撃は、カウンターの一撃となった。真っ直ぐ振り下ろされる大剣を半身をずらすことで回避し、懐へ跳び込んで無防備の顎に全力で拳をぶち込む。突き上げた拳は男の身体を打ち上げ、その後の魔力爆発は男の首から上を吹き飛ばした。頭部は肉と骨の破片となって飛び散り、首からは鮮血が噴き出す。しかしそれは数秒も続かず、男の全てが光の粒子となって消えた。

 さっきまで浮かれていた馬鹿共に沈黙が落ちる。目の前で起きたことが理解できた様子はない。俺は俺で、4倍の直撃なら人間の頭部を粉砕できるという事実に驚いた。相手が人間で、しかも頭部狙いだったからだろうか? 【魔力制御】で一撃の威力が増加したことが影響したんだろうか? それとも相手の弱さが原因か? 以前ブラウンベア相手に叩き込んだ時は、ダメージは通ったけどこんなことにはならなかったんだけどな。

 っと、検証は後にするか。とりあえず、こいつら全員叩き潰さないとPvPも終わらないしな。

 多分全員、俺より格下だとは思うが、最後まで油断せず、きっちり始末をつけよう。それも二度とこんな馬鹿なことをしないように徹底的に心を折るつもりで……気が重いけど。そしてこれが片付いたら、ツヴァンドのグンヒルトの所で美味いものを御馳走してもらってリフレッシュしよう。

 こっそり溜息をつき、俺は一歩を踏み出した。

 

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