第26話:ギルド【伊賀忍軍】
2016/1/22 誤字訂正
西の森での戦闘が終わって、俺とツキカゲはアインファストへ戻ってきた。
森で出会った他の忍者達は、そのまま鍛練という名の狩りに出掛けた。俺はツキカゲと一緒に警備詰め所へ行き、賞金首の換金だ。
「では、こちらが今回の懸賞金になります」
布袋に入った金を事務のお姉さんが渡してくれた。中身を確認すると白金の硬貨が入っている。1万ペディア白金貨が10枚、合計10万ペディア。
GAOには通貨が何種類かある。金属の種類で言えば、この手のファンタジー世界ではお約束の銅、銀、金、白金だ。1ペディア銅貨、10ペディア大銅貨、100ペディア銀貨、1000ペディア金貨、そして1万ペディア白金貨。ゲーム上は、プレイヤーが望んだ時に自動でこれらの通貨が出現するようになっているが、実際に受け取った通貨の種類がそのまま反映されるわけではない。例えば無一文の状態から白金貨を入手したとしても、買い物をする時にはそれ以外の通貨に変換されて出現するわけだ。
ちなみに住人達は、ちゃんと財布を持っていて、そこから金を出している。せっかくだからプレイヤーも同じようにして欲しいんだけどな。
布袋が手の上から消える。これで俺の所持金に10万ペディアが加算されたわけだ。
ツキカゲの方は俺のより大きい袋を受け取っていた。忍者達が仕留めた分を一括で換金しているためだ。7人分で、1人10万としても最低70万ペディアか……結構な額だ。
換金が終わったので俺達は詰め所を出た。ツキカゲの案内で街を歩く。どうも、俺をギルドへ案内してくれるらしいのだ。興味があるのでお邪魔することにした。
「しかし、忍者スタイルのプレイヤーなんて、今まで全く見なかったんだけどな」
「街を歩く時は、上から別の服を着ているで御座るからな」
そう言うツキカゲの恰好は、この世界の私服だ。頭巾とマスクも外しており、金の短髪と青い目をした顔が露わになっている。
「装束で活動するのは基本的にフィールドと、夜に街の中で訓練する時で御座るな」
「そんなところまで拘ってるのか……すごいな」
何という情熱だろう。それだけ忍者が好きなんだろうな。そしてそんな連中が集まったのが、これから案内されるギルド【伊賀忍軍】なんだろう。
「ところでギルドってどこにあるんだ?」
「東門の外で御座るよ」
なんと……街の外、だと……?
「街の外にギルドなんて建てられるのか?」
「可能で御座る。街の外であるが故に、今は土地が安いので御座るよ。外壁ができたらもっと値も上がるので御座ろうな。ちなみに街から離れた土地も買うことができるそうで御座る」
あぁ、門のすぐ外って都市開発区画みたいな扱いだったっけ。そういや東門の外に建設現場みたいなのがあったのは覚えてるが、あれがそうだったのかもな。
GAOでは不動産の売買も行える。既存の土地や建物を買うことができ、土地に家を建てることも可能だ。しかし、街の外の土地も買えるのか……安全面を確保できるなら、一考の価値もあるな。森の中の一軒家とか楽しそうだし。
「てことは、今から土地を買っておいて、城壁が完成して高値になったところを売れば大もうけ、と?」
「それは拙者らも考えたで御座るが、正式な街になる前の都市開発区画の土地は、使用目的で縛られるで御座る。家の建築なら建築、畑にするなら畑。遊ばせたままだったり目的外の使用をすると没収されるらしいで御座るよ。城壁が完成し、正式に街の区画となって初めてその縛りが取れるのだとか。それに、いつ完成するか分からぬで御座るし」
土地転がし対策ってことか。やっぱりうまい話はそうそう転がってないな。
「でも、ギルド結成したと同時にポンと与えられるもんじゃないんだな」
この手のギルドを結成すると、その拠点を無償でもらえて、そこに手を加えて大きくしていくのだとか聞いたことがあるんだが。
「いや、一応はもらえるで御座るよ。ただ、初期でもらえるのが6畳くらいの部屋2つだけなので御座る。しかも自由度が低く、そこは増築不可能なので御座るよ」
ハウスと言うよりルームで御座るな、とツキカゲは笑う。
「ギルド結成自体は少々の手間が掛かるだけで御座るが、ギルドハウスと言われるものは一筋縄ではいかぬで御座るよ。初期部屋で満足できなければ自分達で確保せねばならんので御座る」
それは初耳だった。
「まず、結成もそうで御座るが、役所に届け出る必要があるで御座る」
「役所っ!?」
ツキカゲの言葉に耳を疑った。まさかそこまでやるかGAO……
「ギルド関係に限らず、役所への届け出は結構あるで御座るよ。まぁそれは置いておくとして、初期ギルドハウスは無償貸与で御座るが、そこを使わず自前でとなると、新しく建てる、既存の建物を購入するというだけでなく、賃貸などもあるで御座るな。これはギルドハウスに限らず、プレイヤーが店を出したりするのも同様で御座るが。ギルドの結成だけして、拠点は持たぬまま、というのも多いそうで御座る」
