<< 前へ次へ >>  更新
27/216

第25話:忍者

 

 あれからアインファスト周辺で狩りをしている。

 北の山では鹿も狩れたし、いくらかの鳥も狩った。

 東の湿地は何度か足を運んだが、打ち切ることにした。足元が悪い上に毒を持ってる生物が多い。蛭のような厄介な生物もいるし、実入りがあまり良くないのだ。ポイズントードもオオヤツメウナギもファルーラニュートも美味かったんだが、それだけを狙うために赴くには気が乗らない。肉しか売り物にならないし、ポイズントードの毒も必要なものじゃないし。あぁ、カエル毒は何度か食らって耐性がついたのは収穫と言えるけど、確実に修得できるか分からない毒耐性を、そのためだけに食らい続けるのも勘弁だ。そもそも解毒ポーションが圧倒的に足りない。

 だから今は北の山と西の森を狩り場にしている。山で出会ったあの大鹿に未練もあるし、そろそろ森の奥に入って魔獣なんかも狩ってみたいのだ。


 


 ログイン40回目。

 今日はアインファスト西の森の中。戦闘系スキルも【手技】が20になったこともあって、ぼちぼち奥に入ってみようと考えている。正確には様子見、だけど。

 【気配察知】をしながら奥へと進む。獲物は今のところなし、だな。いくらか動いてるのもいるけど、遠ざかっていく感じなので無理に追いかけることもない。

 【世界地図】を埋めていく感じで森を歩く。薬草の群生地とかは役立つ情報だしな。【調薬】で使える薬草類は確保しておきたいし。

 しばらく歩くが珍しく獲物に遭遇しない。普段ならこちらに向かってくるのがいくらかいるんだが……先客でもいたんだろうか。薬草の類も採取されてるような痕跡があるし。こりゃあ今日はこの辺り、ハズレかなぁ。

 しかし薬草の群生地は数が多かったので、結構な量の薬草を確保しつつ、更に進んでいくと、

「ん……?」

 人の声が聞こえた。どっちだ? ヘ~ルプっ! って言ってるな。英語って事はプレイヤーの声かこれ……余裕がありそうに感じるのは気のせいだろうか。

 ともあれ確認してみるか。【気配察知】を使うといくつかの気配が――って、あれ、今いくつかの気配が消えたぞ……?

 何だか妙な感じがする。が、声の主は確認しておかなきゃな。本当に困ってるなら見捨てるわけにもいかないし。

 消えなかった気配の方へと向かう。

「Oh! そこのプレイヤーの方! 助けてほしいで御座るーっ! HELP!」

 そこに居たのは……え、っと……何だ……

「忍者……?」

 一見すると黒っぽい忍装束のようなものを着たプレイヤーだった。声から判断するに男だ。何だか英語の発音がネイティブっぽく聞こえるな。日本在住の外人プレイヤーか? だったら忍者じゃなくてNINJAと呼ぶべきだろうか。

 とにかくそのプレイヤーは俺の目の前に『ぶら下がって』いる。頭を下に向けて。

 足にはロープが結ばれていて、そのロープは木の枝を経由して見えなくなってるな。しかし人間1人を吊せる罠か……リアルでは獲物を吊り上げるような罠は禁止されてるらしいが、こっちの世界はその手の罠も規制されてないんだな。

 とりあえず、言うことは1つだ。

「狩人さんの罠に掛かるとか、酷い事するなお前」

「えっ!? ここ、拙者が責められる場面で御座るかっ!?」

 おぉ、拙者に御座るときたか。いいね、ロールプレイ。

「違うで御座るよっ!? これは拙者が仕掛けた罠で御座るっ!」

 つまり自分で仕掛けた罠に掛かったのか……見事な自爆だな。

「ロープを斬って降りればいいだろう。苦無とか持ってないのか?」

「このロープ、強度を増すために鋼線が仕込んで御座る! 苦無では断ち切るのは困難で御座るよっ! それに得物は落としてしまったで御座るっ!」

 よく見ると、男の真下に抜き身の小剣が落ちていた。あぁ、これじゃどうしようもないな。しかしやっぱり持ってるのか、苦無。

 俺はロープを視線で追いながらその行き先を確認する。樹の幹の裏にロープを括ってある岩があった。なるほど、これくらいの岩の重みなら人も持ち上がるか……って待て。どこからこんな岩を調達してきた? ストレージを使えば可能だからそっちはまぁいいとして、どうやってこの岩を仕掛けてたんだ? 確か【罠】のスキルは屋内と屋外で分かれてたはずだが、そういうのを無理なく可能にするアーツでもあるんだろうか? まぁいい、そういう詮索は後だ。

