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第3話:調達

 

 ログイン3回目。

 昨日の訓練場での訓練の結果、【手技】が6、【精霊魔法】が4になった。とりあえず、これで外のモンスターとも割合楽に戦えるだろう。プレイスタイルがアレだし、社会人故に仕事でログインできないなんて事もそれなりにあるだろうから、ソロプレイを基本に行くしかない。だから大体のことは自分でできるようにしておかなくてはならない。プレイヤー同士の関わりを蔑ろにする気は無いけど。

 さて、今日の予定は装備の調達だ。普通のプレイヤーはログイン初日にそれを済ませてフィールドに出るまでいくらしい。それを考えると随分とスロースターターだということは自覚している。

 恒例のティオクリ鶏を買って、食べながら店を探す。買いたい物は武具と道具だ。

 プレイヤーには初期装備がある。それはログインと同時に与えられる初期の布の服、ズボン、革靴の3つ。当然、服の防御効果はゼロだ。これは必要最低限の外見を確保するためのものでしかない。

 そして、戦闘系スキルに対応した武器。【手技】を選んだ自分には武器がない、そう思い込んでいた。が、実は武器はあった。アイテムメニューを開くとセスタスが1つ。どこにあるのかと探してみたら、ズボンのポケットに入っていた。

 セスタスというのはナックルダスターの一種で、カイザーナックルやメリケンサックと言った方が通りがいいかもしれない。拳へ装備するタイプの武器だ。

 で、セスタスは確かローマ時代の拳闘士が使っていた革製のバンテージのような物だ。目の前にあるそれは確かに革製のベルトにしか見えず、鋲が入っているので拳の保護と打撃力強化はできるのだろう。が、片方ってどういうことだ。普通、この手の武器は両手に装備してこそだろう。しかも初期装備なのはいいとしても攻撃力補正が1。これでは心許ない。

 そういうわけでまずは武器と防具なのだ。が、問題もある。最初の食べ歩きで、結構お金を使ってしまっていた。そして昨日もティオクリ鶏と訓練場利用で170ペディア使っている。初期の所持金が1万ペディアで現在の所持金は7020ペディア……単純計算で3万円ほど使ったことになる。食事だけで。しかも2日、時間換算すれば数時間で。

 い、いや、仕方ないんだ。弁解させてもらうなら、このゲーム、キャラクターに飢え度と渇き度が存在する。空腹と喉の渇きを示すパラメーターで、これがマックスになると色々と不具合が生じる。だからプレイヤーはこの世界でも飲食が必要になる。それはいい。

 だが問題は、飢え度と渇き度が0になろうとも、腹が一杯にならないということ。つまり、いくらでも食い続けることができるわけだ。これがリアルなら満腹でごちそうさまなわけだが、ゲーム内では多少の満足感こそあるものの、満腹感はない。つまり、欲しい物はいくらでも食えてしまうというわけで……

 その結果が、現在の残金である。いや、自重しなかったのは反省してるけど。

 ともあれ残りの金で色々と整えなくてはならない。最低限、両手の武器と上体の防具は必要だ。あと回復薬など。


 

 やって来たのは武具通り。その名のとおり、武器や防具の店がズラリと並んでいる。当然、買い物に来てるプレイヤーも多い。で、これだけあると、だ。

「どこに行けばいいかさっぱり分からん……」

 コンピュータRPGのように、街には武器屋や道具屋が1軒だけ、とかなら悩む必要すらないのだが、これだけあれば値段も品質も品揃えも千差万別だろう。そんな中で当たりを引けるかというと正直疑問だ。

 何となく、ではあるのだが。NPCの店舗の方が安定している気がする。代わりに、とんがった部分もなさそうであるが。逆にプレイヤーの店の方は、癖があるけど高品質なものを扱っている気がするのだ。

 そして、その予感は当たっていた。【遠視】のスキルを使いつつ、店の中の商品や店頭に並んでいる商品の値段を確認しながら歩いてみると、まさにそのとおりだったのだ。しかし、だ。

「駄目だ……」

 まず、【手技】用の武器を扱っている店がない。セスタスを置いてある店舗はあったが、それだけだ。

 そして防具は高かった。ソフトレザーアーマーだけでもざっと見た感じ、最低額が2500ペディアあたりから。一応前衛職なので、あんまり脆い防具も心許ない。できれば最低でもハードレザー製が欲しいのだが、それでも5000ペディアくらいから。しかもこれ、胴体だけでこの値段だ。一式揃えるとなると気が遠くなる。

