第5話:法律
2015/6/7 一部修正
あれから何度か狩りに出て、要領は掴めた。お陰で今は効率のいい狩猟ライフが送れている。
市場での知識系スキル鍛練も上手くいった。今では市場の食材はほぼ全て分かる。詳細が不明なものもいくつかあるが、食材名だけは制覇した。
そうそう、狩りと言えば、街中で面白い店を見つけた。ペットショップだ。その名のとおり、愛玩動物を取り扱う店で、家畜の店や、調教屋とは別の系統のようだ。ここでは愛玩用動物を買い取ってくれることが分かったので、何度か生きたウサギを持ち込んでいる。毛皮と肉を合わせたより高く売れるのだ。
リスや小鳥も人気ということでどうにかならないかと店の人に言われたが、小動物の捕獲が生業ではないし、捕獲だとスキルも上がらない。何よりそいつらを捕らえる技術も道具も持っていないので、機会があればと誤魔化しておいた。
あと調教屋も動物を買い取ってくれる。一度チャージラビットを捕獲したら、ペットショップでは無理だったがこちらで売れた。【調教】というスキルで飼い慣らせば、戦闘にも参加させることができるらしく、それ用の動物を取り扱っている店だ。中には魔獣を取り扱う店もあるとか。俺自身はペットにも戦力としての動物にも現時点で興味はない。ただ収入的には魅力なので、生け捕りは機会があれば狙っていこうと思う。
そんなこんなで収入を得て、防具をソフトレザーからハードレザーに買い替えた。腕は変わらずレイアスの篭手のままだが、額には鉢金をつけることにした。いつぞやのチャージラビットのような一撃を額に叩き込まれたら嫌だからだ。
それなりに装備は整ったと思う。防具がないままの上腕や大腿部は不安が残るが、動きを阻害しない範囲でいずれ揃えよう。何だかんだで身軽な方が自分の戦闘スタイルには合っているのだ。
あと、買っておいたナイフを腰に提げることにした。素手でこの恰好とあって、一度チンピラなプレイヤーに絡まれたのだ。GMコールするぞと口にしたら慌てて逃げ出す小者だったが、何度も絡まれたら鬱陶しい。武器が抑止力になればいいな、という程度のポーズだ。ふふふ、これで俺が格闘家だとは誰も思うまい。
道着でも着ていれば格闘家スタイルだと解釈もされるんだろうけど、この世界に道着など売っていないので仕方ない。
ログイン10回目。
今日もひと狩り、と街の外へ向かおうとしていると、前方から騒ぎがやって来る。警備兵が2人、男の両腕を抱えて連行しているところだった。
「ちくしょう! 離しやがれモブがーっ!」
ああ、プレイヤーか。抵抗を続けるプレイヤーに対し、警備兵は黙して語らず、そのまま歩いて行く。
「何だあれ……」
あの男が何かをしたのは確かなようだが、警備兵に連行されるところなんて初めて見たぞ。
「器物損壊の現行犯だ」
俺の疑問に答えるように横から声が来た。見るとそこにあったのは見覚えのある顔。恰好こそ普段着だが間違いなく、
「教官殿」
自主訓練場でアドバイスをくれた教官、パーキンスさんだった。
「どうしてここに?」
「今日は休暇でな。別に四六時中、あそこに篭もっているわけではないぞ?」
そう言われて納得した。しかしNPCにも休暇とかあるのか。どこまでリアルにする気なのだろうか運営は。
まあそれはいいか。話を戻そう。
「で、器物損壊というのは?」
「ああ、この先の露店であの男が店主に因縁をつけたらしいのだ。果物の露店だったのだが、商品のある台を蹴飛ばして、更にいくつかを踏み潰してな。それを通りかかった警備兵が取り押さえたわけだ」
「……自業自得ですね……というか、お恥ずかしい」
俺達プレイヤーは【外の人】としてこの世界の人間とは別枠で認識されている。ああいう馬鹿をすれば、それだけ俺達の評判が悪くなるはずだ。何とも迷惑な話である。
「悪さをする愚か者は、俺達でも異邦人でも変わらんよ。善人もいれば馬鹿もいる。それだけのことだ」
「そう言っていただけると助かります」
1人が悪さをしたら全てが悪人だなどという理屈はないが、あまり度が過ぎればそういう印象がどうしてもついてしまう。この言葉に甘えないよう、自分の言動には気をつけなきゃいけないな。あまり自信はないけど。