なるほど……そういえば、ルーク達のギルドハウスって聞いた事なかったな。まだ持ってない可能性もあるのか。他に俺が知ってる限りだと、レイアスやシザー達は自分の店を持ってるが、あれは建てたか買ったかしたんだろうな。レイアスの店は内装からいじってたし。グンヒルトの店はどうだか知らないが、引っ越すとか言ってたから持ち家じゃないのかもしれない。
うーむ、しかしそうなると、俺が自給自足生活を送るためには土地だけじゃなく家の建築もしなきゃならんのか……うまい具合に土地付きの一軒家が見つからなければ、自分で開拓するしかないな……
しかし話を聞いていると、ギルドを結成する意味ってあるんだろうか。もらえるのが拡張不可な6畳2間だけって……
「ギルドのメリットってあるのか?」
「自分達のコミュニティを公的にというかGAO世界内に知らしめるという意味はあるで御座るが……それならばパーティーでもいいで御座るしな。システム的にはギルドメンバーとのチャットが可能になったりするで御座るが。あと、拠点を作ったら倉庫の機能をもらえるで御座るな。ストレージを持っていると有り難みが薄れるで御座るが」
「……微妙だな……」
「しかしまぁ、システムでそれができる以上、何かしらのイベントに関わるのではないかとは言われているで御座る。ギルド間の抗争や、ギルド限定クエストなどで御座るな」
そういうのもあるのか……いや、あると決まったわけじゃないけどな。でも自分達の居場所を作る、っていうのは楽しそうだよな。ソロの俺には関係ないけど。
「他にもNPCの商業系ギルドに参加することもできるようで御座るよ。興味があるならば調べてみるのがよいかと」
NPCのギルドにも参加できるのか。狩猟ギルドや調薬ギルドに参加したら特典とかあるんだろうかな。買い取り額割増とか購入時割引とか。逆にギルドに属することで厄介事に巻き込まれる可能性もあるかもしれんけど。
「さ、見えたで御座るよ」
東門を抜け、ツキカゲが指し示した先には、土壁に囲まれた割と広い一角があった。壁の上から覗く建物の屋根は茅葺きっぽい。あぁ、規模は多少違うけど、俺はあれと似たものを三重県の某市で見たことがある。
「見事な忍者屋敷だな」
「そうで御座ろう。再現に苦労したで御座るよ」
誇らしげにツキカゲが言う。うん、それはいいけどな、はっきり言ってアインファストの建築物の中にあの建築様式は、すっごく浮いてるぞ。特に他の建物がまだ建っていない現状では尚更だ。忍者屋敷だって存在当時は周囲に溶け込んでたものだろう。少しは忍べ。
なかなか立派な門があった。ここだけ見たら、忍者屋敷と言うよりは武家屋敷の趣がある。
門をくぐると屋敷があり、他にも土蔵や小屋もあった。小屋の方からは金属を叩く音が聞こえる。鍛冶でもやっているのだろう。手裏剣とか自作しているのかもしれない。
ブーツを脱いで屋敷内へとお邪魔する。細部はさすがに再現できなかったみたいだが、雰囲気は紛れもなく俺が知っている忍者屋敷だった。抜け道とかどんでん返しとかも再現されてるんだろうかなぁ。
案内された部屋には着物姿の初老の男が1人。
「ようこそ、フィスト殿」
俺のことは既に伝わっていたのか、男が俺の名を口にした。
「初めまして、フィストと言います」
用意された座布団に正座し、頭を下げると、男もこちらへ頭を下げた。
「某、ギルド【伊賀忍軍】を統率するヤスナガと申します。此度はツキカゲの危機を救っていただき感謝いたします」
「いえ、俺も皆さんに救われましたので、お互い様ということで」
ハンゾウじゃないんだなと思いつつ、お約束のやり取りを交わす。それが終わったタイミングで、着物を着た女性がお茶を持って部屋に入ってきた。
目の前に置かれたのは湯飲み。着物といいこれといい、至る所にこだわりが見えるなぁ……
「日本茶ではありませぬが、雰囲気重視ということで」
ヤスナガさんはそう言って、自分の前に置かれた湯飲みを手に取る。さて、どうすべきか。何か仕込んでると考えるのは穿ちすぎなんだろうな。
俺も湯飲みを口へと運んだ。あ、これ紅茶か。いい香りだな。
「さて、それではそろそろ本題に入らせていただこう」
居住まいを正すヤスナガさん。ツキカゲが誘ってきた時から薄々とは感じてたが、やっぱり用件があったのか。
「フィスト殿。【伊賀忍軍】に参加する気はありませぬかな?」
うん、意外だった。まさか勧誘だったとは。
「え、っと……どういうことでしょう?」
「既にお聞き及びでしょうが、某らはこの仮想世界で忍の道を究めるために活動しております。実は某らのギルドは参加者全員が、祖先に忍を持っていたり、忍の研究をしていたり、観光協会や市の職員であったり等々、何かしら伊賀に縁のある者達でしてな」
