第4話:実戦
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まずは森へと向かう。金を得るために動物を狩るのが目的だ。
アインファストには狩猟ギルドがある。これはプレイヤーのコミュニティであるギルドとは違い、言葉どおりの組合だ。動物の肉や毛皮等を引き取ってくれる所で、時には特定の動物を狩ってくるミニクエストが起こることもあるらしい。
ひとまずはここに狩りの成果を引き取ってもらうのがしばらくの収入源となるだろう。
何もない平原を独りで歩く。時折、他のパーティーやソロプレイヤーを見かけるが、【遠視】で発見しているので特に言葉を交わす機会があるわけでもない。皆、思い思いに獲物を狩っているようだ。
さて、どんな獲物がいるのだろうか。さっきのプレイヤー達はウサギやウルフを狩っていたようだが。
何かいないかと周囲を見ていると、1羽の茶色いウサギを見つけた。背を向けたまま、こちらに気付いた様子もなく草を食んでいるようだ。
「……近づいたら、逃げられるよなぁ」
野生動物だから危機察知能力はきっと高いに違いない。まあ、駄目元で近づいてみるか。
【隠行】のスキルがあるのだが、敢えて使わずに近づいてみる。ウサギがどのくらいの距離でこちらに気付くのかを確認するためだ。一応、こちらが風下なので、かなり近づけるんじゃないかと期待する。
15メートルくらいでウサギがこちらを向いた。
「えっ?」
そしてこちらへと突っ込んでくる。そういえば、このウサギがどんなウサギなのかを確認し忘れていたなと考えたところで、【動物知識】が発動した。
○チャージラビット
草食動物。気が荒く、弱い敵を見ると突撃して額に突き出たこぶを打ちつけてくる。当たるとかなり痛い。骨折することも。
食用可能。
ただのウサギではなかった。しかし、弱い敵を見ると突撃するってことは、俺はこいつに格下と認識されたということだ。おのれウサギめ。
近づいてきたところを蹴飛ばしてやろうと身構える。カウンター気味に蹴飛ばしてやれば、スキルはなくともいいダメージを期待できるだろう。所詮はウサギ、そう考えたのだが甘かった。
チャージラビットが跳んだ。その跳躍は高く、突き出たこぶが狙う先は俺の顔面だった。
「うわっ!?」
慌てて横へと跳び退いた。無様に地面を転がりながら体勢を立て直す。チャージラビットは綺麗に着地するとそのまま走って行き、こちらとの間合いが十分開いた所で方向転換して再びこちらへと向かってきた。これがこいつの戦闘スタイルか。まるで闘牛みたいだな。
いきなりだったので驚いたが、今度は大丈夫だ。来ることが分かっているなら恐れることはない。
アーツ【魔力撃】を起動。拳に魔力の光が宿る。次に顔面に跳びかかってきたらこいつをお見舞いして――
「ごふっ!?」
予想に反して、チャージラビットが突っ込んできたのは腹だった。ハンマーで殴られたようなとは言うが、とんでもない衝撃が腹を突き抜ける。苦痛に関してはリアルよりも軽減されてる仕様のはずなのに痛くてたまらない。
が、ここで逃がしたら同じ攻撃をまた受けてしまう。反射的に腕を伸ばし、離脱しようとするチャージラビットの長耳を掴んだ。ジタバタと暴れるが、それ自体はたいした力ではない。あの突進力を生み出す足で蹴られでもしたらまた大ダメージを受けるのは間違いなさそうだが、こうしてしまえばこっちのものだ。
暴れるのを止めてしおらしくなり、つぶらな紅い瞳を向けてくるウサギ。某金融業CMに出ていた犬を彷彿とさせるがもう遅い。現実は厳しいのだ。ゲームだけど。
「お返しだっ!」
耳を掴んだまま地面にチャージラビットを叩きつけ、追い打ちで【魔力撃】を横っ腹に叩き込んだ。確かな手応えと共に、拳がチャージラビットの身体に埋まる。
それでカタが付いた。硬質の何かが砕けるような音と共に体が割れ散り、その場に肉と毛皮が残される。チャージラビットの肉と毛皮だ。
「はぁ……」
その場にしゃがみ込んでステータスを確認すると、HPが半減していた。まさかあの一撃だけでこれとは……俺を格下扱いしただけはあるということなのか。それとも偶然クリティカルしてしまったのか。まあいい、勝ちは勝ちだ。
