第43話:旅路~2日目朝~
6/4 誤字訂正
朝。目は自然と覚めた。今回初めてGAO内で寝たが、感覚的にはリアルと何ら変わらなかったな。本当に、GAOの技術はどうなってるんだか。
目を閉じて【聴覚強化】を使ってみると、外ではもう何人かが動いているようだ。朝食や出発の準備だろう。ぐ、っと伸びをして身を起こすと、傍にあったぬくもりが離れた。翠玉色の塊がもぞりと動く。
「おはよう、クイン」
俺に寄り添って寝ていた相棒に声を掛ける。うん、もふもふの毛と体温がとても心地よかったです。夏場は勘弁だけどな。
テントを出ると、日が昇りかけだった。空に雲はほとんどない。いい天気になりそうで何よりだ。
動いている人もいるが、まだ寝ている人もいるようなので静かに移動する。この野営地の水場は、すぐ横を流れる川だ。そこへ出て顔を洗う。GAOでは汗をかかないから、洗顔とか意味はないんだけど気分の問題だ。
同じく顔を洗いに来ていた旅人さんと挨拶を交わし、川の水を手で掬う。冷たくて気持ちいいな。それで顔を洗うと、まだ少しぼんやりしていた意識が完全にクリアになった。よし、今日も1日頑張ろう。
テントに戻ってまずは防具を身につける。さすがに寝る時には上半身の防具は外してあったのだ。鎧等を着込むとまだ肌寒い気温設定だったので、フード付きマントも羽織っておく。ただしガントレットだけはまだだ。これからメシの準備もあるからな。
「クイン、メシはどうする?」
何か肉を出そうかと思って問うと、首を横に振ってクインは森の方へと歩いて行った。自分で調達するつもりのようだ。その辺はクインの自由意志に任せているので、こちらには何の不満もない。俺は俺のことだけをするか。
テントを畳んでストレージに収納し、朝食の準備。かまどの火はとっくに消えているので再度火をおこして、フライパンを掛けて、と。
朝食のメニューはパンケーキもどきだ。木製のボウルに小麦粉を入れ、水と卵を加えてよく混ぜ合わせて。ドライフルーツを小さく刻んでそれも混ぜ、熱したフライパンで焼く。色々足りないのでふっくら甘めのパンケーキにはならないだろうけどな。
「よし、完成」
パンケーキもどきが焼けたので木皿に移して、今度はベーコンを取り出した。薄く短冊状に切ってフライパンで焼く。カリカリになるくらい火を通した後で卵を落とし、塩胡椒を加えてかき混ぜてスクランブルエッグに。これでおかずも完成。後はチーズと牛乳、蜂蜜を用意して、と。
「いただきます」
手を合わせて朝食を頂く。まずはパンケーキもどきをそのまま食べてみる。少しぼそっとしてるが、不味くはないな。ちゃんと火は通ってるし。パンそのものに甘みはないが、ドライフルーツが入ってるから味はあるし。蜂蜜を少し付ければ十分すぎるくらい甘い。
こっちの蜂蜜、俺がリアルで食ったことがある物より濃厚なんだよな。甘い物が好きな女性プレイヤーとかは飛びつくんじゃなかろうか。蜂蜜街に買いに行く度胸があるかどうかは分からんけど。他の店とかでも扱ってるんだろうかね。
濃厚と言えば牛乳も濃くて美味い。リアルの牛乳が薄く感じるくらい。そういや搾りたての牛乳は味が濃いとか聞いたことあるけど、そういう理由だろうか。でも美味いは正義なので細かいことは気にしない。
軽く平らげて後片付けをする。食器や鍋は川でそのまま洗っていいようだ。他の人達もそうしてるし。洗剤とかないから簡単に水洗いだけどな。こうして見ると、野営地の人達もほとんど起きてるようだな。
食器を洗って片付けて、ストレージから樽を取り出す。俺は常時、水を入れた樽を4つ持ち歩いている。1つは飲料用兼料理用、あとの3つは解体用と道具や獲物の洗浄用だ。昨日使ったやつを補充しておかないとな。
