第42話:旅路~1日目夕方~
日が低くなり、空が橙に染まっていく。うーん、凄く綺麗だなぁ。記念にSSを1枚、と。
今の俺は街道沿いに幾つも設けられている休憩所の1つにいる。高速道路のサービスエリアみたいなものだ。とは言え、建造物の1つすらなく、あくまで水が確保できるだけのキャンプ場、といった感じだ。それでも水があるだけで、野営する人には大助かりなわけで。
これから日が落ちるとこちらの世界は闇の時間だ。松明や魔法の明かりだけで進むには心許なくなる。それに獣達の動きが活発になる時間でもあった。危険を避けるため、そして休息をとるために、旅人は滅多なことでは夜の旅は行わない。
そんなわけで俺も他の旅人達の中に混じって野営の準備中だ。
かまど用の石をストレージから取り出して組み上げ、薪を取り出して設置。それからおがくずを少し盛り、火口箱から火打石と火打金を取り出して打ち合わせる。何度かやっておがくずに火花を散らせ、点いたところで息を吹いて火を大きくし、細く裂いた木切れを加える。木切れが燃え、薪に火が燃え移る。よし、かまど完成。
調理セットの携帯コンロならもっと簡単に火を起こせるんだが、野外で火を点ける時はいつもこうしている。手間を楽しむためだ。ちなみに普通のプレイヤーがこれをやるとかなり苦労するらしいと掲示板のサバイバルスレで見かけたことがある。魔術師なら発火の魔法とかで簡単らしいけどな。ちなみに火打ち石の打ち方は、俺はリアルで爺さんに教えてもらった。木の棒をこするやり方もやったことがあるが、俺はあれは上手くできなかったんだよな。マッチやライター、ファイアスターターの有り難みが幼少の頃ながらよく分かったなぁ。でもその苦労を、今は楽しんでるんだから、世の中わからないものだ。
「あの、すみませんが」
今晩の献立を何にするかと考えていると、旅人さんが傍に来た。女性で年齢は20代半ばといったところだろうか。ちょっとふっくらとした、美人ではないが可愛い系の人だ。
「どうかしましたか?」
「よろしければ、火種を頂けないでしょうか?」
ああ、あっちも野営の準備か。ふと後方を見ると、こっちに視線を送る男性と子供が1人。この女性の連れだろうな。
「ええ、どうぞ」
俺は火が付いた薪を1本抜いて、女性に手渡した。礼を言って女性は俺に1本の薪を差し出してくる。頷き、それを受け取ってかまどに投入する。この程度の助け合いはごく当たり前の事だ。野営地ではお互いに助け合えと教官殿も仰っていたし、こういう助け合いはリアルでキャンプをした時にも経験済なので全く抵抗はない。
俺は鍋に麦と水を入れて火に掛けた。麦は大麦だ。ゲームの中でも米的なものを食いたいという欲求から、市場で買ったものだった。つまり麦100%ご飯である。これに、アインファストを出る時に思わずその場で焼いてるのを全部買い込んでしまったおっちゃんの屋台のティオクリ鶏をおかずにする。後は野菜を塩で茹でるかな。
飯盒炊さんや釜炊きの経験もあるので鍋で飯を炊くのも苦にならない。あ、箸がなかったな。後で薪を削って作るか。
野菜も切って、別の鍋に掛ける。さて、それじゃバイソンの解体に移ろうか。
「クイン、誰か来たら――って、どこ行った?」
気付けばクインの姿がない。あちこち見てみたら、川向こうの森から大きめのチャージラビットを咥えたクインが姿を見せた。ととっとこっちへ駆けてくるクイン。それに気付いた旅人達が慌て、武器を手にする者達も出たが、クインが俺の傍に来てチャージラビットを離したことで危険はないと判断したようだ。ここまで近付けば装飾品も見えるしな。
「クイン、ちょっと作業に入るから、人が来たら教えてくれな」
精霊魔法を使い、土の壁を三方に形成し、周囲から見えないようにする。ちょっと広めに空間を確保しておいた。他の野営者には迷惑になるかもだが、これからすることを晒すのもちょっと、ということで。多分、プレイヤー程の忌避感は持たないだろうけど念のためだ。
ストレージから取り出したのは途中で狩ったファルーラバイソンだ。狩ったその場で解体せずに後回しにしていた。