「ところで貴様、最近はどうだ?」
「何とか軌道に乗りました。教官殿のご指導のお陰です」
事実パーキンスさんのお陰で、精霊魔法はかなり幅が広がった。使えるようになっただけで慣熟はまだだが、役には立つはずだ。
「ふん……調子に乗っていると痛い目を見るぞ。日々の研鑽を怠らぬようにな」
厳しい言葉だが、声にはそれがない。口元が笑っているところを見るに、照れ隠しだろう。それを口にする度胸はないが。
「ところで教官殿。これから時間があれば、どうです?」
グラスを傾ける仕種で誘ってみる。久々に色々と話を聞いてみたくなったのだ。しかしパーキンスさんは首を横に振る。
「残念だが用事があってな。だが、時間が空いた時には付き合おう。その時を楽しみにしているぞ」
そう言って教官は去って行った。残念だが用事なら仕方ない。さて、それじゃ予定通り――
「なぁ、ちょっといいか?」
動こうとして声を掛けられた。振り向いた先には1人の男。初めて見る顔だ。金の髪に青い瞳の、いわゆる美形顔。装備は板金鎧。腰に提げているのは片手剣。
「何か?」
「ああ、さっき、NPCと話してただろ。器物損壊がどうのって言ってたけど、この世界、そういう法律があるのか?」
言われて気付いた。当たり前に聞き流していたが、この世界の法律なんて知るわけがない。
「いや、物を壊せば器物損壊だよな、って勝手に納得してた」
正直に答えると、目の前の美形プレイヤーは目を瞬かせて、だよなぁと笑うと、
「でもさ、今更だけど、これって大切なことじゃないか?」
と問題提起をしてくる。
「そりゃまあ、確かに」
何をしたら罪になるのか。一応リアル準拠で考えてはいたが、それが通用する保障は全くないのだ。
一度確認してみる必要があるかもしれない。今後の活動の参考にもなりそうだし。確か図書館があったはずだからそこで調べてみるか。いつか行こうと思っていたし、ちょうどいい。そこまで考えたところで、
「で、悪いんだが。図書館とかの場所って知らないか?」
と男が聞いてきた。どうやらこの男も、この世界の法律に興味を持ったらしい。
「俺も行こうと思ってたから、一緒に行くか?」
「ああ、助かるよ。俺はルーク、よろしく頼む」
「俺はフィストだ。よろしく」
互いに自己紹介を済ませ、俺達は図書館へ行くことにした。
図書館。正式にはアインファスト大書庫という。石造りの大きな建物だ。
中に入ると広々とした空間にいくつもの本棚が立っている。奥行きがかなりあり、二階部分もあるようだ。今居るここはロビーのようで、吹抜になっている。
「ん?」
そこで違和感を覚えた。何というか、手前に並んでいる本棚がおかしい。本棚そのものがおかしいというわけではない。ただ、配置が浮いているというか、どうしてこの並びにしたんだろうというか。上手く言葉にできないのが余計にもどかしい。
「どうした?」
「いや、別に……」
話しても仕方なかろうと判断し、言葉を濁して受付へと進む。長い茶髪をした眼鏡の女性が近づく俺達を見て頭を下げた。
「ここを利用したいんだけど、どうすればいい?」
「入庫料は30ペディアとなります。お求めの書籍の傾向を言っていただければ、ご案内もできますので遠慮なくお申し付けください。蔵書の持ち出しは基本的に禁止されていますが、複写自体は問題ありませんのでご自由にどうぞ。筆記用具の販売もしていますので、必要に応じてお買い求めください」
そこまで言って、受付横を手で示す受付――いや、司書と言えばいいか。ペンや紙、無地の本などが並んでいる。
「早速なんだが、法律関係の本はどの辺りにある?」
「はい、あちらの奥の、左から2番目の棚から、法律関係になっています」
ルークが問うと、司書のお姉さんが丁寧に教えてくれた。礼を言って30ペディアずつ支払って、目的の本棚へと向かう。
法律と言っても様々だ。リアルにおいても憲法から始まって様々な法律がある。その全てに目を通すのは骨だが、とりあえず俺達に必要なのは、犯罪絡みの法律だ。他は追い追いでいいだろう。
本棚には同じタイトルの本も何冊か納められている。複数人に提供できるようにという配慮だろうか。この世界の文字を読み取りながら、刑法の載っている本を探す。