リュックサックからポーションを取り出して一気に呷ると、HPは全快した。うーん、肉と毛皮でポーション代を補填できるんだろうか……
そうそう。このゲーム、アイテムは基本的に持ち運ばなくてはならない。つまり、持ち運べる道具類には限度があるということだ。どんなアイテムを所持しているのかはメニューから確認できるが、片付け方が下手だと何がどこに入れてあるのか分からなくなりそうだ。
未来から来た某猫型ロボットのポケットのように、内部に収納空間が広がっている鞄等がアイテムにあるのだが、これが高い。お値段、何と10万ペディア。日本円にして約100万円。これが手に入れば、アイテムの大きさ関係無しに、100個までアイテムを収納できるようになる。
そして更に。この空間に収納している間は時間が経過しない。つまり、食材は腐ることなく保存できるし、できたての料理を保管しておけばいつでも温かい料理が食べられるのだ。
ただしこの鞄にも耐久値があり、壊れてしまったら中身はその場にぶちまけることになるらしい。βの頃、大岩をいくつも収納していたプレイヤーが、魔物に鞄を壊された途端、ぶちまけられた大岩に潰されて死亡したという話があるのだ。
それでも質量を無視して収納できるというのは大きなメリットだ。プレイヤー達はまずこれの獲得を目指して金を稼ぐんだとか。俺もいずれは手に入れたいと思っているので頑張らねば。
まだまだ先は長い。肉と毛皮を回収し、俺は先へと進む。
森に着くまでに普通のウサギを3羽見つけたが、2羽に逃げられ、1羽をゲット。
風向きはやはり関係しているらしく、2羽はチャージラビットより近づく前に逃げ出した。
残り1羽はかなり近づけた上に【隠行】を使ったため、生け捕りすることに成功。その場で首をコキッとやって肉と毛皮ゲット。MP消費に難があるが、察知されるギリギリから【隠行】を併用すれば生け捕りは可能ということが判明したのは収穫だ。普通のウサギはすぐ逃げる。一度逃げられたら今の俺には捕獲は困難なのだ。
他のプレイヤーって、どうやってウサギを仕留めてるんだろうか。魔法のような遠距離攻撃で逃げられる前に倒してるんだろうか。
そういえば俺も精霊魔法で遠距離攻撃できるんだったな、と今更思い出す。ただ、それで倒すと毛皮の質が落ちるような気がしないでもない。まあ確実に毛皮がドロップされる保証なんてないのだけれど。
「さて、と……」
森の手前で意識を目の前の木々に移す。無数の木々が立ち並び、奥の方は薄暗くてよく見えなかったが、【遠視】と併用して【暗視】を使うと、白黒ながらもぼんやりと見えてきた。多分、夜もこれでだいぶ見えるんじゃないかと思う。過信は禁物だが。
それにしても先程から、【植物知識】のせいで片っ端から植物の名前や特徴がウィンドウで表示されていく。確かにここは植物の宝庫だから、スキルのレベル上げには丁度いいんだけど。
実はアインファストの露店でも同じ事が起きていた。ならば、市場へ行けばもっと効率がいいはずだ。あそこは野菜や果物、肉の関係が比喩抜きで売る程ある。知は力なり、だ。戻ったら試してみよう。
さて、見る限り動物の類はいないようだ。もっと奥へ入ればいるのかもしれないが、そっちは後回しにすることにして、植物知識に引っ掛かったものの中から目を付けていたものを回収することにした。
まず
それからトリカブト。薬・毒の材料になる。イメージは毒としての方が強いかもしれない。使い道があるか分からないけど、これも集めておこう。売れるなら売ってもいいし。
最後が毒消草。ただこれは、毒を消す草じゃなく、あくまで解毒薬の材料でしかないみたいだ。このままだと解毒作用とかないってことだろうか。これも集めておこう。
そうやって集めているうちに、日が傾きだしたのに気付いた。今から街に戻ったらちょうどいいくらいだろうか。【暗視】を持っていると言ってもフィールド経験は今日が初めてだ。無理は避けたい。
それにリュックサックもそろそろ限界だ。次からは収穫物をどうやって持って帰るかも考えておかなくてはならない。
実は収納空間付のバッグ以外にも、アイテムを片付ける方法はある。【空間収納】というスキルだ。通称アイテムボックスと言われていて、入手方法は課金である。リアルマネーで1万円。これを高いと取るか安いと取るかはプレイヤーの財力次第だろう。個人的には安いと思う。
