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第41話:旅路~1日目朝~

 

 空は快晴、吹く風は心地よい。昼寝したら気持ちいいだろうなと思いながら俺はクインと街道を歩く。

 街道と言っても舗装されてるわけじゃないが、地均しはされているので馬車の往来にも支障はない。馬用の道の両端が歩道になっていて、俺達はそこを歩いている。確かローマの街道もこんな感じになってたんだっけか。

 幾つもの馬車が人や物を乗せて俺達を追い抜いていく。時間帯が時間帯なので、アインファストへ向かう馬車とすれ違うのは当分先だろうな。

 街道を行く人の数は、思ったよりも減った。南門に集まっていたプレイヤーのほとんどは、そのまま狩りに行ったみたいだ。こっち側には牛が出るらしいしな。牛と言っても白黒模様のあれではなく、気性が荒いバイソン系のもっさりした姿の奴らしいけども。うむ、毛皮に肉と、美味しい獲物だ。あと、こいつも剥製で人気があるとかボットスさんが言ってたな。

「もし牛を見つけたら確保しような、クイン」

 のんびりと歩きながら相棒に語りかけると、尻尾を大きく揺らした。そうかそうか、お前も食いたいか。食いたいよな。剥製は……まぁいいか。あの大鹿に匹敵する大牛なんて、出てくるはずないしな。


 

 自分の歩く速度は速い方なんだろう。結構な数の旅人を追い抜いてきた。こうして見てみると、プレイヤーはともかくとして、住人の旅人達の装いも様々だ。ただ共通しているのは武器を携行していることだろうか。戦いが得意そうに見えない女性ですら小剣や短剣を持っていた。気休めにしかなりそうにないけど、やっぱり危険はつきものという認識でいるんだろうな。

 そして、通り過ぎる時に耳に入ってきた会話から察するに、顔見知りではない旅人同士で小集団を形成しているようだった。これも危険を避けるための対策なんだろうなと思う。質のことを挙げればキリがないが、1人より2人、2人より3人の方が襲われにくくなるだろうし、護衛を雇うなんて余裕は一般の人にはそうそうないだろうしな。

 それにこうした出会いが今後も繋がったりすることもあるかもしれないし。さっき通り過ぎた時の行商っぽい人は、商品の売り込みとかもやってたし。

 うん、そういう旅路も楽しそうだよな。進行速度が合えば、だけども。生憎俺もクインも健脚だ。それに急ぐ旅ではないにせよ、途中で好き勝手に狩りとかするなら、彼らと一緒にというわけにもいかない。牛を諦めればあるいは……いや、しかしそれは惜しいし。

 そんな事を考えながら歩いていると、前方に人だかりが見えた。人だかり、というのは語弊があるか。何か、進行速度が落ちているような感じだな。前がつっかえているというか。

 そう時間を掛けずに集団へと追いつく。原因はすぐに分かった。数は10人か。歩行者用の道一杯に広がって歩いてる一団があった。一部は馬道にはみ出してすらいる。本人らは楽しそうだが、はっきり言えばやかましい。こいつらが邪魔で、他の旅人が前に進めないでいる。

 街道と言っても道の外が歩けないというわけじゃないので、避けて通れば問題ないんだが、何をとち狂っているのか手にした武器をおもちゃのように振り回したりしてチャンバラごっこをやっている。結構派手に動いてるので、かなり大きく迂回しないと偶然でもこっちに武器が当たるかもしれない。何故かって? こんな状態になってなお、あいつらは渋滞の原因になっていることに気付いてなさそうだからだ。

 ふざけ合うのはいいが時と場所くらい考えてほしいものだ。口調といい態度といい、多分住人じゃなくてプレイヤーだろうな。念のためにマーカー表示をオンにしてみるとやっぱりプレイヤーだった。狩猟ギルドでの件といい、コーネルさんの所での件といい、何かこういうのばっかり遭遇する気がする……俺、何か悪い事したかな?

