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第39話:PvP

9/4 一部修正

 

 ログイン48回目。

 アインファスト北部の岩山付近。前回、【強化魔力撃】を試したレイアスの採掘場にて。

 俺は呼吸を整えながら相手を見やる。相手もまた俺と同様に荒れた息を抑えようとしていた。

 対峙している相手はアオリーン。【自由戦士団】の副団長を務める女傑だ。手には一振りの長剣。さっきまで盾も持っていたが、俺がそれを掴んで腕ごと振り回して体勢を崩すという手段に出たため、投げ捨てていた。

 何でこんなことになったのかというと、アインファストで偶然ルーク達と遭遇したからだ。俺は狩りに出るつもりだったんだが、ルーク達はPvPをするために外に出るのだと言う。街の中にもPvPのできるスペースはあるんだが、人の目に付くのを避けたかったようだ。

 それならということで、ほとんど人が訪れることのない北部の岩山へ案内してやったわけだが、皆を置いて狩りに行こうとした俺はそのままPvPに参加することになってしまった。

 考えてみればアインファストの闘技祭に出ようと思ったのも対人戦の経験を積むためだったわけで、俺にとってもいい機会だった。ただ、あまりにもレベル差があると意味がないので手加減をお願いしたところ、まずはどの程度動けるのかを確認してみようということになり、今に至る。

 いきなりルークやレディンとぶつかるのも無謀なので、最初の相手はアオリーンになった。勝利条件は一撃で一定以上のダメージを与えること。制限はアーツと魔法の使用禁止。純粋に戦技でのぶつかり合いだ。【魔力撃】無しでのガントレットによる防御行動は若干不安があるんだが、今のところは問題なく行えている。

 しかし、流石は【自由戦士団】副団長だ。PvPを開始してからそれなりに経ったのに、こちらからの有効打は与えられずにいる。とは言え、向こうからの有効打も受けていないのだから、俺的には善戦していると言える。まぁ、あちらの打ち込みを何とか凌ぐのが精一杯、というのが本当のところだが。

「おーい、いつまで見つめ合ってるのー?」

 横手からウェナの声が飛んできた。そう言われても、動くタイミングを窺ってるんだ。闇雲に突っ込めばいいってもんじゃない。

 正直なところ、打撃を叩き込むのに抵抗があったりするんだがな。ろくでもない女なら何ら遠慮することはないけど、アオリーンはいい人だし。でも、そういう思考が相手にとって無礼なんじゃないかというのも分かってる。今俺は、彼女と真剣勝負をしてるわけだから。

 荒い息を吐くアオリーンを見ながら決める。そろそろ動こう。

 地面を蹴って俺は跳び出した。もう少しインターバルがあると思っていたのか、一瞬驚いたようだったが、それでも即座にアオリーンは対応してきた。

 こちらに合わせるように剣が振り下ろされてくるのを見ながら、右足を振り上げる。狙いはアオリーン本人ではなく、彼女が剣を持つ右手だ。

 鉄芯入りのブーツによる一撃が長剣を手放させた。右手にダメージが入ったんだろう。後退しながらアオリーンは左手で予備の小剣を抜こうとしている。が、ここを逃すわけにはいかない。

 一気に間合いを詰めて左手首を掴み、抜剣できないようにすると、俺は胸を反らした後、躊躇せずに額を振り下ろした。鉢金で守られた額をアオリーンの額に叩きつける。頭部防具を身に着けていないアオリーンにはいいダメージになっただろう。

 すかさず左腕を伸ばしてアオリーンの腰を掴み、身を捻って自分の腰を差し込むと、左手首は掴んだままでその勢いのままに跳んだ。ほんのちょっとの浮遊感を味わった後、衝撃がアオリーンの身体を通して伝わってくる。当然下敷きになる前に俺の左腕は抜いてある。かは、と息を吐き出す音が聞こえた。

