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第32話:撃退

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 3人での行動は、俺の負担を一気に奪い去った。ウェナの索敵と先制攻撃。シリアの呪符魔術による支援。それだけでカタが付く場面も多かったが、俺の方も魔族を割とあっさりと倒せていた。今まで10発くらい叩き込んでたのが4~6発で終わる。高レベル呪符魔術師の支援ってすごいな……

 ウェナの戦闘スタイルは小剣の二刀流だと聞いてたが、今回は変わった武器を使っている。刃の代わりに尖った鉄棒がついているのだ。あの形状じゃ刺突にしか使えない。そんな武器でウェナは目を狙って突いて中身を掻き回すという、なかなかにえげつない攻撃で魔族を屠っている。きっと防護点無視の4倍ダメージが入ってるに違いない。

 シリアは呪符魔術で俺とウェナの強化。時々、呪符で直接攻撃している。呪符魔術2発で通常型の魔族を確実に仕留めてるな。

「うん、俺の出番はなくてもいいんじゃないかな、と思わないでもない」

「何を馬鹿なこと言ってるの?」

 先導で走るウェナが振り向いた。うお、声に出してた。いや、何て言うか手際のよさが凄いな、トカ……

「こっちは結構フィストを頼りにしてるんだけどなー。フィストが魔族の攻撃を引きつけてくれると、部位狙いが楽なんだよね」

 そりゃあ俺に意識が向いてる間に、あの速度で一撃入れたり背後から目玉グサッといくんだから、さぞ楽なんだろう。あくまで本人にとっては、な。普通は命中にマイナス補正入るだろうに、あそこまで正確に目玉への攻撃をヒットさせた上にそれで仕留め切るその技量が凄まじいんだぞ。

「いやー、でもフィストの戦いを初めて見たけど、そっちも大概だよねー」

「何がだ?」

 ウェナの背に問いかける。前を向いたままウェナは肩をすくめて見せた。

「だって、一撃食らったらアウトだってのに、あの間合いを保ちつつ殴り続けるのがさー。ボクは怖くてそんな真似できないよ」

「そう言われてもな……」

 ヒット&アウェイでもいいのは事実だ。でもそれやるといちいち仕切り直しで時間を食うんだよな。飛び込むタイミングとかも考えなきゃいけないし。その場で片付くならそれに越したことはない、んだが、

「言っとくが、シリアの補助がなかったらああも上手くいってないぞ」

 その辺は状況に応じて判断してたんだ。離脱しなくても倒せる時は倒す、無理なら一度退く。攻撃力強化がなかった時は、仕留め切る前に離脱することの方が多かったんだから。

「いや、それにしても、ああも戦えるのは凄いと思うけどね。リアルで格闘技でもやってたのかい?」

 隣を走るシリアからの問い。格闘技、ね……

「柔道を中学の部活で3年、高校の選択授業で3年だけだな。後は……爺さんとの取っ組み合い?」

「フィストのお爺ちゃん? 武道家なの?」

「いや、田舎で隠居してるただの爺さんだよ。多芸ではあったけどな」

「へぇ、どんなお爺ちゃんなの?」

 興味深そうにウェナが聞いてくる。シリアも同様に期待する視線を向けてきた。うーん、そう言われてもな……

「畑で野菜とか育ててて、野山に詳しくて、猟銃や罠の免許を持ってて猟期に入ったらイノシシとか狩る人。俺が解体に抵抗がなかったのは間違いなくその影響だな。子供の頃は竹細工のおもちゃとかよく作ってくれた。あと、とにかく強い。勝てた例しがない」

 夏休みや冬休みに遊びに行って、一緒に野山を駆け巡ったのを思い出す。狩りにも連れて行ってくれたし、山菜とか薬草とか教えてくれたっけ。あの頃は本当に楽しかったな。

 考えてみたら、俺がGAOで目指す自給自足生活の大部分はあの時の生活の影響だなきっと。就職してからは行けてないけど元気にしてるだろうか。

「強さの方は、何か武道をやってたって話は聞いたことないから、ほとんど我流だと思う」

 古流武術の達人、とかそういうオチはない、はずだ。空手とか柔道、中国拳法で見たことがあるような技とか、色々な武術の技をごちゃ混ぜにした感じで、あれが特定の流派とか、ないわ。

