第28話:参加申請
蜂蜜街で蜂蜜を購入した後で覗いてみた蜂蜜街スレは大賑わいだった……ってややこしいなおい。
そして何故か俺は救性主と呼ばれていた。あの時、1人が言い直したのはこの字か。発音だけなら凄く聞こえるのに、字面で台無しだ。これじゃまるで俺がエロのトップランナーみたいじゃないか……
それはともかくスレは大賑わいだったのだ。どんだけ
つまり、現時点で何人がどの病気のキャリアで、どれだけのポーションが必要なのかということだ。問いだけ投げて、後で集計しておくように書き込み、その場はログアウトした。これにばっかり関わってもいられないしな。
ログイン43回目。
アインファスト闘技祭。その名のとおり、アインファストで行われる祭りの1つだ。
腕自慢が集まって、闘技場で己の力を示す大会。毎年恒例らしく、王都の武闘祭には劣るものの、ツヴァンドやドラードからも見物がやって来るとか。
で、どうして大々的に宣伝してないのかというと、毎年恒例で開催日も昔から変わってないかららしい。つまり、住人達にとっては、告知されるまでもない程に定着してるってことだ。
アインファストに旅人らしい姿は増えてきているが、プレイヤーの数が増えている様子はないのは、そのせいなんだろう。大々的に広報していれば、ツヴァンドやドラードへ活動拠点を移した連中が戻ってきたっておかしくないのに。はっきり言えば宣伝不足。俺が見かけた張り紙も、賞金や副賞の公開をメインにしたものだったしな。
賞金については優勝が50万、準優勝が30万、3位2人が10万、ベスト8までが2万となっている。
副賞は様々なアイテムで、高順位から1つ選び取れるようだ。3位以降はくじ引きで順番を決めるとか。気になるアイテムは魔法の掛かった物が多い。俗に言うエンチャントが施された武器や防具や、魔具と呼ばれる魔法の道具だ。他にもステータス増加の秘薬なんてのもある。
その中で俺が欲しいと思った物は2つあった。1つはステータス増加の秘薬だ。プレイヤーのステータスを成長させるのは難しい。例えば大剣を振り回したり全身鎧を着ていたりする戦士系は、筋力値の上昇が早いとか、能力値に関わる行動に応じて上昇するということだけは分かっているが、こうすればこの数値がこれだけ上がる、というものはない。秘薬で確実に数値が上昇するなら有り難いことなのだ。
もう1つ欲しいと思ったのは【翻訳の首飾り】という魔具。その名のとおり、他言語を理解できるようになる魔具だ。とはいえ、どの言語がというのは決まっているらしく、複数の言語を翻訳できるものであればあるほど高価らしい。いずれにせよ俺は他の言語は持ってないので、あれば便利かもなと思うのだ。
そんなわけで俺は参加を決めた。副賞に興味があるというのもそうだが、対人戦ができるからだ。
俺は今まで3回、対人戦を経験した。1つはなんとかと言った割り込み魔。次はポーション事件の時の剣士。最後がツキカゲと出会った時のPKだ。街中で捕まえた賞金首は戦闘ではなかったので除外している。
で、つまるところ、そろそろ対人戦のノウハウを手に入れておきたいと思ったのだ。特にPKと遭遇したことで、そういうのを相手にするのも慣れておかないといけないと強く感じるようになった。この間のPKはあっさり片付いたが、状況や幸運が重なった結果だと思っている。毎回そうそう上手くいくとは思えない。
対人戦自体はそればっかりやっているプレイヤーがいるらしいのでそういう集まりに飛び込んでもいいし、闘技場にエントリーしてみるのもいいんだが、せっかく今回の闘技祭の話だ。何ともいいタイミングじゃないか。