水汲みは結構重労働だが、俺は精霊魔法で水を操ってそのまま流し込んでいる。単純に水を移動させるだけなら難しくないし、普段の狩りであまり魔法を使わない身としては、こういう機会で経験を積み重ねるわけだ。しかし精霊魔法の使い方が生活関連ばっかりってのはどうなんだろうね。
「おはようございます」
そんな事を考えながら作業をしていると、声を掛けられた。
「おはようございます」
挨拶を返してそちらを見る。立っていたのは20代前半に見える、薄い金色の髪をオールバックにした男だ。恰好は旅姿。男は俺のしてることを興味深げに見ている。
「なるほど、水汲みもそうすれば早く終わりますね。これは便利だ」
「横着なだけですよ」
やっぱりこういう使い方は一般的じゃないんだろうなぁ、と思いつつ、そう言っておく。
「いやいや、こういう発想ができるのは素晴らしいと思いますよ。流石は異邦人、それも名が売れている人は違いますね」
俺のことを異邦人と言った。ってことはこの人、住人か。
「名が売れている、ですか? 人違いでは?」
「何を仰いますやら。ストームウルフと行動を共にする異邦人なんて、私は1人しか知りませんよ、フィストさん」
樽に水が溜まったので魔法を解除。蓋をしてストレージに収納し、改めて男に視線を向ける。
「あんた、何者だ?」
住人の間で名が知られ始めてるのは知っている。防衛戦での活躍がきっかけだ。その後、クインを連れてアインファストを歩いたりしてるのでそれで目立ったのも分かる。しかしどうにも引っ掛かる。何が、とはっきり言えないのがもどかしいが、この男が俺に向ける興味はそういうのと違う気がするのだ。
「これは失礼。私、こういう者です」
男は懐から1枚の紙切れを取り出した。俗に言う名刺である。こっちの世界にも名刺があるのか、と妙なことに感心しながらも、それを受け取った。
ゴッドビュージャーナルの記者、ライアーね……
ゴッドビュージャーナル。通称、神視点新聞と呼ばれるGAO内広報誌だ。GAO内の事件や出来事を載せている新聞で、公式HPで閲覧可能になっている。そしてこの新聞、事件だけでなくプレイヤーの行動なんかも取り上げられることがあり、GAO内でも販売されていて、住人達がそれを購読して読んでいることになっている。ある意味、プレイヤーと住人達を繋ぐ新聞とも言えるわけだ。ちなみに防衛戦関係の記事では死傷者や被害のことが載ってたが、ルーク達【シルバーブレード】とレディン達【自由戦士団】の活躍も大きく掲載されていた。
「で、その新聞記者が、俺に何の用だ?」
しかも名前が
「いやいや、話題の人であるフィストさんがどんな方なのか、一度、直接お会いしたかったのですよ。色々と噂は聞きますので」
どんな噂だ、と聞きたくなったがやめておいた。
「で、あんたの目に、俺はどう見えた?」
だから別のことを聞く。
「いい人に見えます」
笑顔の男の口から出た答えは簡潔だった。
「いえ、実際、本当にいい人なのでしょう。アインファストであなたと接した人に話をうかがったことがありますが、悪く言う人はいませんでしたから。狩猟ギルドや狩りを生業にしてる人達とは仲が良いようですね」
こいつ、どこまで俺のことを嗅ぎ回ってるんだろうか。知られてまずいことはないけど、何やかやと取り上げられるのは勘弁だな。ただでさえ防衛戦とクインの件で他のプレイヤーに比べて目立ち気味なのに。
「そっとしておいてもらえると助かるな」
「あなたが渦中の人にならない限りは大丈夫ですよ。難しいでしょうけどね」
さらっと不吉なことを言いやがったなこいつ……
「まぁ、1つだけ言わせてもらうなら」
さっきまでニコニコと愛想を絶やさなかったライアーが真顔になり、
「自身の評判というものには気をつけた方がよろしい。大きな声、多くの声というものは、時に真実を塗り潰してしまいます。そしてそれが、周囲にとっての真実になってしまうことも珍しくない。何も知らない者は、その色に染まりやすいものです」