「フィストの戦闘センスってリアルスキルのお陰なのかね」

「どうなんだろうな。戦闘系スキルの高さだけが戦闘力の全てじゃない、ってのは今までの経験で分かる部分もあるけど」

 俺より戦闘スキルのレベルが高い奴に勝ったことはある。が、一方で、圧倒されて危なかったこともある。一概に言えるもんじゃないと思う。そういうわけでシリアには曖昧に答えておいた。

「シリア! 生存者!」

 不意にウェナが声を上げた。行く道の先、倒れている人がいる。プレートメイル装備、フルフェイスのヘルム。身体の下には血溜まりができている。アインファストの守備兵じゃないな、あれ。

 駆け寄り、身体を起こすと、バイザーの下から苦痛の声が漏れた。生きてはいるがかなりの重傷だ。

「ドラードの騎士だね」

 呪符の準備をしながらシリアが素性に当たりを付ける。見ると大きく裂かれたプレートメイルの左胸に紋章が刻まれていた。これがドラードの紋章なのか。

 それに周囲には同じ装備の騎士の死体もいくつかある。そして魔族共の死体もだ。

「ドラードからの派兵ってあったのか?」

 今更だが他の街からの援軍がいることが不思議だった。何せ一番近いツヴァンドだって徒歩で3日の距離だ。魔族の発見が昨日のいつ頃なのかは詳しく知らないが、伝令くらいなら即座に行えるとして、大規模な援軍は簡単に派遣できないと思ってた。少数を準備無しで送り出すならともかく、行軍となると容易ではないだろうし。できたとしても騎兵を中心に強行軍を行った兵だ。増援としてどれ程の戦力になるのかは、到着から戦闘開始までの時間次第だろう。

 転移門という便利な施設があるものの、これは行ったことのある場所にしか行けない。しかも個人認証型で、一緒に転移する誰かが行ったことがあれば全員転移できるものじゃない。つまりアインファストに直接来たことのある兵士しか派遣できない。中世ヨーロッパなんかじゃ同国の領主同士の小競り合いなんかがあったと聞いたこともあるし、全ての兵士を転移門で移動できるようにしてるとも思えない。使い方次第では他領の都市にいきなり主力を送り込めるって事だしな。まぁ、GAOの領主間の関係がどういうものかは知らないし、転移門のシステムやセキュリティ的なものも知らないから、そんな事が起こりうるのか、そして実現可能なのかは分からんけど。

「ツヴァンドやドラードから、跳べる人達だけは送ってるみたいだよ。ただ、転移門も無限に使えるってわけじゃないらしいから。1日に運べる量とか、次に使えるまでのタイムラグとか色々あるみたい。兵士全員が転移可能な人達でも、それだけ送るのは不可能だろうね」

 俺の疑問に答えてくれたのはウェナだった。そういやウェナはドラードから転移してきたんだもんな。

 でもそれだと、これ以上の増援は期待できないのか……厳しいな。

「ぅ……あ……」

 その時、騎士が動いた。動いたと言っても起き上がれたわけじゃない。ゆっくりと、震える手を持ち上げ、人差し指を通りの先へ向けた。自分の命すら危うい状況で、何故そのようなことをするのか。その意図はすぐに分かった。この人にとって、それ以上に大切なものがあるからだ。

「この人を頼む」

 騎士をシリアに任せ、俺は騎士の指の向く先へと駆け出した。急がなきゃならない、そう思ったからだ。

 どこに向かえばいいのかは大体分かった。というのが、ドラードの騎士や兵士らしい人達の死体があるからだ。それから魔族共の死体もだ。これが道標のように点々と続いている。

 どういう状況なんだろうな、これ。ここまでの魔族の死体の数を考えると、纏まった数で魔族を迎撃してるんだろうけど。人間の死体が手にしてる武器はメイスばかりで、剣も提げているけど抜いてはいない。魔族対策で準備してきたんだろう。

