第44話:旅路~2日目夕方~
夕方になったので、休憩所で野営の準備をする。
今日は解体がないからのんびりできるな。夕食の献立は……そうだな、大丈夫とは言われてたが、念を入れて肉を焼くのは止めておこうか。出てきたら狩ってしまえばいいんだけどな。でも俺とクインだけならともかく、他の旅人さん達もいるわけで。巻き込んでしまう可能性を考えると不安要素は極力排除だ。
クインにはバイソン肉を骨ごとやって、俺は買っておいたパンとティオクリ鶏で済ませることにする。あぁ、ティオクリ鶏、美味し。
料理の手間が省けた分、時間がたっぷり余ってしまった。さて、どうするかね。
休憩所では前日一緒に野営した人達のいくらかがいる。数が減ったのは、ここへ来る間の村に進路を変えた人達がいるからだろう。
それからツヴァンドから来た人達。この休憩所の位置的に、朝出発していればもう少しアインファスト寄りの休憩所に辿り着けるから、昼以降に出てきた人達だろう。馬車の数がそこそこあるのは、商人が多いからだろうか。護衛の傭兵らしい人達もちらほら見られる。
そうやって野営地を見渡していると、不愉快なものを視界に入れてしまった。アレな連中だ。相変わらず隅っこの方ではあるが、向かう先が同じである以上、同じ野営地になるのは仕方ないか。
しかし時間が経ったからか、悪い意味で調子を取り戻したようだ。あの調教女も普通に話をしたりしてるな。でも何だ? あちらも俺に気付いてるのはいいとして、時々こっちを見てはニヤニヤ笑ったり、声を上げて笑ったりと。脳の配線が更にアレしたんだろうか? 誰にも迷惑掛けないなら構わんけどな。
でも暇だ……1人じゃ何もできないしな。クインも夜食を獲りに行ったみたいだし。道具の手入れとかも昨日のうちに済ませてしまったし。
「お?」
アインファストの方からやって来る馬車に気付いたのはそんな時だった。数が多いな。馬車が何台だ? 8台はいるか。単独の商人にしては大規模だから、隊商だろうか。
そんな馬車の中に、見覚えのあるものを見つけた。あれは【自由戦士団】の馬車だ。馬車は俺の前を通り過ぎ、少し進んだところで止まった。団員達と、それっぽく見えない人達が野営の準備を始める。
それをぼんやりと眺めていると、こちらを見ている男に気付いた。全身鎧を装備した金の髪を角刈りにした男だ。【自由戦士団】の団員のようだが、特に見覚えはない。以前の宴会の時にもいたのかもしれないが、全員の顔なんて覚えていないしな。
俺が見ていることに気付くと、男は顔を逸らして作業に戻った。何だったんだろうか。
あぁ、そうだ。そろそろブラウンベアのこと、みんなに教えておいた方がいいか。この集団で話をするならやっぱり【自由戦士団】がいいんだろうな。戦力としては一番大きいだろうし。
立ち上がって、忙しそうにしている方へ向かう。すると見覚えのある男が見えた。
「レディン、ちょっといいか?」
「おぉ、フィストじゃねぇか。ここに陣取ってたか。こりゃ好都合だ」
振り向いたレディンが俺を見てそんなことを言った。好都合? 何の話だ? まぁ、いいか。それは後回しにして用事を優先しよう。
「実はツヴァンド方面から来てた傭兵に教えてもらったんだが、この辺、ブラウンベアが3頭ほどうろついてるらしい」
「あぁ、そうらしいな」
ん、知ってたのか?
「途中で傭兵仲間に会ってな。それでお前がいることも聞いたんだが、パーチって言えば分かるか?」
「あぁ、昨晩、一緒になった。知り合いだったのか?」
「以前仕事で何度かな。あんな風体だがいい奴らだろ?」
楽しそうにレディンが笑う。うん、気が合ったんだろうなというのは容易に想像がつく。
「まぁ話を戻すが、都合がいいってのの1つは熊さんのことだ。とりあえず野営地の連中を全部囲って夜間警戒をしようかと思ってる。その件がなくてもそうしただろうけどな」
少し難しい顔をして、レディンが商人達の方を見た。
「今回の護衛は訳ありでな。ちょいと商人達が狙われてるみたいでよ」
「狙われてる? どういう状況だ?」
「商売敵からの嫌がらせというか妨害みたいだな。昨晩は何もなかったが、今回は町に入る手前だから何かしら動きがあるんじゃないかと睨んでる」
でだ、とレディンが視線をこちらに戻す。
「そのことで周囲に迷惑掛けるわけにはいかないってことで、他の旅人達も一緒に守ってくれって話になっててな。そういうわけで、手を貸してくれるとありがたい」
「あぁ、それは構わない」
どうせ俺もここで寝るんだ。助け合うことに否はない。
「で、もう1つの事なんだがな。フィスト、お前今回の旅で何かトラブったか?」
その問いに該当しそうなことは1つしかないな。
「プレイヤーの集団と少し揉めた。でも誰から聞いた?」
プレイヤー間の争いで、しかも揉めた時は他のプレイヤーはいなかった。あの時にいた旅人からでも聞いたのか?
