第29話:襲撃
2015/1/12 誤字訂正
ログイン44回目。
早くもアインファスト闘技祭開催日だ。急な残業が入った時はどうなるかと思ったが、間に合ってよかった。
装備に問題はなく、気力も充実してる。勝ち負けはともかくとして今日は楽しい日になりそうだ。
闘技場へ向かう間に街の様子を見ていると、今日の闘技祭のことで賑わいが増している。街の住人達も楽しそうだ。
その一方で、今日は随分と衛兵の動く姿を目にする。普段から街の治安維持のために巡回とかはしてるんだが、ここまでよく見ることはないんだけどな。祭りだから人が集まる、故に騒ぎも起こる、ってことなんだろうか。
闘技場の前は大混雑だった。試合を観に来た客、参加しに来た選手、それらを見越した屋台とすさまじい人の数だ。
「よぉ、フィストじゃねぇか!」
そんな人混みの中で俺を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えはある。そして漂ってくる匂いにも覚えがあった。
声と匂いの元へと目をやると、そこには1つの屋台があった。俺が贔屓にしているティオクリ鶏の屋台だ。
「おっちゃん、どうしたのこんな場所で。いつもと違うじゃないか」
「この時期は屋台の需要が一気に増えるのさ。特に闘技場周辺とそれ以外だと、売り上げが1桁違うなんてのもざらなんだ」
いやー、今年は幸運だったぜ、とおっちゃんは笑う。なるほど、闘技祭での特需を見込んでここへ出店したのか。幸運だ、って言うからには、抽選とかがあるんだろうな。
「で、フィストは見物か?」
「いや、ちょっと腕試しってことで、選手枠だよ」
そう言うと、そうかそうかとおっちゃんは笑った。
「今年は異邦人の数が随分と多いらしいからな。その分、闘技祭も盛り上がるってもんだ。フィストも頑張れよ。ほれ」
激励の言葉と共に、おっちゃんがティオクリ鶏を差し出してくる。
「景気づけだ。1本いっとけ。お代は結構だ」
「ありがとう、頑張るよ」
せっかくの厚意なので素直に受け取った。うーん、やっぱりおっちゃんのティオクリ鶏は最高だ!
さて、会場で受付を済ませたまではいいんだが。何か雰囲気がおかしい。いや、参加者は別にどうってことない。これから始まる戦いに意気込んでる様子が見て取れる。
一方、スタッフの方が慌ただしい。何やら想定外のことでも起こったんだろうか。
「あら、フィスト」
そんな様子を眺めていたところでグンヒルトの声が聞こえた。
「よ、グンヒルト。まさかそっちから出張ってくるとは思わなかったな」
声の先にはグンヒルトがいた。以前と変わらぬヴァイキングスタイルだ。ここにいるということは、彼女も今大会の参加者ということだ。
「資金稼ぎにでもなればと思ってね。あ、そうそう。この間紹介してくれたお店、ありがとね。今日のお披露目には間に合わなかったけど」
礼を言ってくるグンヒルト。前回、コスプレ屋のことを教えてやったのだ。これでますます殿下っぷりに磨きが掛かることだろう。そのうち陛下と呼ばなくてはならなくなるかもしれない。
「で、解体の方はどうだ?」
「おかげさまで。イノシシでもブラウンベアでもどんとこい、よ」
何とも頼もしい言葉を返してくる。うん、教えたスキルを活用してくれているようで何よりだ。
「で、賞金目当てって事は、店の目処は立ったのか?」
獲物を処理する作業場がある店にしたい、と言ってたが、いい物件を見つけることができたんだろうか。
「ええ、色々考えたんだけど、ツヴァンドからドラードへ移ることにしたわ。あっちは港もあるし、ジビエ以外にも魚も扱ってみたいしね」
「そっか。そっちの店にお邪魔するのも、ドラードに移ってからになるかもな」
しかしさらっと流しておいたが、資金稼ぎと言い切れるあたり、自信があるんだろうなぁ。羨ましい限りだ。
それから他愛もない世間話などをしているうちに、時間となる。
「お待たせしました! 参加者の方々は全員、闘技場へとお入りください!」
スタッフの大声が聞こえた。と同時に、戸惑いの声があちこちで上がる。
というのが、この大会、まずは予選がある。本当ならこの後、くじ引きでその組み合わせを決めるはずだったのだ。そういう事前説明だった。なのに、全員が闘技場内へ? こりゃ、本当に何かが起きてるな……
戸惑いつつも、参加者達は誘導に従って闘技場に入っていく。その流れに従って俺も進むしかない。
闘技場のフィールドへと足を踏み入れた。円形である闘技場の観客席には多くの人達が座っている。ただ、やはりいつもと手順が違うためか、こちらにも動揺が見えていた。
やがて、出場選手全員がフィールドに集まった。こうしてみると結構な数だな、一体何人いるんだろうか。
「アインファストの住人達よ!」
突然、大声が響き渡った。観客席の上の方、見るからに貴賓席のようになっている場所からの声だ。そこには1人の男が立っている。30代後半に見える精悍な顔つきの男。恐らくアインファストの代表者、すなわち領主だろう。だが腑に落ちない点がある。何故か男は鎧を着込んでいた。
「毎年恒例の闘技祭に、今回も多くの戦士達が集まってくれた! 諸君らがこの日を待っていたように、私もこの日を楽しみにしていた! しかし、誠に遺憾ながら、今回の大会は中止せざるを得なくなった!」
闘技場が沈黙に支配された。闘技祭が、中止?