 被害は結構出てるが、それでも魔族の死体の方が倍近く多いから、かなりの奮闘を見せてるようだった。結構な精鋭が来ているのかもしれない。

 この分なら問題なさそうだなと思ったところで、かすかな悲鳴が耳に届いた。

「ウェナ!」

「気配察知でも捉えた! 推定魔族は2! 人が7! いや、6になった!」

 ウェナの【気配察知】は対象が何であるのか識別可能なレベルに達している。俺も早くその領域に到達したいものだ。

「この先の四つ角を左!」

 速度を緩めずに十字路へ飛び込み、ウェナの指示する先へ視線を向けた。

 交戦中の一団がある。遠いので【遠視】を使うと、プレイヤーっぽいのが2人で通常型を相手にしているのが見えた。そしてそこから少し離れた手前側にドラード所属らしい人達が4人。それと対峙している魔族は姿こそ通常型だが、その大きさが違った。身長は3メートルくらい。多分、あれが中型ってやつだ。

 付近にはドラード兵と思われる死体がいくつも倒れて……じゃない。『散らばって』いた。元が何人いたのかすぐには分からない程にバラバラだ。どんな膂力してるんだあの化け物!?

 中型魔族が腕を一振りした。狙われたドラード騎士が咄嗟に盾を掲げるが、それを受け止めることはできなかった。爪の部分でなかったのが幸いしたが、それでも盾がひしゃげ、騎士は吹き飛ばされて道路を転がっていく。その隙を衝いて残った騎士の2人がメイスを手に攻撃を仕掛けたが、ダメージが通った様子はない。怯むことなく中型魔族が爪を振るった。

 騎士の1人は横振りの爪に裂かれて倒れ、もう1人は貫かれた。そのまま持ち上げられた騎士は無造作に放り投げられ、建物の壁にぶつかり、地面に落ちる。

 残った騎士は1人。小さい。他の騎士に比べると子供と言ってもいい背丈だ。それでいて鎧は他の騎士に比べて装飾が多い。身分的に上位の人間だろうか。

 小騎士はメイスと盾を構えた。まさかやり合うつもりか!? 無茶だ! 勝てるわけがない!

「何やってる! 逃げろーっ!」

 思い切り叫ぶ。声は届いたはずだ。一瞬だけ小騎士の頭がこちらへ動いたが、すぐに中型魔族へ向き直り、攻撃を仕掛けた。

 俺もウェナも全力でそちらへ向かっている。でも距離がありすぎる。このままじゃ間に合わない!

『風よ! 背中を押せっ!』

 走りながら精霊魔法で追風を作った。わずかに速度が上がったがこれでも足りない。

 一方の魔族は小騎士の攻撃を無視した。それどころかカウンター気味に蹴りを放った。盾で受け止めたものの、小騎士の身体が真っ直ぐに建物の壁へと叩きつけられる。殺られたかと思ったが、小騎士は膝を着きはしたものの倒れはしなかった。

 だがそれは、魔族の攻撃が継続して向けられるということだ。中型魔族が一歩を踏み出した。

 周囲に無事な騎士はいない。他のプレイヤーもまだ交戦中だ。今のままじゃ俺が辿り着く前にあの魔族は小騎士を片付ける。このままじゃ絶対に間に合わない。あの小騎士は中型魔族に殺される。そして生き残っている騎士達にも、とどめを刺される人が出るだろう。

 ……くそっ! 動けよ俺の足っ! 【脚力強化】のスキルは伊達かっ!? もっと力を出せ! もっと速く動けっ! もっと強く地面を踏めっ! 少しでも速く、少しでも前に進むためにっ! 力の限り蹴りつけろっ!

 刹那、速度が上がった。何が起きたのか分からない。だが確かに、流れる景色に変化があった。

 次の一歩を踏み込む。いつもと違う感触。いや、それ自体は知っている。見ると俺の足は魔力に包まれていた。何のことはない、いつもの【魔力撃】だ。これが理由、なのか? 地面を強く蹴る事を意識したから発動した?