「それまで!」

 レディンの声が聞こえた。頭を上げると『You Win!』の文字が流れるのが見えた。システム的にも勝敗が決まり、PvPモードが解除されていく。

「ふぅ……」

 俺は安堵の息を吐いた。いやいや、何とかなるもんだ。まともな打ち合いができなかったからな。投げに持ち込めて助かった。

「おーいフィストー。それ以上はセクハラじゃないー?」

 茶化すようなウェナの声。何がだ、と思う前にアオリーンの顔が目に入った。えーと、何だ。さっきまでの戦闘で荒れた息とか、上気した頬とか、乱れた髪とか、投げたダメージのせいで目尻に浮かんでる涙とか……ええ、色々とエロいです。しかも大腰で投げた状態のまま、このまま袈裟固めに移行できそうな体勢だ。これで胸甲を着けてなかったらさぞ――うん、ごめんなさい。

 俺は平静を装ってアオリーンから離れて立ち上がると手を差し出した。

「大丈夫か?」

「は、はい……」

 その手を取ってアオリーンが立ち上がる。顔が赤いままだが戦闘の後だから仕方ない。落ち着いて少し休めば元に戻るだろう。

「何だ、続きはないのか?」

 ニヤニヤ笑いながらレディンがそんなことを言った。こいつ、楽しんでやがるな?

「いいのか?」

「いいのですか?」

 だから、からかうように言ってやった。と同時に、こちらへ身を寄せながらアオリーンが冷たい声を発する。う、とレディンが言葉を詰まらせる。そして、

「……駄目だ」

 と不機嫌そうに顔を歪めた。意外な反応だなと思う俺の横で、ふ、とアオリーンが笑……否、嗤った。怖いです、アオリーンさん。

「しっかし、あの状態から投げに持ち込むか。よくやるよな」

「そうするしか手がなかっただけだよ」

 呆れ半分の称賛を送ってくるルークに、俺は溜息ひとつ。受け流すのならともかく、鋭い剣撃をガントレットで真っ向から受け止めるのは怖いんだぞ。レイアスの腕を信じてないわけじゃないが、いつガントレットごと両断されるかと思うとな。【魔力撃】が使えればかなり安心できるんだが、さっきの条件ではアーツ無しで、ということだったから仕方ない。

「スキルのレベル差が戦力の決定的な差ではないというのは理解しているつもりでしたが……あれ程までとは思いませんでした」

 盾を拾いながらアオリーンが言った。

「そして素手使いとの戦いはいい経験になりました。ありがとうございました」

「こちらこそ、いい経験をありがとう」

 差し出された手を握り返し、健闘を讃え合う。うん、俺にとっても有意義な戦いだった。

「ところでアオリーン、お前、途中から本気だったな?」

「はい。手加減していたのは最初だけです」

 アオリーンの返事に、そうかそうかとレディンは上機嫌だ。

「だ、そうだぞ、ルーク」

「ああ。遠慮はあんまり要らないみたいだな」

 剣を抜きながらルークがこちらへとやって来る。

「フィスト、次は俺とやろう」

「少しは休憩させろよ。低レベルプレイヤーをあんまりいぢめないでくれ」

 連戦はきつい。PvPだと武具の耐久値やHP、MPも終了時に全快するけど、精神的なものは別だ。それにスタミナ値と飢え度・渇き度は回復しなかったりする。

 手頃な岩に腰を下ろし、俺は横手の何もない空間に手を突っ込んだ。そこから目当ての物を引きずり出す。取り出したのは調理用の鉄板だ。

 そう、ストレージアイテムを持ってはいるが、俺はリアルマネーで【空間収納】のスキルを買って修得した。あれやこれやと詰め込んでいる内に、リュックサックの容量がギリギリになってしまったのだ。

 ただ、【空間収納】はアイテムを取り出すのに若干の時間が掛かるため、ウエストポーチやリュックサックもそのまま使っている。普段使わない物や貯蔵すべきものは【空間収納】へ、即座に使うポーション類はウエストポーチへ、その中間はリュックサックへと使い分けるようにした。リュックサックはもう不要といえば不要なんだが、冒険時に手荷物がないのも寂しいという多分理解を得られにくいであろう理由で使っている。効率とか手間とかは関係ない。言うなれば浪漫だ。