ざわめきが広がっていく。参加者だけじゃなく、観客席からもそれが生じ、それは1つとなって闘技場を覆った。
男、領主が右手を挙げる。闘技祭が開催直前に中止になるなんて想像の外だ。その理由を知りたいと思うのは当然で、ざわめきは一瞬で鎮まった。領主の言葉を待つ。領主はやや俯き、溜息をついたように見えたが、顔を上げ、告げた。
「昨日のことだ! 西の森で魔族の姿が確認された!」
魔族……? この世界、魔族もいたんだな。でもそれが闘技祭中止の理由? それだけで?
俺と同じ、戸惑いの反応はあちこちで見られた。しかし対照的な反応もある。例えば俺の隣にいる革鎧の戦士だ。その顔色は悪い。さっきまでの健康そうな顔色は消え、蒼白になっている。
そして観客席もだ。先程の戸惑いとは明らかに違う空気が生まれていた。一言で表現するなら恐怖だろうか。明らかに浮き足立っているのが分かる。俺達プレイヤーと住人で温度差が激しいな。
「今回の奴らの規模がどれ程のものかは分からん! しかし奴らは確実に、この街を目指してくる! 20年前の惨事を覚えている者もいるだろう! 我々はそれに備えなければならん!」
20年前……その時にも魔族の襲撃があったっていう
「現在、兵達が防衛の準備を続けている! しかし奴らは強力だ! 兵力はできるだけ欲しい! 故に、今大会の参加者達よ! 諸君らの力を貸してほしい!」
領主の視線が俺達へと向けられた。
「強制はしない! だが、この一戦に街の存続が懸かっているのは事実だ! どうか力を貸してもらいたい! そしてそれとは別に、義勇兵を募る! アインファストを守るための一助となれる者があれば、是非協力してもらいたい! 参戦してくれる者にも僅かではあるが報労金を出そう! なお、魔族との戦いにもっとも貢献した者達へ、今大会の勝者への賞金や副賞を渡すこととする!」
気勢を含んだ声が上がったのはその直後だった。
「襲撃イベントキターっ!」
「腕が鳴るぜ!」
「いくらでも掛かってこいやーっ!」
魔族とやらの襲撃にテンションが上がっているのはプレイヤー達だろう。フィールドの参加者のみならず、観客席にも何名か、立ち上がって意気込んでいる奴がいる。大会に参加できなかったのに、その賞金等を得るチャンスができたからだろうな。
「何だか、大変な事になったわね」
周囲の様子を見ながらグンヒルトが嘆息した。まったくだ、と俺もそれに倣う。
「こういう場合、俺達というかプレイヤーってどうやって動くもんなんだ?」
「私もMMOはGAOが初めてだから、何とも言えないわ。多分、その辺は領主から指示があると思うけどね」
絶望に沈む住人達を見ると、果たしてイベントと言えるような内容になるのかが疑問だ。それ程の脅威と見るべきなんだが、プレイヤーは期待に湧いている。悪く言えば緊張感がない。こうやって住民視点でものを考えるあたり、俺もGAOの世界に染まってるのかもしれないけど。
でもまあ、やれることをやるしかないよな。
魔族。人族及び亜人の、不倶戴天の敵、ということになっている。
外見は狼ベース。そのまま二足歩行させて腕を人のものに変えたら大体のイメージになるそうだ。昔あった某格闘ゲームで使ってた狼男みたいな感じだろうか。全身は漆黒で、目のみ煌々と輝く紅。鋭い鉤爪は岩にも突き立ち、金属鎧すら貫くこともあるという。それは牙も同様で、全身鎧が食い破られたという記録も残っているそうだ。
あと、基本的には全く同じ姿形だが、特殊な個体がたまにいるらしい。基本タイプを大きくしたやつで中型と呼称される奴と、森の動物と同化した融合型タイプだ。後者は元の動物に準じた姿と大きさになるそうだ。過去に確認された例では、熊タイプと鹿タイプ。熊タイプはパワーも上がっていて、鹿タイプは敏捷性が増していたらしい。場合によっては蛇とかトカゲとかイノシシなんてのも出てくるんだろうな。
それからこいつらは瘴気を纏っている。ならば魔獣なのかというと、魔獣とは違うらしい。何しろ魔核がないんだそうだ。それに死んでもしばらくしたら瘴気を残して溶けて消えてしまうという。暴れ回っている間は物理的な脅威となり、死んだら死んだで瘴気汚染を引き起こす。何ともはた迷惑な存在だ。
そんな魔族の襲撃に対する防衛策は次のとおり。
4つある門のうち、東門は必要最低限を残し、西に最大戦力を集中。北と南にもある程度の兵を割く。
