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第33話:戦の後

 

 ログイン45回目。

「フィスト、こっちだ!」

 ルークからの呼び出しを受けて、俺はアインファストにある酒場へと足を運んだ。

 店に入るとすぐにルークが声を掛けてくる。そしてこちらへと集まる視線。プレイヤーも住人も一様に、だ。あー、ここでもか。

「あいつが、あのフィストか……?」

「中型を一撃で粉砕したっていう……」

「素手で魔族をブッ殺したらしいぞ……」

「俺は指先1本で頭を砕いたって聞いたが……」

「流石は異邦人ってことか……」

 ひそひそと囁き合う声が耳に入ってくる。デマを含めて。指先1つでダウンとか、どこの世紀末救世主だよ。

 防衛戦が終わった後、GAO運営が公式HPに防衛戦のダイジェスト動画をアップした。要は活躍したプレイヤーの紹介動画だったわけだが、ルークやジェリドといった【シルバーブレード】の面々は当然のように入っていた。グンヒルトも出てたっけな。【伊賀忍軍】の中にはツキカゲの姿もあったし。

 で、その中に俺の姿もあった。中型魔族を一撃で撃破、というのはかなりのインパクトがあったみたいだ。俺としてはその後の激痛の方がより衝撃的だったわけだが。

 まぁ、そういうわけで一時的に知名度が上がっていたりする。街を歩いてる時もあちこちから視線を感じたし。人の噂も何とやらと言うし、そのうち元に戻るだろうけど。

 視線は敢えて無視して俺はルーク達の席へ向かった。

「おぉ、新たな英雄殿の到着だ」

「誰が英雄か」

 茶化すように言ってくるスウェインを睨んでやる。こいつ、今の状況を面白がってるな。

「いやでも、住人達の間では噂になってるよ。中型魔族をたった一発の拳で倒した拳士だって」

 そんな俺を見てジェリドが笑った。いや、どうして噂になんてなるんだよ。あの場にいたのは俺とウェナとシリア、それからプレイヤー2人だろ? 他にあれを見てた奴なんていないだろ。プレイヤーは動画経由だから分かるが、住人達は知り得ないはずだ。

「フィスト。表に出てなかっただけで、近くの建物から外を窺ってた住人は結構いたんだよ。それに、意識が残ってた騎士もいたわけだし」

 諦めなよー、とウェナがニヤニヤと笑う。あの時の騎士達は全員気絶してたとばかり思ってたが意識が残ってる人がいたのか。畜生、こういうのは俺のキャラじゃないと思うんだ……

「で、今回の呼び出しは何だ?」

 このままだと更にいぢられそうだったので、軌道修正することにした。

「まぁ座ってくれ。実はお前に手紙を預かっててさ」

 促されて椅子に座ると、ルークが俺の前に1つの封筒を置いた。はて、俺宛に手紙?

 釈然としないものを感じながら、俺は封筒を手に取った。裏返してみると赤色の蝋で封がされていて、蝋にはどこかで見たような刻印がされている。

 封を開け、中から手紙を取り出して目を通す。

 内容は礼状だった。どうもあの時助けた騎士の1人からのようだ。助けた事へのお礼、手紙という形になってしまったお詫び、俺の戦果への称賛が綴られている。そして、ドラードへ来た際には是非立ち寄ってほしいと締めくくられていた。差出人はアルフォンス・ブラオゼー、とある。

「で、もう1つはこれだ」

 続けてテーブルに置かれた物は1振りの短剣だ。一見するだけで高価な物だと分かる。黒色の鞘には金や銀で悪趣味にならない程度の装飾が施されていて、柄頭には赤く丸い宝石があしらわれていた。その中には封蝋と同じ紋章が刻まれている。