「これからロープを解くからな」

「かたじけない!」

 ロープを解き、しっかりと保持する。長さが足りないので地面までは無理だが、ゆっくりと降ろしてやる。

「もう大丈夫で御座る。手を離してくだされ」

 ロープを離すと男はそのまま落下。しかし手を地面に着き、そのまま身体を曲げて地に足を着けた。

「ふぅ……一時はどうなることかと……」

「自分の仕掛けた罠に掛かるなんて、そうそうないからな。このまま放置されてたら面白いことになってたんだろうけど」

 善良なプレイヤーや住人が見たらちょっとしたホラーだな。

「宙吊りのままログアウトせざるを得ない状況で御座るな。その後で野の獣に食われたりPKに嬲り殺しにされてたかもしれぬで御座るが」

 やれやれ、と溜息をつくと、男はこちらを向いて姿勢を正し、その場に土下座した。

「危ういところを助けていただき、感謝するで御座る! このご恩、生涯忘れぬで御座る!」

 おぉ、見事な土下座……じゃなくて、大袈裟な奴だな。

「まあ、縁があったってことでいいだろ。そんなに畏まる必要はない。頭を上げてくれ」

 何というか居心地が悪い。困った時はお互い様なのだ。

「俺はフィストだ。この森には狩りと採取に来てたところだ。お前は罠なんて仕掛けてるところを見ると、狩りの途中か?」

 名乗り、状況を確認すると、男は立ち上がり、頭を下げた。

「これはご丁寧に。拙者、ツキカゲと申す者。この森へは罠の訓練を兼ねた狩りに来ていたで御座る」

 こうしてみると、やはり忍者だなぁ。忍者刀がないのは仕方ないとして、腰には小剣か。しかし忍装束なんてよく作ったもんだ。

「よく作り込んでるな、その恰好」

 頭巾とマスク、黒い装束に手甲、足は足袋と、いかにも本格的、というか。昔、これと同じものを伊賀の方へ遊びに行った時に見た気がする。

「フィスト殿は忍に興味があるで御座るか?」

 す、とツキカゲの蒼い目が細くなった。ぬ、何だこの、獲物を見つけた的な目は? いや違う、これは会社にたまにやって来る保険屋のおばちゃんの目、勧誘者の目だ。

「のめり込む程じゃないけどな。お前はどっぷり浸かってるようだが」

 迂闊に同調したら不味いと判断し、方向を変えてやる。延々と忍者の話をしたり忍者にならないかと勧誘されたりしてはたまらん。

「それは当然で御座る。我ら、忍で御座る故」

 何の躊躇もなく、断言するツキカゲ。すっかり役に入り込んでるな……まぁ、これも楽しみ方の1つか。って……我ら……? 何故に複数形? 他にも同じ事をしているプレイヤーがいるのか?

「どうかしたで御座るか?」

「あ、いや、何でもない。で、また罠を設置するのか? それとも素直に狩りに行くか?」

 首を傾げるツキカゲに言葉を濁し、今後の事を聞く。ここで立ち話をしてても仕方ないしな。

「そうで御座るな……今日のところは罠は諦めるで御座る。もしよければ、このままひと狩りお付き合い願えぬで御座ろうか?」

「あぁ、構わない」

 元々、奥の方の様子見に来たのだ。人数がいた方が心強いのは確か。それに、この忍者スタイルがどういう戦い方をするのかも興味あるしな。

 かたじけない、と再びツキカゲが頭を下げる。

 それじゃ狩りを再開するか。まずは獲物を探して――!?

「なぁ、ツキカゲ。お前、気配察知を持ってるか?」

 少し声を落として問う。

「持ってるで御座るよ。忍の嗜みで御座る」

「だったら分かるな。囲まれてる」

 ツキカゲとのやり取りの間に近づいたんだろう。俺達の周囲に『何か』がいる。距離は20メートルくらいか。ゆっくりと距離を詰めてくる。

「8つ……結構な数で御座るな……」

 周囲を直接窺うような真似はせず、ツキカゲが数を告げた。8? 俺には6しか確認できない。ツキカゲの方が【気配察知】のレベルが高いのか?

