第35話:暴風狼
ログイン46回目。
アインファスト西側の森の中を歩く。右腕の方はすっかり良くなってるが無理は禁物だ。今日はのんびりと採取メインでいくことにする。薬草もそうだが、食える物を探したいな。
ルーク達による巣の掃討戦は無事に終了したと連絡があった。ルーク達が前面に出ての掃討戦だったので、兵に被害はなかったそうだ。今は巣の調査を行っている。魔族について有益な情報が入ればいいんだけどな。
さて、こっちはこっちで採取だ。
【世界地図】にまた見つけた薬草の群生地を記していく。採取マップも結構充実してきたな。
ここへ来るまでに結構な収穫があった。
まずヒールベリー。某口笛と荒野のRPGを思い出したが気にしない。見た目は黄色い普通の苺。名前のとおり、食べるとHPが少し回復する。ポーションの原料にも使えるが、加工次第では回復効果のあるジャムとか作れるかもしれない。結構な数が生えていたのでたっぷりと頂戴した。
次にミカクタケ。キノコの1種だ。これは水に漬け込むとその味がしみ出すという不思議なキノコで、その水が調味料として使われる。色によって味が違うが主に辛いものが多い。キノコで調味料か……そういや乾燥させると辛い調味料として利用可能なキノコが某漫画にあったよな。これでもできるか試してみようか。
他にも幻覚作用のある毒キノコとか、毒草とか、毒草とか……あれ、毒関係が多くないか? ちゃんと薬にも使えるやつだからいいんだけどさ……
そうやって何かないかと歩き続けていると、枯れた蔓の絡まった木に気付いた。あれ、あの蔓どっかで見たことあるような……リアルで、だけど。
「自然薯か……?」
ヤマノイモとも言われる細長い芋がある。アレの蔓に似ているのだ。【植物知識】を意識すると情報が出た。ヤム芋とある。つまり自然薯って認識でいいんだな?
自然薯は結構長い芋だ。1メートルを越えることも少なくない。そんな芋を地面から掘り出すのは大変だったりする。
が、リアルでならともかく、今の俺には関係ない。
精霊魔法で土の精霊に訴え、蔓の周囲の土を少しずつ避けていく。こんなことに魔法を使うのは俺くらいだろうか? いやいや、こんな便利なんだから、住人の皆さんも活用してるに違いない。
やがて1メートルくらいの穴になった。蔦ごと引っ張るとベージュ色の芋が姿を見せる。うん、やっぱり俺が知ってる自然薯っぽいな。長くて太くて立派な自然薯だ。
蔦の先、芋の部分を少し残してから埋め戻す。この位置なら多分問題ないだろうけど、そのままにしておくと誰かが落ちたり足を取られたりするかもしれないからな。
それにこうするとまた生えてくる。GAOでもそうなるかは分からないが、やっておこう。
さて、思わぬ収穫だがこの芋、どうやって食べるかな……とろろかけご飯がいいんだけどこの世界、今のところ米の存在は確認されていない。麦飯で麦とろご飯でもいいんだが、とろろに混ぜる汁に醤油が必要だったはずだ。しばらくはストレージに保管するしかないか。
いずれ食せる日が来ると信じて先へと進む。
その声が聞こえたのは、そろそろ帰ろうかと思った時だった。ぎゃん、という犬系の鳴き声だ。
【気配察知】で周囲を探る。声の聞こえた方向に集団があるな。【気配察知】を継続したままそちらへ向かうが、どうも1つに対して複数が攻撃を仕掛けているような感じだ。ソロプレイヤーが囲まれてるんだろうか。場合によっては加勢する必要があるかもしれない。
右腕は多分大丈夫。覚悟を決め、歩くのではなく走ってそちらへと急いだ。そうしている間にも断末魔の鳴き声が聞こえ、気配の数が減っていく。無用の心配だったかもしれないな。
そうして現場に辿り着く。ちょうど決着がつくところだった。
悲鳴の主は黒い狼。ごく僅かではあるが瘴気が見て取れる。【動物知識】が発動しない上に瘴気持ちってことは魔獣か。外見的な特徴から察するに、ブラックウルフと呼ばれる魔獣だろう。ウルフを数倍強くしたような奴らしく、今の俺には複数相手だと荷が重いと思っていた奴だ。それがたくさん周囲に伏していて、その下に血溜まりができている。既に息絶えてるな。残ってるのは1匹だけだ。
が、それよりも。そのブラックウルフと対峙している存在に目を奪われた。
体長2メートルを越える、ウルフと思われる動物だ。姿はウルフに近いが、その毛はエメラルドのような美しい翠だった。少し痩せていて、深手を負っているのかあちこちに出血が見られるが、ブラックウルフ相手に苦戦している様子はない。
最後のブラックウルフが跳びかかる。同時に翠の狼も飛んだ。狼系に似つかわしくない鋭い鉤爪がブラックウルフの喉を擦れ違い様に裂いたのが見えた。
ブラックウルフは無様に地へと落ちた。翠の狼は優雅に着地する。が、その直後に体勢を崩した。やはり負傷が響いてるんだろうか。
どうしたものだろうか。助けるか? それとも狩人らしく、今が好機と狩ってしまうか?
