第45話:旅路~3日目深夜1~
休憩所にいる旅人達は、全員こちらと合流した。商人達の馬車で大雑把な円陣をつくり、その内側で過ごしてもらっている。【自由戦士団】の馬車はその外周に配置。囲えない部分は簡易の柵や土壁でフォローして、戦闘要員で周囲の警戒をするという態勢だ。
ちなみに馬鹿共はこちらの動きを見てやって来たが、【自由戦士団】に追い返されていた。その時、俺がいることに気付いたようで、憎々しげな視線を送ってきた。きっとこれもスレのネタになるのだろう。どうでもいいけど。
「で、あれからアーツの方はどんな感じだ?」
警備態勢は外周の警戒組、自由にしていい待機組、そして仮眠組の3つに分かれる。本来、この待機組というのは仮眠組に含まれるが、今日のように襲撃が高確率で予想されている場合には有事即応できるようにと完全装備のままでいることにしているらしい。起きている以上、警戒組と変わらないようにも思えるが、気を張らずに済むという意味で、睡眠時間はともかくとして気分的にはかなり楽だという。そしてこの時は、仮眠組も装備解除を許されず、防具等は着けたままで寝るようにしているそうだ。
「魔力制御と跳躍を修得した。マニュアル発動目指して精進中」
俺は今の時間は待機中で、同じく待機のレディンと話をしている。周りでは他の旅人達が寝ているので小声だ。
中型魔族を屠った必殺技(仮)の強化と汎用性向上のため、俺は追加でスキルを修得した。【魔力制御】は威力上昇等が見込めるし、【跳躍】は瞬発力というか脚力増強の一環だ。
【魔力制御】は結構便利だった。拳への一点集中、肘への展開もできたし。上手く使えばピンポイントで防御力の強化もできそうだ。操作に時間が掛かるのが難点なので今後の課題だ。
【跳躍】は必殺技(仮)の突進力にも転用できた。【脚力強化】と重複してるような気もするが、【跳躍】は落下耐性のボーナスがついたりするので、どこかから落ちた時なんかは生存率の向上も見込めるスキルだ。
「素直にアーツ発動させるのは嫌か?」
「どうも引きずられるみたいで気持ち悪いんだよ」
無意識のうちに身体が動くというのではなく、明らかに身体を『動かされている』のは勘弁してほしい。これも慣れればどうってことないのかもしれないが、やはり主導権は自分にあってこそだと思う。
「レディンはその辺、どうも思わないか?」
「まぁ俺の場合、リアルじゃ剣なんて振ってないわけだからな。スキルのアシストは重宝してるし、アーツについても慣れたな」
「そっか。でもオート発動だと発動後のキャンセル不可ってのはデメリットだろ。突進系のアーツなんてカウンターの餌食だし」
「あー、それはあるな。マニュアル発動だったらその場の判断でキャンセルもできるからな。とは言え、使いどころを間違えなければそこまで気を遣うものでもないと思うんだがな。そういやルークもお前と同じ理由でマニュアル派だったか」
言われて以前の模擬戦を思い出す。まぁルーク相手の場合、マニュアルだろうとオートだろうと、アーツが特殊だったり繰り出すタイミングが絶妙だったりで、カウンター狙いやアーツ後の硬直狙いなんて一度も成功しなかったんだけどな。【覇翔斬】へのカウンター? きっと死んでしまいます。あ、でも一度くらいは必殺技(仮)で真っ向勝負してみてもよかったかも。
「……ちと、まずいか?」
レディンが眉をひそめながら呟いた。その後、少しして周囲で音が生まれ始める。待機中の団員は即座に立ち上がって他の傭兵達を起こし始め、仮眠組のいる馬車の中からも人の動く気配がした。
「来たのか?」
マントをストレージに片付けながら問うと、あぁ、とレディンが頷く。ただ、浮かない顔だ。
「だが数が多い。こりゃ異常だな」
「ブラウンベアじゃないのか?」
「熊さんが30匹以上は、勘弁願いてぇなぁ」
……そりゃ俺も勘弁してほしいな……でもこの数ってことは、レディン側の客か。
「詳細は?」
「種別までの識別はできねぇが、森側からと街道側からそれぞれ来てるようだ。数は森側が多いな。ん、街道側の敵が加速したらしいな」
耳を澄ませていると、遠くで獣の声と人の悲鳴が聞こえた。あの方向は確か……
「街道側は馬鹿共に食いついたみたいだな。総員戦闘準備!」
レディンの号令で馬車周辺が一気に明るくなった。魔術師が【ライト】の魔術を使ったんだろう。ここで旅人達や商人達も飛び起きたが、団員達が状況説明に回って落ち着かせようとしている。