 誰かが注意してくれるだろうかと思ったが無理そうだ。今ここにいる旅人は、全員一般人っぽい。傭兵の1人でも混じってれば一喝してくれただろうにな。仕方ない、か。

 俺は断りを入れながら旅人達の間を抜けて前に出た。

「すまないが! 道をあけてくれないか」

 そしてそのまま、小集団へと声をかける。こちらに確実に気付くように大声で呼びかけ、意識がこちらに向いたところで普通の音量に戻して訴えた。足を止めた連中が訝しげに俺を見る。

「なに、あんた?」

「見てのとおり、旅の途中の者だ。先に進みたいんで道をあけてくれないか」

 邪魔だ、とははっきり言わないでおく。過敏に反応して因縁つけてくるかもしれないしな。いや、現時点でもその可能性はあるんだけど。

「人を邪魔者みたいに言いやがって……気に入らねぇな」

 はい、駄目でした。革鎧を着た男が1人、こちらを睨み付けてくる。何でこう、喧嘩腰かね? こりゃ何を言っても駄目だな。方針変更だ。

「邪魔者みたい、じゃなくて、邪魔なんだ。お前達が道一杯に広がってじゃれあってるせいで通れないんだよ」

 一応、馬道は歩いてはいけないということになっている。交通量は多くなく、馬車がすれ違える程に広くは作ってあるが、速達の郵便馬が全力疾走することもあるからだ。だから徒歩の人達は歩行者用の道を歩く。それが自分達の身の安全のためでもあると知ってるから。

 一方で、歩道一杯に広がって歩いてはいけないという決まりはどこにも明文化されていない……と思う。でもそんなことをする住人はいない。

「喧嘩売ってんのか? あぁ?」

「売ってるのはお前らの方だろう。俺達はお前達が道を譲ってくれればそれでいいんだ」

 なぁ、と後ろを振り返る。当然、足止めされていた他の旅人達だってこの状況に甘んじていたいわけじゃない。切っ掛けさえあれば、当然自分達の意志を示す。

 特に言葉を発したわけじゃない。それでも無言の圧力というのは伝わったようで、渋々ながらもプレイヤー達が道をあけた。ほとんど武装はないとはいえ、人数はこちらの方が多いのでびびったんだろう。だったら最初から粋がるなって話なんだけどな。

 俺は頷くことで旅人達を促す。会釈して、あるいは感謝の意を言葉にして、旅人達は通り過ぎていった。

 あっという間に渋滞が解消する。遅れた分を取り戻すためか、あるいは早々に離れたいのか、結構早足で旅人達が去って行くな。

 よし、全員通り抜けたな。それじゃ俺も――

「待てよ!」

 行こうとしたところを呼び止められた。こうも予想どおりの行動をしてくると笑えるな。本当に笑ったら火に油を注ぐことになるけど。

 面倒くさいんだが振り向いてみると、不機嫌一色の顔が並んでる。気に食わないんだろうな……でもな、それはこっちも同じだ。

「よくも恥をかかせてくれたな、えぇ?」

 まるでチンピラのように凄んで見せる男達。その後ろでは女達が無駄に煽り立ててるのが見えた。

「恥は今まさに、現在進行形で、かいているまっ最中だろう?」

 言ってやったが意味が分からないのか、は? と訝しがるチンピラ達。

「数で劣ってる内は大人しくしといて、相手が1人になった途端にコロッと態度を変えるその性根こそが恥だろうに」

 注意をした時点では恥をかかせたつもりはない。馬鹿を晒していたことを自ら恥じたというなら話は別だが、そんな殊勝な考えはこいつらにはないだろう。単に言い負かされたことを、旅人達に屈した(と思い込んでる)ことを、勝手に恥だと解釈してるだけだ。

「死にてぇのか、あぁっ!?」

 男達が手にした武器を見せびらかすように構える。さっきも思ったが、街の外とは言え往来で武器を振り回すことをこいつらはどう考えてるんだろうな? それにしても、死にたいのか、か……

「殺したいのはお前らだろう。で、誰が賞金首になりたいんだ? PKをした時点でそいつが賞金首になってしまうのは承知の上だろう? 当然、その後で賞金稼ぎプレイヤーに命を狙われることを覚悟しての発言だろうな?」

 住人相手ならともかく、プレイヤーの殺害に関しては、正当防衛でない限りはそれが成立した時点で賞金首認定されることが確定している。つまり俺がこの場でこいつらの中の誰かに殺されたなら、その瞬間にそいつは賞金首になるのだ。

「賞金首として討伐されたらペナルティがでかいぞ? 最低ランクのE級でも戦闘系スキルのレベルと所持金は半減するし、ステータスもダウンする。一時的じゃなく、永久にだ。おまけに一定期間ログインすらできなくなる。それを望むなら好きにするといい。だがその場合、俺は全力で抵抗するがな」