「フィストに助けられたことをとても感謝しててさ。是非、直接会ってお礼を言いたいんだって。短剣はその時のためのチケット代わりかな」

「……断る事ってできないのか?」

 騎士階級とか、色々と面倒そうだしなぁ……関わり合いにならない方が身のためな気がするんだが。

「その時は短剣だけグリュンバルト家経由で送ってくれればいいってさ」

「グリュンバルト家ってどこだ?」

「アインファスト領主」

 ……いかん、嫌な予感しかしない。ここの領主と親交がある騎士だって言うなら、ドラードでもかなりの地位なんだろう。返したら返したで角が立ちそうだ。

「まぁ、君にとっては悪い話にはならぬよ。訪ねてやったらどうだ」

 どうすべきか迷っていると、スウェインが言った。

「何も今すぐに、というわけではない。その辺はあちらも承知している。いずれドラードに行った時でいいそうだ」

「……考えておく。でもこれ、いつ受け取ったんだ?」

「領主の所へ行った時にな。ちょうどドラードへ戻ろうとしていたところだったようで、その場で一筆したためていた」

 行かざるを得ないんだろうなと思いつつ、言葉を濁して手紙と短剣をストレージウェストポーチへ収納する。まぁ、その時はその時だ。

「さて、それでは次の件だが」

 俺が片付け終わるのを待って、スウェインが続ける。

「強化魔力撃のことだ。フィスト、右腕の状態は今どうなっている?」

「一応、ステータス異常としては【痛覚鋭敏化】だけ残ってる」

 防衛戦終了後の治療で怪我そのものは治った。【痛覚軽減無効】もしばらくしたら消えた。が、これだけは残ったままだ。そして痛みそのものも抜けてはいない。日常生活レベルには支障は無いが、戦闘は無理そうだし生産系も厳しいと思う。それでも少しずつ痛みは減っているので、そう遠くないうちに元通りになるだろう。今は負担になるので右のガントレットは外してある。

「そうか。しかし、生身での重ね掛けがこんな影響を及ぼすとはな……」

「武器系の強化魔力撃は、使用する武器に負荷が掛かる。耐久値が激減するし、場合によっては全損してしまうこともあるんだ」

 ルークの言葉に俺は左腕のガントレットを見る。ガントレットは武器と認識されてないって事だよな。てことは【足技】で【強化魔力撃】を使えるようになっても同様だろうな。

「重ね掛けは2倍か3倍くらいが普通なんだ。あんまり重ねると武器が保たないし。まぁ、最後の一撃に全てを懸けるって感じで、残ったMPを全部注ぎ込んで、武器破壊を厭わずに一撃を放つってのもないわけじゃないんだけどね。通称、ファイナルストライク」

 なんか、そんな技がどっかのゲームにあった気がするな。しかし、一応一撃は放てるわけだ。ぶっ放す前に武器が壊れるとかはないんだな。

「強化魔力撃の重ね掛けは意外と知られてないんだ。多分今回の件で広まると思うけど。で、聞きたいんだけどさ、あの時は何倍掛けだったの?」

「……よく覚えてない。とにかくあの時は、何が何でも中型にダメージを与えなきゃあのちっこい騎士が危ない、って必死だったからな。腕がおかしいなと思った時にはもう目の前だったし」

 残りMPがいくらだったかすら覚えてないしな。少なくとも8倍以上だったのは確かだけど。腕が完治したら、何倍までなら問題ないのか確認しとかなきゃな。あの激痛地獄は二度とご免だし。

「ははははっ! その結果があの偉業か!」

 不意に声が背後から来た。振り向くとそこに居たのはプレートメイル装備の、精悍な顔つきをした金髪碧眼の男だった。誰だこいつ?

「来たかレディン」

「おぉ、待たせたなルーク」

 しかしルーク達とは顔見知りのようで、レディンと呼ばれた男は挨拶を交わすと俺を見た。

「フィスト、だな。初めましてだ。俺はレディン。ギルド【自由戦士団】の団長をやってる」

 名乗ってレディンが左手を出してきた。団長ってことは、こいつが【自由戦士団】のギルマスか。先の防衛戦では外でかなりの活躍をしたらしいな。

「ん、どうした? あぁ、左手を出したのは利き手が云々じゃないからな。お前さんの右手のダメージが分からんからこっちにしただけで」

 反応が遅れたのを誤解したのか、そんなことを言うレディン。気を遣ってくれたのか。

「あぁ、すまない。お目に掛かれて光栄だ。改めて名乗る。フィストだ」

「おぉ。こっちもお前みたいないい漢に出会えて嬉しいぜ。あ、別に変な意味じゃないからな? 俺はノーマルだ」

 握手すると、そんな感じでおどける。うん、何かイメージと違う。百戦錬磨の傭兵団の長、って感じかと思ったんだが。いや、これは公私できちんと切り替えができるタイプか。

「さて、さっそくなんだがフィスト。お前、うちに入らんか?」

「は?」

 うち、って【自由戦士団】にか? 何だいきなり?