「アオリーン、街道側の指揮を任せた。餌が生きてる間は時間が稼げるだろうから、少しは楽ができるだろ」
「1頭でも減ってくれればいいですけどね」
レディンの指示に、まるで期待していないという風に答え、馬車から飛び出してきたアオリーンが団員達をいくらか連れて行った。
「野郎共、狩りの時間だ! 馬車の外側で獲物を待ち受ける! 所定の位置へ動け!」
命令にそれぞれ了解の意を声にして返し、団員達が森側へと向かう。それからレディンは旅人達へと視線を動かした。
「客人達にはしばらくの間、緊張を強いることになるが勘弁願いたい。ただの獣の群れのようだから、そう心配することはないが、数が多いんで万が一、俺達の布陣を抜ける奴が出るかもしれない。その時は、少し手間を掛けさせることになるかもしれんがよろしく頼む」
旅人達、その中に混じっている、別口の傭兵へと目を向けるレディン。
「あんた達の腕を疑うつもりはないが、俺達も外で戦った方がいいんじゃないか?」
傭兵の1人がそう提案してくる。他の傭兵もやる気になっているようだ。
「それも考えたが、旅人達の安全第一ということで、あんた達にはここの非戦闘員を守ってもらいたい。なに、俺達だけでうまくやるし、こっちには頼もしい味方もいるしな」
言うなりレディンが俺の背中を叩いた。
「あんたらはツヴァンド方面から来たみたいだから詳しく知らんかもしれないが、異邦人フィストって言ったら、そこそこ有名だぜ?」
傭兵達の値踏みするような視線が俺に集中する。くそ、レディンの奴め……
「あー……中型魔族より強い獣じゃなけりゃ、確実に狩る自信があるから安心してくれ」
真っ向勝負で倒したわけじゃないけどな、と心中で付け加える。傭兵達は半信半疑だったみたいだが、アインファスト方面からの旅人は俺のことを知ってる人もいたようで、安堵の表情を浮かべる旅人を見て納得したようだった。知名度って、こういう時に役立つのな。これが悪い意味での知名度なら逆効果になるんだろうけど。
森側の戦闘はまだ始まっていない。ここも前回の野営地と同じで川が手前にある。膝くらいまでしか水深のない川だが、そこでいくらかの足止めが可能だ。こちら側へ渡ってくる前に飛び道具で数が減らせるだろう。
俺は【遠視】と【暗視】を併用して森を見やる。木々の陰に見えるのはウルフの群れだ。しかし解せないのは、こちらの様子を窺っているってことだな。まぁ、予想はつくんだが。
「どう見る?」
「多分、テイマーが混じってるんだと思うけどな」
レディンの問いに、そう答えておく。
普通の動物の群れなら、あんな感じで待機してるとは思えない。襲うつもりならとうに襲ってるだろうし、やる気がないなら立ち去っているはずだ。それが留まっているというなら、連中をそうさせる何かがいる、ってことになる。
で、テイマーが使役できる使役獣の数は、レベルが高いほど多くなる。具体的にはレベルの半分(端数切り上げ)だったはずだ。だから10頭の獣を使役するにはテイムレベルが19以上必要ということになる。
「街道側のも含めて、複数のテイマーがいるんだろうな。そういう傭兵に心当たりないか?」
「獣使いの傭兵か……GAOの連中で【人獣傭兵団】っていう、使役獣を率いる傭兵団がいるが、連中はこっち方面には展開してねぇはずだ。こっちに来てるのはどっちかってと『裏』の方面じゃねぇか?」
俺は直接関わったことはないが、GAO内には『裏』と称される非合法組織も存在するらしい。盗賊ギルドはTRPGではお馴染みだが、盗賊団の連合、暗殺教団などもあるとか。後者はあくまで噂程度だが、その出所が住人であるため、本当に存在するんだろうなと勝手に思っている。
「単に俺が知らないだけで、使役獣を使う別口の傭兵もいるかもしれねぇがな」
「可能性を挙げても意味なし、か。いずれにせよ、戦うべき敵だしな。ん……?」
森の方に動きがあった。森から出てきた個体がいる。しかしそれは狼ではない。熊だ。ただ俺が知ってる熊と違う。【動物知識】にも引っ掛からない。ただ、唯一と言ってもいいだろう特徴がある。そいつの目は、顔の中央に1つしかなかった。
「一つ目熊か、あれ。実物は初めて見たな……」
「一つ目熊だとぉ!?」
俺の呟きにレディンが反応し、その言葉で団員達に動揺が広がっていった。はて、何だろうこの反応は?