 ガントレットを打ち鳴らし、威嚇してやる。まぁ、ここで襲ってはこないだろうけどな。そこまでの度胸があるようには見えんし。数が多いから粋がってるだけのガキ共だ。

 一瞥するも、やはり掛かってくる様子はない。言いたいことはないわけじゃないが、これ以上は止めておこう。正直なところ、ガキの相手をするのは疲れる。今後、どこかでまた住人やプレイヤーに迷惑を掛けているのを見かけたら、その時はその時だ。このまま調子に乗ってれば、いずれは荒っぽい連中とトラブって痛い目を見ただろうし、今回の件で少しは考えてくれればいいな。

 さて、それじゃ俺も行こうか。そう思ったところで。

「きゃあぁぁぁぁっ!?」

 突如、悲鳴が響き渡った。そして吹っ飛んでいく女プレイヤーが見えた。おー、よく飛んだなぁ……じゃない。即座に思い当たった原因に目をやると【暴風の咆哮】をぶっ放したクインがいた。

 しかし一体何があったんだ? クインが分別無しに人を襲うなんて考えられないんだが。

「どうした、クイン?」

 問うと、不機嫌そうなクインがこちらを見て、顎を上げた。そこにあるのは俺が買ってやった、紫水晶のペンダントトップが付いた首輪。そして、何やらキラキラと光る光の輪のようなもの。それは魔力の光で、光はさっき吹き飛ばされたプレイヤーへとうっすら伸びていたが、次第に消えていく。あの女がクインに何かしたのは間違いなさそうだ。

 ただ、何をされたんだろうな。特に異常が見られるわけでもないし。

 困った時のログ頼み。設定変更してログ表示をオンにし、俺はクインのログを見てみる。今更だが、俺はクインとパーティーを組んでいる形になっている。GAOではイベント云々は関係なく、NPCともパーティーを組めるんだ。動物と組めるのかは疑問だったが、クインは自分の意志で参加を了承し、システム的にそれは受け入れられたので問題ないようだ。で、パーティーを組んでいると、パーティーメンバーに起こった事柄はログ表示されるようになる。だからそれを見れば、クインに何が起こったのか分かるはずだ。

 ログにはこう記されていた。


 クインは【テイム】を受けた

 クインは【テイム】に抵抗した


 ……まさかあの女、クインをテイムしようとしたのか?

 確かにクインはNPCだ。マーカーはNPC表示のままで、テイムアニマルのように色が変化してはいない。そういう意味では野の獣と同じだ。

 でもな、クインは首輪もしてるし、腕輪だってしてる。実質はともかくとして、明らかに野生であるようには見えない。にもかかわらず、あの女は俺が連れていたクインをテイムしようとした。正気か?

「てめぇ、よくもやってくれたなっ!?」

 吠える連れを無視して、俺は吹っ飛ばされた女に近付く。クインも俺に続いた。

 仲間に助け起こされていた女が、こちらを憎々しげに見る。

「何すんのよっ!?」

 そして第一声がこれだった。

「何すんのよじゃないだろう。他人の持ち物である動物にテイム仕掛けるとかどういうつもりだ?」

 後ろからクインに腰を突かれたがとりあえず無視だ。いちいち突っ込まなくても分かってるから。お前は誰の物でもないよ。

「はぁ? そいつ誰のテイムアニマルでもないじゃん! なにわけのわからないこと言ってるわけ!?」

 おいおい、誰の物でもないって思ってるなら、俺に文句言ってる時点でおかしいだろう。俺がやらせたと思ったから俺に文句つけたんじゃないのか? そっちこそわけが分からんわ。

「マーカーはNPC表示でも、首輪と腕輪着けた動物が、誰の庇護下にもないなんて本気で思ってんのか? というより、プレイヤー以外のテイムアニマルは全部NPC表示だろうが。まさか、今までも他の住人の動物を強奪したりしてないだろうな?」

 プレイヤーのいないキャラクターは全てNPC。GAOの意見は変わっていない。テイムアニマルとして表示が変わるのは、プレイヤー支配下の動物だけで、NPC支配下の動物はマーカーが変化することはない。テイムするって事はこいつは【調教】スキルをもってるんだろうけど、それを知らないんだろうか?

