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第30話:アインファスト防衛戦

残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。

2014/12/ 4 誤字訂正

2016/ 1/22 誤字訂正

 

 戦端が開かれて20分くらいが経過しただろうか。

 前線は今も踏ん張っている。アインファストの守備兵達の奮闘もかなりのものだ。負けたら後がないという重圧故だろう。

 前線から城壁までは、横列の部隊が何重にもなっている。あくまで目の前の魔族への対処を優先し、突破した魔族は次の部隊が迎撃する布陣だ。幸い、現時点で城壁まで到達する魔族はいないようだ。

 だが、確実に被害は増えている。魔族の数は最終的にこちらよりやや多い勢力になった。魔族の戦闘力はこちらの兵より上らしく、守備兵は数人がかりで相手をしているようだ。質と量の面で不利は否めない。それでも持ち堪えているのはプレイヤーの活躍が大きい。1対1なら互角以上に渡り合えているようだ。さすが前線志願するだけはある。相応の実力は持ち合わせてる。羨ましい限りだ。

 さて、正面の戦場ばかりに注意を向けているわけにもいかない。一応は西門を中心にした陣を敷いてるわけだが、連中にしてみれば門があろうがなかろうが問題はないわけで。後方に控えていた魔族は左右に広がる動きを見せていた。こちらのいくらかが迎撃に向かったが、何層もの陣を構築できるだけの余裕はない。突破した魔族はそう遠くないうちに城壁へ到達するだろう。そもそも聞いている魔族の行動パターンから察するに、左右に展開してる奴らは弱者優先タイプだろうしな。

「待機中の迎撃担当は移動! 左右に展開した魔族が防衛線を突破した後に備える!」

 伝令兵が告げた。あっちが抜かれること前提での変更か……仕方ないことだけど。

 迎撃用の石を左右に抱えて俺は指示された場所へと向かうが、そうしている間にも左右の陣を突破する魔族が出始めた。中央と違ってその後を遮るものはない。幸い、兵が配置されていない場所へ向かう様子はないので、城壁の俺達が迎撃さえできれば何とかなりそうだ。

 城壁の上からの攻撃はまず投石機とバリスタから。既に射程には入っているので次々に撃ち出されている。命中精度はよくないらしいが、数が多いので今のところはおおむね命中しているみたいだ。それに合わせて射撃も行われているが、弓とクロスボウはあまり効果がない様子。命中しても半分は弾かれている。かなり硬い皮膚なんだろうな。

 そろそろ出番だ。魔族の先頭が城壁へと辿り着く。俺は人の頭大の石を頭上に構えた。周囲の兵士やプレイヤーもそれぞれの行動に移る。魔法の詠唱を開始する者もいれば煮えた油を掛ける準備をする者もいる。熱湯の方が手軽なんだが、過去の例では熱湯では怯みすらしなかったそうだ。油は一応効果があったらしい。

 魔族がこちらへ駆けてくる。魔法の射程に入ったので城壁から魔法が飛んだ。魔法を受けてバランスを崩して倒れる奴もいるが、いくらかは直撃したにも拘わらず向かってくる。倒れた奴にしても死んだわけではなく、負傷させたに留まっているようだ。どれだけ頑丈なんだあいつら。

 先頭が壁の至近までやって来た。

「放てーっ!」

 指揮官の指示が飛ぶ。俺は思いきり石を投げ落とした。【投擲】スキルの影響もあるのか、俺が投げた石は魔族の頭部に見事直撃。頭が割れて黒い何かが噴き出すのが見えるが、あれが魔族の血だろうか。短い悲鳴を上げてそいつは落ちていき、地面に叩きつけられたが、痙攣しつつも死んだ様子はない。

 追撃をするべきかと次の石を持ち上げた時だった。後続の魔族が跳んだ。地面から3分の1あたりの高さに取り付くと、そのまま壁を登ってくる。ここの城壁の高さは15メートルくらいと結構高いんだが、なんて跳躍力だ。鉄をも裂くと言われていた爪が易々と城壁に突き立っていて、地上と変わらぬ進行速度で登ってくる。