「誰から、って。この件でスレッドが立ってるぞ? フィストとか言う外道がむかつく、ってスレタイで」
……馬鹿っぽいスレタイだなぁ、というのが一番に思い浮かんだ感想だった。だがそれで納得がいった。あいつらがこっちを見てニヤニヤしてた理由はそれか。
「盛り上がってるのか?」
「そこそこだ。擁護もぼちぼちあったけどな。意外と味方も多いぜ? 日頃の行いがものを言ったんだろうな」
どうなってるのか興味はあったが、いちいち見るのも馬鹿らしいな。気分が悪くなることだけは確実だし。
「で、一応団員にはそっちに手出しするなってことで指示を出してるんだが……っと、ちょっと待て」
会話を中断し、レディンが誰もいない方を向いた。多分パーティーチャットだろう。少ししたら再びレディンがこちらを見る。
「で、そのスレ主共だと思うんだがな、お前についてある事無いこと、吹いて回ってるみたいだ。今、ここでな。どいつらか分かるか?」
「多分あっちの外れに固まってる奴らだ。数は10」
やることが幼稚すぎる……本当にあいつら、あれで中学生なんだろうか……GAOのアカウント取得には年齢制限があって、中学生以上となっている。つまり『あの程度』でも間違いなく中学生ってことだ。小学生でもあそこまで馬鹿じゃないと思うんだがな。
「それについても適当に流しておけって指示を出した。ついでに証拠の動画を撮っておくように言ってある」
「動画? 何の?」
「決まってるだろ、嘘を吹聴してるところのだよ。お前の無実を証明するためだ。あいつらの言い分だと、道を歩いてたら因縁つけてきた挙げ句、狼をけしかけて仲間を殺ったってことだが、そんな事実はねぇだろ?」
あぁ、そういう風にでっちあげたのか。あそこにいたプレイヤーが俺とあいつらしかいない以上、声が多い方が優勢だもんな。
ん? そう考えたらあの時のライアーが言ったことってこの件か? でもあいつ、住人だったら掲示板の閲覧なんてできないだろうしな。
「だから、嘘を吹いて回ってるって事実を動画で残してるわけだ」
「別にそこまでしなくても放っておけばいいんじゃないか?」
相手にするだけ無駄だと思うんだがなぁ。スルー推奨でいいんじゃなかろうか。
しかしそう言うと、レディンが不機嫌になった。
「馬鹿ぬかせ。ダチが悪く言われてるのを放置しておけるか。事実があるならともかく、言いがかりレベルで悪く言われてるのを知って黙ってられるほど、俺は人間ができてねぇよ。それに放っておくと、その評価が定着しちまうぞ? お前を知ってる奴なら騙されやしないだろうが、ああいうのを鵜呑みにする奴ってのはどこにでもいる。そうなりゃ、GAO内での活動にも支障が出るだろ?」
あー、そうか。初対面のプレイヤーはそういう評価を頭に入れた上で接してくるってことだもんな。こりゃ俺の考えが浅かったか。リアルの匿名掲示板と違って、それを閲覧した奴と直接出会う機会がゼロじゃないんだもんな、ここじゃ。
「ありがとな、手間を掛ける」
「なぁに、いいってことよ。まぁこの件については……お前は直接発言しない方がいいって事で話を詰めてる。それでも、一応知っといてもらおうと思ってな。後は俺らに任せてくれ」
礼を言うと、なかなかに頼もしいことをレディンが言ってくれた。しかし、俺『ら』だと?
「俺ら、って他に誰を巻き込――」
「団長!」
俺の声を遮るように、別の声が走った。
「どういう事ですか一体!?」
やって来たのは全身鎧の男だ。あれ、こいつさっき俺の方を見てた奴だな。そいつは俺に気付いて硬直したが、それでも再起動してレディンに食ってかかる。
「どうしてあいつらを野放しにするんです!?」
「それは説明しただろ。あいつらにはしっかり墓穴を掘ってもらうんだよ。絶対に這い上がれないレベルまでな」
「で、ですが、それまではずっとあのままにしておけとっ!?」
多分、俺の件でこの剣幕なんだろうけど、どうしてこいつが、ここまで必死になってるんだ? それにこの声、どっかで聞いたことがあるような。
「今は我慢の時だ。あいつらには然るべき報いを絶対に受けさせる。だからそれまでは我慢だ。いいな、ブルート?」
……は?
