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第36話:幻獣

 

 アインファスト西門。

「ま、待てっ!」

 早速騒ぎになりました。門の前、街に入る直前で、衛兵さん達に止められてます、ええ。

 別にそんなに驚かなくても……テイマーがウルフを連れてる光景なんて珍しくないだろうに。いや、理由は分かってるんだけどさ。

 普通の動物ならいい。魔獣にしても、まぁ、売買されてないわけじゃない。でも、さすがに幻獣はそうそう例がないようだ。

「こ、これは一体、どういうこと――!? ……なんです?」

 声を荒らげかけた衛兵さんが、俺を見た途端に口調を変えた。あら、こっちにまで顔が売れてる?

「どういうこと、というか……なぁ?」

 傍らのクインに視線を移す。本人は、さぁ、とばかりに顔を背けた。

「森で出会ったら、ついて来たんですが」

 としか答えようがなかった。嘘は言ってない。

「何か問題が?」

「え、その、問題というか……」

「こいつはお前の支配下にあるのか?」

 しどろもどろな若い衛兵を脇へどかして、年配の衛兵がクインに視線を落とす。

「いえ。こいつがここにいるのはこいつの意志です。俺の命令に従うわけじゃありません」

 な? とクインに確認を取る。こくり、とクインが頷いた。それを見て渋面を作る年配の衛兵。

「まずいんですかね?」

「ペットやテイムアニマル等は、所有者がいることを示すために首輪等を着けることが義務づけられているわけだが、そいつがそのまま街の中に入ったら、野生のストームウルフが侵入したとしか思われんだろうな。それは要らぬトラブルを招くことにもなりかねん。ストームウルフが人を無差別に襲うということはまずないだろうが、不安は湧くだろう」

 あぁ、そういうことか。確かにこんなのが街中をうろついてたら、驚く奴も出るだろうし、マーカーを使ってるプレイヤーには、ただのNPCと見られる。テイムしてるわけじゃないのでマーカーもNPCのままだしな。

 かといって、俺が【調教】のスキルを取ってテイムする、というのは違う気がする。こいつはこいつの意志で俺について来てるんだ。それをスキルで支配下に置くのはどうだろう。そもそも素直にテイムされるような玉には見えんしな。

 見ると、目を細めたクインが俺を見上げていた。何やら抗議してるようにも感じられるが気のせいだろう。いくら何でも心まで読めるわけ……読めないよな?

「とりあえず、管理下にあるように見えればいいんですよね?」

 俺はリュックから布を取り出してしゃがみ、クインの首に巻き付け――

 べしっ

 ――ようとして、クインに横っ面を叩かれた。ガクンと視界が斜めになる。危なっ!? 肉球だったから助かったが、爪だったら大惨事だぞっ!? いや、肉球パンチでも痛いものは痛いって!

「……やはり危険なんじゃないか?」

 疑わしげな視線を向けてくる衛兵達。うん、今のを見られたらそう思うわな……

「い、いいかクイン? このままだとお前は街に入れない。外で待っているならそれでいいが、中に入るなら、お前が人間の管理下にあるように見せなきゃならん。分かるな?」

 明らかにクインは不満げな顔だ。いや、そんな顔をされてもな。

「これはお前の身を守るためでもあるんだ。後でちゃんとした目印を考えるから、とりあえずはこれで我慢してくれ。それとも外で待つか?」

 しばらく無言が続くが、クインが顎を上げた。手早く布を軽く巻き付けて、首輪の代わりにする。すまんクイン、後で何か食わせてやるからな。

「これでいいですかね? 一応、俺がずっと付いてますので。何かあったら、俺が責任を持ちます」

 衛兵達に拳を作って見せる。こうなったら名前が売れてる内にそれを利用してやる。

「うむ……まぁ、いいだろう。通るといい」

 少しの間、ヒソヒソどころか堂々と処遇を話し合った後、隊長さんらしき人が疲れた顔で手を振った。あぁ、何か申し訳ない。俺が警備の立場なら、やっぱり警戒するだろうしな。