 追撃をかける余裕なんてない。俺は直下に迫った魔族に投石した。再び命中し、魔族が落ちる。先に落ちた魔族の上へと落下し、更に投げた石がうまい具合に追い打ちで命中した。それで2匹とも動かなくなる。うむ、結果オーライ。

 しかし魔族の進撃は止まらない。怯む様子もなく次々に城壁を登ってくる。投石が追いつかないと判断し、俺は【魔力撃】を使用した。そしてよじ登ってきた魔族が頭を見せた瞬間に思いっきり蹴り上げる。顎を突き上げる一撃を受けて魔族が宙を舞った。そのまま落下し、いくらかの魔族を巻き込む。これで少しは足止めにもなるか。

 登ってくる魔族に同じような対応をする。とりあえずのところはこれで何とか凌げそうだった。気分はモグラ叩きだ。

「うわあぁぁっ!?」

 が、俺が順調だからと言って他もそうだとは限らない。右隣にいたプレイヤーが悲鳴を上げた。そいつの武器は片手剣だったが、突き立てようとした刃が逸れた隙に脚を掴まれたのだ。そしてそいつは、城壁の外へと放り投げられた。侵入を阻止するべく俺は魔族を蹴り落とす。プレイヤーはそのまま落下し、嫌な音を立てて頭から接地。数秒後、砕けて消えた。15メートルをあんな落ち方をすれば即死は免れない。

 しかしまずいな、俺の担当が増えた形だ。できれば誰かに穴を埋めてほしいんだが……

「ぎゃあっ!」

 次の悲鳴は左から来た。油を撒いていた義勇兵だ。魔族の爪が深々とその腹に突き刺さっていた。革鎧を着ていたのにまるで役に立っていない。

「野郎っ!」

 義勇兵の向こうにいた守備兵が槍を突き出した。鋭い穂先が魔族の目へと吸い込まれる。浅かったのか魔族は健在。無事な方の目で衛兵を睨み付けるようにし、片腕を振り上げた。

「落ちろっ!」

「逃げろっ!」

 守備兵が槍を更に押し込もうとしたのと、彼に割り当てられた場所から別の魔族が姿を見せたのは同時だった。

 警告が聞こえたのかどうか。守備兵は反応した様子を見せず、横薙ぎの一撃で脇腹を鎧ごと裂かれた。続けて、相手をしていた魔族の一撃で守備兵の首が物理的に飛んだ。血を噴きながら倒れた身体が油の鍋へと倒れ込む。嫌な音が立ち、零れた油が倒れた守備兵と義勇兵を焼いた。

 そして魔族はというと、俺を無視して城壁の下、街の中へと飛び降りた。片目を貫かれた魔族も槍を引き抜いて街へと飛び降りる。

「まっ、待ちやがれっ!?」

 追いかけようとするも次の魔族が上がってくる。追いかける余裕がない。自分の分担を押し止めるだけで精一杯だ。

 意識を侵入してくる魔族に戻す。

 街の中から次々と悲鳴が上がったが、俺には目の前の魔族を相手取ることしかできなかった。


 

 最後の魔族を蹴り落とす。落ちた魔族はそのまま動かなくなった。さすが最強武器、地面さん。15メートルの落下ダメージはかなりのものだ。残念ながら俺の【魔力撃】は墜落死を狙う程度にしか効果がなかった。自分の力だけで仕留めることができた魔族はゼロだ。腰を据えて何発も打ち込めれば違うんだろうけど、そんな余裕はなかったわけで。

 とりあえずの役目は果たしたわけだが個人的な感想を言わせてもらえば最悪だ。空いた穴を狙うように魔族は城壁を越えてきた。俺や他の連中を歯牙にも掛けず、直接相対した奴以外は街へと降りていったのだ。

 既に城壁の外に魔族の姿はない。俺達と、追撃してきた迎撃部隊による攻撃で死んだ連中が転がるのみで、後は全部街の中に入ってしまった。西門正面の戦闘は継続中だ。更に左右へ展開してくる魔族はいないようだ。