壁の向こうからバリバリと咀嚼音が聞こえてくる。晩飯の前のおやつですね分かります。
んじゃま、こっちはこっちで始めるとしますか。
「ノーッ!?」
気付いた時には遅かった。何か焦げ臭いなと思って作業を中断してみたら、大麦を炊いていた鍋から煙が出ていたのだ。
慌てて蓋を開けると焦げた匂いが広がった。どうも底の部分が焦げているようだ。おこげってレベルじゃないなこりゃ……
一旦火から取り上げて、木製のへらでかき混ぜてみる。底の方は真っ黒け、上の方もほとんど炊けていないというか生煮え状態だ。おかしいな、水加減は万全だったと思ったのに。
炭化した部分を排除しながら原因をウィキ先生に求めてみた。麦飯で検索してみたところ、麦は米より炊く時の水分が多く必要らしい。あぁ、そういうことか。そりゃあ米を炊く水分じゃ足りないよな。麦だけで炊いたのは初めてだったからなぁ……下調べをしておけば良かったか。
炭になった麦を火にくべて、残った麦を見る。このまま捨てるのは勿体ないよな……
「よし、メニュー変更」
俺はその麦を、野菜を茹でていた鍋に投入した。それから携帯食である干し肉をいくらか千切って追加する。麦飯じゃなくて麦粥になるだろうけど仕方ない。食べ物は大切に、だ。どんな味になるか予想がつかないが、食えないことはないだろう。
「クイン、変な匂いがしたら次は教えてくれるか?」
そこまでクインに求めていいものかとも思ったが、クインは頷いてくれた。よしよし、解体途中だがモツをやろう。存分に食らうがいいさ。
辺りはそこそこ暗くなってきたが、かまどや暖を取るための火で野営地の中は比較的明るくなっている。あちこちで飯を食べてる様子が見えるな。
解体は無事に終わった。後片付けをして、剥いだ皮は土壁に掛けておく。さて、それでは肉だ。せっかく狩った肉を食べないのはバイソンさんにも申し訳ない。ティオクリ鶏をおかずにする予定だったが、解体している内に気が変わった。次の機会にして、今晩はバイソン肉祭りといこう。
バイソンの内臓はいくらかクインにやったが、結構な量が残ってる。ホルモン焼きとかいけそうだが、今日のところは普通に肉だ。
熱した鉄板に脂をひいて、まずは取れたてのレバーをスライスしたものを焼く。それからバラと肩ロースだ。
肉の焼ける匂いはたまらないな。こうしてるだけでも口の中に唾が溜まっていく。クインも上機嫌に尻尾を振っている。こいつ、生でも普通に食うけど、焼いた肉も結構お気に入りになったようだ。こればかりは人間の手を介さないと食えないしな。
早く焼けないかなとソワソワしながら見守っていると、複数の足音が近くで止まった。顔を上げるとそこにいたのは3人の男だ。装備は革鎧や金属鎧とまちまちだが、人相は悪い。1人は眼帯、1人はモヒカンだし、1人は左頬に大きな火傷がある。道中で出くわしていたら野盗だと判断したかもしれないくらいにはコワモテだ。というか、この世界にモヒカンってあったのかよ。
「よう、兄ちゃんよ。いいもん持ってんじゃねぇか」
リーダー格の、右目に眼帯をした男がニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。その視線は鉄板の上の肉に注がれている。
「美味そうな匂いを撒き散らしやがってよぉ。こちとら保存食で細々やってるってのになぁ」
やれやれ、とモヒカンが溜息をついた。しかし視線は鉄板だ。
「いやぁ……羨ましいねぇ……」
金属鎧の火傷男が唾を飲み込みながら以下略。
周囲の旅人達が不安げにこっちを見ている。まぁ、普通に考えたら俺に絡んでるようにしか見えないしな。はぁ、飯の前に荒事か……
「で、何の用だ?」
肉をひっくり返しながら、一応聞いてみる。気構えだけはしておこう。
「へっへっへ……分かってんだろ?」
眼帯男が腰に手をやった。来るか?
「どうだい、いくらか譲っちゃくれねぇか?」
しかし予想に反して、眼帯男が取り出したのは剣ではなく財布であろう革袋だった。まぎらわしいんだよお前らっ! 強盗かと思ったじゃねーかっ! いや、見た目で判断した俺が悪いんだろうけどさっ!