リアルでも忍一色ってことか……なんつー濃い集団だ……
「ゲームとはいえ、その中で忍として活動する……ロールプレイと言うのですか、それをやっておるわけです。スキルを使えばその再現もかなりできる。それどころか物語の中の忍者すら再現できましょう。忍の技を代々受け継いできた者もそれを存分に振るうことができると、結構楽しんでおりますよ」
後半、何か物騒な言葉が聞こえたが、気にしないことにしよう……
「しかしまだ、数は少ない。第二陣にて合流する同志もおりますが、身内だけで完結するのもつまらぬ話でしてな。有望な者を見つけたら勧誘してみるようにと、皆には申し伝えておったのです。そんなところに、ツキカゲから報告がありましてな」
反射的にツキカゲの方を見る。当の本人は俺の斜め後ろで素知らぬ顔をしていた。
「既にフィスト殿は気配察知も隠行も修得している様子。それに投擲と短剣も器用に扱っていた、と。そのスキル構成だけでも、某らに通じるものがある。ならば興味を持ってくれるのではないか、そう思い、招待した次第です」
なるほど。そう言われれば似通った部分はある。忍者って事を考えたら、恐らく【調薬】や【暗視】なんかも押さえてるんだろうな。
「そして、本音を申せば……戦力を増強したいという狙いもありましてな」
「戦力、ですか?」
「はい。某らと同様に、この世界で忍の道を究めんとする集団がおるのです。その名を【甲賀忍軍】」
「何やってんだ忍者共っ!?」
思わず叫んでしまった俺に罪は無いはずだ。つか伊賀と甲賀がライバルって創作上の話じゃないのかよっ!? 忍同士で殺し合いかっ!? どこの甲賀忍○帖だっ!?
「いやいや、誤解をしないで頂きたい。あくまで、忍としての技を競い合うというだけです。まぁ……たまには、やり過ぎることもある、でしょうが……不幸な事故というのはいつでも起こりますからな」
しれっと言い放つヤスナガさん。本気なのか冗談なのか判断に苦しむな。
まぁ、話は分かった。現在のスキル構成から忍者へ移行しやすいプレイヤーをメインに勧誘してるって事だな。確かにさっきの森での戦闘じゃ、格闘家らしからぬ戦い方をしてるし、それが見事に忍者スタイルに合致していた。ツキカゲが誤解するのも分かる。
が、残念ながら俺は忍者じゃないし、そのスタイルにする気もない。
「せっかくの申し出ですが、お断りさせていただきます」
はっきりと俺は告げた。ツキカゲが息を呑むのが分かった。ヤスナガさんには目立つ反応はない。
「理由を伺ってもよろしいかな?」
「あなた方がこの世界で忍の道を追究するために活動しているように、俺もこの世界で追い求めているものがあります」
俺がこのゲームを始めた理由。それはこの世界にあり、リアルにはない未知の食材を味わうことだ。俺の腕を買ってくれたことは嬉しいが、目指す方向が違う以上は首を縦に振るわけにはいかない。
「ふむ……フィスト殿はフィスト殿の信念に従って、この世界を生きているのですな」
何か大袈裟に解釈したみたいだが、納得してくれたならいいか。
「分かりました、この話はここまでとしておきましょう。しかし、気が変わったらいつでも声をお掛けください。【伊賀忍軍】は貴方を歓迎いたしますぞ。そしてそれが叶わずとも、【甲賀忍軍】にだけは参加せずにいていただけるとありがたい」
強引な勧誘はしないが完全に諦めたわけではないようだ。期待に添えないのは申し訳ないが、こればかりは仕方ない。まぁ【甲賀忍軍】に入ることもまずない。どっちかに入れ、と言うなら先に縁のできた伊賀の方だしな。
「さて、ツキカゲ、フィスト殿を案内してさしあげろ」
「了解で御座る。さ、フィスト殿。これから忍者屋敷ツアーの開始で御座るよ」
ヤスナガさんの指示に応え、ツキカゲが立ち上がりながら言った。おいおい……
「あんまり内部情報を漏らすのもどうかと思うが、いいのか? 興味はあるが、あんまり部外者に公開していい情報でもないだろうに」
忍者屋敷内の仕掛けの位置や種類なんて機密扱いじゃないんだろうか?
しかしツキカゲは両腕を広げてHAHAHAと笑った。発音といいオーバーアクションといい、どうもこいつは日本人らしからぬ雰囲気を放つ時があるな……
「心配は無用。あくまで見せても問題ない部分だけで御座る」
「ならいいんだけどな。それじゃ頼む」
ヤスナガさんに会釈し、立ち上がる。
その日は屋敷だけじゃなく、鍛練の光景とか、鍛冶場で作っている物とか色々と面白いものを見せてもらった。
忍具や薬も一部は売ってくれるとのことだったので、手裏剣と苦無、撒菱を購入。逆に手持ちの薬草を譲ってやったり。
ツキカゲとは互いにフレンド登録をした。ギルドには入らないが、このギルドとの付き合いは長くなりそうだ。