 それはともかく、腹ごしらえをしよう。ちょうど、いい鹿肉も手に入ってるしな。


 

 塩胡椒だけの味付けだが、鹿の焼き肉は美味い。想像より肉は軟らかく、脂っこくもないのでガツガツいける。皆にも好評だ。ただやっぱりタレがないのが残念だな。今度時間を取って調味料を作ろう。そろそろ塩胡椒以外の味付けが欲しい。

「ところでフィスト、お前、あの時のアーツはどう名付けたんだ?」

 焼いた肉をクイン用に分けているとレディンが聞いてきた。ちなみにクイン、やっぱり皆の前では食べようとしない。皿に盛って置いてやると、皿をくわえて森の方へと消えていった。うーん、傍にいるのが俺だけだと、遠くに行くまではしないんだけどな。

「まだ何も決めてない。アーツ化したけど積極的に使おうとは思ってないしな」

 そこまで答えて、ふと気付く。

「何でアーツになってるって分かったんだ?」

 修得した本人すら、ステータス確認するまで気付かなかったというのに。いや、実際はログ表示機能をオンにしておけば、そういったステータス系の更新情報やら何やらは表示されるようになっている。ただそんな情報がいきなり表示されると戸惑うし、戦闘時には死角を作ったりと、一概にいい面ばかりでもないのだ。だからこの機能をオフにしているプレイヤーは多い。ちなみに俺がそうした理由はマーカーをオフにしたのと同じ理由で、リアリティの追求だ。

「動画で確認したが、フィストのあれは足技の魔力撃による突進力の強化と、強化魔力撃による火力の増強の複合だろ? ルークのと通じる部分もあったからな」

「あぁ、あの覇翔斬りか」

 防衛戦動画のクライマックスでルークが使っていたアーツを思い出す。ん? てことはルークのあの技も創作アーツってことか?

「あれ、俺、フィストにあのアーツの名前教えたっけ?」

 ルークが首を傾げた……って、そのまんまかよっ!?

「あれ、お前が決めたのか……?」

「いや、ウェナがつけてくれた。覇翔斬って」

 ウェナを見ると視線を逸らして口笛を吹いている……こいつ、やりおったなっ。

「でも、何故か他の連中はクラッシュ何とかって言うんだよ。それにあれ、斬るってよりは突きなのに、どうして斬なんだ?」

「うん、一度覇翔斬りでググってみろ」

 これ以上は言うまい。自分で真実を突き止めてくれ。

「よし、それじゃフィストのもボクが名前を決めてあげるよ!」

「バーン○ックルは却下な」

 ぴしゃりと言ってやるとウェナが硬直した。まぁ名付けるとしたら、なんとかナックルとかなんとか拳になるとは思うけどな。

「クリエイトアーツはシステムに反映される条件自体は不明なままだけど、複数のスキルやアーツを複合したものが反映されやすいという説もあるんだ。フィストのあれも、その条件には合致してるし、何よりあのインパクトだったから、登録されてる可能性は高いんじゃないかって話してたんだよ」

 俺のはまさにそれだからなぁ。ジェリドの言葉になるほどと頷いて、あれ、と引っ掛かったことを尋ねてみた。

「ルークの覇翔斬はあれ、どういう組み合わせで生えたんだ?」

「俺のは足技の魔力撃と、剣の強化魔力撃、それに魔力制御スキルの複合だろうってスウェインが言ってたよ」

「魔力制御?」

 それだけ聞いたら魔法使い系に有利なスキルに聞こえるんだが。それが剣技に?