 俺はメニューを開いてツキカゲにパーティー加入を促す。パーティーチャットで内緒話をするためだ。即座にツキカゲは了解をした。

『囲い込んでくるってことは、獣の類じゃないな……人か?』

『恐らくは。こちらを獲物と勘違いしているか、あるいはPKか……』

 動物狙いのプレイヤーや住人が、獲物を逃がさないように包囲している、って可能性はあるか。でも、PKだと厄介だな……

 プレイヤーを殺すプレイヤー、PK。システムで禁止しているゲームもあるが、GAOではシステム上は許されている。ただし賞金首システムがあるので、PKは賞金首になっていることが多い。賞金首になると、逮捕されたり討伐された時にかなりのペナルティがつくというデメリットがある。

 それでも、PKは存在する。このゲームの最初で言い含められる『理性と良心を持った人間であること』から逸脱する行為だというのに。そんなに対人戦がしたいなら、システム的にもGAO世界内の法律的にも許されているPvPで満足すればいいものを。他にも闘技場で戦う等、対人戦そのものの機会はそれなりにあるというのに。

 さて、相手がPKだった場合だが、どうしたものか。

 ツキカゲの技量は分からないが、2対8を覆せるほどの強さなのかどうか。多分、望み薄だ。俺自身も【手技】がようやくレベル20に届いた程度。戦闘系スキルレベルが強さの全てってわけじゃないが、レベルが高い方が有利である事は確かだ。

 相手のレベルが軒並み俺より低いなら望みもあるが、それも期待はできない。何しろGAOのサービス開始以来、新規プレイヤーは来ていない。第二陣への開放がまだ始まっていないからだ。こんなことをやろうって連中が、弱いままだとも思えない。

「さて、狩るにしても、どっちへ行く?」

『で、どうやる? 俺の気配察知だと引っ掛からない奴が2人いるんだが』

 気付いていないように装いつつ、俺達は今後の方針を話し合う。一応、相手をPKだという前提で行動することにした。

「そうで御座るな。もう少し奥へ行ってみるのもよいかと」

『どの位置を把握してるで御座るか?』

『正面2人、左右1人ずつ、背後2人』

『左右も2人ずつで御座る。恐らく隠行持ちで御座るな。となると、得物は飛び道具の可能性があるで御座る』

 身を隠しての狙撃とか鉄板だからなぁ。【隠行】は戦闘行動を取ると解除されるので、魔法職じゃないのは間違いないだろう。

「あんまり奥に行くのもな。この辺で少し様子見をしてもいいと思うんだが」

『ツキカゲ主導で、飛び道具持ちと思しき奴を仕留めていくか?』

『承知。まずは右手の隠行使いを炙り出すで御座る。拙者の後に続いてくだされ』

「ふむ、ならば、あちらの方へ行ってみるで御座るか。拙者、あちらの方面の地図がまだ未開なので御座る」

 言ってツキカゲが歩きだした。了解、と返事して、俺も後に続く。

 今の位置取りだともう1人いる【隠行】使いに背を向けることになるが、そこはツキカゲがうまく誘導してくれるだろう。常にツキカゲの背後に位置を取るように歩く。

『そろそろ行くで御座るよ。隠れている奴に石を投げつけてみるで御座る』

『分かった。あぁ、言い忘れてた。俺、マーカー切ってるから、相手がPKかどうかを見た目じゃ判断できん』

『PKだったら、そのように言うで御座る』

「うわっ!?」

 瞬間、5メートル程先に男が現れた。尻餅をついた状態で、手には弓と矢。アーチャータイプだ。

「PK! 2名!」

 ツキカゲが小剣を抜いて駆ける。狙いはアーチャーだ。それを阻むように茂みから別の男が出てきた。装備は革鎧。手には斧とラウンドシールド。

「後は任せるで御座る!」

 斧の一撃をかいくぐり、ツキカゲが間合いを詰める。アーチャーは矢を番えようとしたが、再度の投石で狙うことができなくなった。ツキカゲの小剣が閃くもアーチャーは避ける。しかしその顔には驚愕の色が浮かんでいた。ツキカゲの狙いはアーチャー本人ではなく弓の弦だったのだ。弦の切れた弓など、ただの棒でしかない。

 あちらは大丈夫と判断し、俺は斧男へと向かった。抜いておいた剣鉈を、斧男の顔面に向かって投げつける。

 慌てて男はシールドで防御した。剣鉈がシールドに突き立つ。盾と言っても木製だ。結構深く突き立っているので恐らく貫通しているだろう。斧男も肝を冷やしているに違いない。