 今度は意識して踏み出し、敵にそうするように地を蹴る。今まで獲物に叩き込んでいた衝撃が、そのまま地へと伝わって前に出る力へと変わっていた。これならいけるかっ!?

 一歩一歩に間に合えと気持ちを込めながら【魔力撃】を乗せる。弱まり効果が切れたらすぐに再起動させて継続させる。敷石を踏み砕きながらそれでも威力を落とすことなく、速度を上げ続けて走った。信じられない速さで左右の景色が背後へと消えていく。

 咄嗟のこととはいえ加速を得ることに成功した。これなら間に合う! 希望の芽が出てきた!

 なら次に考える事は、間に合った時にどうするかだ。あの小騎士を助けるのはいいが、どうやる? 魔族が攻撃する前に横からかっさらうか? 今の速度の俺がそれをした場合、あの小騎士は無事で済むだろうか? それより俺がぶつかること自体が攻撃になるなら、小騎士を助けるんじゃなくて中型魔族を叩くことにするか?

 よし、この勢いのまま突っ込んで、あの中型魔族に一撃を見舞ってやる!

 右拳に魔力を込める。【魔力撃】と似ているが少し違う。それの上位版とでも言うべき【強化魔力撃】と呼ばれるアーツだ。名前は単純だし、効果も【魔力撃】よりも強いダメージを与えるというだけの単純なもの。しかもこれは継続性がない。他の武器アーツの【魔力撃】と同じく、一発使えば空振りでも効果は終わる。でも今の俺が繰り出せる最大威力の攻撃には違いない。

 【魔力撃】以上の魔力が拳に宿った。これでいつもの数倍の威力が期待できる。でも待てよ。これはあいつに通用するのか? 通常型は【魔力撃】でもそう大きなダメージは与えられなかった。中級魔族の能力が、通常型よりも弱いとは思えない。だったらもっと威力が欲しい。攻撃を更に上乗せできないか? 例えば【強化魔力撃】の重ね掛けとか――

「って、いけるのかよっ!?」

 アーツは発動した。【強化魔力撃】の重ね掛け。さっき以上の力が拳に乗ったのが分かる。これで足りるか? いや、分からない。それ程に、あの中型魔族の底が見えない。だったらっ!

「ありったけ! くれてやるっ!」

 移動に使う以外の魔力を全て【強化魔力撃】に注ぎ込んだ。拳の輝きが増し、ガントレットが見えない程になっている。同時に拳や腕に妙な負荷が掛かり始めた。血圧を測る機械で締め付けられるような感覚を何倍にもしたような痛みが走り、それが強くなっていく。何かやばい気がしてきたが今更止まれない。中型魔族はもう目前だ。やってやるっ!

「あああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 叫びながら最後の一歩を踏み込んだ。敷石が割れた。その下の土を存分に踏みしめて思い切り蹴る。やや前傾姿勢で真っ直ぐに、中型魔族に向かって跳んだ。

 中型魔族は小騎士を攻撃するために右腕を振り上げたところだった。ここまできてまだこいつは俺に意識を向けない。攻撃態勢に入っているせいでこちらへ無防備な右脇腹を晒している。

 そこ目がけて跳んだ勢いのままに右拳を突き出した。今までに無い強烈な手応えが拳に、腕に伝わった。拳が硬い皮膚を割り、中型魔族の身体にめり込む。反発する拳を無理矢理更にねじ込んで、俺は魔力を解放した。

 中型魔族の巨躯が浮いた。というか、衝突実験で轢かれた人形のように中型魔族が吹っ飛んだ。それは右脇腹に魔力の光を残したまま宙を舞う。数秒後、魔力が閃光となって弾けた。

 勢いが止まらなかったので足を地に着けて減速する。敷石にスリップ痕を数メートル残してようやく止まったと同時、その先に2つに割れた中型魔族の身体が落ちた。まるで脇腹が爆発したみたいに大きく抉れている。

 ……何だこの威力は……【強化魔力撃】ってこんな馬鹿げた威力が出せるのか? いくら何でも――

「があぁぁっぁぁぁぁぁぁっ!?」

 思考は一瞬で断ち切られた。右腕に信じられない痛みが生じた。反射的に手で押さえると、そこから更に痛みが増したので慌てて離す。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ! 触れる事すらできない程痛いっ! それどころか肌に触れてる服が痛いっ! ガントレットの重量が痛いっ!