そんな俺の考えが伝わったわけでもないだろうが、翠の狼が俺の方を向いた。うわ、目は紅いのか。
綺麗だ……心からそう思う。血に汚れていても、毛並みが乱れていても、翠玉色の毛は美しい。紅玉のような目も、魔族のような禍々しさはなく、知性をたたえたものだ。
すっかり忘れてた【動物知識】を試みるが発動しない。つまり、ただの動物じゃない。でも魔獣ではない。アインファスト大書庫で読み漁った本の中に、これとよく似た特徴のものが載っていたが、もしそれと同じ存在であるなら、こいつはストームウルフだ。
分類上は動物でも魔獣でもなく、幻獣。その名のとおりに風を操る能力を持つという狼だ。強く賢く、人の言葉を理解もすると記されていた。しかしアインファスト周辺に生息する幻獣じゃなかったはずだ。どうしてこんな所にいる?
暴風狼が立ち上がった。弱々しさを全く感じさせない毅然とした態度だ。美しいだけでなく、威厳を纏っているようにも感じられる。
こちらを警戒しているのか睨み付けてくるが、それに構わず、というか、気付けば俺は踏み出していた。敵対する気は微塵もない。ただ、目の前にいるこいつをどうにかしてやりたいと、そう思ったのだ。危害を加えない限り人を襲う種じゃないと分かってるからできることだが。
威嚇するように暴風狼が唸る。それでも俺は止まらない。ゆっくりと、敵意がないことを証明するように、両手を挙げて近づいた。
そして気付けば吹き飛ばされていた。暴風狼が吠えた瞬間、その名に相応しい風が生じたのだ。【暴風の咆哮】と呼ばれる不可視の風の一撃だ。避けようがなかった。数メートルを滞空し、背中から落ちる。鹿魔族の時とは違い、吹き飛ばされただけだからまだマシだが、ダメージがないわけではない。
起き上がると、暴風狼は警戒したままこちらを見ている。くそっ、拒絶されるのは何か悔しいぞっ!?
俺は立ち上がって再度、暴風狼に近づく。今度は攻撃してこない。敵意がないのを分かってくれたか?
と思ったら、また吹き飛ばされた。さっきよりは近づけたから大丈夫だと油断した。そしてさっきと同じ場所に叩きつけられる。つまり威力が上がっている。
痛たた、と呟きながら身体を起こした。どうしたもんかなぁ……とりあえず傷を癒すためにポーション投げようか。でも攻撃と勘違いされたら嫌だな……
よし、と立ち上がる。暴風狼は警戒を解かない。だから俺は、武装を解いた。
ダガーを全部抜いて落とし、剣鉈もポーチごと外し、リュックサックも地面に置く。ガントレットも両方外した。
それからリュックサックから木皿とヒーリングポーションを取り出す。それを持って三度、俺は暴風狼へ近づいた。
「何も危害は加えないぞー。ちょっとお前を助けてやりたいだけだからなー。攻撃しないでくれると助かるなーというかしないでください」
そう声を掛けながら近づく。最初の攻撃地点を越えた。
「大丈夫だぞー、俺は敵じゃないぞー」
2回目の攻撃地点も越えた。しかし警戒を解いた様子はない。
それでも俺はゆっくりと近づく。距離が次第に縮まっていく。あと3メートル……2メートル……1メートル!