「ブルート……?」
その名前には覚えがあった。以前、狩猟ギルドで割り込みの常習だったプレイヤーだ。俺が注意した日の夜に闇討ちを仕掛けてきたので、デスマッチで痛い目に遭わせてやった男。あの時はフルフェイスのヘルムを被ってたから顔まで見てなかったんだよな。
で、何でそんな奴が、俺が掲示板で叩かれてることに腹を立ててるんだ? 普通、尻馬に乗って叩く側じゃないのか?
俺が名前を呟いたのが聞こえたのか、男――ブルートは気まずそうな顔をして、
「あ、あの、その……お久しぶりです……」
と丁寧に頭を下げたのだった。
話を聞いてみると、どうも当時のブルート、リアルで色々あったらしく、憂さ晴らしも兼ねてGAOをプレイしてたんだそうだ。そんな時に俺が説教したからあんな事になってしまったんだが、その後もしばらく荒れてたらしい。ただ住人相手に何かしたら俺に殺されると思い、フィールドで獣相手に暴れてたところを、偶然レディン達と一緒になることがあって、その時に色々あった挙げ句に【自由戦士団】に所属したとのこと。それ以降は落ち着いてるようだ。
「いや、あの時は、本当にすみませんでした」
「もう終わったことだしな。それにあれ以降、住人に迷惑掛けてないんだったら、俺がとやかく言うことはないし」
深々と謝罪するブルートを見ながら、闇討ちまで仕掛けてきたプレイヤーがこうも丸くなるものかと不思議な気分に包まれる。
「ほぉ、お前らの間にそんな事があったんだな」
レディンも興味深げにブルートの告白を聞いていた。
「実際俺を拾って導いてくれたのは団長ですけど、そのきっかけを作ってくれたのはフィストさんです。あの時にフィストさんに注意されてなかったら、俺、今もあちこちに迷惑掛けてたろうし、そうなってたら団長に拾われることもなかっただろうし……だから今では俺、フィストさんに感謝してるんです。それをあいつら……」
悔しそうに声を絞り出すブルート。うん、言っちゃ悪いが勘弁してくれ……強いとか凄いとか称賛されるのもそうだが、全身むずむずして死ねる。今のブルートが更生してて、一連の言動に悪気がないのはよく分かったから。
「そんな過去がありゃフィストに肩入れしたくなる気持ちも分かるがな。今は我慢だ。フィストのためにも、だぞ?」
「……分かりました。今は仕事に集中します」
レディンに諭され、ようやくブルートは落ち着いたようだ。再度一礼し、ブルートは立ち去った。持ち場に戻るんだろうな。
「しっかし……変われば変わるもんだな。別人みたいだ」
「あんまり立ち入ったリアル事情は聞いてないし言えないが、あいつまだ若くてな。家庭内のゴタゴタがあってかなり参ってたみたいなんだが、そっちも今は落ち着いたみたいで、精神的な余裕が戻ったんだろうな。傭兵稼業も真面目にやってるし、あれで住人の子供らの面倒見もよかったりするんだ」
思わず呟くと、優しい目をブルートの背中に向けてレディンが言った。あいつ、本当に生まれ変わったんだなぁ。
俺としてもリアルを詮索する気はないけど、そういった要因で荒れてしまうというのは分かる気がする。うちの会社にもそういう人がいたしな。ただまぁ、その事情というのは他人には全く関係のないことで。それを理由に周囲に当たり散らしていいというものでもない。とは言え、自分がその当事者になってしまった時には、こんな綺麗事を言えないかもしれないけどな。当事者の気持ちなんて、そうなってみないと分からないし。
「アオリーン、フィストの件は団員に徹底しとけ。それからあいつらに気付かれないように、住人達に声かけろ。護衛絡みのことは伏せて、ブラウンベア出没の情報を流してこっちの保護下に入るように説得して回るんだ。その時にフィストの件のフォローも忘れるな。アインファスト住人なら、フィストの悪評を鵜呑みにする奴もいないとは思うが念のためだ」
「分かりました。で、問題の屑共はどうします?」
綺麗な顔で辛辣な言葉を吐くアオリーン。ほっとけ、とレディンが鼻を鳴らした。
「住人を集めてる事に気付いてこっちに来たら相手にせずに追い返せ。懐に蟲を入れる趣味はねぇ。フィストと狼ちゃんにビビって何もできない玉無し共だ。コワモテの団員数人で威圧すりゃケツまくるだろ」
「分かりました。その時は団長を呼びます」
「どういう意味だよっ!? いい男だろ俺っ!?」
「冗談ですよ。では行きます」
微笑を浮かべてアオリーンが動き始めた。何かレディン、アオリーンに頭が上がらないんだな。尻に敷かれてるというか。他の団員もそれ見て笑ってるし。
「てめぇら何笑ってやがるっ!? とっとと作業しろっ!」
レディンの怒声に、ひゃーとかわざとらしい悲鳴を上げながら団員達が散っていった。
さて、俺も守りを固めるのを手伝うかな。