「そりゃ構わんけど、どの部位がいるんだ? 部位によって食い方とか違うぞ? それにお前ら、調理器具は?」
「いや、焼いたやつを譲ってもらおうと思ったんだが……色々あるのか?」
「そりゃあ……」
俺は土壁に掛けてあるファルーラバイソンの毛皮を指した。
「一頭丸ごとあるからな」
「こいつを狩ったのか。すげぇなお前。傷もねぇみてぇだし、こいつはいい値で売れるぜぇ」
モヒカンが感心したように毛皮を見ている。へぇ、そういうの分かるのか。意外だ。
「つっても、俺ら、肉に詳しいわけじゃねぇからな。適当でいいんだが」
「そっか。それなら、今焼いてるやつをやるよ。お代は……そうだな、ただ焼いただけだし、皿ひと盛りで50ペディアだ」
「50? こんな場所で出すにはちょいと安すぎじゃないか?」
「おう。もうちょっと出すぜ?」
火傷男がそれでいいのかと疑問の声をあげ、眼帯男がそう言った。
旅の最中は保存食が主流だ。ストレージを持っているなら、出来合いの料理を準備している人もいるが、当然それは少数派であり、新鮮な肉や野菜を食べられる機会は滅多にない。だから、こういう場所でそういうものを供するとなると、結構な値段になるらしい。
とは言え、俺も商売してるわけじゃないからあんまりその辺、拘りがないんだよな。何なら近くの人を全員巻き込んで焼き肉パーティーでもいいわけだし。
「ああ、構わんよ。金を取るような料理じゃないしな」
焼けた肉を1枚つまみ、軽く塩を振って食べてみる。うん、美味い。肉は正義だな!
他の肉にも塩を振り、それを木皿に盛って眼帯男に渡してやった。ありがとよ、と眼帯男は受け取った木皿をモヒカン男に渡すと、財布から硬貨を取り出す。
「ところで、追加を頼むのは構わねぇか?」
10ペディア大銅貨を5枚受け取る。すると眼帯男がそんなことを言った。連れでもいるのか、それとも足りなくなるのか。別に構わんが。
「せめて、俺がメシを終わらせてからにしてほしいな。俺も腹ペコなんだ」
「あぁ、悪いな。じゃ、しばらくしたらまた来るぜ」
「ありがとよ、兄ちゃん」
「また後でな」
口々に言って、眼帯男達は去って行った。さて、早めに食ってしまおうか。他の旅人達もこっち見てるし、客が増えるかもしれん。
とりあえずクインの肉を焼いてやりながら、麦粥の方を見てみる。うん、匂いがおかしいとかはないな。米を炊いた時よりは匂いが強いけど。野菜から水分が出たせいか、麦が吸ってもまだ結構水気が多い。
少し掬って味見をしてみると、思ったより味はある。塩もそうだが、干し肉からダシが出たのか? もう少し煮込んで水分を飛ばしたらおじやっぽくなるかもな。
ともあれ食おう。木の椀にすくい、手を合わせて口にする。粥と言ったが結構大麦の形が崩れてないから、歯ごたえが残ってるな。あぁ、でもこのくらいの方が俺は好きだ。野菜もよく火が通ってるし、それぞれの味がきちんとしてる。干し肉も柔らかくなっていいアクセントだ。これは当たりかもしれない。一応レシピ登録しておこう。
「ほら、クイン。焼けたぞー」
大きめにしておいた肉を差し出すと、クインが嬉しそうにかぶりついた。いい食べっぷりだ。
それじゃ、俺も自分用の肉を焼くかな。
あれから肉は結構売れた。値段が安かったこともあるし、温かい物を食えるのがよかったのだろう。他の旅人達もちょこちょこやって来たのだ。
普通に代金を支払う者もいれば、それに加えて酒をくれた人もいたり、作った料理を持って来てくれた人もいた。そうしている内に眼帯男達も酒を片手にやって来て、そのまま飲みへと突入していたりする。一緒に飲むなら商売抜きということで、俺は追加で肉を提供してやった。
「しかし旅の最後の日にこうも楽しい夜になるとは思わなかったぜぇ」
ぐいっと酒を呷って、モヒカンが陽気に笑った。焚き火に照らされた顔がすっげぇ怖いです。
「ああ。普段なら膝を突き合わせて、干し肉を囓りながら酒を飲むしかないからな」
火傷男も上機嫌だ。彼が言う光景を想像してみたが、すぐに止める。山賊が次の獲物を狙う相談をしている図にしか見えない。
「偶然の出会いに感謝だな。ほら、もっと飲めよ」
眼帯男が酒袋を差し出してきたので、俺は遠慮なくそれを受ける。
「でもそうか、あんたらは明日でアインファスト入りか」
眼帯男達はツヴァンドから来たそうだ。傭兵をしていて、アインファストを拠点にしているらしい。今は仕事の帰りというわけだ。
「ちょうどいい依頼がなかったから手ぶらでの帰還だがな。まぁ、アインファストに戻って少しゆっくりするのもいいだろうって考えてたところさ」
「まぁ、とりあえずは蜂蜜街だがな」
火傷男の発言に、うむ、と頷く眼帯男とモヒカン男。
「ツヴァンドにも色街はあるんだが、やっぱアインファストだよな」
「街の規模が違うからな。ドラードも結構粒揃いだ。そういう意味じゃツヴァンドは一歩劣る。あくまで規模の話であって、いい女がいないわけじゃないけどな」
「いやいや、でも最高はどこかって言ったら王都の店だろぉ?」
「料金も最高だったがな!」
だっはっは、と笑う悪人面達。やっぱりこの手の人種は酒と女の話で盛り上がるんだろうか。周囲の男衆も笑ってるが、奥さんがいる人も混じってるだろうに、いいのか?