 頭を下げて門をくぐる。問題を起こしてくれるなよ、クイン。


 


「いらっしゃいませ。あ、お久しぶりです!」

 長いこと訪れていなかったペットショップに足を運ぶと、茶色のボブカットの女店長さんが一瞬驚いて出迎えてくれた。

「どうも。よく覚えてましたね、俺のこと?」

「異邦人の方で、ここに捕獲した動物を持ち込む人って、あなただけでしたから」

 あぁ、そういえば最近は生け捕りをしてないな。あれは【隠行】の訓練を兼ねてたから。

「あなたが持ち込んだウサギは元気も良くて、よく売れましたからね。ところで今日は買い取りですか?」

「あぁ、いや……」

 俺は店内を見回した。小さな檻に入ってる小動物、それ用の道具類が並ぶ店内はそれなりの広さはある。今は他の客も居ないし、大丈夫か。

「実は、動物用の装身具を探してるんだ」

「動物用の装身具? お客さん、ペットを飼うことに? それとも調教師になったとか?」

「いや、ペットというわけじゃないし調教師にもなってないんだが……とりあえず、見てもらった方が早いか。クイン、入って来い」

 入口を開けると、外に待たせていたクインが店内に入ってくる。外が少し騒がしかったが無視して入口を閉める。

 クインを見て店長さんが凍りついた。そして店内の小動物達も凍りついた。おおぅ、凄い存在感だなクイン。

「スッ……スススススススストームウルフーっ!?」

 クインを指差しながら驚愕一色に染まる店長さん。

「どっどっどっどっ……!?」

「理由は分からないけど俺についてくることにしたらしい。だから、テイムアニマルでもないし、俺のペットでもないんだ」

 随分動揺してるな。やっぱりストームウルフ、GAO内でも結構なレアなのか。しかしそうなると、こいつを狙う奴も出てきそうだな。素材狙いもそうだが、テイム狙いとかも。

「……お前、調教師のテイムに耐えられるのか?」

 問うと、ふん、と鼻を鳴らすクイン。見くびらないで、とその目が訴えているように見えた。まぁ、大丈夫、なんだろう。

「で、店長さん。こいつに合う装身具ってあるかな? 要は、こいつが俺の所有物だと分かれば――」

 クインに足を踏まれた。ふふふ、シザー特製のこのブーツは安全靴と同じ。踏まれたくらいではダメージを受けんよ。本気で踏まれると分からんが。でも、どうして踏まれたのかは分かる。

「訂正、こいつが俺の所有物だと周囲が誤解してくれればいいんだ」

 どうせプレイヤーにはマーカーでばれるが、住人にはマーカーが見えない仕様だから、人工物を身につけていれば問題ないはずだ。

「しょ、少々お待ちくださいねっ!」

 ぎくしゃくとした動作で店長さんがカウンターから出てきて、クインを見つめる。それでも緊張は解けたのか、美しいクインの毛並みに見とれているようだ。

「お客さんは狩りをするわけですから、この子を連れて歩くなら派手な色は避けた方がいいですね」

「今更な気がするけどな」

 翠玉色の毛より派手な色って、そうそうないと思うし。森の中で悪く目立つものじゃなければ大丈夫だろ。

「それに首回りの毛が長いので、首輪だと埋もれちゃいそうですね」

「そうなんだよなぁ」

 いっそのこと服でも着せてやろうか。いやいや、この毛並みを邪魔する布など不要っ。

 犬系なら首輪は定番なんだが……

「でも、首輪を着けて、リードを繋いでおけば、確実にお客さんのものだと理解されると思いますが」

 繋ぐ、か。そりゃ確実だけど、こいつ、絶対嫌がりそうだ。私は貴方の飼い犬ではありませんっ、て具合に。

 女の子らしくでっかいリボン……いや、森だと目立つし木々に引っ掛かったりするだろうし駄目だろ。

「それでしたら、これなどいかがでしょう?」

 一度カウンターへ引き返し、店長さんが持ってきたのは首輪、ではなく、ネックレスのようなものだった。多分銀製だろう。ペンダントトップも同様。楕円形で紫色の石が嵌まってるな。