兵についてはほとんどを門の外に展開する。これを聞いた時、城壁の上からの迎撃をメインにするんじゃないかと疑問に思った。当然同じ疑問を抱くプレイヤーもいて、それを問い質したんだが、今回の防衛戦の第一優先は『魔族を城壁に取り付かせない』なんだそうだ。理由は単純。奴らの侵攻に城壁は意味を成さないとのこと。何でも、軽々とよじ登ってしまうんだそうだ。地上を駆けるのと遜色ない速度で。
それから連中の行動パターンも、そうせざるを得ない理由だそうで。目の前の敵にひたすら食らいついてくるタイプと、弱い者をかぎ分けてそちらを優先的に狙うタイプの2種類がいるんだとか。後者は戦闘系をほとんど無視して、非戦闘要員を優先して狙うらしい。外見ではその判断はつかず、城壁を越えられると住民の被害が甚大なものになるので、とにかく街の中へ入れないようにするのが重要なんだそうだ。過去にも襲撃があったというんだから、そこから学んだ部分もあるんだろう。
城壁外でひたすら数を減らし、前線を無視して城壁に取り付いた奴はとにかく叩き落とす、それが方針となる。城壁の上からの飛び道具による遠距離攻撃は、あまり効果がないそうだ。外見は狼なのに、その皮膚はかなり硬いらしい。一番有効な攻撃は打撃武器だというのだから弓兵は涙目である。その分、投石器が活躍するようだが。目をピンポイントで狙えるなら一撃必殺もあり得るそうだが、全力疾走する狼の目を狙えるスナイパーがどれだけいることやら……他には弱点らしい弱点もないそうだ。
そういうわけで俺の配置だが、城壁の上だ。つまり、蹴落とし係ってことになる。一応、石を落とす係でもあるが。
重装系のプレイヤーと、軽装でも自信があるプレイヤーは前線に出ている。グンヒルトは前線へ出た。ちょっと昔を思い出してくると言ってたが、どういう意味だろう。
ツキカゲ達【伊賀忍軍】は前線組と侵入した魔族の排除組に分かれているそうだ。ツキカゲも前線組らしい。
レイアスは排除組。それから訓練所の教官達も排除組だ。俺が知ってる顔見知りの配置はそんなところだ。あと顔見知りで動向が分かってるのはコーネルさん達くらいだな。ポーション等の薬品で後方支援をするらしい。屋台のおっちゃんは避難場所へ避難してるはずだ。
住人達からの義勇兵もそれなりに出てはいるようだが、ほとんどが城壁内側での排除組と、城壁での蹴落とし組に回されている。前線でまともに戦えるとは思えないので妥当な措置だろう。
城壁の上で俺は【遠視】を使って森を見やる。まだ魔族の姿は見えないが、時折、森の中から鳥が慌ただしく飛んで行くのが辛うじて見えるので、大体どの辺りにいるのかは見当が付く。当然、物見の兵は望遠鏡のような物を使ったりして状況を確認しているし、逐一伝令が走っているので領主様達も状況は把握しているだろう。
さて、ぼちぼち、かな、と思ったところで電子音。メールの着信だ。こんなタイミングで誰だと思ったら、ウェナだった。
『もう試合は始まってるかな? 遠いドラードの空から、フィストの健闘を祈ってるよ。我ら、銀の剣を体現する者。汝にその加護のあらんことを』
あぁ、闘技祭の応援メッセージか。そういや送ってくれるって言ってたっけ。
このGAOでも銀は破邪の効果があり、アンデッド系には特に効果を発揮する。そして銀の剣は困難を切り拓く象徴として扱われることも多いそうだ。こっちの世界の昔話の勇者が持っている聖剣なんかが、銀や
【シルバーブレード】の名の由来もここから採用したんだそうだ。その加護を俺に、ということは、強敵という困難に負けずに勝ち進め、ということだろう。何とも彼ららしい応援の言葉だ。
でも、状況は変わったんだよな。【シルバーブレード】がこの場にいれば頼もしい限りだったんだが、いない者は仕方ない。
『現在アインファストは魔族襲撃の報を受けて闘技祭は中止。兵と住人とプレイヤーが一丸となって迎撃準備中。カタが付いたらまた連絡するよ』
そこまで入力して送信したところで、
「来たぞーっ!」
物見の兵の声。意識を森へと向けると、森から黒い一団が湧き出していた。緑の地面を侵食していく黒の群れ。それは次第に広がっていく。今見えてるだけでもかなりの数だ。門の外に展開してる防衛隊に迫る――いや、この勢いのままだと、いずれ並び、上回るだろう。
俺はメールを再度立ち上げ、送信した。
『迎撃開始。生き残れたらまた連絡する』
さて、どこまでやれるか分からんが、街の人に被害を出すわけにはいかない。
全力でできる限りのことをする!