警戒はされたまま、しかし攻撃は来なかった。ふぅ、とりあえずはここまででいいか。
俺はその場にしゃがみ、木皿を置き、そこにヒーリングポーションを注いだ。
「ほら、舐めろ。傷を癒す薬だ」
そしてそれをずいっと差し出し、少し離れる。
ふんふんと鼻を鳴らし、匂いを嗅ぐ暴風狼は、安全と判断したのかそれを舐め始めた。ふぅ、一段落だな。とりあえず敵ではないと分かってもらえたようだ。
立ち上がり、俺は荷物のある場所へ戻った。そしてリュックサックだけを持って戻る。
「色々出すけど、びっくりするなよー」
一言断って、リュックから色々と出した。まずは水を詰めた樽。それから桶。綺麗な布だ。桶に水を移し、布を水で濡らす。
「汚れを拭くが、いいか?」
濡らした布を指し、続いて狼の身体を指した。人の言葉を解するなら、これで通じるはずだがどうだろう。
暴風狼がじっとこちらを見る。拒絶の反応は見られないが、警戒を完全に解いたわけじゃないようだな。当然と言えば当然か。
「じゃ、失礼して……」
近づいて、布でゆっくり、優しく血を拭き取る。引っ張ったりしないように慎重に。固まっていないせいか、血は簡単に拭き取れる。
しっかし……すごい毛並みだなこいつ……狼にしては毛は長めだ。少し汚れてるけどつやつやとしていてすべすべでふわふわでもふもふ……
「……はっ!?」
いかん、危うく堕ちるところだった……俺はケモナーではないのだ……ないったら、ないのだ。が、その気持ちが少し分かった気がする。
血汚れが酷いのはほとんどが返り血で、傷は1箇所だけのようだった。ポーションを舐めた今なら既に回復――してないな。
「お前……これ、何にやられたんだ?」
尋ねるが当然、返事はない。こちらの言葉を解してもあちらが人の言葉を話せるわけではないからな。
だがそれよりも、この傷だ。ざっくりと深い爪痕が4本走っている。そしてその傷には黒い靄が掛かっていた。瘴気毒だ。魔獣との戦闘でついた傷か? いや、それよりもこの爪痕には見覚えがある。つい最近、何度も目にしたのだから。そう、魔族の爪だ。この狼、どうやら魔族と遭遇して一戦交えていたようだ。ということは、負傷したのはここ最近か。
しかし瘴気は生物に悪影響を与えるっていうが、まさか治癒の阻害効果もあるのか? ちと厄介だな。
「毒を消すぞ。我慢できるか?」
瘴気毒の解毒ポーションを出して、確認する。狼は無反応だ。無言の肯定と勝手に受け取り、傷に直接それを掛けた。毒の種類によっては、服用するより掛けた方がいい場合もある。傷口を冒した瘴気毒には後者の方が有効なのだとコーネルさんから教わっていたので実践した。
化学反応を起こした薬品のように煙が上がった。一瞬だけ身体が震えたが、苦痛の声を上げることもない。我慢強い奴だな。瘴気の方は煙と共に小さくなり、やがて完全に消えた。よし、解毒成功だ。しかしこのタイプの解毒なら、液体より軟膏タイプの方が都合がいいかもなぁ。今後の課題にしよう。
ヒーリングポーションをまた皿に注いでやる。狼がそれを舐める。傷が塞がり始めたのを見て、よしと拳を握った。これで何とかなるだろう。
しかしこいつが魔族に融合されてなくてよかったなと思う。もしこいつが融合型になってたら、どれ程の脅威になっていたのか想像もできない。
索敵しても周囲には今のところ何もいない。少しはゆっくりできそうだ。周囲を見回すとブラックウルフの死体が幾つも転がっている。この世界の存在が倒した場合はやっぱり残るんだな。さて、暴風狼はこいつらをどうするだろうか。食べるか?
「食うか?」
指しながら問うと、首を横に振った。
「じゃあ、もらっていいか?」
聞くと首を縦に振った。よし、ブラックウルフゲットだぜ。しかしこれだけの獲物をもらいっぱなしと言うのも申し訳ないな……よし。
リュックを探る。今ある肉はイノシシとウルフ、メグロバト、鹿、ロックリザードにポイズントード、ブラウンベアか……そういや狼って鹿を食うんだよな、リアルだと。よろしい、ならば鹿肉だ。
取り出した鹿肉を暴風狼の前に置いた。首と脚を落とした胴体部分だ。
「ブラックウルフの礼だ。受け取ってくれ」
じ、と置かれた肉に視線を注ぐ暴風狼。すぐに食べようとしない。痩せてるからあまり食べてないんじゃないかと思ったんだが……しかしソワソワしている感じがするな。ほら、尻尾なんか微妙に揺れてるし。
「どうした? 食っていいんだぞ? 毒なんて入ってないから」
それでも食べようとしない。ぬ、どうして恨めしそうな目で俺を見る?
まぁ、食わないなら食わないでいいか。その場を離れ、ブラックウルフの解体をすることにした。どいつもこいつも首を鉤爪で裂かれてるな。血抜きされてるようなもんだし手間が省けるか。
どいつから片付けようかと考えていると、背後から咀嚼の音が聞こえ始めた。見ると暴風狼が鹿肉を食っている。しかし俺と目が合うと肉から口を離し、恨めしそうな目を再び向けてきた。何だ、こいつ食ってるのを見られるのが嫌なのか?