「銀とアメジストのネックレスです」

 ネックレス、か。確かに装身具としてはこれでいいんだろうけど。

「鎖の強度的に、野山を駆け巡ったり動物と戦ったりするのには大丈夫そうか?」

 ネックレスの細い鎖じゃ、すぐに千切れてしまいそうだよな。室内飼いの犬ならこれでいいんだろうけど、クインはストームウルフだ。獲物は狩るだろうし、結構な速さで走りもするんじゃなかろうか。

「あー……ちょっとそれは不安がありますね。それでは、首輪か革紐にこのペンダントトップを付けますか? ペンダント部分は埋もれないと思うんですけど」

「どうする、クイン。それでいいか?」

 見るとクインの視線は別の方へと向いていた。そこにも装身具が並んでいるんだが、クインが見てるのは銀製の腕輪だ。内側には革が張ってある。これも動物用なんだろうな。これを着けるとしたら両前脚、だろうか。サイズ的には問題なさそうだが……個人的にはネックレスも着けてほしいな。

「じゃあ、ネックレスとこれ、両方にするか?」

 尋ねてみる。クインは頷いた。言葉が話せないのは仕方ないにしても、意思疎通がほとんど問題がないのはいい事だな。

「じゃあ、これください」

「ありがとうございます! 全部で……1万2千ペディアでいいです!」

 あー、よく考えたら貴金属と宝石だったなぁ……【解体】効果で懐には結構余裕があるからいいけどさ。

「でも、幻獣に懐かれるなんて、すごいですねぇ」

 代金を受け取った店長さんが、うっとりとクインを見る。その手がわきわきと動いてるのを俺は見逃さなかった。きっと思う存分撫でてみたいのだろう。だがやめとけ、肉球パンチは一般人にはきついぞ。

「幻獣を使役したり従えたりっていうのは、ほとんどが物語の世界で……実在するという噂も聞いたことはありますが、実際に目にするのは初めてです」

「奇縁と言えば奇縁なんだろうけどな」

 あの時、クインを獲物として狩っていたら。あるいは、助けずに放置していたら。はたまた暴風の咆哮を食らった時点で諦めていたら。きっと今のようになってはいないだろう。

 これからどうなっていくんだろうな。


 


 狩猟ギルドでブラックウルフを引き取ってもらおうと思ったんだが、

「お前にゃ散々驚かされてきたがな、フィストよぉ……」

 ボットスさんが呆れ顔で俺を見る。いや、正確にはクインを、だが。

「そのストームウルフはどういうこった?」

「懐かれた、のかな?」

 本当のところが分からないが、そう答えておく。途端、鼻先で突かれた。違うらしい。

 懐かれたのではないとするなら……助けてやった恩返しというあたりだろうか。今までの住人達の反応を見る限り、人に懐くような感じではないみたいだし。

「ともかく、俺に付いてくることにしたらしいです。そんな認識でいいですよ。ちなみにこのブラックウルフは全部このクインが倒したものですから」

 カウンターに並べたブラックウルフを指して言っておく。

「まぁ、ストームウルフなら、これくらい楽勝だろうな」

 そんなものだろう、と特に驚くこともなく査定を開始するボットスさん。ストームウルフってやっぱり強力な幻獣なんだな。

「しっかし、最近は妙なことが多いな。この間も一角狼が持ち込まれてな」

 手を止めることなくボットスさんが呟く。

 一角狼はこれまた幻獣の名前だ。でも俺の知る限り、この辺に生息する幻獣じゃない。

「持ち込んだのはお前と同じ異邦人だ。死にかけで見つけたらしくてな。犠牲は出たが何とか倒したんだって言ってた」

 そいつは助けずに倒したのか。俺以外の奴がクインに出会ってたら、そういうこともあったのかもな。俺だってあの時、一瞬倒そうかと思ったわけだし。

「まぁ、持ち込まれりゃ査定するがね。需要もあるわけだし。だが、どこでもそれが通用するってわけじゃねぇ」

「何か問題でも?」

「国によっては幻獣を狩猟禁止にしてる所もあるんだよ。特に獣人国家のイノブラべードは幻獣の狩猟及び取引は重罪だ。素材すらアウト、人間が幻獣素材の装備品を身につけてることにもいい顔はしない」