それに【空間収納】でなくても、収納空間付鞄でも使いようで100を越えるアイテムを収納できる。理屈は簡単で、アイテム枠を埋めるのは1個のアイテムであるということだ。
例えば今、色々と物が入っている俺のリュックサックを、収納空間付鞄に片付けると、アイテム枠はリュックサック1つ分となる。内容物の数については計上されないのだ。つまり薬草を100個詰め込める袋を用意しておけば、ボックス枠1つで100の薬草を収納できるということだ。ちなみにこの話はβの頃から有名らしく、運営も修正はしていないとか。
しかしこれを使えば、課金でアイテムボックスとか買わなくても何とかなるんだよな。課金の有り難みが薄れた気がする。いや、でもアイテムボックスは内容物の保護が掛かるからロストの心配がないんだよな。便利なことには違いないのだ。
いずれは手に入れたいな、と最後の薬草をリュックに収めて背負い、腰を上げたその時。
「ん?」
視界を何かが横切った気がした。何だろう、とそれを見極めるよりも早く、
「ガウッ!」
木の陰からこちらに跳びかかってくる影があった。咄嗟に腕を前に出す。影はそのまま俺の左腕に食いついた。犬、いや、ウルフだった。
「こいつ、いつの間にっ!?」
薬草摘みに集中してたとは言え、時折周囲の確認はしていた。それなのに全く気付けなかった。流石は、というべきなのだろうか。
しかしまずい。狼は通常、群れを成す生き物のはずだ。俺の左腕に噛み付いているこいつが、1匹だけのはずがない。早くどうにかしないと一斉に噛み付かれてお陀仏だ。
「このっ!」
【魔力撃】で仕留めようとするが、どうにも上手くいかない。殴ろうとすると噛み付いたまま、身体を巧みにずらして殴れないようにしてくる。蹴りもこの至近距離じゃうまく放てない。だったら――
「ギャンっ!?」
判断は一瞬。空いた右手の親指と人差し指をウルフの眼窩に突っ込んだ。さすがにこれは効いたのか、ウルフが俺の腕を放す。そこで追撃をかけて腕を首に回してから馬乗りになり、思い切り締め付ける。ウルフはしばらくもがいていたが、やがて動かなくなった。
ウルフの身体が砕け、毛皮と肉を落とした。それらを回収しつつ起き上がり、周囲を警戒する。他のウルフが襲ってくる様子はない。少しずつ森の外へ向かいながら警戒を維持するが、それでもウルフの群は見つからなかった。
「……一匹狼だったのかな」
群れに入れないはぐれ者の狼。要は仲間外れのぼっち狼だ。こちらとしては幸運だったと言える。ソロプレイで群に囲まれるなんて冗談じゃない。
こうしている間にどこかから群が近づいてくるんじゃないかと不安が湧き上がる。敵の接近を知るためのスキルを修得した方がいいかもな。
「……帰ろう」
無理は禁物だ。俺は全力で森から離脱する。
門が閉まる前に街へ入り、その足で狩猟ギルドへと向かう。
ギルドは多くの人で賑わっていた。その日の戦果をカウンターへ出し、ギルドの職員が査定をして金を払う。さて、俺の戦果は今回どれくらいの値がつくのか。
列に並んで待つことしばし、俺の番がやって来た。
「それじゃあ獲物を出してくれ」
職員の男の指示に従って、リュックサックから戦果を出す。ウサギの毛皮と肉、チャージラビットの毛皮と肉、それからウルフの毛皮と肉だ。
「毛皮の状態はどれもいいな」
「やっぱり倒し方で変わるものですか?」
気になったので聞いてみる。倒し方で値が変わるなら、なるべく高くなる倒し方を心掛けるべきだからだ。もちろん、余裕があればの話だが。
「そりゃあ、刃物でざっくりやれば毛皮も傷付くし、使える部分も少なくなるからな」
道理ではある。そこまで細かく設定しているこのゲームがおかし……否、すごいと言えばいいのだろうか。ともあれ、素手で狩るスタイルの俺なら、倒し方をあまり気にせず戦えるということだ。
しかし修得している戦闘系スキルが【手技】だというのに、今日の獲物に関しては半分以上が絞め技と極め技のとどめだ。状況が悪かったせいではあるが、どうにも格好がつかないな。
次はもっと、拳を使えるように頑張ろう。そんな事を考えながら、俺は金を受け取った。
時間はもう少し大丈夫そうなので、市場で【動物知識】と【植物知識】を鍛えてみるか。