「一つ目熊に嫌な思い出でも?」
「昔、訓練中に遭遇してな。全滅したことがあるんだよ」
苦虫を噛み潰したような顔になるレディン。あらら、そんなことがあったのか。
「てことは……いいリベンジマッチになりそうだな?」
俺がそう言ってやると、レディンは一瞬呆けた顔になった後、ニヤリと笑った。とても獰猛な笑みだ。違いない、と小さく呟いたのが聞こえた。
「野郎共! 復讐の時が来たぞ! 護衛優先だが、一発ブチかましてやりたい奴は声を出せっ!」
鬨の声があがった。みんなやる気に満ちてるな。いや、殺る気か。以前殺られた奴も混じってるだろうからな。
しかし一つ目熊か……できればとどめを刺したいな。そうすりゃ解体できるし。いや、余裕があるならともかく、こんな時に欲張っちゃ駄目か。
「フィスト。悪いが一つ目野郎の撃破に協力してくれ」
そう思っていたところでレディンから提案があった。
「他のウルフは団員達でどうとでもできるが、あいつだけは厄介だ」
「分かった。まぁ、そんなにでかくないから大丈夫だろ」
以前ミリアムから聞いた話では、一つ目熊の体長は5メートルくらいだった。でもここにいる奴は3メートルを越えたくらいだから多分小熊なんだろう。
「それと、狼ちゃんは戦力に数えていいのか?」
レディンがいつの間にか俺の横にいるクインを見下ろす。どこに行ってたのかは知らない。どうも周囲に他の人間がいると抵抗があるのか、隙を見せようとしないんだよな。
どうだろな、と俺もクインを見た。何ですか? みたいな表情で見上げてくるクイン。戦力と言っても俺の命令に忠実に従うわけじゃないしな。どう動いてくれるのが一番俺達にとって有利だろうか。
「そうだ。クイン、俺達以外の人間がいるかどうか、分かるか?」
問うと、クインはあちこちを向いて臭いを探るような様子を見せると、馬鹿共の『いた』方角へと頭を向け、ひと吠え。それから森の方を見てふた吠えした。つまり、街道側に1人、森側に2人ってことか。それを再度確認すると、今度は首を縦に振る。間違いないようだな。
「そいつらを片付けてほしい。できれば生け捕りが望ましい。できるか?」
今回の件の黒幕を吐かせる意味でも、できれば確保したいところだ。それにうまく引っ張ってくることができれば、獣共を無力化できるかもしれないし。予想ではそいつらがテイマーだろうから。
クインが、じっと俺を見る。できない、と首を振らなかったので、できるのだろう。
「1人生け捕りにつき鹿1頭。殺したら半減。どうだ?」
そう言うと、クインは去って行った。うむ、契約成立だ。
「そういやお前の使役獣ってわけじゃなかったんだよな、狼ちゃんは」
「ああ。命令は聞いてくれないし、俺のもの的な扱いすると異議を申し立てるな」
申し立てると言っても、鼻先で突いたり噛み付いたり足を踏んだりと、態度で示すんだけどな。
「あくまで対等、ってことか。いいパートナーだな」
前に歩きながらレディンが笑う。森の方にも更なる動きがあった。一つ目熊を先頭に、ウルフ達が前進してきたのだ。向かってくるのは一つ目熊が1、後はウルフが20頭くらいだろうか。
「森の熊さんは俺とフィストで殺る! お前らはウルフを片付けて、余裕があれば俺達の援護だ! 川に侵入したところで射撃開始!」
レディンがバスタードソードを抜いた。鋼製で色々なエンチャントを施した逸品らしい。エンチャントできる鍛冶プレイヤーは数がまだ少ないようなので、結構な値打ちものだそうだ。レイアスがエンチャントできるようになったら、ガントレットの強化とか頼んでみようかね。
「無事に生き残ったら、フィストが熊鍋を御馳走してくれるぞ!」
「ちょっ!? 待てレディ――!」
俺の反論は形になる前に【自由戦士団】団員達の咆哮で掻き消された。
一つ目熊、瘴気毒を除去しないと食えないんだがなぁ……食ったら死ぬかもよ? 俺、まだ瘴気毒の解毒法を知らないぞ。
「団長、先程ストームウルフが街道の向こうへ疾走していったのですが何かあったのですか?」
背後からロングソードと盾を手にアオリーンがやって来た。あれ、もうあっち片付いたのか?
「ああ、多分いるだろう獣共の飼い主をシメに行ってくれた。そっちの首尾は?」
「ウルフ11頭、殲滅完了です。負傷者なし。第二陣を警戒して、団員達は残しています」
「ご苦労。なら熊さん退治を手伝ってくれや」
「了解しました。熊の手はコラーゲンが豊富らしいですし楽しみですね」
あ、女性団員が何人か反応した。こっちで美容に拘っても仕方ないと思うんだがどうだろうか?
あー、これで一つ目熊が食えないって分かると士気が落ちるかもしれんな……仕方ない、後で事情説明して、保管してるブラウンベアの肉を出すか……
さて、とりあえず熊退治だ。俺とレディン、アオリーンの物理攻撃トリオで、何とかなるといいけどな。