 人目を気にせずにのたうち回りたくなってくる。ただそれをやったら今以上の苦痛が襲ってくるのが分かりきっているので歯を食いしばって耐えた。自爆するわけにはいかない。

「フィストっ! 大丈夫!?」

 追いついてきたウェナが駆け寄ってきたが、どうしていいか分からないのか俺を見ておろおろしている。

「けっ……怪我人……の、救助……っ!」

 何とか声を絞り出す。死にたくなる程痛い右腕だが、命に別状があるわけじゃない。だったら今は、中型魔族にやられた騎士達の治療が先だ。あっちは治療しなきゃ命に関わる人もいる。

 少し逡巡したがウェナはすぐに騎士達の介抱へと向かった。ポーションの持ち合わせはあるようだ。そっちは任せるとして、問題は俺の右腕だ。

 左手でメニューを開いてステータスを確認すると、【骨折】等の生々しいステータス異常表示がいくつか。診察要らずで異常箇所が分かるのは有り難いけど……ここまで細かく異常設定作らんでもいいんじゃないか?

 だが一番目を疑ったのは【痛覚軽減無効】と【痛覚鋭敏化】って異常だ。この激痛の原因はこれか? 

 恐る恐る右腕に視線を移すと、ポタポタと赤い液体が指先から敷石に落ちているのが見えた。袖にも血が滲み出してきている。これ、絶対に【強化魔力撃】のオーバーロードのせいだよな……ていうか、血が伝うだけでも激痛が走るんだが……雨に打たれたら死ねるなきっと。二度とこんな無茶な重ね掛けはしないぞ……

「おい、あんた。大丈夫かよ?」

 通常型を相手にしていたプレイヤー達がこちらへ近づいてくるのが見えた。頷くことで答える。ぐおっ! 今ので腕がちょっと揺れたっ!

「生存者は……?」

「え? ああ、生きてるNPCの方はウェナたんがひとまず応急処置してるぞ」

 ……たん? 何だ、妙な呼ばれ方してるな。有名人だからか?

「そんなことよりも! 自分の心配しなよフィストっ!」

 怒声と共に後頭部を叩かれた。ぐおぉぉぉ……腕がっ! 腕が揺れたっ!

「止めてくれシリア……1ミリでも動くと死にたくなる程痛いんだ……」

 追いついてきたシリアに心からのお願いをする。顔も向けないまま無礼なのは承知だが、振り向くのすら危険なのだ。

「あ、ごめんよ……でも、何をどうやったらこうなるの? 外傷なんて見えないのに右腕が血で真っ赤だよ。出血も止まってないしってか結構な量じゃないか!」

 正面にわざわざ回り込んでくれたシリアが俺の右腕を見て顔を顰める。って、出血が見えるのか。イベントだからか? それとも結局【解体】を修得したんだろうか。

「で、ちょっとでも動くと痛いって?」

「息を吹きかけられても悲鳴を上げる自信があるな……ちなみに状態異常は痛覚軽減無効に痛覚鋭敏化、骨折、筋肉断裂、血管破裂となってる。肩より下は自分の意志じゃ動かない。動くとしても動かしたくない……」