 城壁の上には生き残った守備兵とプレイヤーが見える。残念ながら義勇兵らしき人は誰も立っていない。死んだNPCは消えることがないのか、そこに無惨な死体を晒している。

 血と臓物と焼けた肉の臭いが鼻をつく。【解体】スキルの修得によって倫理コードが解除されていることにより、俺は他のプレイヤー以上に『人間の死』を感じ取ってしまう。

 歯を食いしばり、耐える。さすがに吐き気は起きない仕様みたいだが、何もかも忘れて叫びたくなるのを必死でこらえた。ここでただ叫んだら、何かが折れる。そんな気がした。

 だから俺は意識を城壁の内側へ向けた。こちらへ向かって来ていた魔族は既にない。西門の方へ迫っている魔族がこちらへ流れてくる様子もない。だったらここは、もういいだろう。街の中、遠くからは悲鳴や怒声が聞こえてくる。何も終わっちゃいないんだ。

「中に入った連中を追ってもいいか?」

 傍にいた守備兵、この場の指揮官だった男に声を掛ける。槍で身体を支えた満身創痍の彼は、ただ黙って頷くことで応えた。

 他のプレイヤー達へと意識を向ける。その顔色は悪い。流血等の描写がなくても、住人達の死体に思うところがあるんだろうか。追撃に移る余裕はなさそうだ。

 それらから目を逸らすように、俺は城壁から跳んだ。途中で精霊魔法を使って風の足場を作り、何度か勢いを殺して無事に着地する。【脚力強化】のお陰か、思ったより衝撃は小さかった。

 城壁の下にも死は散らばっていた。左肩を胸辺りまでごっそりと失って倒れている若い男。顔の半分を削ぎ落とされた、体型から恐らく女だと思われる者。中身がはみ出た状態で蹲ったまま絶命している老人。他にも様々な死体が転がっている。背中に傷がある死体が多いのは、逃げるところを後ろから襲われたからだろう。魔族の死体もあるが、人のそれに比べたら微々たる数だ。

 死体を踏まないように注意しながら街の中へと駆ける。城壁の上より血の臭いが濃いな……死体の数の差だろうか。

 こんなことがなければ、まだ生きていたであろう人達。データの塊でしかないはずの彼らの亡骸を見て、湧き上がってくるものがある。

 それは、こんな惨劇を引き起こした魔族に対する怒りだ。これが野の獣であり、生きるために人を食らう存在であるなら話は違ってくるが、こいつらは人を殺すだけで食わないらしいのだ。牙で噛み付いた結果として千切れた部位を飲み込むことすら滅多にしないとか。つまり、殺すために殺してるってことだ。

 仮想現実の世界とはいえ、データだとはいえ、この世界で笑って泣いて生きている人達がいる。そんな人達を踏みにじる存在がいる。裏には俺が知り得ない、この世界での事情があるのかもしれない。人間と魔族の対立にも理由があるのかもしれない。それでも俺は、魔族という存在を、現時点では認められなかった。

 おかしな話だと思う。普通のゲームならモンスターはプレイヤーを、そしてイベント等でNPCを襲う存在で、それに対して憎悪に近い怒りを覚えるなんてまずないのにな。どうやら俺はかなりこの世界に馴染んでしまったというか、染められてしまったみたいだ。それがいいことなのか悪いことなのかは判断できないけどな。