「魔力制御は展開した魔力を操るスキルなんだ。これが意外と、近接系のスキルでも活用できるのさ。例えば刀身全体を覆う魔力撃の魔力を、刃の一点や切っ先だけに集中したりとか。フィストだったら、腕を覆ってる部分を拳だけに集中とかできるようになると思う」

 む、それは拳の強度が増すって事か? それに魔力の集中する箇所を変化できるなら、肘や膝の威力を増したりもできそうだな。

「ま、アーツのあれこれはこれくらいにして、そろそろ相手してくれよフィスト」

 ごちそうさま、と手を合わせてルークが立ち上がる。こちらのスタミナ値も回復したし、いい頃合か。

 俺は残った肉を木皿に盛って、ジェリドに渡した。

「今日来てないスウェイン達に食わせてやってくれ。くれぐれもウェナには渡すなよ」

 スウェインは魔族の生体実験、ミリアムとシリアはリアル都合でこの場にはいない。仲間外れにするのも何だし、こいつらもストレージを持ってるから温かいままで提供できるだろう。

「ちょっ、フィストっ!? ボク、そこまで食い意地張ってないよっ!?」

 ウェナが何か寝言を漏らした気がするが無視して、ルークと距離を取って対峙する。

「条件付けは俺の方で決めていいか?」

「ああ、デスマッチ以外ならどうとでも」

 全部ルークへ丸投げする。

『ルークからPvPの申請があります

 条件:HP20%以下で敗北

 制限:なし

 挑戦を受けますか?』

 表示された『はい』の方のパネルに触れると、ルークの頭上にHPバーが表示された。カウントダウンが始まる。

「盾は使わないのか?」

 剣だけを手にしたルークに問う。ルークは盾も持っていて、それを防御や攻撃にも使う。下手な壁役よりも見事な防御をこなすのを俺は防衛戦の動画で見て知った。

「アオリーンとの戦いを見てたら、盾のせいで致命的な事になりそうだからさ」

 返ってきたのはそんな言葉。盾があるとどうしても攻めづらい。だから、かつて賞金首相手にやったように、体勢を崩したり腕を破壊したりと、盾相手の対処はそれなりに考えているわけだが、その目論見が早くも外されてしまった。ないならないでやりやすい部分はあるものの、あった方がこっちの攻撃に利用しやすかったんだがな。

「行くぞっ!」

 カウントがゼロになったと同時、ルークが叫んだ。やや身を屈め、剣先をこちらに向けて肘を引く。足と剣先に魔力が集束していくのが見えた――っておいっ!?

「いきなりかよっ!?」

 先制はルークのアーツだった。しかも【覇翔斬】。咄嗟に足へ込めた魔力を地面へとぶち込む。加減も何もない、ただその場を離脱するために繰り出した魔力撃は、ルークの突進の直撃からこの身を離脱させた。

 しかし魔力の衝角の端には引っ掛かってしまった。左腕にビリビリと衝撃が伝わってくる。ダメージこそ大したことはないが、直撃していたらと思うとゾッとする程の重圧が襲いかかってくる。

 足を地面に叩きつけて勢いを殺しながら振り返ると、すっ飛んでいったルークはスケーターのように身を翻し、こちらを向いて着地した。そのまま地面を滑って更に数メートルを遠ざかる。

「はは……技を知られてるとは言っても、まさか初めてで回避されるとは思わなかった!」

 興奮した様子でルークが笑みを深くした。いや、本当に楽しそうだなお前……こっちは冷や汗しか出ないぞ……

 ともあれ、今のルークに防戦一方じゃ、あっさりと押し潰されてしまいそうだ。

 覚悟を決めて、足に【魔力撃】を、右腕に【強化魔力撃】を展開する。

「飛ばしすぎだろう……よっ!」

 お返しとばかりに俺はルーク目がけて突っ込んだ。


 


 その後、相手を変えて何度もPvPをやった。それぞれ違うタイプを相手に、いい経験ができたと思う。

 それにしても……やっぱり強すぎるわルーク達……次にやる時には、せめて1回くらいは勝ちたいなぁ……

 

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