後は顔見知りを頼ってもいいな。あ、でもルーク達相手じゃ俺は歯が立たないだろうし、グンヒルトもあれで恐ろしく強そうだしな。もし彼らに頼むなら、手加減してもらう必要があるか。ツキカゲ相手ならいい勝負に持ち込めるかもしれないが、あいつはどっちかっていうと俺と同じでトリッキーなタイプだから、ちょっと想定相手の型から外れるんだよな。
それはともかく、大会ということなら他の熟練者の試合も近くで見られるだろうという期待もある。観客席で見るのとどっちがいいのかは試合の内容次第だけども。それにプレイヤーだけでなく、NPCも参加するそうなので、そっちも楽しみだったり。
ともかくエントリーは今日中だ。俺は闘技場へ向かった。
受付にはそこそこのプレイヤーらしき人達がいた。武装はピンキリだ。俺の目から見ても大丈夫かと不安になる奴から、強そうだなと素直に思える奴まで様々。これに住人も加わるんだから、一体参加者はどれだけの数になるんだろうな。
「次の方、どうぞ」
受付の列に並んでしばらくすると、俺の番になった。
「こちらの用紙に必要事項を書き込んでください」
受付のお兄さんが書類とペンを差し出してくるのを受け取る。
名前(別名可)、性別、出身国(異邦人はその旨を記載)、使用主武器とある。結構あっさりしてるな。
そしてその下に注意事項が記載されている。
1つ 魔術、精霊魔法、呪符魔術の使用禁止
1つ 毒物・薬物の使用禁止
1つ 降参した者への追撃の禁止
要するに回復無しで、アイテムに頼ることなくケリをつけろ、ってことか。それから相手を過剰に傷つけるのも禁止ってことかね。分かりやすくていいな。その分、純粋に技量勝負になるんだろうけど。さて、俺の技量でどこまで行けるのか。
名前を別の名で登録できるって事は、本名を隠す意味合いか。俺達にはあんまり意味ないな。使用武器は……どう書けばいいんだ俺の場合。
「格闘メインの場合、武器のところはどう書けば?」
「格闘と書いておいてください」
言われたとおりに記入する。
「注意事項を遵守し、違反した場合はいかなる罰も受け入れることを誓います、か」
最後の一文を読み、サインをする。これで手続きは終了だ。ちなみに文字は全て共通語である。GAO脅威の技術力で、書こうと思った内容が共通語に変換されて浮かぶので、そのとおりに書けばいい。便利なものだ。
「はい、大丈夫です。それでは当日、時間までに闘技場へお越しください」
意外と簡単に手続きは終了してしまった。
さて、これからどうしようか。今日は狩りに出る気分じゃないし、かといって【調薬】をする気分でもないな。
『フィスト、今大丈夫ー?』
今日の予定を考えていたところにフレンドチャットが飛んできた。この声は【シルバーブレード】のウェナだ。足を止めて返事をする。
『ああ、どうしたウェナ?』
『実はフォレストリザードを狩ったらお肉を手に入れたんだけど、調理したことある?』
『フォレストリザード? いや、まだ遭遇したことない。確かツヴァンド周辺でも狩れる獲物だったな?』
『うん、ツヴァンドの森の奥で見かけたことがあるから、そっちでも大丈夫だと思う。それでね、ロックリザードとは違うけど、同じトカゲじゃない? だったらまたフライとか作ってくれないかなー、なんて』
つまり料理製作の依頼か。と言われても、俺はまだこっちなんだがな。
『アインファストに戻ってくる用があるのか?』
『ううん、そうじゃなくて。また会えた時でいいんだけど』
何とも気が長いな。今度会えるのなんていつになるか分からんのに。まぁ、フォレストリザードの肉には興味あるからいいけど。
『分かった、次に会った時には調理してやるよ。ところで【シルバーブレード】は闘技祭に出ないのか?』
『闘技祭? 何それ?』
ん、ひょっとして知らないのか?