 黒いものが映った。魔族だ。街の中に配置された兵達と交戦しているのが見える。ようやく追いついた。

 それとは別に、近くの建物の中から幾つもの悲鳴が上がっている。入口のドアが壊れてるってことは、魔族に侵入されたんだろう。

 そして、今、まさにドアを破壊しようとしている魔族も目に入った。

 優先順位は決まった。拳と足に【魔力撃】を展開して俺はドアを破ろうとしている魔族に襲いかかった。

「クリティカルヒットぉっ!」

 気合いと期待を込めて叫びながら拳を繰り出す。ドアに意識が向いていた魔族がこちらを向いた時には拳がその顔面を捉えていた。手応えは十分だ。

 が、その一撃じゃ決まらない。ダイスの神様は微笑んでくれなかった。

 威嚇するように唸りながら、魔族が俺へと意識を向ける。こうしてまじまじと見るのは初めてだなと思いながら、俺は魔族を観察した。

 説明を受けていたとおり、頭の形はウルフのそれだ。目は紅。牙は二重に生えてるな。さっきまでは気付かなかったが、身体からは靄みたいな黒い何かが僅かに滲み出している。これが瘴気ってやつか。ん、俺が殴った場所からも黒い煙みたいなのが漏れてる。投石で叩き落とした魔族もこんな感じだったが、こりゃ血じゃないな。何というか毒々しいガスのような――って、これも瘴気なのか? 身体から滲んでるのと同質っぽい。だとしたら、こいつらひょっとして瘴気の塊みたいなもんなのか? こいつらの中身はどうなってんだ? 他の生物のように内臓とかの器官はあるんだろうか。

 思考は魔族の攻撃によって中断させられた。左上段から大振りの一撃が迫ってくる。

 右腕でそれを受け流す。軌道を逸らされた腕に振り回されるように、魔族の右脇腹が空いた。そこ目がけて膝蹴りを放つと硬い感触が伝わってくる。顔面よりも硬いなこれは。部位によって強度が違うんだろうか。

 今の一撃がダメージになった様子はなかった。ならばと左拳を続けて叩き込み、更に爪先蹴りを同じ箇所へと繰り出した。びき、と何かがひび割れるような音がそこから生じる。魔族の爪を後ろに跳んで回避し、集中攻撃を掛けた箇所を見た。さっきの顔面と同じく、そこからも煙が漏れ始めている。ダメージは入ったみたいだ。

「って、硬すぎるわっ!」

 連続攻撃のダメージは、初撃の顔面パンチよりも低いようだった。漏れ出る煙の量が明らかに違う。顔から漏れる方が多いのだ。あれが魔族にとって出血のようなものだとするならば、顔を狙った方がいいんだろうか。そういや目を射貫いたら一撃で仕留めることができるって話もあったし、弱点は首から上ってことか? いや、正確に言うならば、俺が狙って一番有効な部位がそこ、ってだけか。

「だったら、徹底的に狙ってやろうじゃねぇかっ!」

 【魔力撃】の右拳を顔面へ、続けて左拳も顔面へ。少し下がって蹴りを顎へ。魔族の攻撃は避け、受け流し、ただひたすらに顔と頭に打撃を集中させる。10発ほど食らわせたところでようやく魔族の身体が崩れ落ちた。動かなくはなったが念のため、足に【魔力撃】を込めてその頭部へ振り下ろす。バキリと硬い石が割れるような音と共に、魔族の頭が目に見えて割れた。勢いを増して黒いガスが溢れ出る。直接浴びないように即座に距離を取った。

「これで、ようやくかよ……」

 呼吸を整えながら仕留めた魔族を見下ろす。顔面への集中攻撃でもこれだ。しかもその間に一撃でも食らったら詰みかねないという理不尽さ。一対一でやれたからいいものの、複数相手は厳しい。

 だが立ち止まってはいられない。今もまだ、魔族の脅威は住人達に迫ってる。戦ってる間に、近くの建物から上がっていた悲鳴も止まっていた。次の獲物を求めて出てくる奴もいるはずだ。

 そう思ったところで、壊れたドアの奥から一匹の魔族が姿を見せた。その口と両腕は血に塗れ、身体にもかなりの血が付着していて、中で何をしていたのかを物語っている。

 そいつはこちらを見たがすぐに襲ってこず、他の方へ意識を割いているようだ。そして、まだ破壊されていないドアの方へと歩いて行く。こいつ、自分が襲われない限りはあくまで住人優先で襲うつもりか!?

「させるかよっ!」

 背を向けたそいつに向かって俺は駆けた。

 

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