 これを買うとして残り2000ペディア。消耗品や道具を買うことを考えると、武器にどれだけ割くことができるだろう。

「……一応、魔法も使えるしな……防具を優先して、攻撃は魔法中心に組み立てていくか……」

 そんな事を考えながら、一度通り抜けた武具通りを逆に進む。どこかに掘り出し物がないものかと考えながら、再度、店を見て回る。

「ん……あれは?」

 それはとある露店だった。どうやら武具の露店らしく、いくらかの武器が並べられている。先程は店舗だけを見ていたので見逃していた。

 近づいて品を確認してみる。値段は割高だが質は悪くなさそうである。

「いらっしゃい、何をお求めだ?」

 露店の主である男が、こちらを見上げる。男の外見は30前後といったところだ。銀の混じった黒い短髪。黒い目は鋭いが、剣呑ではない。

「手技用の武器って、あります?」

「手技? 珍しいな。それに、初期装備のままか」

「ええ、2日前に始めたばかりで、昨日までは街の様子を見ていたので。それより、そちらもこんな所で露店を開いているなんて、凄いですね」

 初期装備なんて言い方をするってことは、この人プレイヤーか。

 男に答えて、自分も思っていたことを口にする。武具を扱う店舗が密集する場所で、まさかの露店だ。ある意味度胸があるなと思う。

 しかし男は苦笑いを浮かべ、

「ああ、実は店舗の準備中でな」

 と背後を指差した。それを追えば、現在改装中の建物がある。職人らしき人達が中で作業をしていた。

「完成までの間、何もせずにいるのも退屈でな。だったらと、店の前で露店を開いているわけだ。宣伝も兼ねてな」

 男は1枚の紙を取り出して、こちらへ渡してきた。

「鍛冶職人のレイアスだ。金属製の武器と防具を専門にしている」

 渡された紙は名刺大で、内容は名刺そのままだ。『レイアス工房』とある。

「で、手技用の武器と言ったな。残念ながら、武器はないが……」

 言いつつレイアスさんは側にある箱から取り出した物を差し出してくる。

「ガントレット?」

 それは一対の篭手だった。金属と革の組み合わせで、指は第二関節まで覆われているが、親指の保護はない。腕部分も金属部は表側だけ。指を通し、腕二箇所をベルトで止めるシンプルな造りで飾りっ気はない。材料は鉄だろうか。下地は――

「下地はウルフの革ですね」

「何だ、同業か?」

「いえ、動物知識持ちなんで、多分それのお陰かと」

 レイアスさんの問いに、そう答える。素材についての情報が表示された理由で、他に思い当たる節はない。あぁ、とレイアスさんは納得の様子。

「でも、どうして同業だと?」

「入手した素材の正体を知るには、その素材を扱う生産系スキルを持っている者が鑑定する必要があるのだ。だから例えば、プレイヤーが初めてフィールドで、明らかにウルフであろう名称不明の動物を倒し、その皮を手に入れても、入手できるアイテムである肉や皮は?表示になる。それは鑑定後のアイテムを入手しない限りそのままでな。それが反映されて動物の名称も分かるようになる」

 だから、素材の正体を見破った俺がその系統のスキルを持っていると思ったのか。しかし、

「それだと、一度ウルフを倒してウルフの皮を入手した人なら、見たら分かるってことじゃ?」

「皮が加工済の革素材になった時点で、別アイテム扱いになるのだ。加工する場を目にしていれば別なんだがな」

「何だかややこしいんですね……」

 例えばウルフの革を説明付で先に入手したとしても、生きているウルフの正体や、ウルフがドロップした皮の正体は分からないということか。要は確実な関連づけができない限りは一連の情報にならないのだろう。何とも面倒なことだ。

 ともあれ素材系については関連のあるスキルを持っていれば鑑定可能ということだ。皮の素材だと普通なら革細工のスキルだろうか。鉱石なら鍛冶、薬草類は調薬といった具合に。そういえば採取や採掘ってスキルもあったな。あれは確か植物や鉱石の採取数に補正が入るスキルだったか。あれも素材知識は入りそうだ。

 しかしそう考えるなら、動物知識は結構汎用性が高いのだろうか。単純な料理だったとはいえ、見れば元の動物が分かり、加工後の動物系素材を見れば元の動物が分かった。後は、名前を聞いただけで詳細が分かるようなら完璧なのだが。

「この世界では、自分の目で見て確かめるというのがかなり重要だな。スキル持ちはその辺りが優遇されているとも言える。まあ、掲示板情報を頼りに、というのもできなくはないがね」

 見るのが重要だというなら、図鑑のような物を見て覚えたりすればある程度の補正が掛かったりするかもしれないな。そういえば図書館もあったはずだ。勉強してみるのもいいか。

「まあ、話を戻そう。これは腕用の防具ではあるが、拳を保護するという意味でも十分に使える。攻撃力だけ見るなら市販のセスタスなどより少しマシ程度だろう。実のところ、手技や足技用の武器を作っている者は聞いた事がない。βの頃に自分が使う武器を自作していた者はいたが、売りには出していなかったしな」

 レイアスさんの言葉に、やっぱりなーと溜息が漏れた。まあ元々、拳で語れなんて言葉があるように、そこに武器を着けるのは無粋だという考えがあるのかもしれない。格闘系プレイヤーにしても、武器職人にしても。