GAO世界の言語は、この世界独自の言語だ。俺達プレイヤーには言語スキル【共通語】が最初からついていて、この世界の文字が読めるようになっている。具体的には、この世界の文字に日本語が浮かび上がって読めるようになる、といった具合だ。
会話も同様で、俺達は日本語で話しているが、あちらにはこちらの世界の共通語で聞こえているらしい。NPC――住人達の言葉は、日本語とは別の言語として聞こえるのだが、意味は頭に浮かぶのだ。だから相手の口の動きと伝わる意味が一致しなかったりする。最初から日本語を共通語として設定しておけばいいのに、これもよく分からない拘りだ。凄いとは思うけど。
ともあれ、刑法の本を無事に発見する。同じ本が3冊あったので、1冊をルークに渡した。礼を言ってルークが受け取ったので、一緒に近くのテーブルに座り、内容を確認していく。
内容は、リアルの刑法と大差がないようだ。まずは適用範囲や刑の種類から始まっている。
「死刑はやっぱりあるんだな……」
ルークが呟くのが聞こえた。この世界でも一番重たい罰は死刑である。それから懲役、禁固、罰金と続く。それから複合で没収刑もあるようだ。犯罪を犯した者の所有物を取り上げる措置である。具体的にどういう場合に適用されるのかは分からないが。
「ん、執行猶予ってないんだな」
「そういや執行猶予って、どういう意味なんだ? 新聞やニュースではよく聞くけどさ」
「例えば懲役1年で執行猶予3年って判決が出たとするだろ。その後3年間、何も悪さをせずにいたら懲役を受けずに済む。そんな感じだ」
こちらの呟きに問いを投げてきたルークに、そう答える。多分この説明で合っているはずだ。違ったらすまん。
本には続いてどのような罪があるのかが記されている。さっき街中で見かけた器物損壊もきちんと明記されていた。処分は懲役か罰金となっている。あの男もこの処分を下されるのだろう。
俺達に関わってきそうなのは、殺人・傷害系、窃盗・強盗系、器物損壊系あたりだろうか。
ただ、殺人・傷害系のところでこんな記述があった。
『ただし、決闘を行った結果による場合を除く』
つまり、決闘によって相手を傷つけ、または結果死に至らしめても罪にはならないということだ。この世界では法律で決闘が認められているんだな。
ふと明治頃に作られた、決闘をしてはならないという法律を思い出した。決闘の当事者や立会人等、関わった者を罰するものだ。ちなみにこの法律、今も有効である。故に、不良のタイマン等は法律違反と言うことになり、実際に暴行や傷害ではなく、この法律で立件された例もあるそうだ。
話をゲーム内に戻すが、この世界における決闘についての補足は、恐らくPvPのことを指すのだろう。相手を傷つけても双方同意の上ならば、罪には問わないということだ。確かにPvPの度に警備兵に逮捕されていては目も当てられないしな。
一通り読み終えると、自然と溜息が漏れた。
まさかこのゲームがここまで細かく設定をしているとは思わなかった。しかし気になるのは、一体どれだけのプレイヤーがこの存在を知っているのか、ということだ。
開始時の忠告文に従っていれば、早々迂闊な真似はしないはずだが、現に器物損壊で逮捕されたプレイヤーを俺は見ている。このことは広くプレイヤーに知らしめるべきだ。そう思う。
「なあ、ルーク。この件、公表するべきだと思うんだが、お前はどう思う?」
「ああ、俺もそう思う。これは俺達だけの中にしまってちゃ駄目だ。このままだと、プレイヤーの犯罪者率がどんどん上がる気がするんだ」
ルークも同じ考えのようだ。彼の言葉は続く。
「ゲームだから、ってNPCに結構横暴な態度を取るプレイヤーも多い。コンピュータゲームだったら、民家のタンスや宝箱を開けるのが当たり前だしな。でもその当たり前をこの世界に持ち込んで行動してたら確実に犯罪者になってペナルティを受ける」
ゲームだから。これは魔法の言葉だ。リアルじゃないから許される、何をしてもいいという免罪符。ただ、それがこの世界では許されていない。