「ちょっ、待ちなよレディン! フィストはこっちが先約なんだからね!?」

 いきなりの勧誘に間抜けな声を漏らすとウェナがレディンに噛み付いた。しかしレディンは涼しい顔で、口の端を吊り上げた。

「何言ってんだ。お前らは既に振られた後だろうが? だったら俺が口説いて何が悪い? 未練がましいのもどうかと思うがな? しつこい女は嫌われるぜぇ?」

「ぐぬぬぬぬ……!」

 最後のからかうような口調にウェナが顔を引きつらせている。おいおい、そんなムキにならんでも……って、おい、ルーク、お前らもだ。なんて顔してるんだよ。

「なぁ、フィスト。うちは多種多様な人材を求めてる。だが基本は腕より中身だ。腕は鍛えりゃどうとでもなるが、性根ばかりは簡単にいかねぇ。だがお前みたいないい漢なら大歓迎だ。腕も立つ。しかも料理もできるとか? 格闘系の人材って意味でも料理人って意味でも是非とも欲しいんだが、どうよ?」

 ずい、っと顔を近づけてくるレディン。その視線は真っ直ぐで、何ら含むものを感じさせない。俺という人間をどこまで調べてるのかは知らないが、集めた情報から俺を高く評価してくれているのは分かる。ルーク達とのやり取りを見るに、今回の件に関係なく俺を見てくれていたようだし。それ自体は嬉しいんだが、

「悪いが、俺には俺のやりたいことがあるんだ」

 それが俺の答えだ。

「そっか。だが、気が変わったらいつでも声を掛けてくれ。歓迎するぜ」

 食い下がるかと思ったが、レディンはあっさりと退いた。

「あぁ、あとな、もしそっちがよければ、手を貸してほしいことがあったりしたら声を掛けさせてもらっていいか? 勿論、そっちの都合を最優先で、だ」

 それ自体は特に断る理由はない。こいつなら俺を陥れたり一方的に利用しようなんて考えはないだろうから。

「あぁ、構わない」

 そういうわけで互いにフレンド登録をした。相好を崩してレディンは何度も頷いている。そんなに嬉しいんだろうか。

「まぁ、そうそう声を掛けることはないが、その時は頼む。そっちも何かあったら遠慮なく声を掛けてくれ。できる範囲で力になるからな」

「あぁ、ありがとう」

 うん、何というか、勢いのままにフレンド登録をしてしまったが……【自由戦士団】ほどのギルドのマスターと縁ができるってのも凄い話だなぁ……それを言ったら初めてのフレンドが【シルバーブレード】のギルマスだったわけだが。

「しっかし、しばらくはフィストも大変だろうぜ」

 空いた席に座り、料理を注文しながら、何故か楽しそうにレディンが言った。はて、何かあるか?

「あの活躍を見た他のプレイヤーが、フィストを放っておかないって事だよ」

 答えを求めてルーク達を見ると、ジェリドが苦笑しながら教えてくれた。

「あれだけの力を見せつけたんだ。スキルのレベルが低いとか、そういう問題じゃなくて、いや、だからこそ、かな。その実力を欲しいと思う人は出てくる。なにせあの一撃だけでも切り札になり得るからね」

 いやいやいや、俺は決戦兵器じゃないぞ?

「中型の件は別にしても、素手使いとして通常型を何匹も倒していますし。威力ではなくて、手数や技量に目を向けるプレイヤーもいますから」

「だね。傍で見てて、うまく立ち回るな、って私も思ったもの」

 ミリアム、シリアもそうやって俺を褒める。やめてくれ、恥ずかしいしくすぐったい。

「PvPマニアは君と戦ってみたいと思うだろうし、PKも名を上げるためにつけ狙ったりするかもしれん。ギルドへの勧誘も続くだろうな。なにせ、既にうちと【自由戦士団】が勧誘して失敗に終わっているのだ。それを聞いて諦めるか、チャンスとばかりに攻めてくるか……楽しみだな?」

「既に誘いとかあってもおかしくないと思うけど、まだないのか? PvPにしろギルド勧誘にしろ」

 スウェインも楽しそうに笑い、ルークは現状を尋ねてくる。

「今のところないな。ギルド勧誘は【伊賀忍軍】……ってこれは防衛戦前だからノーカンか」

 しかし、これも面倒ごとだよなぁ……PvPはいい機会と言えるけど、バトルマニアの期待に応えることができるとは思えないし。あの一撃はPvPで使っていいもんじゃないし。ギルド勧誘も受ける気ないしな。

「大変かもだけど頑張れ。いざとなったら俺達の名前を使ってもいいから」

「俺らの名前も使ってくれていいぜ?」

「馬鹿言うな。虎の威を借る何とやらだろ、それじゃ。自分でやらなきゃいけないことは自分でやるさ」

 ルークもレディンも簡単に言うな。こっちを心配してくれてるのは分かるけど、それは劇薬だぞ。

「まぁ、それはいい。レディンも来たし、そろそろ本題に入ろう」

 手を叩いてスウェインが注目を集める。本題? まだ何かあったのか?

「何するんだ?」

 俺が問うと、テーブルに何枚かの紙を出しながらスウェインは言った。

「今回の防衛戦のことで色々と、な」

 

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