 うわぁ、とプレイヤーの口から声が漏れた。シリアは驚いた後、目を細めて俺を睨む。

「痛覚の軽減無効はともかく、鋭敏化ってことは、システムの保護が外れた上に痛みを強化されてるってこと? 何をやって、そうなったの?」

「……【強化魔力撃】の重ね掛け。MPをほとんど注ぎ込んだ。その一撃の結果があれだ」

 正直に話して中型魔族の死体に視線を移す。一撃……? と疑わしげな目をして、他のプレイヤーに目で問う。無言で頷く2人のプレイヤー。

「……まぁ、その辺は後にするとして、とりあえずは治療だね」

 釈然としない表情で一度こちらを見て、シリアが俺の右腕に視線を落とす。それは有り難いが、

「いや、俺は後でいい。それよりウェナが応急処置した人達を頼む」

 こっちは意識もあるし動けもするのだ。優先すべきはあっちだろう。

「こっちは大丈夫。重傷だけどすぐにどうこうなるわけじゃないから」

 が、ウェナがこっちへやって来て言った。

「本格的な治療は後にするとして、それより今はフィストの方だよ。フィストが防戦すらできない今の状態はまずいから。シリア、ちゃっちゃとやっちゃって」

「あいよ。死ぬ程痛いだろうけど、我慢しなよ」

 言いつつシリアは治療用の符を数枚取り出した。待て、それを貼るってことは腕に触れるってことで……!

「その前に、口開けて」

 言われて反射的に口を開けると、シリアが何かを突っ込んできた。布の塊というか、ハンカチか? 何でこんな物――

「――!!!!!!」

 シリアが治癒の呪符を貼り付けた瞬間に激痛が生じる。と同時、俺は口に入れられた物を思いっきり噛みしめていた。なるほど、多分あれだ。舌を噛まないようにとか苦痛に耐えるために噛んどけ的な何かの代わりだ。

 痛みが徐々に引いて……いかないな……? HPは回復していってるのに。

「まったく……ルークだけかと思ったらフィストまで……あんまり無茶ばっかりするもんじゃないよ」

 呆れたように、たしなめるように、シリアが言ってくる。こうして聞いてると、普段のルークはどんだけ無茶をしてるんだろうかと気になった。決して考え無しの突撃馬鹿ってことはないだろうから、必要に迫られての無茶ではあるんだろうけどな。

「そうは言うがな……これは無茶しようとしたわけじゃなくて、今できることを精一杯やった結果であって」

「撫でるよ?」

「……ごめんなさい」

 今それをやられたら死ねる……

「それはそうと、部分麻酔とかできる呪符はないか?」

 どっちにしろ右腕が動かないのはどうしようもない。だったら、少なくともそれ以上のマイナス要素はどうにかしたい。痛みさえ何とかなれば、左拳と両足でまだ戦える。

「まだ戦うつもりかいっ!? 馬鹿言わないでっ! フィストは野戦病院に直行だよっ!」

 そんな俺にシリアが雷を落とした。いや、だってまだ街に魔族が残ってるだろ? 中型や融合型は無理でも通常型ならこれでも何とかなると思うんだ。それに積極的に攻めていくつもりはないぞ? あくまで自衛の手段の確保だ。

「いや、そうじゃなくてな……」

「へぇ……握って欲しいって……?」

「い、いや、こればっかりは――」

「強情を張るなら……思いっきり扱くよ……?」

「殺す気かっ!?」

 そこまでやられたら痛みでショック死するわっ! わきわき、と指を動かすシリアから俺はひと跳びで距離を取った。あがが、腕が揺れたっ!?

「でもさ、この人達を安全な場所へ運ばないといけないのは事実だよ?」

 ウェナの言葉に俺は騎士達を見る。全員、まだ意識は戻っていない。

 結局、駆けつけた時に立っていた5人は全員生き残っていた。当然、彼らには安全な場所へ自力で避難するだけの余力は無い。

「それに、そろそろ外の方も片付きそうだって連絡あったから。ボクの索敵範囲には今のところ魔族はいないようだし。だったら怪我人の搬送を優先で動こうよ」

 そっか、外はもうじき終わるか。

 戦闘開始からもうじき2時間が経つ。長いのか短いのかは分からない。ただ、こんなに密度の濃い時間を過ごしたのは初めてだ。

 さて、俺は今回、どれ程のことができたんだろうな……

 そんな事を考えたところで、西門の方から大きな歓声が聞こえてきた。

 

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