「今お前がやったことはな、首輪を着けて歩いてる犬猫を、飼い主の前から勝手に自分の家に連れ帰るのと同じ事だ。リアルに照らし合わせるなら……動物泥棒だな」

 法律では動物はもの扱い、と聞いたことがあるので、そんな感じだろう、多分。迷子の動物を保護するのとは明らかに違うのだ。俺の言い方が合っているかどうかは分からないが、こいつらにそれを判断する頭はないだろう。泥棒、って部分が強調できてればいい。

 しっかし、遭遇してすぐの動物をいきなりテイムしようとするかね、普通。テイムの条件は色々あるみたいだが、その動物が相手を認めるかどうかが重要らしい。それが愛情による信頼関係でも強さによる順位付けでもいいわけだが。で、今回の場合、クインとさっきの女に信頼関係などあるわけがなく、力を見せ合ったわけでもないので順位付けができるはずもない。クインにしてみれば顔を合わせるなり『つべこべ言わずに屈服しろ』と言われたようなものだろう。そして当然、女王様がそんな命令に従うわけがない。

「自分が使ってるスキルの特性くらい理解してから使え。今のお前がこいつをテイムしようとしても100%無理だ。で、お前らはこの泥棒女の片棒を担ぐつもりか?」

 俺達を取り囲んでいたプレイヤーを一瞥する。さすがに先に手を出したという気まずさはあるのか、何も言わない。

 これでカタが付いただろうと、俺はクインを連れて踵を返した。はぁ、疲れた……

 一応【気配察知】で探ってみるが、後ろから俺達をどうこうしようという動きは見られない。できればこれ以上あんな連中に関わりたくない。そう思ったのに、


 クインは【テイム】を受けた

 クインは【テイム】に抵抗した


 どこかで見たようなメッセージが表示された。俺は足を止める。クインも低く唸りながら足を止めた。あの女、本当に人間なんだろうか。脳の代わりにプリンでも詰まってんじゃないのか?

「独りで大丈夫か?」

 問いに答えず、クインが後ろを向く。システム上、俺があいつらに攻撃するとどういう判定を受けるか分からない。パーティーメンバーが攻撃を受けたようなものなんだから、正当防衛は成立すると思うんだが……確かめる時間もないしな。後で運営に問い合わせてみるか。

 もう、いい。自業自得だ。

「お前の意志で、お前の好きなようにしろ」

 そう言って一呼吸おき、俺も振り返る。その時には既に、クインは調教女の腕にかぶりついていた。 


 


 空は快晴、吹く風は心地よい。しかし気分はあまりよくない。

 結局あの後、クインは調教女の腕に噛み付いたまま散々に引きずり回した。連れのプレイヤー達はクインの速さに追いつけず、調教女は泣き喚いていたが最後に頭を噛み砕かれて散った。やりすぎ、だとは思わなかった。クインも相当ご立腹だったみたいだ。

 あんまりマナーがどうとか言いたくはないが、明らかに度が過ぎてる奴がいる。俺が遭遇したのはそういう一例で、実際はあちこちで同じようなことが起きてるのかもしれない。プレイヤー間で馬鹿やるのはどうでもいいが、住人には迷惑をかけないでほしい。

 さっきの連中はどうするんだろうな。死に戻った調教女と合流するのか、それとも無視して先へ進むのか。願わくば、二度と顔を合わせたくない。

「1日目からこれじゃ、先が思いやられるなぁ」

 せっかくの旅だというのにテンションが下がる。まったくどうしたものか……

「ん、どうしたクイン?」

 ふと、クインが立ち止まった。鼻をヒクヒクさせながら道の外へと向けている。

 この辺りは開けているとはいえ、なだらかな丘の間を縫って街道が通っている。クインが向く先にも特には何も見えないんだが……丘の向こうか?

 道を外れてそちらへと向かう。クインは先行していたが、丘の頂に近付いたところで身を低くし、ゆっくりと動くようになった。俺も近くまで行くと身を屈め、そっと様子を見る。

 丘の向こうには群れがいた。薄茶の体毛をしたバイソンのような動物の群れが草を食んでいる。【動物知識】で確認すると、ファルーラバイソンと出た。しかし何だ、俺の知ってるバイソンと違う。特に頭の毛がすごいな。まるでアフロだ。

「……肉!」

 まだ狩って食ったことがない、牛系の動物。特殊個体はいなくても、そこそこ大きい奴が何匹かいる。ただ、身を潜める場所がないから近付くのは容易じゃないか?

「クイン、足止め頼めるか?」

 問うと、尻尾が背中を叩いた。任せろ、ということだろうか。

「よし、頼む。今晩はバイソン肉だぞ」

 クインが一気に飛び出した。翠玉色の毛色が草原に対してカモフラージュ効果を得たのか、バイソンまでの距離を半分以上走破したところでバイソンが頭を上げた。混乱する群れの中からクインは一番大きい雄を選んだようだ。そいつは暴風狼に追いやられ、こちらへとやって来る。

 よし、狩りの時間だ。テンション上がってきた!

 

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