「それに多分、フィストは気付いてるんだろ? そういう横暴なプレイヤーに対するNPCの目や態度を」
「ああ」
ルークが言うとおり明らかに違うのだ。普通に接する人と、そうでない人に対する表情や声色。そしてそれは、直接接した住人だけではなく、他の住人にまで伝播している。まるで、当事者から事情を聞いたかのように。噂が広がったかのように。住人達に好感度が設定されているような反応なのだ。
「さっきフィストが話してた男みたいに、理解を示してくれる人もいる。でも、そうでない人が増えてしまうことが問題だ。これは俺達プレイヤー全部に降りかかってくるかもしれないんだから」
正直驚いた。こういう考え方をするプレイヤーがいることが。そしてそれが、ちょっと嬉しかった。
「ああ、だから行動に移そう」
メニューを立ち上げ、掲示板を開く。そしてスレッドを新規作成しようとしたところで、
「待ってくれフィスト。スレ立ては俺がやる」
とルークに止められた。
「俺、βテスターだったから、これでも結構顔が広いし名前も売れてる。その辺りで信憑性を少しでも高めることができるかと思ってな」
言われてみれば確かに。俺は正規版からのプレイヤーで有名人でもない。そんな人間の声が皆に届くのかと言われると疑問だ。同じ事を言うにしても、無名と有名では効果が違う。
「分かった、それじゃルークに任せる」
「ああ。仲間とも相談して、近いうちに上げることにするよ。まぁ……本当ならこれも、NPCのマイナス感情が無関係のプレイヤーに向かないんだったらどうでもいい話なんだけどな……」
溜息をついてルークがぶっちゃけた。
馬鹿やって報いを受ける本人は自業自得だが、そのとばっちりを受けるのは当事者以外のプレイヤー。そんな理不尽は遠慮願いたいのが本音だ。他人のためという部分はあるが、自分自身のためでもあるわけだ。
とは言え、この世界で楽しくやるために必要なことには違いないので、少しは骨を折らないといけない。広報活動自体は機会があるごとにやっていき、少しは他のプレイヤーにも真面目に考えてもらいたい。何だか妄想乙とか自治厨失せろとか言われそうだが知ったことか。
さて、ここでやることも一段落ついた。今日はこれくらいにしておこう。
「それじゃ、俺はそろそろ落ちるよ」
明日は少し早めに出社しなくてはならないので、この辺で切り上げておいた方がいいだろう。本当は狩りに出たかったが、この時間自体は有意義だったのでよしとする。
「あ、ちょっと待ってくれフィスト」
席を立つと、ルークに呼び止められた。
「いきなりなんだが、お前、俺達のギルドに加わらないか?」
ここで言うギルドは、狩猟ギルドのような住人の組合ではなく、プレイヤー同士のコミュニティの方だろう。サービス開始から2週間以上経って、ギルドを設立できる条件が整ってきたプレイヤーも増えているらしい。
「メンバーもみんないい奴だし、きっと仲良くできると思うんだが」
「ギルドか……ルークのギルドってどんな方針で動いてるんだ?」
「一応、攻略メインではある。攻略組の中の1つだな。今はまだパーティーメンバーだけのギルドだけど、全員βの頃からの仲間だ」
「んー……俺って攻略の最前線で戦えるようなスキル構成とレベルじゃないんだよ……気持ちは嬉しいけど、攻略面だとまず足を引っ張ってしまうと思うから、遠慮しとくよ」
正直、βテスター攻略組と言われるようなハイレベルプレイヤーについて行けるとは思えないのだ。迷惑を掛けるくらいなら、最初から加わらない方がいい。それに、社会人である以上、その攻略のタイミングに加われない可能性も多分にある。毎回こちらの都合に合わせてもらうわけにもいかない。
「そうか、残念だな……でも、フレンド登録くらいはいいだろ?」
俺の返事に気落ちしたようだったが、あらためて提案をしてくるルーク。
「ああ、よろしく頼む。タイミングが合って、そっちに余裕がある時は、誘ってもらえると嬉しい。色々と教えてほしいしな」
考えてみたらゲーム始めて10日近く経過して、ルークがフレンド第1号なんだな。どれだけぼっちだったんだ俺……
無事にフレンド登録を終え、その日は別れる。
さて、明日は何をするかな。