『いや、リアル時間で明日のことなんだが、アインファストの闘技場で闘技祭って言う武道大会があるんだ。知らなかったか?』
問いにウェナは無言。多分、ルーク達に確認を取ってるんだろう。少しして返事が来た。
『うちは誰も知らないみたいだね。そんなのやるんだ』
『賞金とか副賞とか、今の俺には美味しいんだけど、お前らにはそう魅力的な物じゃないか』
簡単に賞金額と副賞を説明すると、あー、とウェナは少し考えている様子だったが、
『うん、わざわざ今からアインファストに戻ってまで参加するメリットはないね。その手の大会に出場するならルークだけど、ルークだけ行かせるわけにはいかないし。そうなったらドラードからアインファストまで転移門が6人で往復36万ペディアだから。優勝しないと現金分の元は取れないし、副賞も微妙だねー』
交通費360万円相当か……でもそれが出せない額じゃないあたり、さすがトッププレイヤーは格が違うな。
『でも、フィストは出るの? それなら見たかったなぁ』
と残念そうなウェナの声。別に俺の戦いなんて見たって面白くないだろうに。
『さては、俺の無様な負けっぷりを指差して笑う気だな?』
『……フィストがボクのことどう思ってるのか、今度じっくりと問い詰めなきゃいけない気がしてきたよ……笑ってほしいなら笑うけど』
冗談交じりに言うと、どすの利いた声が返ってきた。その後で、ぼそりと呟いてげへへと笑うウェナ。女の子がその笑い方はどうなのよ。
『まぁ冗談はさておいてさ。ボク、フィストが戦う所って見たことないから。ポーション事件の時にルークが見た限りじゃ、イイ線いってるって話だったから、興味があったの。素手使いもほとんど見かけないしね』
あぁ、そういうことか。ルークは俺があの時、剣士と戦ってるのを少し見てるもんな。
確かに格闘系って見かけないんだよな。以前、訓練所で教官殿に話を聞いた時には、【手技】はともかく、【足技】使いはいたらしいのに。あくまでサブ技能的な扱いのプレイヤーだったんだろうか。今回の大会で同志が見つかればいいんだけどな。
『あ、そろそろ行かないと。直接応援には行けないけど頑張ってね。当日は応援メッセージを送ってあげよう。ギルド一同、フィストの健闘を祈ってるよ』
『ありがとう、それじゃあな』
チャットを終わらせ、その場を離れる。
しかしルーク達は出ないんだな。それにさっきの感じだと、最前線にいるであろうトッププレイヤー達は闘技祭に気付いてなさそうだ。気付いてても、今回の賞金なんかじゃ気が乗らないって感じっぽい。
てことは、闘技祭に参加するプレイヤーはトップよりは劣る連中ばかりということになる可能性が高い。
下馬評はどんなものかと掲示板を確認してみると、俺でも知ってる有名人の名前もなければ優勝候補として挙げられる名前も一切ない。誰が参加するかも分かっていないようだ。公式HPで広報でもすればかなりの数が集まっただろうに……これ、盛り上がるんだろうかな?
しかしこれはチャンスかもしれない。俺の技量でも、そこそこの順位になれる確率が上がるからだ。たとえ僅かだとしても。
でもまあ、望み薄ではあるんだよな。プレイヤーと住人の腕利きが集まることに変わりはないわけだし。過度な期待はせずに、ちょっとした訓練のつもりで参加するくらいがちょうどいいかもしれない。
うーん、何をやるにも中途半端というか、今日は気持ちが動かないな。大会に備えて今日はもう落ちようか……
「って、ツキカゲ?」
そんな事を考えていると、道の先からツキカゲが歩いてくるのが見えた。
「おお、フィスト殿では御座らぬか」
「って、どうしたんだお前?」
ツキカゲの恰好を指摘する。街中では私服だと言っていたのに、今の彼は忍装束フル装備だったのだ。
「実は、広報役を仰せつかったで御座るよ。まずは興味を持ってもらおうというわけで、拙者自らが看板となって他のプレイヤーの目を引きつけることになったので御座る」
「……忍ばない忍者でいいのか……?」
「主力は忍んでおる故、いいのではないかと」
俺の疑問に、ツキカゲはよく分からない理屈を返してくる。まぁ、ギルドがそういう方針であり、ツキカゲが納得しているなら、俺が口を挟む問題でもないか。
「で、その歩く広告がどうして
「リアル時間で明日、闘技祭があると聞いたので、衆目を集める良い機会と思ったで御座るよ。これから参加申請で御座る」
そうか、ツキカゲも参加か。
はてさて、どんな大会になるのかね。