 国によって色々あるんだな。一応、ファルーラ王国で狩猟禁止になってる獣は今のところいない。幻獣に関する規制もなかったりする。

「村単位だと幻獣を崇拝してたりすることもあるしな。それに幻獣だって、自分達を狙う奴に容赦はしねぇ。自分達の領域からは滅多に出ないが、敵と定めた人間を追ってきたなんて話も過去にはあったりするしな。だから、この辺で単体の幻獣が見つかるってのはおかしいわけだ」

 俺はクインを見る。そういえばこいつ、どうしてあそこにいたんだろうな。聞いても答えがわかるわけじゃないけど。

「まぁ、狩猟ギルドの職員が、持ち込まれる獲物に個人の好みでどうこう言うのもどうかとは思うけどな。よし、終了だ。これは全部買い取りでいいのか?」

「いえ、毛皮は半分、肉と骨は2頭分を残して後は買い取りで。こっちにもらう2頭分の解体も頼みます。代金は差し引いてもらえると」

「分かった。しかしフィスト、お前、魔獣の肉って扱えるのか? こいつら、瘴気のせいで肉や血には毒があるから、普通じゃ食えんぞ?」

 えっ? そうなの?

「どうすればいいんですかね?」

「そりゃ毒抜きするしかねぇだろ。色々と方法はあるが、自分でやるとなると結構な手間だぜ?」

「あー……まぁ、男は度胸と言いますし。自分でやってみますよ」

「そっか。まぁ、死なねぇ程度に頑張れよ」

 危ない……普通に食ってたら場合によっては死んでたかもしれんのか。教えてくれたボットスさんに感謝だなぁ。

 さーて、今日はこのくらいで……

『フィスト、今いいか?』

 スウェインからのチャットが来た。そういや巣の調査は終わったんだろうか?

『ああ、大丈夫だ。どうした?』

『一応、巣の調査も終わってな。もうじきアインファストに着く。で、その結果報告もしたいのだが、ウェナがフォレストリザードを食べたいとうるさくてな……』

 そこで会話が止まった。少しして、

『……っと、失礼』

 元に戻る。ああ、おおかたウェナが『どうしてバラすのさーっ!?』とか言ったんだろうな。だが安心しろウェナ。俺の中ではお前は既に腹ペコキャラ確定だから。今更評価は揺るぎはしない。

『それで、もしよければ今から頼めないかと思うのだが……実は、レディン以下【自由戦士団】の連中も一緒でな』

『お前らの持ってる肉だけで足りるのか?』

『うむ、無理だ』

 だろうな。というか、何十人もの人間に食わせるなんてしたことないぞ俺。

『分かった。じゃあ追加で仕入れておく。それから大所帯を抱え込める酒場とかもないだろうから、やるなら西門の外でやろう。【自由戦士団】もその性質上、調理道具の類は持ってるだろ?』

 護衛任務とかだと数日がかりになるんだ。その間の食事を自分達で作ったりくらいするだろ。なにせ傭兵団なんだし。

『ああ、道具はあるようだ』

『じゃあ待っててくれ。材料仕入れたら行くから。あとそれと、多分宴会みたいになるだろうから、欲しい物があれば立て替えておくからリストを送ってくれ。肉の追加分も込みで、後で請求するから』

 さて、まずは肉の調達からだが、丁度良いところに供給元がある。

「ボットスさん、フォレストリザードの肉、40人分頼みます。それから鹿の後ろ足も6本ほど」

 総勢何名かは分からないが、これくらいあれば足りるだろう。後はクイン用だ。

 ここが終わったら他の物を買いに市場だな。忙しくなりそうだ。

 

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