それだけ言うと再び笑みを浮かべ、一礼すると去って行った。
「何が言いたかったんだ?」
正直、よく分からない。有名になって尾ひれが付いた噂が流れると、変な認識をされる、ってことでいいんだろうか。とは言え、俺にどうこうできる問題でもない気がするんだけどな。
「よぉ、起きたか」
ライアーと入れ違いで眼帯男達がやって来た。既にフル装備だな。
「どうした、何か問題ごとか?」
「いや、出発するんで挨拶にな。お前には世話になったからよ」
と眼帯男が言った。なんとまぁ律儀なことだ。世話と言っても一緒に飲んだ、一緒に見張りをした、それくらいだろうに。
「ところでフィスト、お前、何かやったのか?」
「何か、って?」
「いや、さっき新聞記者が来てお前のこと聞いていったからな」
火傷男の言葉に、俺はライアーの姿を探す。アレな連中の方へ歩いて行ってるな。あいつらももう起きてるようだ。あいつらにも俺のこと聞く気か? 止める権利なんてないけど、ろくな事言いそうにないな。
「別に一般の方々の迷惑になるようなことはしてないぞ」
「そんなこた、分かってるさぁ。おめぇはそういうことやる奴じゃねぇってよぉ」
うーん、モヒカンに御墨付きをもらうってのは何だか違和感あるなぁ。見かけどおりのチンピラじゃないって事はよく分かってるけどさ。
「ところでよぉ、フィスト。ちぃと、頼みがあるんだけどよぉ」
モヒカンが言いつつ視線を動かした。その先には、土壁に掛けてあったバイソンの毛皮がある。
「あの毛皮、譲ってもらうわけにはいかねぇか? 当然、金は払うぜぇ」
「譲る? 別にいいけど、どうするんだ?」
「決まってんじゃねぇか。加工するのよぉ」
「見て分かると思うが、こいつ細工物が趣味でな。休みには自分で色々作ってるのさ」
……いやいや、どこをどう見たらこのモヒカンが細工師に見えるってんだ眼帯男? いや、よく見たら着ている革鎧は上質そうではあるけどさ。それにアクセサリーの類も色々身につけてるが、これまさか全部手作りなのか?
「お、おぅ……」
「ありがてぇ! 大事に使わせてもらうぜぇ!」
よく分からないままに頷いてしまった。こっちに布袋を放り投げ、小躍りしながらモヒカンが毛皮に向かっていく。ヒャッハー、とか聞こえてきそうな勢いだな。
袋を開けてみると結構な額が入っている。ギルドで確認してた相場より若干多めな気がする。そういや高く売れそうだなんて昨日言ってたから目利きは確かってことなんだろうけど、あいつの懐、大丈夫なんだろうか?
「ま、それじゃ俺らは行くぜ。お前のことだから大丈夫だとは思うが、ブラウンベアだけは気をつけろ。あっちの野営地で会った奴らにも教えてやってくれや」
「あぁ。情報ありがとうな」
眼帯男と火傷男が歩いて行くと、上機嫌のモヒカン男と合流し、こちらを見た。眼帯男が手を挙げる。
「そうそう! アインファストにまた来ることがあれば、いつでも訪ねてきてくれ! 俺達は『難攻不落の廃墟亭』ってところを常宿にしてるからよ! 会えたらまた飲もうぜ!」
何だその、崩れるのか崩れないのか曖昧な宿は……って、そうだ! 名前!
「分かった! でもな、今更だが、俺、お前らの名前、聞いてないぞ!」
そう言うと、眼帯男達は顔を見合わせ、大笑いした。
「そういやそうだったな! 俺はパーチだ!」
眼帯男が親指を自分に向けて言い、
「俺はクラウンだぜぇ! 覚えときなぁ!」
毛皮を頭上に掲げながらモヒカンが名乗り、
「バーンだ!」
火傷男が手を振りながら言った。
3人はそのまま去って行く。何とも奇妙な連中だったが、いい奴らだったな。ん? あいつら、どうして俺の名前知ってたんだ? 俺の方も名乗ってなかったのに。ライアーあたりに聞いたんだろうか。
ま、いいか。それよりクインはまだ食ってるんだろうか。
帰ってきたらすぐ出発できるようにしとくかな。