 シールドが男の視界を遮った瞬間、俺はそれに隠れるように身を低くして駆けた。一気に肉薄し、シールドの縁を掴んで思いっきり捻る。

 何かが折れるいい音がしたと同時、斧男が悲鳴を上げた。ラウンドシールドの保持は取っ手を持つこともそうだが腕に通して固定する部分もある。シールドを奪えればと思っての行動だったんだが、予想以上の効果を発揮したみたいだ。不意打ちが効いたかな。

 この隙を逃す理由はない。掴んだ盾を振り回すように引っ張ると、苦痛にうめきながらも斧男はそれに逆らえずに身体を流す。そうしてこちらに晒すのは、無防備な首。今度はナイフを抜いて盆の窪へと思い切り突き立てた。赤い液体が散り、びくんと震えた身体が崩れ落ちる。そのまま斧男は砕けて消えた。

 人数で不利なので躊躇う暇はなかった。PvPの時も思ったが、覚悟してのこととは言え、やっぱりゲームだとしても人を殺すのは抵抗があるな……それに倫理コード解除はプレイヤー相手でも有効らしい……しかし一撃ってのはどういうことだ。急所だったからクリティカルヒットでもしたんだろうか。

「悩むのは後か……っ」

 落ちたままの剣鉈を拾い、ツキカゲの方を見る。アーチャーの姿は消えていた。仕留めたんだろう。

「見事で御座るな」

「それより次だ」

 戦端を開いた以上、向こうは一斉に掛かってくるはずだ。ツキカゲの称賛を流して意識を背後に向ける。【気配察知】で位置を確認して――

「増えた……? いや、何だこりゃ……?」

 残り6人のはずだった。【隠行】使いが見えないとしても5人。しかし【気配察知】に引っ掛かった数は10人を超えていた。そしてすぐに6つの気配が消え、そしてその後で他の気配もいくつかが消える。

 残った気配がこちらに近付いてくる。数は3。

「ツキカゲ、新手だ。さっきの連中とは別口みたいだ」

「あー……そうで御座るな……」

 警戒を続ける俺に対し、何故かツキカゲは気が抜けたような声を出した。

「フィスト殿、実は言い忘れてたことが御座ってな」

「何だ?」

「拙者が宙吊りになっていた時で御座るが、拙者、実は救援要請をしていたで御座る」

「それで?」

 まだ3人の姿は見えない。うまい具合に木々の死角を使って近付いてるようだ。こりゃ厄介だな……さっきの連中の比じゃない。

「恐らく、今フィスト殿が感じ取っている気配は、拙者の知っている者達で御座る」

 その言葉が終わったと同時に、木々の間から3人の姿が見えた。

 それはツキカゲと同じ恰好だった。つまり忍者だ。

「ツキカゲ、大事はないか?」

「このとおりで御座る。それに、頼もしい助っ人もいたで御座るから。こちら、罠から解放してくれただけでなく、先程のPK共にも立ち向かってくれた拙者の恩人であるフィスト殿で御座る」

 やって来た忍者と言葉を交わし、ツキカゲが俺をそいつらに紹介すると、目の前の忍者3人はこちらへと頭を下げた。

「どうやらツキカゲが世話になったようで。感謝いたす」

「いや……俺の方も危なかったわけだし、お互い様さ。それに、そちらには俺の方が助けてもらったようなものだし」

 さっきのPK共と戦い続けていたらどうなっていたか分からんしな。かなりの高確率で殺られていただろう。

「いやいや、先程の手並み、見事でしたぞ」

 突然、後ろから声がした。振り向くとそこにも忍者がいた。こいつ一体いつの間にここまで近付いた!?

「ええ、虚を衝き、相手を惑わし、急所に正確な一撃。見事でした」

 今度は横から女の声が来た。またかよっ!? しかも2メートルと離れてねぇっ!

「……一体、今、ここに何人いるんだ……?」

 絞り出すように口にする。多分、恐らく、ろくなことにならないが、言わずにはいられない。【気配察知】を展開して身構える。

「ふむ。我らが同朋の恩人に姿を見せぬのは無礼というもの」

 目の前の忍者が指を鳴らす。瞬間、【気配察知】に新たに引っ掛かった数は10。つまり、ツキカゲを除けば総勢15人。木の上から、茂みの陰から、そして俺の背後や横から次々と姿を見せる。

 全く気付けなかった……何なんだ、こいつらは……

「で、あんたら……一体何なんだ……?」

「我らはギルド【伊賀忍軍】。この仮想世界で忍の道を究めんとする一団だ」

 リーダー格の忍者は、胸を張ってそう言った。

 

<< 前へ次へ >>目次  更新