 そんな事を考えていると、レイアスさんから問いが投げられた。

「君は、戦闘系スキルの共通アーツを知っているか?」

「魔力撃、でしたっけ」

 【魔力撃】はその名のとおり、魔力を込めた強力な一撃を放つ最初期アーツだ。基本的にどの戦闘系スキルにも存在するアーツで、弓等の飛び道具すら例外ではないと聞く。

「ああ。この魔力撃が少し特殊でな。手技と足技に関しては、効果が一定時間継続するのだ。その代わり、他の武器系統の魔力撃よりも威力は低い」

 それは初耳だった。つまり、魔力で擬似的な武器を作っているのと変わらない状態になるということだろうか。その代償が威力の低下、と。

「それに近接で相手を掴んだり組み付いたりする場合に邪魔になったりもするから、指に装着したり、握り込む類の手技用武器は敬遠されていたという事実もある。だからグローブや篭手をつけていた者は多かったが、手技用の武器を持っていた者は少数だ」

 投げや関節技については別にスキルが存在するが、打撃に拘らないなら指が不自由にならないというのはメリットだろう。

 運営が手技用のユニーク武器でも出さない限りは、篭手やグローブで十分かと思えてきた。となると、お値段の話になるのだが。

「おいくら、でしょうか?」

「練習用に作った品だからな。店に並べるつもりのないレベルだ。処分特価で1双2千ならどうだ?」

 所持金から差し引いて、残りが5千か。他の消耗品も買う必要があるので妥当なところだろうか。

「街のすぐ近くで慣らしをするなら、防具はソフトレザーあたりでも十分通じるはずだ。それなら胴体だけの保護でも、ポーション等を買う余裕はあるだろう」

 せっかくのアドバイスなので、買わせてもらうことにした。代金を払って装備する。思ったほど重たくもない。感覚を確かめるように虚空へ数度拳を放ってみるが、問題はなさそうだ。

「もし、鉱石等の素材を見つけたら、持ち込むといい。よいものなら買い取りもしよう。武具の注文にも応じるので、よかったらまた来てくれ」

「ありがとうございます、お世話になりました」

 レイアスさんに礼を言って、その場を離れる。さあ、次は防具だ。


 

 結果、防具はソフトレザーの胴鎧とブーツを購入。その他の防具はお預けにした。

 後は回復用のポーション、パンを幾つかに飲料水を入れるための水袋。そして携帯用調理セットと冒険者セット。

 冒険者セットとは、そういうアイテムがあるわけではなく、TRPGでお約束の道具類一式だ。毛布、たいまつ、火口箱、ナイフ、ロープを革製リュックサックに詰めたもの。このゲームで必要になるのかどうかは分からないが、勢いで買ってしまった。反省はしたが後悔はしていない。

 俺の所持金はほとんど無くなった。後はしっかり戦って、しっかり稼いで、装備を充実させていこう。

 これでやっと、外に出る準備が整った。というわけで、そのまま外へ向かうことにする。

 ここ、アインファストは、城壁に周囲を囲まれていて、東西南北に一箇所ずつ門がある。どこを通っても外には出られるが、プレイヤーは目的に応じて方向を決めているようだ。ざっと聞いた話では、北は山岳方面、南が平原、西が森林、東が湿地帯となっているらしい。あちこちに小さな村も点在しているそうだが、現時点では関わり合いになることもないだろう。

 敵に関しては、街の周辺だとほとんどが動物で、モンスターと言えるようなものは街からかなり離れた所でないと出てこないそうだ。まあ、街のすぐ近くにモンスターが大量に湧くようでは治安が悪い。あくまでリアルに考えれば、だが。

 さて、どこに行こうかと考えて、食い物を得るなら森の方が良さそうだなと考える。敵MOBの強さとかはあんまり考えない。【遠視】のスキルもある事だし、やばそうなのが見えたら逃げればいいのだ。

 西門に近づくにつれて、建物がまばらになっていく。空き地がそこそこ目立つ。そして値段と連絡先の書かれた立て札。売り土地のようだ。とても今の俺には手が出ないので、今後の参考に留めておく。

 やがて、西門へと辿り着いた。2人の門番が行き来する人を見張っている。城壁上にも兵士がいて、これは門の外を見張っているようだ。

「すみません、外に出るのに何か手続きが必要でしょうか?」

 よく分からないので念のために確認する。

「いや、特には必要ない。戻って来た時も同様だ。ただし、門は日没と同時に閉鎖される。日の出までは開門されないので注意するように」

 夜になると色々と危険が多くなるらしい。夜行性の動物などもいるし、視界も悪くなるので不意打ちを受けやすいとか。何があるか分からないので日没前には街へ戻った方が無難だろう、そう丁寧に教えてくれた。

 礼を言って門をくぐった。目の前は広々とした草原、というか、整地された広場があった。その先しばらく行った所に、木の柵が城壁を更に取り囲むように点在しているのが見える。

「なんだ、これ?」

「都市開発地区だ。いずれ、ここにも色々と建物ができていく。まあその前に、あの柵が城壁にならんと始まらんのだがな」

 俺の呟きが聞こえたのか、門番が教えてくれた。つまり、都市拡張のためのスペースと言うことか。この街、現時点でもそこそこ大きいのに、更に大きくなる可能性があるってことだな。スケールがでかい。

 さて、ようやく第一歩を踏み出した。街の外には何が待っているのか。今からとても楽しみだ。

「美味いもの、たくさんあるといいなぁ」

 本当に、楽しみだ。

 

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