「おぉ、そうだ。この先、次の野営地あたりの話なんだがな」
眼帯男が焼き肉をもしゃもしゃやりながら言った。
「俺達の時は問題なかったんだが、ブラウンベアの目撃情報がある」
「珍しいな。あいつらが森の外に出るなんて」
ブラウンベアは森を入ってしばらくしたあたりに出没する獣だ。街道まで出てくるって話はプレイヤーからも聞いた事はない。
「あぁ。しかも3頭だってよ。つがいとその子供だろうな」
「普通なら小熊なんだろうが、結構成長してるらしくてよぉ。一度に襲われたらやばいぜぇ? ちゃんと見張りを立てるのもそうだがよぉ、次はあんまり騒ぎ立てない方がいいぜぇ?」
「ん? 騒ぐと寄ってくるのか?」
熊って、人のいる方には近付いてこないんじゃないのか? って、それはリアルの話か。
モヒカン男の言葉に俺が反応すると、
「そりゃあな。餌が近くにいるのに、狙わない手はないだろう」
事も無げに火傷男が答えた。なるほどと納得する。こっちの熊さんは怖い物知らずの武闘派らしい。そういや俺が以前倒したブラウンベアも、逃げずに襲ってきたもんな。
「てことは、料理も避けた方がいいか?」
熊の嗅覚は犬よりも上だとか。GAOの熊も同じなら、今日みたいに肉を焼いたりしたら引き寄せかねない。いうか、ここで料理したこともまずいんじゃなかろうか?
「念を入れるなら、やめた方がいいかもな。でもまぁ、普段はそこまで神経質になることはねぇよ。ここで料理するくらいなら問題ないさ。やばかったら注意してる」
ごもっとも。教官殿も特にこの件については触れてなかったし、大丈夫なんだろう。
「さて、と。もう少し楽しみたいところだが、そろそろカタギはお休みの時間だろ。騒がしくちゃ寝られねぇだろうから、そろそろお開きとするか」
眼帯男が立ち上がる。この人相で発言が常識的だと凄く違和感があるな。外見が普通でも中身がアレな集団と遭遇したばかりだから余計にそう感じてしまう。
ちなみにそのアレな集団は、野営地の隅っこの方に陣取っていた。かなり暗くなってから到着してたから、調教女と合流したんだろう。姿は見てないけど。まぁあれだけ離れてれば我慢できそうだ。
「あ、そうだ。見張りはどうするんだ?」
この手の野営地での集団での野営は、そういう面で協力するのが常だそうだ。大体は荒事が得意な奴が率先してやるらしいが、今回はどうなるんだろうか。
「まぁ、俺らが三交替するとして、もう少し協力してもらえりゃ問題ねぇな」
「ああ、だったら俺らからも出す」
眼帯男が言うと、商人の護衛で参加していた傭兵の男が挙手した。
「こっちは4人いる。合わせて7人もいれば十分だろう」
「見張りだけでいいなら、私も立ちましょう」
荒事には向いていそうにない、ごく普通の旅人っぽい男も手を挙げた。ふむ、それなら。
「俺と、相棒も出るよ。いいよな?」
土壁の影に隠れているクインに声を掛けると、ひと吠え返ってきた。9人と1匹。うん、交替で回せば十分な気がするな。
「いっそあいつらからも出してもらうか? 全員、戦闘向けみたいだしよ?」
傭兵の1人がアレな連中を見やる。
「やめとけ。役に立たん」
俺はきっぱりと言い切った。というか、あいつらが信用できない。安心して任せられない見張りなど、いない方がマシだ。それ以前に、話を持ち掛けても乗ってくるとは思えんけどな。
「そんなに使えん奴らなのか?」
「実力は知らんが、往来で武器を振り回してふざけるくらいの程度だ」
「要らんな。俺達だけでやろう」
俺の言葉に傭兵も即座に返した。無言で頷く眼帯達。
ともかくまぁ、そういうことになった。