よく分からないが食べ終わるまで放っておくのがいいのだろう。俺は【解体】に専念することにした。咀嚼の音に混じって骨を噛み砕く音とか聞こえてくるが気にしない。
数が多かったので作業にそこそこ時間が掛かったが、全て解体できた。毛皮も申し分ないし牙と爪も回収できた。今回は魔獣なので骨も持って帰る。面倒なので肉と骨の分離はしていない。内臓は、確かブラックウルフの物は需要がなかったはずなので埋めておいた。そして何より魔核だ。ぱっと見は黒曜石だろうか。しかし黒く淡い光を放っているのが黒曜石との決定的な違いだ。大きさは小指の爪の半分くらいなものだが、さて、どんな値が付くのやら。
ストレージに収納して大きく背伸びをする。うむ、大漁。余は満足じゃ。
暴風狼はしばらく前に食事を終えていた。今はこちらをじっと見ている。その視線が何を訴えようとしているのかは分からない。いずれにせよ、そろそろお別れの時間だ。
放置していたダガー等の武器を回収し、身につける。
「じゃ、俺は行くぞ。元気でな」
名残惜しいがそう声を掛け、俺はその場を離れた。今日はもうこれ以上、狩りや採取をする気にはなれないな。【気配察知】で獲物を見つけても放置しよう。
森の外へと向かいながら、危険がないか時折【気配察知】で周囲を探る。
「……」
立ち止まる。後ろから歩いてきていたそれも止まる。
また歩きだす。後ろにいたそれもまた歩きだす。
「……何か、用か?」
振り向くと、そこにはさっきの暴風狼がいた。あれからずっと、後ろを追ってくるのだ。
暴風狼は語らない。語れない。しかしその紅玉がこちらを見つめている。
「お前、戻る場所がないのか?」
元々、この辺りに住む種ではないのだ。どこかから迷い込んだのかもしれない。
「おい、俺はこれから街に戻るんだ。人間がたくさんいる場所だ。お前が居たい場所じゃないぞ? 危険だってあるかもしれないし」
まぁ、下手に手を出したらあっさり返り討ちに遭うんだろうけどな……負傷しててもブラックウルフ相手に無傷で勝てる力量なのだから。
前を向き、再び歩く。かすかな足音が追ってくる。
立ち止まり、ゆっくりと息を吐き、まさかな、と思いながら問う。
「お前、俺と一緒に行くか?」
ととと、と暴風狼は歩いてきて、俺の隣で止まった。そして見上げてくる。つまりはそういうことなんだろう。あれ、これってテイムってやつか?
ウィンドウを開いてステータスを確認するが、テイムの欄はない。スキルを確認しても【調教】が生えているわけでもなかった。
設定を変更してマーカーを確認する。色は青。NPCを示す色だ。緑と青の半々になってないってことは、俺の所有物になったわけでもない。あくまでNPCのまま、俺と行動を共にするってことだ。いいんかね、これ……
でもこいつと離れるのは惜しいと思ってたのは事実だしな。色々とまた目立つかもしれないが、既に防衛戦のアレで目立ってるんだ。気にしたら負け、と思っておこう。思いたい。
「じゃ、これからよろしくな」
頭をそっと撫でる。怒られるかと思ったが、抵抗はない。ってことはもふり放題かっ。いやいや、だからその趣味はないんだ。でも調子に乗ると怒られそうな気がするから程々にしておこう。
「とりあえず、名乗ろう。俺はフィストだ。で、お前は……名前、あるのか?」
返事は傾げられた首だった。うむ、名前がないと不便ではある。
「俺が名付けてもいいか?」
一応念を押すと暴風狼は頷いた。さて、どうするか。エメラルド色の狼……風の能力持ち……この辺からはピンとくるものがないな……他の特徴はメスってことくらいだしな。うーむ。
そっと見るが、暴風狼は澄ました顔で周囲を見回している。何というか、物怖じしない奴だな。しかもこの派手な毛色。ただ、けばけばしいわけではなく、気品すら感じさせる。先程の堂々とした態度といい、どこの貴族か王族か、って……
「よし、お前の名前はクインだ」
一瞬浮かんだイメージをそのまま言葉にした。女王を意味するクイーンを少し弄っただけのシンプルなものだが、こういうのは小難しく考えなくていい。威風堂々たる狼の女王。ちょっと大袈裟に思えるが、もう決めた。後は、
「それでいいか?」
伺いを立てると、おん、と一声吠える暴風狼。いや、もうクインだ。
「じゃ、あらためて。いつまで付き合ってくれるのかは分からんけど……よろしくなクイン」
もう一度頭をひと撫でして、俺は歩を進めた。新たな相棒を伴って。